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【 3 】 “気を纏う”という事

 黄金に染まる空、黄金に輝く町並み。


 俺は今、その町の大通りを歩いている。道端には露天が立ち並び、様々な行商達が商品を広げている。良い香りが漂ってくる屋台、見たこともない食材、武器や防具、アクセサリー、鉱石、毛皮や牙・爪・骨…魔物のものだろうか。活気で賑わうそれらを横目に俺は足早にある場所を目指していた。


 コナーの書店に着いてから既に八日が経過した。俺は一日36時間のうち20時間を語学と法術習得に費やしていた。睡眠は3回に分け、午前と午後に3時間の昼寝、夜は8時間、計14時間。未だに生活サイクルに身体が付いていっていない気もするが、こちらの一般的な生活サイクルに合わせている。残りの2時間で食事や運動などをするという生活だ。


 さて、俺はこの八日間で精霊語とオリュンポス語を一般生活で使える程度まで覚えた。こと、法術に関する言葉に至ってはコナーから貰った入門書に書かれている内容を完全に理解するまでになった。幸い、ヴァイスとの念話でイメージを伝えるという事に慣れてきていたので、精霊語で足りない部分は日本語にイメージを乗せて話すことで補完している。


 ただし、法術を使える様になったかというと、基礎の基礎で躓いている。俺を悩ませているのが…魂力という概念だ。法術の方程式を術式というらしいが、その理論は理解できた。しかし、自身の魂力の使用についてがわからない。基礎の基礎として入門書に書かれている内容はこうだ。



■□□□

 部屋を暗くして目を閉じ、自分の中の自分に意識を向けましょう。

 真っ暗な中に光る一つの玉が見えてきます。

 それが自分の魂です。

 次に、その魂を観察する様によく見てみましょう。

 玉の中を煙の様な光が循環しています。

 その煙の様な光こそ、自分の魂力の流れです。

 今度はその流れを取り出します。

 意識を少しづつ外側へ向けましょう。

 徐々に自分の心臓の鼓動が聞こえてくる筈です。

 そこで、魂力の流れが心臓に流れ込むイメージを作ってください。

 後は自然と、魂力が血液と共に全身に巡ります。

 ここまで出来たら次のステップへ。

 □□□■



 は?

 というのが初めに持った素直な感想だった。

 何度その通りに実践してみても、俺にはそもそも光る玉が見えてこない。俺は自分の魂すら感じることができないまま入門書を読み進め、術式の構築理論についてだけ完全に理解してしまった。結果、術式を理解しているにも関わらず法術を使えないというチグハグな状態にある。


 そんな俺を見かねたコナーは「気分転換も兼ねて体を動かしてこい」と、『魔人空手“闘神流”道場』に向かう様言ってきた。


 以上の経緯により、俺は今『魔人空手“闘神流”道場』に向かって歩いているのだ。


 霊鳥王国ガルダの町には今日初めて出た。中世ファンタジーの城下町そのものだ。外見が俺と変わらない、見るからに霊長類ヒトという人もいれば、亜人とでも言うのだろうか、尻尾が生えていたり、猫耳や犬耳、その他もろもろの獣の特徴を備えた人もいる。人なのか亜人なのか曖昧な人や、獣なのか亜人なのか曖昧な人もいた。この場合は獣人とでもいうのだろうか。トカゲのような人もいる。リザードマンってやつだろうか。とにかく、新鮮な光景だった。


 コナーが書いてくれた案内図に従いしばらく歩くと、大通りから一本脇に入った。正面に“いかにも”という看板を掲げた大き目の建物が目に入る。看板には『闘神流トラロック道場』と書かれている。


