【 2 】 コナーのラエティティア講座
説明回です。
――――――――――――――――――
《日が昇り
霊鳥王国ガルダに朝が訪れる》
――――――――――――――――――
朝日を鬱陶しく感じながらも眠りに就いた俺は夢を見た。
高校の教室で俺が仲間達と騒いでいる。俺はそれを教壇で見ている。
…またこの夢か。前の夢では、この後に悪魔みたいなヤツが出てくるんだったな。それにしても、起きている間はずっと忘れていたのに、今はハッキリと夢の内容を思い出せる。同じ夢を繰返し見るなんて、突然の環境変化で心身共に疲れている所為だろうか。
眩い光と共に教室の中心に異形の者が現れる。
ほら、やはり全く同じ夢だ。
異形の者は俺に手を伸ばす…
前回はこの後、手が吹き飛んでギャーギャー叫びながら消えるんだったな。俺は今回もどうせ動けないんだろう。しかし、咄嗟に動こうとする。こんなヤツに触られるのは本能的にヤバイと思うからな。
すると、今回は動けた。冷静だからだろうか。俺はバックステップで間合いを広げる。バックステップの着地の瞬間、場面が変わった。
真っ暗な空間に浮かび上がるように俺と異形の者が睨み合っていた。そいつが口を開く。スペイン語のような言葉を強い語気で喋っている。が、何を言っているかわからない。そいつは怪しく嗤う。次に発せられた言葉は日本語だった。
「…ほう。これがウヌの言葉か。フン。精霊なんぞの加護を受けよって。
…まあ良い、ゆっくりと時間を掛ければ良い事だ。ウヌはこの先、必ず力を欲するだろう。その時こそ、余を必要とするのだ。今は精々休むが良い。
闇が世界を包む夜、また会いに来るとしよう。」
威厳と威圧を持った日本語で、そう締め括るのを聞いた俺はそのまま意識を手放して深い眠りに戻っていった。
――――――――――――――――――
目を覚ました俺は、どうにもスッキリしない頭を掻きながら、窓から外を眺めていた。見えるのは聳え立つ霊峰ル・ガルドと、俺が歩いてきた丘…いや、台地か。日はかなり昇っていた。
夢を見ていた気がするが、全く思い出せない。珍しいことではないとわかっているのに、釈然としない。モヤモヤして気分が悪い。
その後、景色を見ながら、この星に来てから考えない様にしていた父の行動を考えていた。
何故父は一緒に来てくれなかったのだろうか―。
転送の定員が二名までだったと言えばそれまでかもしれない。それでも…などと答えの出る筈もない思考をループさせていた。
「(勇樹!起きたのかッ?
ヴィルジリオが下で待ってるぜッ)」
「(ああ、今行く。)」
俺が起きたことに気付いたヴァイスが念話で話しかけてきた。孤独な思考の世界から我に返った俺はヴァイスに返事をし、コナーとヴァイスの待つ“観光ガイド打合せコーナー”に向かった。念話って本当に便利だな。ある程度離れていても通じる様だ。
――――――――――――――――――
借りていた二階の部屋から一階の店内へと下りて、観光ガイド打合せコーナーに来ると、既にヴァイスとコナーが話しながら待っていた。俺は空いている席に腰を下ろす。
「よう。ゆっくり眠れたか?
日が昇り始めてからだったから、あまりぐっすりは眠れなかったかもしれないが…。」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございました。それよりも、この世界について色々と教えてください。」
「そうか、わかった。まずは何から聞きたい?」
正樹のことについては準備も必要だし、何よりも迎えに行く道程の前に俺はこの星のことを殆ど知らないのだ。
「コナーさんは地球にもいたんですよね?
