【 1 】 幕開け
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第 一 幕 Festina lente
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目覚めると、辺りは月明かりに照らされていた。昨日と違うのは、青白く明るい月が見えず赤い月のみに照らされている為、少し暗い事か。とは言っても日本の満月の夜程度に明るい為、それほど暗いわけではない。地球の様な月はどこにも見えない。
この星の昼夜の感覚はどうなのだろうか。もし地球と昼夜逆転の生活様式だった場合、昼に尋ねるのはまずいだろうか。しかし答えは出るはずも無い。とにかく町外れの書店を目指し歩く他ないだろう。
俺が立ち上がると、傍らに眠っていたリスのような奴も慌てて身を起こす。俺はその動きを見て暖かい気持ちになると、初めてリスのような奴に話しかけた。
「お前、どこまで付いて来るんだ?」
「………」
「名前、付けてもいいか?」
「………」
返答が返ってくるわけもない。納得しながらも、気安く話しかける相手がいることに少し嬉しくなる。
「…ヴァイスってのはどうだ?ドイツ語で白って意味だ。…って言っても通じないよな。」
やや自嘲気味に笑いながら言い「行くか、ヴァイス!」と続け、歩き始める。
歩を進め始めて間もなくだった。突然、耳に声が届いた。心に響く声に似ているが、少し違う。耳を塞いで自分の声を聞く様な、そんな感覚に似ている。
「(名前、気に入ったぞ!)」
「え!?」
少年のような声は、どこから聞こえているのか。周囲を見渡しても、誰もいない。いるのは俺と、白いリス…ヴァイスだけだ。
「(ヴァイス…、へへっありがとうニイチャン!)」
どうやら空耳ではないらしい。そう。ヴァイスが俺に話しかけているのだ。それも流暢な日本語で。俺は今何が起こっているのかわからないという顔をしているのだろう。ヴァイスが続ける。
「(ニイチャンの名前は?あ、ボクはオン・ザ・ツリーのヴァイスだ!
ま、名前はさっき貰ったんだけどね。ニイチャンから。
ん?話せるのが不思議かい?これは“念話”ってんだ!
言葉を思い描くんじゃなく、伝えたい事柄をイメージして相手に念じるのさ!
チャンネルが合わないと出来ないけど、ニイチャンとボクは相性いいみたいだ!)」
なんということでしょう。いよいよ、この星がファンタジックでファンタスティックな所だと思った。薄々は感じていたのだが…。もう俺の中では確定した。しかし、驚きのあまり黙っているのはヴァイスに悪い。“念話”はわからないが、とりあえず普通に言葉で返してみよう。
「気に入ってくれたみたいで俺も嬉しいよ、ヴァイス。
念話はやり方がわからないけれど、こうして話す事はできる。
俺は勇樹。この星の人間じゃないんだ。
ここへ来てまだ2日も経っていない。
だから、ヴァイスがここでの初めての友達だな。」
さらに、一番聞きたかったことを聞いてみる。
「ヴァイスはどうして俺に付いてきたんだ?」
やや間が空く。言葉が伝わっていないのだろうか。ところがそれはいらぬ心配だった。
「(そっか、ま、念話はすぐに出来るようになるよッ
ニイチャンはユウキっていうのかー!
勇ましい樹って意味だねッ
へへへッ…トモダチかぁ…ボクを友達だと言ってくれるのかい?)」
そうか、言葉と同時か少し遅れて俺のイメージがヴァイスに届いているのだ。俺の名前が漢字として具体的なイメージで伝わったのだろう。相手に向き合いきちんと話せば思いは伝わる。どこかの先生のそんな言葉が聞こえてきそうだ。
「もちろん。ずっと一緒に歩いてきただろ?
それに、こうして話してみて、やっぱり友達になりたいと思ったよ。」
また少し間が空き、返事が返ってくる。
「(ありがとう!
あ、ボクが勇樹に付いてきたワケだよねッ?