「ここか…。」

「(勇樹、トラロックって有名な魔人だぜ)」


 俺に付いて来たヴァイスが看板を見て呟く。もちろん念話で。


「(有名なのか?)」

「(ウンッ。雷神って呼ばれていて、もの凄く強いらしい。

 決して武器や防具は使わず、単身生身での闘いに拘っていて、強者との闘いこそが至上の喜びらしいぜッ

 何年か前に巨大な竜を倒した時、その拳は雷鳴を轟かせ、掌から放たれる光は地形を変えたとか噂されてたッ)」

「(それは凄いな…。)」


 なんともまあ…。少年漫画に出てくるガチンコ好きの戦闘狂を想像してしまうな。怒りで金色のオーラを纏う姿が目に浮かぶ。どんな外見か知らないが。


 俺は道場の門戸を叩いた。


「すみませーん!ヴィルジリオ=コナーの紹介で参りました!」


 少し待っていると、スタスタと人の足音が近付いてきた。「はい」という声とともに門戸が開けられると、そこにはクレーターでヴァイスや俺に火の玉を放った女性が立っていた。

 濃い茶褐色の肌、燃えるように紅い瞳、ウェーブがかった銀色の長い髪、エキゾチックな美人という表現が当てはまるスタイル抜群の美女。無骨な服装にも関わらず、美貌が眩しい。俺は数秒目を奪われていた。

 惚けながら見つめる俺を、小首を傾げて見つめ返す女性。


「…?

 …ああ!入門体験の方ですね!

 ヴィルジリオ様からお話は窺っております。ユウキさん…ですね?」


 俺に対して言っているのはわかっていながらも、どこか遠くで女性の声が聞こえた様な気がした。


「…違いましたか?」


 その言葉にハッと我に返る。


「あ、す、すみません!勇樹といいます!よろしくおにぇがいしまふ!」


 …慌てて喋って噛んだ。オリュンポス語の発音はまだ完璧とは言えないな。と、心の中で言い訳してみる。女性はふふッと微笑みながら「こちらです」と俺を案内した。


 道場は主に木造りだったが、俺のイメージとは異なっていた。まず、畳が無い。その代わりの様に、見た目どう見ても石にしか見えない板が敷き詰められている。次に門下生の服装。案内の女性も着ているそれは道着っぽくなく、毛皮のベストとレザーパンツという、一見山賊に見えるもので統一されている。…まるで、世紀末覇者伝説に登場する雑魚達の様だ。

 そんな光景を見ながら、練習場と模擬試合場を通り抜け、応接間に案内される。


「少々お待ち下さい。間もなく師範が参ります。」


 そう言うと女性は応接間から出て行った。


「(ヴァイス、魔人空手ってどんなものかわかるか?)」


「(う~ん…

  ボクも詳しくは知らないけど…

 “魔闘気を纏い、気力を駆使して闘う武術”って聞いたことがあるぜ。)」


「(魔闘気に気力か…)」


 というか気力って。まさかこんなところでも精神論を聞くとは思わなかった。


 いや、待てよ。気力ってのはたしか…



 オリュンポス語をある程度覚えてから、俺はコナーの店にある本を読み漁っていた。魂力を引き出す訓練の合間に読むのが少し楽しみとなっていたのだ。その中に“気力”について書かれた本があった。

 気力とは精神力。魂と肉体を結びつける力…だったか。幻素『気』については法術入門書にも記述があった。身体能力向上系の術式に必要な筈だ。つまり、気力とは幻素『気』を扱う力、もしくは『気』そのものの力ということだろうか。



「(魔人族は気を操るのが上手いからなー)」


 そうなのか。『気力』や『気』については帰ったらコナーに聞いてみよう。


 ヴァイスとのそんな遣り取りの後、応接間に筋骨隆々の男が入ってきた。一目見て強者だと感じる威圧感。赤銅色の肌に、金色の瞳、眩しいまでの金髪。腕や脚は所々が金色の体毛に覆われており、虎のような模様に見える。そして額中央から一本の短い角が斜め上に向かって生えている。先ほどの門下生とは違う上等な毛皮のベストに、毛皮の短パンという服装だ。とある漫画に登場する盗賊団の力自慢がこんな服装だったな。…話が逸れた。