地球とこの星の違いについて、なるべく詳しく知りたいと思っています。
ここまでで分かったのは、一日約36時間で月が三つあり、生態系も違う。魔法の様なものがあり、飛行船を作る技術力もある。ということくらいなので…。」
「そうだな。天空大陸まで旅をするとして、この星の常識を知っておくのは必須だろうな。」
「そう思っています。」
「わかった。」
こうして、コナーのラエティティア講座が始まった。
――――――――――――――――――
「これがラエティティア世界地図だ。海以外が白かったものに赤道、ここ『オリュンポス大陸』と『天空大陸』に色を入れておいた。地図の南東にあるのがそうだ。
この地図は、地図中央の南にある『アルトレア大陸』の大国『アルトレア合衆国』において、最近作られた物だ。見て分かるとおり、地球とは地形が違う。南極にも、北極にも大陸がある。
言語については、大きく分けて八種類。使用人口が多い順に精霊語、アルトレア語、オリュンポス語、ティターン語、アスガルド語、魔人語、天上語、竜神語だ。精霊語はほぼ世界中で通じる。これは後で説明する精霊と深い関わりのある言語だからだ。今後、早急に覚えるべき言語は精霊語と、オリュンポス語だな。
ユウキも気付いたとおり三つの衛星がある。地球の様な月が『ガイア』、青い月は『アルテミス』、赤い月を『デメーテル』という。
先ほどユウキが言っていた、魔法の様なものは、この世界で法術や魔術…纏めて魔法術と呼ばれるものだ。魔法と呼ばれるものは別物…まぁ、日本語では言葉がほぼ同じなんだが違う。法術や魔術は魔法を再現する為の方程式。魔法とは方程式が必要のないイメージの具現化だ。」
法術や魔術には詠唱やら魔方陣やらが必要だけれど、魔法はそういったものを使わずにイメージをダイレクトに具現化するということか。イメージの具現化をするために方程式が生み出された、と。術=式だと考えれば言葉の意味合いと合うしな。それにしてもこの星の地名などに聞き覚えがあるのは気のせいだろうか。ヨーロッパの神話に出てくる名前をよく聞く気がする。
「地球でも聞いた事のある名前がよく使われているんですね。それと、俺でも魔術や法術は使えるようになるんですか?」
もし、この星の人々がごく当たり前に法術や魔術を使えるのなら、俺も覚えておくに越したことはないだろう。特に治療系や身を護る為のものが必要だ。
「そうだな…この世界の言葉は一部地球に渡っている。地球における古代の神話は、この星で実際にあった事を物語にしたものだ。
ユウキも学習と訓練をすれば法術を使える様になる筈だ。魔術は…わからんな。魔術は魔人族独自の理論によって構築されたもので、秘匿されている。法術に比べて本人の資質が大きく作用するらしい。
法術魔術ともに様々な体系がある。後で法術の入門書をあげよう。オリュンポス語で書かれているから言語を覚えるのにも丁度いいだろう。」
「そのオリュンポス語ですが…何か辞書は無いですか?」
「ある。しかし、その前に精霊語についても話させてくれ。
精霊語とは、日本語で言う言霊によく似ている。例えば、オレが今話しているのは日本語であるにも関わらず精霊語にもなっている。」
「…念話の様なものですか?」
「考え方はとても近い。しかし少し違う。
では、まずこの星の常識が地球とは根底から違う事について説明しよう。
精霊や法術などにもかかわる重要な常識だ。
地球を構成する物質は元素が全てと考えられていたな。今もそうなのかはわからんが…。
この星には物質を形作る元素と共に情報を形作る『幻素』があり、体系的に十二種に大分類されている。魂・力・創・滅・光・闇・気・波・魔・混・時・無がそれだ。これについては未だに全てが解明されておらず、各地で研究が続けられている。
魂を例にあげる。
肉体が様々な元素で構成されており、情報を司る魂が幻素で構成されている。さらに幻素・混に分類される精神と、魂の欠片が結晶化した生体高分子によって統合されたのが生物である。というのが今のラエティティアにおける通説だな。
これ以上となると話しが逸れるな。これが地球と根本的に常識が異なる原因だ。
さらに、この星には『精霊』と呼ばれる“自然そのものの意思”達が存在する。原理は未だ不明だが、自然そのものと魂が融合した存在。神々の時代より遥か以前の太古から存在するといわれている。
精霊は自身に近い魂を持つ者に“加護”と呼ばれる力を与えるとされる。
ユウキが加護を受けた『アトラス』は『アトラス台地』の精霊だ。あの場所は古くから地球との繋がりを持つ場所。…オレも、アトラス台地から地球へ転移し、こちらに帰ってきた時もアトラス台地だった。そんなわけで、オレもアトラスの加護を受けている。
この加護は魂を包み、通行手形の様な役割や不運を遠ざける効果がある。もう一つは、身体能力の向上だな。この星の重力は地球の1.6倍だ。
ここへ来た時、体が重くなかったか?