ボク達樹上族は、成人を前に人間族と行動を共にして修行することで、高い位を貰えるんだ!
ボクの父ちゃんも祖父ちゃんも、その前の祖父ちゃん達もみんなそうしてきたんだぜッ
一応、王族ってやつなんだ!
それでボクも人間族を探す旅に出たんだけど…
最初に出会った人間に魔物だと思われて丸焼きにされそうになって…
しばらく隠れていたところに勇樹が来たんだ!
精霊の加護を二つも受けてる人間族だし
ボクも一緒に連れてってもらえないかなと勝手に思ってついてきた。
でも、勇樹まであの人間族に襲われた時はビビッたよ~
一発目はボクの術で逸らせたけど、二発目はダメだった…
勇樹が上手くかわしてくれて良かったよッ。)」
なんてことだッ!俺は知らないうちにヴァイスに命を助けられていたらしい。クレーターで火球が足元に着弾したのは、ただのラッキーではなかったのだ。もしかしたら、俺は今頃クレーターの傍らで物言わぬ黒焦げ死体になっていたかもしれない。感謝してもしきれない。誰かが「俺に害を為すことはできない」的なことを言っていたが、思い切り危なかったではないか。ここはヴァイスに御礼を言っておかねば。
「ヴァイス、本当にありがとう。
あの時火球が逸れたのはヴァイスのおかげだったんだな。
命の恩人だ。そんな恩人が付いて来てくれるなら俺も心強い。
喜んでヴァイスの修行を受け入れるよ。
これからも、よろしく頼む。」
「(へへへ…よせやいッ
樹上族は親切なんだぜッ
ボクの方こそ、よろしく!)」
樹上族が俺…“勇樹”の肩に乗る。案外洒落ている。ま、ヴァイスはすぐに地面を歩く方を選択したのだが。人間の肩の上で楽をしては修行にならないそうだ。腹は減らないのかと聞いてみたが、あと一ヶ月は飲まず食わずでも大丈夫だそうだ。
どうなってるの、樹上族の燃費。プリ○スハイブリッドも真っ青になる燃費ですよ。
しかし、それは霊樹の木の実のおかげらしい。俺が貰った三粒の木の実。樹上族であれば一粒で二ヶ月も飲まず食わずでいられるそうだ。『シール』様様だな。
それにしても、話す相手がいるというのは何とありがたいことだろう。俺はヴァイスと話しながら眼下に広がる平野へと下り、町への歩みを進め始めた。
そういえば、ヴァイスが俺を助けてくれた際に使った術とは、一体どんなものなのだろう。ヴァイスに聞こうと思い目を向けると、すぐにヴァイスが話し出した。もちろん、念話で。
「(おッ!
勇樹は物覚えがいいねー
もう念話ができるようになったんだッ)」
俺、念話なんてしたかな。そう思っていると、ヴァイスは更に言葉を続けた。
「(それそれッ
相手に伝えたいイメージができれば念話は簡単にできるんだ。
今、勇樹はボクに
“俺を助けた時の術ってどんなもの?”って念話で言ってきた。
その後、“俺、念話なんてしたかな”って。)」
「こんなかんじか。
(こんなかんじか。
これ、出来るようになると便利だな。)」
俺は言葉を口に出し、更にその後に続く言葉のイメージをヴァイスに向けた。
「(そうそう!そこまでできたら合格だよッ
念話は一部の種族しか使えないけど、便利だよ。
人間族同士では何故か殆どが出来ないらしいけど…
あ、術のことだったね。
あれは重力属性の重力操作系の術!