 男は俺を値踏みするように見ながら口を開く。


「珍しい組合せだな。異世界人に樹上族か。

 ヴィルジリオの奴、またお節介をして楽しんでやがるな。


 まあいい、某の名はトラロック。

 誇り高き鬼人族の末裔だ。」


 低く、渋い声。俺が好きだった声優の声にそっくりだ。数年前に一世を風靡した伝説のゲームでダンボールを被る癖のある彼や、父が好きだった映画…シージャックに立ち向かうコックさんの吹き替えの声…。また話が逸れた。

 俺も名乗らなければ失礼だな。


「はじめまして。

 ユウキといいます。おっしゃるとおり異世界人です。」


「(樹上族のヴァイスッ!勇樹に名付けてもらったんだぜッ)」


 何故異世界人とわかったのだろうか、というのは置いておく。コナーから聞いているのかもしれないし。しかし、それはトラロックの次の言葉で違うとわかる。


「よろしくな。

 ところで…

 ユウキ。この世界で精孔が一切開いていないのは危険だぞ。」


「え?」


 精孔?開く?


「なんだ、ヴィルジリオはそんなことも教えてくれんのか。

 お前が異世界人だと何故わかったか疑問に思わなかったか?」


 あの…コナーさん?いや、俺もこのところ引き篭もっていたしな。もしかしたら、その為に俺をここへ向かわせたのかもしれない。


「てっきりコナーさんから聞いていたのだろうと思いました。」


「ああ、そうか。

 しかしヴィルジリオからは「体験入門させたい知人がいるからよろしく頼む」としか聞いてねえ。」


 コナぁぁぁぁ。戸惑う俺に対し、溜息交じりのトラロックが続ける。


「あのな、この世界の住人は常に精孔から気を放ち身に纏っているんだ。

 息をするのと同じくらい当たり前の事だと思え。

 それが、全く無い人間など…

 この世界では暗殺者か、稀に生まれる忌み子くらいなもんだ。


 お前はどう見ても暗殺者じゃねえし、忌み子なら生まれてすぐに術式を刻まれるからわかるしな。残る可能性は何十年に一回くらい迷い込んでくる異世界人くらいなもんだ。

 しかも、迷い込んでくる異世界人でさえ、半分くらいの奴らは気を纏っている。少しは危機感を持ったか?」


「…よくわかりません。“気を纏っていない”ということが危機感に直結しません…。」


 それを聞いたトラロックは徐に立ち上がると、少し語気を強くする。正直恐い。


「お前なぁ…

 まあ、異世界人ならわからなくても無理ねえか。

 いいか、気ってのは謂わば生命エネルギーだ。

 魂の情報エネルギーに対し、肉体の情報エネルギーとも言えるな。肉体と魂を繋ぐ精神エネルギーそのものは『混』というが、それを繋ぎとめているのは気の力だ。つまり、これが弱いと身体と魂が乖離しやすい。簡単に言えば死にやすいという事だ。

 お前の様に気を放ってない…肉体に気を纏ってない奴は、この世界の大地や空気に触れているだけで肉体のエネルギーを消耗していく。お前、そのままじゃ遠くない未来に死ぬぜ?」


 おお…。物騒な言葉のオンパレードだな。ようやく危機感を覚えた。それにしても、よく今までなんともないな。別段エネルギーを消耗している感覚はないのだが。…いや、これもアトラスの加護のおかげなのだろうか。コナーが言うには、アトラス台地を少しくらい離れても加護の力は四分の一程度残っているらしい。霊鳥王国にいる間なら大丈夫と言っていたな。あの時は何が大丈夫なんだ、と思ったがそういうことか。