アトラスによる加護は強制的に身体を順応させてくれた筈だ。」
…たしかにアトラスの声を聞いた後、身体に掛かる重圧が軽くなったな。ここまで無事に来られたのはやはりアトラスのおかげか。それにしても…
「コナーさんは何故、俺の力になってくれるんですか?」
「おお、今それを聞くのか。」
コナーは驚きながらもフッと笑いながら答える。見ず知らずの奴にここまで親切なのは何か理由があると思うんだが。今聞くのはまずかったか?まあ、教わる身であるのに話の腰を折っている様なものだしな。
「オレはラエティティアのオリュンポス人ヴィルジリオ=コナーであると共に日本人なのさ。」
「え?」
???
さっぱりわからない。質問の答えになっていない。
「オレは記憶を持った転生者。
西暦2001年に日本で死んだオレは、51年前、このオリュンポス大陸の田舎に生まれた。」
「そ、それじゃあ計算が合わない気が…」
余計訳が分からなくなってきた。どういうことだ?コナーはそんな困惑した表情の俺を見ながら続ける。
「地球の西暦2001年に28歳で死んだオレの魂は、時空を越え、51年前のラエティティアにやってきた。…日本人であった頃の記憶を持ったまま。オレの魂は精霊に導かれ、一人の胎児に宿る。それが無事に誕生し、成長したのが今のオレだな。
オレはこの星の知識を蓄えるとともに、生前の知識と合わせて様々な研究を行った。オレの先祖が地球人であり、この星と行き来していたことも分かった。研究の結果、オレも条件付きで地球へ行くことに成功したのだ。時は西暦1998年だったな。
オレは西暦2001年の日本、生前のオレの死を止めようとした。…結果は無理だった。因果律を破るには果てしないエネルギーが必要だったのだ。それこそ、今のオレの魂を捧げればどうにかできたかもしれない。しかし、出来なかった…オレは日本人だった頃の自分の死を確認した2年後、こちらに戻ってくることになる。
…それはまあいい。5年間の滞在中、オレは一人の人物と出会い、世話になった。
世話になった人物、名をカール=ゲルハルト=ヴィルヘイム=フォン=バッハという。
ユウキ、君のお父さんだ。」
「……ッ!?」
!!!!
俺は一瞬呼吸の仕方を忘れた。コナーが父と知り合い…?
「オレはカールと何度か遺跡調査に行った。その際、この星のことを記した壁画を発見した。壁画を描いた者はヴィシュラヴァス=コナー=ン=ウヌム。オレの…この世界の先祖の名だった。」
俺が生まれる前…?壁画を発見したのはもう少し後じゃなかったのか…?
「カールは世紀の大発見だと喜んでいたよ。発掘作業に2年を費やしたのだ、オレもカールと同様に喜んだ。その頃だな、君が生まれたのは。…生前のオレが死んだ翌日でもある。
カールはその後、壁画の解読に取組んだ。無論、オレも協力した。壁画の文字は古代天上語で書かれていた。天上語は知っていたが、古代天上語の解読は難儀だったな。それでも、カール達だけで解読するよりも力になれたと思っている。その時は、こんな事態になると考えてもみなかった。
カールはすぐに壁画の研究成果を世界に向けて発表すると言っていたが、オレは反対した。地球人が転移の鍵を手にする危険をカールに説いた。なかなか説得できなかったオレは、最終手段を使った。オレが転移に使った鍵をカールと共に使い、この世界に飛んだのだ。」
「………パ、ち…父は一度、この星に…来ていた…?」
「そうだ。カールはこの星の豊かな自然、不思議な力、歴史に触れ、研究の発表を諦めた。地球人が踏み入れるべき場所ではないと理解してくれた。」
父は母がまだ生きていた頃、何度か話してくれた。いつか母と俺たち兄弟を美しい別世界に連れて行きたい。と。俺はてっきりどこか海外の事を言っていると思っていた。…そういえば、月が三つある世界の御伽噺も聞かされた事がある。…今の今まで思い出せなかった。
「父は2018年に研究を発表してしまいました。
その前後の事は知っています。
父は発表を迷っていました。それでも「もう発表するしかない」と言っていました。
今思えば、鍵を見つけてしまったことを隠せなくなったのだと…思います。」
そう、父は発表を渋っていた。その所為で研究チームに不和が起こったり、研究費を削られたりしていたのを俺は知っている。発見を喜んでいたのも知っていたから、不思議でたまらなかった。
あのネットへの書き込み…
(((((((((
859:V・U:2019/03/26(火) 23:22
□を遺す=鍵を遺す だとしたら?