ボクは一系統の術しか知らないけど
人間族はものすごくたくさんの属性や系統の術を知ってるよ。
魔人族や天上族は更に独自の術を知ってたりするんだ。
勇樹の世界では術が珍しいのかい?)」
念話検定で合格を貰った俺は、早速念話で返事をする。
「ああ。
(俺のいた星にはヴァイスが言うような術はなかったんだ。
でも、学問や技術が発達していたよ。)」
上手く念話できたのだろう。すぐにヴァイスが返してくる。
「(この世界の学問や技術も色んな発達をしているよッ
ボクは父ちゃんの話を聞いて知っただけなんだけど
法術学、数式学、現象学、歴史、語学…
その他色々な学問があるんだって。
技術は国によってすごく差があるって言ってた。
ある国では夜を明るく照らす技術があったり
“空飛ぶ船”まで作ってるらしいよッ!)」
「(すごいな…。
たぶん、俺のいた星では考えられないことが沢山ありそうだ。)」
俺は念話でそう呟いた。呟くというのも少し妙だが。しかし、ヴァイスのおかげで少しづつこの星のことを知ることができている。これには素直に喜んでいる。地球で言う2日分をひたすら一人で歩いてきた俺にとって、会話ができるだけでもありがたいのに、知らない知識を授けてくれるのだ。
念話に慣れると本当に便利だ。俺はいつの間にか、歩きながらでも念話による会話ができるようになっていた。ヴァイスの言うように“相性が良い”のだろう。話しながら歩くと、時間が経つのも歩が進むのもあっという間だった。
――――――――――――――――――
日が地平線から半分ほど頭を出し、朝日によって空が黄金に輝く僅かな時間。
ついにここまできた。
『霊鳥王国ガルダ』
遠方から見ていた塀は、塀などという規模ではなかった。高さ10メートルはあろうかという城壁だ。ここからではその中の町の様子を窺い知ることはできない。衛兵でもいたら非常にまずい。今の俺の格好と言ったら…このまま地球に戻ったら即座にホームレスの烙印が押されそうだ。いや…今はホームレスなのは間違いではないが。それに、言葉が通じるとは思えないし、下手をすれば捕まるか問答無用で殺されてしまうかもしれない。すぐに書店を見つけたいところだ。
『アトラス』は町外れの書店と言っていた。俺は城壁に沿って歩いていく。どこかに入口があるはず。もしくは運が良ければ城壁の外に書店があるかもしれない。城壁は長く、曲がり角まででも1日以上歩かなければならなそうだ。
しばらく歩くと城壁と一体になって建っている様な石造りの建物が見えてきた。大きさは日本の一般的な一戸建て住宅より少し大きい程度だろうか、看板が掛かっており、それが何かしらの商用施設であることが窺える。看板の字は残念ながら読むことが出来ない。当然と言えば当然だが。しかし、そこはたしかに町外れだろう。これはまたラッキーかもしれない。俺は書店であってくれと思いながら足早に建物に向かった。
「(勇樹、看板の字が読めないなら
ボクに聞けばいいのに!
もしかして、見た目でボクが字は読めないと思ったかい?)」
どうやら、考えていた事が少しだけ念話で漏れたようだ。ヴァイスがそんなことを言ってきた。いや、正直そこまで考えが至っていなかった。ヴァイスは知性とそこそこの知識を持っているのだ。どうして気が付かなかったのか。
「(ごめん、ヴァイス。
そこまで頭が回っていなかった。
看板に何て書いてあるか、教えて欲しい。)」
「(えっと・・・
『霊鳥王国へようこそ!