 俺の様子の変化を見たトラロックは再び座り、深い溜息を吐く。


「この世界にはこんな言葉がある

 “健全なる精神は健全なる身体に宿る”ってな。今日からここで心身を鍛えろ。」


 ドヤ顔で言われた。いや、地球にもその言葉ありますから。しかしトラロックの言いたい事はわかるし、力強い善意を感じる。俺はトラロックの善意に甘えることにした。


「トラロックさんのおかげで今の自分の状況が危険だと分かりました。

 よろしくお願いします。」


「ああ。いいってことよ。

 ただし、ウチは厳しいぜ?血反吐吐く覚悟で頑張れや。


 …で、樹上族の。お前はどうすんだ?」


 トラロックは俺の横にちょこんと佇むヴァイスに問いかけた。ヴァイスは嬉しそうに両手をバタバタしながら答える。…仕草が可愛い。


「(ボクも鍛えたいッ)」


「そうか。いいぜ、ついでだ。

 闘神流は門下生を選ばねえ。もっとも、脱落者の面倒も見ねえがな。


 よし、二人とも付いて来い。」



 こうして俺は『魔人空手“闘神流”トラロック道場』の体験門下生になった。





――――――――――――――――――






 俺は今、練習風景を見学している。まず、練習場や模擬試合場に何故石畳が敷かれていたのがわかった。俺も空手をやっていたから解る。踏み込みがハンパじゃない。全ての門下生が、地球では見たことも無い速さと強さで踏み込み、突きを繰り出している。空手の踏み込みは腰のキレによって決まる。腰をキレ良く突き出す結果として、力強い踏み込みと共にバンッと派手な音がするわけだが、眼前で繰り広げられるそれは、俺の知っている空手とは別次元のものだった。腰のキレというよりも身体全体がキレキレとでもいうのだろうか。一切の無駄が省かれた美しいまでの流れ。畳なら一月ももたずにボロボロになるだろう。それに、あの石畳はただの石ではなさそうだ。硬い低反発素材の様な、衝撃を和らげる作用があると思われる。その証拠に、踏み込みの際の音がそれほど派手に聞こえない。


「(凄いな。ただの突きなのに、モーションがわからない。

 動いたと思った時にはもう突き終わってる。

 な、ヴァイス。


 …ヴァイス?)」


 念話でヴァイスに話しかけたのだが、返答が無い。つい今しがたまで隣で見学していたのに。練習場を見渡すと、門下生の一角に混ざるヴァイスを見つけた。…何やってんだアイツ。踏んづけられるぞ…。



 しかし、ヴァイスの動きには目を見張るものがあった。樹上族の身体の造りは人間と違うのだろうが、素晴しいキレで踏み込み突きを繰り出している。

 俺も段々と、いてもたってもいられなくなってきた。久々に…といっても約二週間ぶりだが、型でもやってみるか。そう思い、練習場の隅で型を始める。



 やはり、俺の踏み込みは他の門下生から見れば正直言って子供レベルだ。これでも俺は空手には自信を持っていたのだが、その自信は先ほどから見事に打ち砕かれている。今は、見る影もない自信など最早どうでもよくなり、どうすればあの踏み込みをできるか、門下生の動きを見ながら試行錯誤を繰り返している。

 そこへ、最初に俺を案内してくれた美女が近付いて来た。俺は恥ずかしさから一旦型をやめる。


「ユウキさん…でしたね。どうぞ続けて下さい。」


 そうは言われても、他の門下生から見て稚拙な型を見せるのは恥ずかしい。べ、別に相手が美女だからという訳ではない。


「ですが、皆さんを見ると俺の拙い型が恥ずかしくて…」


 エキゾチックな美女は優しく微笑みながら小さく首を横に振る。


「いいえ。型自体はとても美しいですよ。下位門下生達の手本にしたいくらいです。

 ユウキさんは気を纏っていないのでしょう。

 魔人空手は気を纏っているのが前提にあります。

 それを闘気や魔闘気へと昇華させるのが最初の修行です。


 今、門下生達にやらせているのは纏う気の力を身体の動きに合わせる練習です。

 なので、身体能力が単純に向上しているとお考え下さい。」


 …うん。慰められた様な気持ちになった。そうか。踏み込みの速さは型による違いではなく、単純に彼らが速く力強くなっているからなのか。


「そうなんですか。では…」


 俺は再び型を始めた。しばらくその流れを見る美女。意識しているつもりはないが、やはり傍で美女に見られていると、どうにも集中できていない気がする。しかし、俺は後にこの美女に大いに感謝することとなる。


 一通りの型をやり、本来一旦流れが止まるところで案内役の美女が口を開く。というか、案内役とはいえ流石だな。流れを切らずに次の型に繋げようと思っていたのに、しっかり型の流れを見破られた。