それならどっかの研究機構がひた隠すのも頷けないか?
なんせ現在の物理概念がぶっ飛ぶ。
やつら量子扉を開くのに躍起になってるんだ。
ただ、鍵がない。
860:名無し出土:2019/03/26(火) 23:22
また消されそうなヤツがきたなw
861:名無し出土:2019/03/26(火) 23:23
におう、におうぞ!
厨二臭がぷんぷんすらぁ!
862:V・U:2019/03/26(火) 23:24
おそらく鍵はもう見付かっている。
壁画を発見した研究者が隠しているか、やつらの自演か。
そして鍵は複数ある。
なぜなら俺も持ってる。
鍵は壁画の裏にある隠し部屋に厳重に安置されていた。
)))))))))
父以外に鍵を見つけた者への牽制。その為の発表だとすればどうだろう。あの夜、家を取り囲んだ奴らの事を父は知っている様だった。父は何故残ったのか…
「コナーさん。転移の鍵には定員があるんですか?」
コナーは俺の問いに対し顎を擦る。
「いや、転移の扉が開いている時間内に入れる人数であれば何人でも可能だ。
最高で10名程度は入れると思うが…
…そうか。何故カールが来なかったのか。それは君も疑問だったんだな。」
コナーも父が何故俺達と一緒に来なかったのか疑問だったのだろう。しかし、何かを悟った様だ。
「父は…鍵を守りたかったんだと思います。
コナーさんに鍵と俺達を託し、父は他の鍵を持つ者を押さえる為に残った…。」
「ユウキ。カールも精霊の加護を受けている。きっと無事だ。
彼がオレとの約束を守ろうとしていたことも分かった。
そして…質問に答えよう。オレは親友カールの為に、息子達の力になりたいのだ。
その為に、カールの魂の系譜に連なる者がこの星に来た時『アトラス』に加護を授けてもらい、ここへ誘導してくれる様、契約したのだから。」
俺は、何か大きな運命の奔流が働いているのを感じた。何故かはわからない。ただ、様々な事柄が重なり複雑に絡み合って現状があると感じた。もしかしたら、俺の魂の奥深くに刻まれている何かがそれを察知したのかもしれない。
…あ。
あまりにも重要な話で、その前に何を話していたのか忘れてしまうところだった。
「ありがとうございます。コナーさん。
そして、改めてこれからもお世話になります。
…すみません。話の途中だった精霊語について教えてください。」
「ん?ああ。そうだったな。」
コナーも話の途中だったのを思い出したのだろう。一度座りなおしてから、再び口を開いた。
「話が前後してしまってすまない。
さて、精霊語と念話の違いは、文字があることと言語そのものにイメージが宿るところだ。
ややこしいが、イメージという情報を含んだ言葉は精霊語となり、精霊語という言語はそれだけでもイメージという情報を持っているとも言える。」
本当にややこしいな…。
「つまり、日本語を口に出しながら念話のようにイメージを伝える様意識すると精霊語になり、精霊語という言語はイメージを伝える意識をせずともその言葉だけでイメージが伝わる。と?さらに、文字も同様であるといういう事ですか?」
「そうだ。ただし、文字でそれができるのは精霊語だけだ。
日本では漢字から大体のイメージがわかることもあるだろう。
それに少し似ているかもしれないな。
つまり、受け取る側を選ばない言語が精霊語であるとも言える。
これは永い時を経て、言語に魂が宿り『言語の精霊』が生まれた為だと言われている。」
「(この店の看板はオリュンポス語だぜッ!)」
ヴァイス。ごめん、いるのを忘れてたよ…。そうか、ヴァイスはオリュンポス語を知っているのか。それにしても、精霊語…便利過ぎる。確かにこれを覚えるのは必須だな。そして、今までの話から察するに精霊語以外の文字は言語自体を覚えなければ読めない、と。
「言葉についてはわかりました。精霊語とオリュンポス語の翻訳辞典の様なものはありますか?」
「ああ。それも後であげよう。」
「ところで、コナーさんはどうやって正樹…俺の弟の情報を得ているんですか?」
そう、まるで超能力だ。『千里眼』とか言いそうだな。言われても今更驚かないが。
「精霊のネットワークだ。」