観光ガイドと本の店
コナー書店』
って書いてあるよ。
あ、ちょっと待って。
その下にも少し小さめに何か書いてる。
『迷い人の皆さんもこちらへどうぞ』
・・・だって!)」
「(ありがとう、ヴァイス。
どうやらここが俺の最初の目的地で間違いなさそうだ。
やっとここまで来られた…。行こう。)」
俺はコナー書店の両開き扉を恐る恐る引き、ヴァイスと共に中に入った。
石造りの外見とは違い、中は年季の入った木製の内装だった。書店らしく中には本が沢山陳列されているが、どれも読めそうに無い。店内の一角には喫茶スペースのような場所がある。ヴァイスが念話で「観光ガイド打合せコーナー」だと教えてくれた。俺は店内を奥へと進む。他に客はいない様だ。
入口から真っ直ぐ奥に行くと、ちょうど正面にカウンターがある。カウンターは大理石のような磨かれた石でできている。カウンターの向こうに、不健康そうな青白い肌をした黒髪美形の中年男性が椅子に座っていた。彼が書店の主だろうか。俺が声を掛けるのをためらっていると、予想外の先制攻撃が来た。
「いらっしゃい。大変だったろ。
オレがこの店の主、コナーだ。」
俺が最も聞きなれた言語……日本語でそう言われた。
俺はしばらく目を見開き、混乱する頭を冷静にする作業でいっぱいになった。コナーは俺が冷静さを取り戻し話し出すのを待っているのか、椅子に座ったまま黙っている。
「あ、『アトラス』にここへ来て貴方を頼る様言われました。
でも…どうして?日本語…?」
俺はとりあえずそれだけは言わねばと思い声を絞り出した。ただし、混乱が治まったわけではない。つい疑問も口に出してしまっていた。
コナーはふっと短く笑うと観光コーナーの方へ俺たちを案内した。
「まずは落ち着いた方がいい。
少し待ってな。飲み物をやろう。
オン・ザ・ツリーの王子は何がいい?
あ、修行中は付いた人間と同じ物じゃないとダメなんだったか。
まあ、二人ともそこで座って待ってな。」
そういうと、カウンターの奥へと引っ込んで行った。
気さくな、何故かすごく安心させてくれる人だ。俺がコナーに抱いたのはその様な印象だった。
そしてその印象はこの後の会話で“信頼”に変わっていくことになる。
――――――――――――――――――
コナーはティーポットとカップを3つ乗せたお盆を持ってカウンターの奥から戻ってきた。カップにはホットミルクのような液体が入っている。立ち上る湯気は甘いココアの様な香りがした。
「ホットココだ。君の世界のココアに似ているかな。
原料は別物だが。
…ほら、暖かいうちに。」
コナーに促され、俺はホットココをゆっくりと飲む。温かい。熱過ぎず、ぬるいわけでもなく、心がほっとする温かさだ。味はココナッツに似ており、程よい甘さは後口も良かった。ヴァイスも俺に続いてそれを飲む。コナーはそれを温かい眼差しで眺めていた。
「改めて自己紹介をしよう。
オレは、ヴィルジリオ=コナー。
この店の店主で、ボランティアで人助けもしている。
地球人の末裔だ。」
俺たちがホットココを飲み干すのを確認したコナーは、さらっと自己紹介をした。あまりにもさらっとしていて、俺は最後の言葉を聞き流しそうになった。…地球人の末裔?思考が迷走する前にコナーが言葉を続ける。
「君の国の言葉を使える理由は、オレも15年程前まで“あっち”にいたからだ。
そのことは追々話すとして、今は君の話が先だな。」
コナーはそう言って俺の言葉を待つ姿勢になった。
「俺…僕は飯島フォンバッハ勇樹といいます。」
俺は話した。この星に来る前の経緯から、ここに至るまでの全てを。『アトラス』の声を聞きここまで歩いた事、道中の『シール』や『ラブラドル』の事、クレーターで人間に襲われた事、ヴァイスとの出会い…。コナーは何度か頷きながら黙って俺の話を聞いていた。
一気に喋ると、口がカラカラに渇いていることに気付いた。ふとカップに目をやるとホットココが注がれていた。コナーがどうぞとジャスチャーをしたのを見て、俺はまたカップを口に運ぶ。そこで、ヴァイスが口を開いた。正確には口は開いておらず、念話だ。