「本当に素晴しい型です。

 あ、申し遅れました。

 私は闘神流トラロック道場師範代、鬼人族のメツトリと申します。


 ユウキさんの精孔が何故開いていないかわかりました。」


 …今何て?師範代?ただの案内役じゃなかったのか?…いや、そこじゃない。今の型を見ただけで精孔とやらが何故開いていないか解ったと?天才か!そこへトラロックが大股でズカズカと歩いてくる。


「メツトリ。何か解ったか?」


「はい。おそらく。


 ユウキさんの特徴が『力人族』に酷似しています。」


「ほう。そいつぁ気付かんかったな。

 そんな種族がいるってのも忘れてたぜ。

 流石はメツトリ。天才と呼ばれるだけはあるな。

 もっとも強さは俺にまだまだ及ばねえが。」


「はい。存じております。一層精進します。」


「お前はいちいち固い奴だな。ま、ユウキのことは任せたぜ。」


 トラロックはガハハと豪快に笑いながら大股で去って行った。というかアンタ師範だろ。どこ行くんだよ。と思ったが口には出さない。…ところで、『力人族』って何だ?


「話の途中でした。

 ユウキさん、あなたの型は身体的な力の制御に重きを置いていますね?」


 身体的な力の制御…。普通そうだろう。特に、型において力は重要だ。例えば突きの場合、力みを無くし、全身の力を突きのインパクトの瞬間に乗せる。その要となるのが腰だ。蹴りの場合も基本的には同じで、手から足に代わるだけだ。随分と体幹トレーニングもしたな。あ、なんか師範代の言いたいことが朧気だが見えてきた。


「人間族に『力人族』という種族がいます。彼等は脅威的な身体能力を持ち、気を纏わずとも魔物と闘えるほどに強靭な肉体を持っているのですが…。

 それ故に、生まれてから一切、気を纏わない者が殆どです。気を扱う力…気力を鍛えず、身体能力の研鑽にのみ時を費やす。これを、そうですね…十年も続けるとどうなるかわかりますか?」


 やはり。なんとなくだが予想できてきた。


「自分の気すらも感じられなくなる…?すみません上手く表現できません。」


「そうですね。とても近い表現です。

 正確に言うと、精孔が完全に閉じます。

 難しい言い方になってしまいますが、物理的な肉体が精神体を完全に包括してしまうのです。筋肉の鎧が気の出入り口を阻害している、と喩えると解るでしょうか。

 ユウキさんの今の状態はそれとほぼ同じだと思います。

 精孔が完全に閉じてしまい、自分の気を感じることさえ出来ない。」


 俺、そこまでムキムキでもなければ脳筋でもないぞ…。むしろトラロックの方がムキムキの脳筋に思えるんだが。ということはアレか。一旦筋肉をそぎ落とさなければ気を感じられるようにならないってことなのか?


「では、どうすれば…」


「ユウキさんは魂力も感じることができないのでは?」


「う。」


 凄いなこの人。何でもお見通しか!…いかん。段々心の中でツッコミを入れるのが多くなってきた。まあ、地球にいた頃の性格に戻ってきた証拠か。いや、そんな事はどうでもいい。もしかしたら、法術習得も一歩前進するかもしれない。


「はい…。できません。そもそも自分の魂というものもよく分かっていません…。」


「やはりそうですか。

 大丈夫です。気に関する問題も、魂に関する問題も日が暮れる前に全て解決します。」


「そんなに早くですか!?」


 思わず言葉が先に出た。思考が追い付かない。


「はい。問題ありません。

 その代わり、荒療治になります。

 少し…いえ、かなり痛みを伴いますが、よろしいですか?」


 さらっと怖いことを言われた。しかし、ここで怖気づく訳にはいかない。時間は待ってはくれない。有限なのだ。…目の前にいる美女にいいカッコしようという邪な気持ちは決して無い。