コナーは、ん?と何でもないことのように言った。
「精霊のネットワーク…?」
思わずオウム返ししてしまった。この星には精霊による通信網でもあるというのだろうか。
「ああ、同系列の魂の系譜にある精霊同士は離れた場所、時間であっても情報のやりとりができるらしいのだ。俺は法術の力の源である“魂力”と引き換えに精霊から情報を得ている。一応、これは高度な精霊召喚術と精霊交渉術の複合法術だ。覚える為には平均的な資質を持つ者で4年ほどかかると言われている。
精霊によって要求される代償は違うが、多くは魂力だな。稀に肉体や精神を要求する精霊もいるらしいから注意しなければならない。」
「法術にも色々あるんですね…。」
法術といい精霊といい便利過ぎる。俺も早く覚えなければならないな。
「治療系や防御系の法術もあるんですか?」
「ある。法術の原理は幻素の操作。つまり治療の場合は肉体の構成情報に基づく修復という方程式を組み上げれば良い。防御は…一口に言えないくらいの種類がある。もちろん効果が高ければ高いほど複雑な方程式になるがな。」
ああ、その辺はゲームなんかである魔法と同じか。詠唱時間が長かったり代償が必要だったり。数学が得意で良かった。方程式なら得意中の得意だ。これは案外楽に法術を覚えられるかもしれないな。
「ユウキは数学や物理、それと化学は得意か?
法術にはその全てが必要と思った方が良い。さらに言語能力も、だな。方程式…正確には術式というが、これには単語のもつ情報、正確な単語の組み合わせ、組み合わせによる情報への干渉、干渉により発生する現象、現象により齎され得る結果、全てを理解しなければならない。」
俺はどちらかと言えば理系だ。コナーが言った科目は全て得意。法術の習得が楽しみになってきたな。その前に言葉を覚えなければ。この周辺のことも聞いておいた方がいいだろう。
「理系は得意ですよ。語学も苦手ではありません。一応トライリンガルですし。
法術の概要はわかりました。精霊語とオリュンポス語の学習に並行して覚えていきたいと思います。
オリュンポス大陸の概要と霊鳥王国ガルダについても教えて貰えますか?」
「ほう、ユウキは優れた法術師になれるかもしれないな。」
感心した声を上げながらもコナーは地図帳をめくり、別のページを開いた。
「オリュンポス大陸にはここ『霊鳥王国ガルダ』の他に五つの大国がある。
南東に広がる凍れる大地、ゾディアス平野に栄える『ゾディアス王国』
北東のボルタニア半島、食の宝庫『ブエナ・コセッカ』
その北東にある島国『テスカコアトル帝国』
北西の肥沃な地、セルドナ平原には『オリュンポス共和国』
南西の荒野、ベヘモト平原には魔人の国『パイス・デル・ディアブロ』
オリュンポス大陸ではしばらく戦争は起きておらず、国家間の軋轢も殆どない。
およそ五千年前に“ティタノマキア”と呼ばれる大戦があったと伝わっているが詳細な記録は残っておらず、吟遊詩人などによる御伽噺が伝わるのみだ。
『霊鳥王国ガルダ』はアトラス大地と霊峰ル・ガルダ一帯を統べる国。霊鳥ガルダという巨大な鷲のような怪鳥を神の化身として崇めており、王族は霊鳥ガルダの血を引くものとされている。ちなみに“ル・ガルダ”とはオリュンポス語で“ガルダが住む”という意味だ。
現在は立憲君主制となっており、現国王はフォルティス=ン=ガルダ。賢王フォルティスや剣王フォルティスと呼ばれ、有知高才で剛毅果断、文武に優れた人物として広く知られている。」
ファンタジーの王道宜しく専制君主制かと思っていたが、そこは国それぞれなのが当たり前か。ところで、絵に描いたように優秀な王様だな、その人。これは愚王が跋扈する国もありそうだぞ…。
「さて、オリュンポス大陸に限らず、この星では本来戦争が起こりにくい。天空大陸は特殊だが、地上では常に“自然の驚異”と隣り合わせだからだ。」
「自然の驚異?天候や地形のそれとは違うものですか?」
俺の問いに対してコナーが答える前に念話が割り込んでくる。
「(魔物のことだろ?この世界には魔物という自然の驚異がいるんだぜッ。)」