「痛みの先に、悩みの答えがあるのなら、頑張ります。」


「素晴しい答えです。それでは、こちらへ…。」





――――――――――――――――――






 案内されたのは模擬試合場だった。まさか、ここで試合をやるとか言い出すんじゃないだろうな。せめて組み手だよな。という俺の不安は見事的中する。


「さあ、舞台に上がって下さい。

 これより試合を行います。

 相手はこの私、メツトリが務めさせて頂きます。」


「試合…ですか!?」


 俺の素っ頓狂な声の質問に、メツトリは元々良い姿勢を更に正し、先ほどの柔和さを排除した真剣な面持ちと強い語気で答える。


「はい。試合です。

 闘神流の流儀に則り、勝敗はどちらかの降参もしくは戦闘不能により決します。

 魔法術の類は使用禁止。武器、防具の使用ももちろん禁止です。

 そして、双方死なない様、舞台には特殊結界術“戦女神の慈悲”を施してあります。」


「…ッ。」


 俺は唾を飲んだ。喉の音がやけに響く様に感じられる。試合…メツトリが言うルールから想像するに、これは“死合”だ。特殊結界術“戦女神の慈悲”は概要だけなら知っている。限定空間内の限定条件下で死をキャンセルする高等法術…。この場合、ルールに則った試合という条件下で発動すると見た。戦闘不能とは、つまり死であろう。痛みを伴うどころじゃない。これは…真剣勝負だ。


 俺が舞台に上がり開始位置に立つのを確認すると、メツトリが宣言した。


「それでは…


 …いざ!!」



 メツトリは開始号令を発すると同時に驚くべき変貌を遂げる。美しい銀髪が燃えるような真紅に変わり、頭頂部にはトラロックの様な角が二本、紅い瞳の瞳孔が縦に長くなり、さしずめ蛇の目の様だ。…鬼人族。俺は目の前の美女の変貌によって、鬼人族という種族が何故そう呼ばれるかを静かに納得した。


 一瞬で変貌を遂げたメツトリは、瞬歩とも呼べる踏み込みで瞬時に間合いを詰めて来る。俺は反応が追い付かない。動きの結果に対する対処をする他に出来得る行動がない。

 メツトリは俺の間合いの外から正拳突きのモーションを取る。深く腰を落とし、床を踏みしめている。いくらなんでも俺を舐めすぎだ。俺はメツトリの“溜め”の行動に合わせる様にして踏み込み、中段蹴りを―。


「…ッ!?」


 胴体を貫かれる感覚に、俺は咄嗟に体を横へ流す。俺がつい今まで立っていたその場所にメツトリが突きを繰り出した体制で立っている。―全く見えなかった。冷たい物が背筋を伝い、胸が早鐘を打つ。

 いつ動いたんだ?あのまま中段蹴りを繰り出したらどうなっていた…?


「よくかわしましたね。今の“感覚”が重要です。」


 メツトリは淡々とした口調で俺を褒める。未だに胸の鼓動がとてつもなく早い。


「さあ、試合は始まったばかりですよ!」


 メツトリはその位置から上段回し蹴りを放つ。俺はそれを屈んでかわし、メツトリの軸足目掛けて水面蹴りを放つ。バランスの悪い筈の体制であるのに片足で飛び上がり、それをかわすメツトリ。宙返りの様に後方へと着地した。俺は水面蹴りの勢いを殺さず、そのまま回し蹴りを―。


 ―まただ。今度は首から上を根こそぎ横へ吹き飛ばされる感覚。それが研ぎ澄まされた“殺気”であると知るのはもう少し後の事。俺は咄嗟に距離を取っていた。見れば俺がいた場所をメツトリの上段蹴りが通過した後だった。


「ハァ…ハァ…」


 試合開始から僅か数秒であるにも関わらず、陸上トラックを全力疾走で2周したかの様な疲労感が俺を襲う。


 …全く歯が立たない―。


 それでも試合は続く。



 その後、何度もその身を貫かれる感覚、四肢を削がれる感覚、頭と胴が離れる感覚、身が弾け飛ぶ感覚を味わった。その度に身をかわし、冷たい汗が流れた。


 それでも、まだ負けてはいない。


 まだ、肉体にダメージはない。あるのは疲労感と焦燥感、精神的なダメージだった。メツトリの攻撃は、その一発一発に恐怖が付き纏っているのだ。


 既に試合開始から数分が経過していた。


「よく持ち堪えていますね。やはり、あなたの体捌きは見事です。

 当道場の門下生に、私との模擬戦でここまで持ち堪えられる者は殆どいません。」


 メツトリは淡々と、また俺を褒める。

 しかし、俺には褒められて喜ぶ程の余裕が無い。それよりも、俺は自分に起こりつつある変化に戸惑っていた。


 メツトリの身を覆う赤い靄のようなものが見え始めたのだ。


 思考が纏まらないうちに、メツトリの猛攻が始まった。これまでよりも苛烈な、正に猛攻と呼ぶべき連撃。その全てが恐怖を纏う。

 紙一重でかわす度に身を削がれる様な感覚が俺を襲う。




 段々と捌ききれなくなってくる。




 ダメだ。やられるッ――!!




 ――メツトリの貫手が俺の肩を貫いた。今までとは比べ物にならない痛み。意識が遠くなるような、それでいて冷静になっていくような、奇妙な感覚を覚える。ゆっくりとメツトリの手が俺の肩から抜かれる。直後にドバッと血が噴き出した。痛みで気を失いそうだ。



 その時だった。肩にぽっかりと空いた穴から、血液とは別の何かが噴き出すのが見える。


 白く輝く煙。


 血と共に噴き出すそれは俺の身を覆い始める。遠のく意識を何とか繋ぎとめながらメツトリの方を見ると、メツトリの身を覆っていた靄が俺の身体を覆い始めた煙と同質のものであると唐突に理解した。


 しかし、俺の意識はそこで途切れることになる。鳩尾にメツトリの拳がめり込んでいたのだ。




――――――――――――――――――






 意識を取り戻した俺は模擬試合場の隣室、医務室らしき部屋のベッドに寝かされていた。俺はまどろみながらも試合内容を反芻していた。


 試合…と呼べる内容では無かったな。圧倒的だった。


 しかし、いくつもの疑問があった。肩を貫いた貫手、その後我が身から噴出した白く輝く煙、メツトリを覆っていた赤い靄、最後に俺の鳩尾にめり込んだ拳…。



 まどろみから覚醒し始めると共に頭も冴えてきた。


 俺の肩を貫いた貫手と、鳩尾を捉えた拳はほぼ同じ力だった。つまり、最後の拳は俺の身を貫くのに十分な力があったと言える。貫手と拳の違いなど意味を為さない程の力だった。


 段々考えが纏まってきたぞ。


 あれが、あの白く輝く煙こそが、俺の『気』だったのだ。貫手で貫かれたことで、…原理は解らないが俺の精孔が開いた。直後から『気』を纏い始めた俺の身体はメツトリの拳に貫かれるのを許さなかった。そう考えると辻褄も合う。


 俺は自分の身体を見る。肩口に空いた穴は跡形も無く消えていた。目を凝らすようにして手の平を見てみる。徐々に皮膚を薄い膜のように覆う白い靄が見えてきた。漠然とそれが自分の一部であるように感じる。皮膚の上を皮膚が覆っているような、衣服のそれとは違い着ている感触がない。


 次に、肩口から血が噴き出した時の感覚を思い出してみる。痛みが思い出され、思わず顔を顰めてしまったが、同時に全身を覆う白い靄の厚みが急激に増した。すぐに急激な疲労感に襲われ、集中力が切れると靄は元の薄い膜に戻った。


 間違いない。


 メツトリの荒療治は絶大な効果を俺に齎したのだ。


 それにしても疲れた。この星に来てここまで疲れたのは二度目だ。一度目はアトラスを呼んだ時だったな。そとから差し込む光は淡い朱色。まだ陽は沈んでいない。


 疲労感と倦怠感によって、未だにベッドで上半身を起こしているだけに留まっている俺の元へ、白いリスが駆け寄ってきた。ヴァイスだ。


「(勇樹!ドコ行ったのかと思ったら呑気に寝てたのかよッ?