ヴァイス……初耳だよ…。というか、よくここまで無事に辿り着けたな俺。ここに来るまでに遭遇した魔物らしいのは…巨大な鳥くらいしか思い出せないな。
「ま、魔物、か…。まだ一度も遭遇してませんが。
(ヴァイス、そういうことは早く教えて欲しかったな。)」
「(ごめんゴメンッ
だって、ホラ。この辺はさ…)」
慌てるヴァイスをよそにコナーが口を開く。
「ユウキはクレーターの近くを通ったと言っていたな?」
「え?あ、はい。そこで人に襲われました。おそらく魔法…術で。」
「あのクレーターには魔人族の中の少数民族『アボラドゥラ』が住んでいる。彼等は狩りに重きを置く民族で、どの国にも属さず、周辺の魔物や動物を狩りながら大陸中のクレーターを渡り歩き生活している。縄張り意識が非常に強く、自分達の村に近づく者には容赦しないからな。しかし、通常は警告の後に攻撃するんだが…。…それは置いておこう。オレが考えてもわからん。
さて、アトラス台地の北部から霊峰ル・ガルダ一帯にかけては魔物が殆ど発生しない。しかも、北部クレーターにアボラドゥラが住んでいたのなら、ただでさえ少ない周囲の魔物が狩り尽くされているだろう。ユウキがここまで無事に来ることができたのはそういう要素も加わっていたのさ。」
ラッキーだったと?いや、ラッキーで片付けられても困る。今生きてるから結果的には大丈夫だったと簡単には割り切れない。仮に魔物に遭遇していたら、俺には抗う術も逃げる術もないのだから。
「…素直に幸運を喜べませんね。」
俺の呟きにコナーが肩を竦める。
「そう言うな。アトラスの加護はアトラス台地にいる限りその身に幸運を齎す。最悪の事態でも怪我等をしない強力な加護だ。アトラスの加護を受け、アトラス台地南部で魔物と戦う訓練をする者も少なくない。」
いよいよアトラス様様だな。あ、そういえば…
「そうなるとアトラスには感謝してもしきれませんね。
ところで、道中の林で休んだ時、『シール』という声からこれを貰いました。」
俺はポケットから木の実を取り出し、テーブルに置いた。コナーの顔が驚きに染まる。…ヤバイ物だったのか?
「こ…これはッ!!
…これは『世界樹の実』と呼ばれる幻の実。昨日の話では、てっきり一粒だけ貰いその場で食べたものだと思っていた。傷や疲労を癒し、万病に効き、十日間飢えと渇きから遠ざけるという物だ。この世界では一粒売れば五年は遊んで暮らせる程希少価値の高い物だぞ。効果も高いからすぐに買い手が付く。…大切にとっておくんだ。必ず君の助けになるだろう。
そうか『シール』の加護も受けているんだったな。
『シール』とは『ユグ』『ドーラ』と共に星の大地深くにまで根を張る世界樹の眷族、三柱の霊樹の一柱だ。何万年もの永い時を生きる精霊の中でも、滅多に遇うことが出来ないと言われている。オン・ザ・ツリーはそんな霊樹の上に住むことを許された唯一の種族だ。
ユウキ、君はアトラスの加護だけではなく、相当な幸運の星の下にいるようだな。」
相当な幸運の星の下にいるなら、俺は今頃高校で仲間とバカ話して盛り上がってるだろうな。それは別としたって、正樹ともはぐれなかった筈だろう。何が幸運で何が不幸かなんて事を議論するつもりもないが。
「…いつも、不幸中の幸いという幸運ですがね。」
少し自嘲気味に答える俺に、コナーはまた肩を竦めた。
しかしこの星に関する概ねの事は聞けた気がする。後は今後の準備について確認したいところだ。
「コナーさん。正樹を迎えに行く為には、これから具体的にどう行動したらいいか相談しても?」
「ああ。それが目的だものな。
まずは言葉の習得だな。それと旅の準備か。霊鳥王国ガルダの国境から出た後は魔物が徘徊する場所を進まなくてはならん。護衛もできる旅慣れた者を手配しよう。当てがある。
ユウキは最低限身を守れる様、治癒系と防御系の法術を覚えた方がいいな。あとは肉体も鍛錬した方がいい。最低限まずは精霊語を覚えてくれ。道場を紹介しよう。
弟の状況は逐次報告する。一応、向こうの精霊にこちらの状況も伝えてもらい、簡単な伝言もできるようにしておこう。差当たり何か伝言はあるか?」
やるべきことが山積だ…。
「その前に、どれくらいで準備が整うと思いますか?
あ、俺の学習能力が平均的なものだとして。」
「そうだな…
最短で三ヶ月、最長で一年というところだろう。」
「そこから正樹のいる所までは?」
「ここからオリュンポス共和国まで徒歩で最短約40日、オリュンポス共和国から飛行船の定期便に乗り約2日だな。」
戦争中なのに定期便なんて出ているのだろうか。飛行船なんて恰好の的じゃないか。俺の考えを知ってか知らずかコナーが続ける。
「ただし、飛行船で直接『要塞帝国プラエシディオ』には行かない。
現在の定期便は『剣聖の里ティラン・ティノス』までとなっている。ティラン・ティノスは天空大陸の南方に浮かぶ孤島だ。ここから小型飛行船に乗れば約半日で天空大陸南西に位置するプラエシディオに到着できるだろう。ティラン・ティノスには信頼できる友人がいる。そちらに飛行船の手配を頼んでおこう。」
これは…。しっかりと準備をすれば行けそうな気がしてきた。楽観視はできないが、絶望視することはなさそうだ。問題は、それまでプラエシディオが“もつ”か、だな。それに…
「成程、わかりました。
しかし旅には相当の資金も必要になりそうですね…。」
先ほどからコナーが言う“手配”とは、まさかボランティアではあるまい。対価が必要になる筈だ。すると、コナーはにっこりと微笑んだ。
「資金は心配せずとも道中でたっぷり稼げる。」
何か嫌な予感がする。昔ながらの中世RPGを想像してしまう。
「あの、それはどういう…」
意味ですか?と言う俺の言葉と被るようにコナーが喋る。
「この星では殆どの魔物が“資源”として扱われる。魔物を退治した者にはその対価が支払われるのさ。もちろん、退治した魔物を自分自身で処理しても良い。詳しい事は同行させる者が決まり次第その者から聞いてくれ。オレは概要しか知らないからな。」
「つまり、ハンターの様な職業があり、その中でも“ついで”に護衛してくれる旅慣れた方が俺の旅の同行者になるということですか?」
なるほど、それならこちらから出す報酬も少なくて済む。コナーの交渉なのか人脈なのか、によっては特別な報酬は無しでいいという事か…。あれ?しかしさっきの口ぶり「たっぷり稼げる」だと少し違うな…
「ああ、すまん。きちんとハッキリ言おう。
ユウキ。
君も道中魔物を狩るんだ。」
………ん?今この人何とおっしゃいましたか?
「…。
…え?
…え!?」
コナーの笑顔が邪悪に見えてきた。
「これからの約三ヶ月で、ある程度の稼ぎになる弱めの魔物を倒せるくらいまで訓練するんだ。もちろん最初の訓練にはオレが付き合う。この世界で生きるには必要な事だ。」
…お人好しで気のいい中年イケメンだと思っていたら、結構イジワルな所があるな、この人。
「俺にできるでしょうか?」
「弟を迎えに行くなら、やらなければならない。じゃないか?」
Oh…。今のコナーには有無を言わさぬ迫力がある。わかりました。覚悟を決めましょう。危険地帯に弟を迎えに行く…。確かに覚悟が必要だ。覚悟ついでに魔物とやらを狩る覚悟も決めよう。
「そうですね。わかりました。
正樹への伝言は、俺が迎えにいけそうな凡その時期をお願いします。必ず行く。と。
ところで、正樹のいるところに戦争の危険が及ぶまでに間に合うと思いますか?」
コナーは腕を組みながら、真剣な面持ちで答える。
「おそらく、拮抗した状態が数年続くと見ている。楽観視はできないがな。
最悪、ティラン・ティノスの友人に匿ってもらう手筈を整えておくつもりだ。
オレはカールのもう一人の息子も必ず救う。精霊に誓おう。」
――――――――――――――――――
コナーのラエティティア講座は、俺の覚悟とコナーの誓いによって一応の終わりを告げた。
次回ではヴァイスも頑張ります。
次話は10月19日に投稿予定です。