 ボクは気を練って闘気に変えるコツが掴めてきたぜッ)」


 …はぁ。このお気楽リスめ!というのが念話で伝わったかは知らない。しかし凄いな。僅か数時間の練習で下位門下生をゴボウ抜きにするリス…。まあ、ヴァイスはただのリスではない。樹上族という種族は、俺が思う以上に優秀な力を持つ種族なのかもしれないな。せっかくだからコツとやらをご教授願おうではないか。


「(ヴァイス、気を練って闘気にってどういう事だ?)」


 ヴァイスは「えっへん!」とばかりに小さい体を反らす。…胸を張ってるつもりだろうが、可愛いだけだぞ。と思ったが、念話に漏れないように気を付ける。


「(コツは簡単だぞッ

 自分の気をこねるイメージさ!言葉通り“練る”んだぜー。

 そうすると、だんだん色が変わるんだッ

 白から黄色に変われば、それが闘気だってハゲのアンちゃんが言ってた!)」


 ハゲのアンちゃんって…。酷い言い様だな。メツトリとは別の師範代だろうか。まあそれはいいとして…。

 成程。ヴァイスはイメージするのが上手い。念話の流暢さがそれを物語っているのだが、それは気を練るイメージにも一役買っているのだろう。


「(こねるイメージ、ね…。)」


 俺は静かに自分の気に集中してみる。薄い膜を一旦集め、掻き混ぜる様子を想像する。すると、白い煙が徐々に集まりぐにゃぐにゃとしだした。それをさらに手でこねるイメージ。白い煙は徐々に粘土の様になり、混ざる程に色を帯びていく。初めは純白であったものがアイボリー、クリーム色となり、淡い黄色へと変化する。黄色に近付くにつれ、粘土からゲル、液体、煙へと戻っていく。それを根気良くこねる。時に混ぜるというべきか。煙がもうすぐ黄色に変化するという時、俺の集中力が途切れた。


「(あ~!おしい!

 でも、やっぱり勇樹は物覚えがいいなッ

 コツを教えただけなのに、ボクより早くできそうだ!)」


 ヴァイスが小躍りしながら俺を褒める。こういうのは素直に嬉しい。喜んでいるところに、メツトリがやってきた。試合前の柔和なエキゾチック美女に戻っている。少し心配そうな表情だ。


「ユウキさん、ご気分はいかがですか?

 些か遣り過ぎた気がしまして…。」


 それは否定しない。鬼そのものに変身したメツトリを思い出すと、今でも震えが来る。…あの時は本気で俺を殺す気だったと思う。気分は気だるさを除けば悪くないな。俺は何とかベッドから出てメツトリと向かい合う。


「気分は悪くないです。少しだるいですが。

 それよりも、ありがとうございました。」


 そう。おかげで『気』を纏う事ができたのだ。感謝こそすれ、メツトリを恨んだり責める要素を俺は持っていない。最大限の敬意を持って日本式に最敬礼する。


「そう言って頂けると、私も鬼人化までした甲斐があったというものです。

 悉く攻撃を捌かれたので、途中から本気になってしまいました。

 私も得る物が多かったと思っています。ありがとうございました。」


 メツトリも俺に合わせて礼をした。この人、良く出来た人だな。俺は全然捌けてなかったよ。圧倒的だったじゃないか。メツトリが師範代となり天才と呼ばれるのは、驕らず努力を怠らないからだろう。人柄も良いし、只でさえ美人なのに柔和な表情や声によって女神の様に見えてくる。って…ワタシハナニヲイッテイルンダ!?


 何かに心を奪われそうになっていたようだ。気を取り直そう。



「師範代、明日からも道場へ来てもよろしいですか?」



「ええ。もちろんです。

 師範からユウキさんを任された身としても、歓迎致します。」





――――――――――――――――――





 こうして『気』を纏うことができた俺は、一旦道場を後にした。


 翌日、再び道場に訪れること(師範代に会えること)を楽しみに思いながら―。

戦闘の描写は難しい…。



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