「(ヴィルジリオって…大賢者ヴィルジリオかッ!?)」
コナーは肩を竦めて困ったように溜息を一つ漏らす。
「オレの事をそう呼ぶ者も少なくないな。
もっとも、そんな立派なモンでもない。
ただ、“色々と知っている”だけさ。」
どうやら、コナーもヴァイスの念話を聞き取れる様だ。それにしても、大賢者とは。『アトラス』がこの人を頼れと言ったのは、色んな根拠があったのだと感心する。
「さて、ユウキ。順番に話していこうか。
まずは弟の事が一番心配だろ。」
「はい。無事なのか、今どこにいてどうしているのか…。一刻も早く合流したいと思っています。」
コナーは少しの時間目を瞑った後、目を瞑ったまま口を開いた。
「…大丈夫、無事だ。
別の大陸に出てしまったようだな。
今は親切そうな人の世話になっている。
しかし…。」
そう言って目を開けたコナーは腕を組んだ。
「これは少々厄介なことになりそうだ。」
「厄介…ですか?」
無事なのに厄介とはどういうことだろう。俺の疑問を読み取ったのか、コナーは続ける。
「弟が今いる場所は『要塞帝国プラエシディオ』
天空大陸にあり、皇帝による絶対王政が敷かれた軍事国家だ。
厄介なのは…
天空大陸が戦乱真っ只中、ということだな。」
「そんな…。
それはつまり、急がなければ正樹の身にも危険が及ぶ。
けれども、急ぐことも難しい。
…そういうことですか?」
コナーは腕を組んだまま頷く。
天空大陸とはどの辺なのか。ここからどれくらい離れているのだろう。戦乱とはどれほどの規模なのだろう。そもそも、この星での戦争はどういったものなのか。分からない事だらけだ。順番に聞いていくしかないか。
「その戦争について、詳しく教えてもらえますか。」
「わかった。
ただしその前に、地球とこの星…
…ラエティティアでは様々な常識が異なるということを前置きしておく。」
コナーはすっと立ち上がると、すぐ近くの本棚から地図帳を持ってきて、それをテーブルに広げた。かなり荒い地図だがそれでも土地感が全くない俺にはありがたい。
「天空大陸はこの大陸の北西に、その名からも想像出来る様に、空中に浮かんでいる大陸だ。
広さは…そうだな、地球のオーストラリアと同じくらいか。
浮かんでいる原理は簡単に言うと天空大陸の磁気とその直下の海底の磁気の反発。
もちろん他の様々な要因が複合的に絡み合っているが。
詳しい事は後で教えよう。
天空大陸には四つの大国と十の小国があり、
領地拡大や資源の奪い合いによる戦争が頻発していた。
今は戦国時代とも言われており、約100年間もその状態が続いてきた。
光の神レーヴェを主神とするレーヴェ教の教祖ジュピタスが建国し
代々ジュピタスの名を受け継ぐ法王が治める
宗教国家『ジュピタス法王国』は、レーヴェ教の布教を力ずくで行っている。
このため、国民に多くの魔人族を抱えている国家『アスモディアーナ共和国』とは
宗教上の衝突が絶えない。
戦国時代より遥か以前…今から約500年前から何度も軍事衝突している。
その『アスモディアーナ共和国』は、自国では乏しい資源を
交易によって他から得ていたが、徐々に低下する国力に危機感を覚え
他国への侵攻を開始した。
唯一、他国から侵攻されず、戦争を静観している言わば“不可侵状態”の国が
『天上国パイス・デル・ディオス』だ。
希少種族である天上族の国。
一説に依れば、、そこに住むのは神の末裔達。その歴史は8万年を超えている。
君の弟がいる『要塞帝国プラエシディオ』は強力な軍事力を持ち、
防衛に有利な地理と頑強な要塞群、高度な技術力によって
大陸の中で防衛戦に最も有利な国だ。
最も情勢が安定している国でもある。
しかし、その地理条件と豊富な資源の為、他国から狙われている。
これまではそれぞれの勢力がそれぞれの思惑で戦争を繰り広げていたが
この数年で状況が変わりつつある。
『ジュピタス法王国』が十の小国のうち五つを併呑した。
これに並行し『アスモディアーナ共和国』が小国の三つを併呑、一つを滅亡させた。
小国は唯一『剣聖の里ティラン・ティノス』のみが残る事になった。
この小国は、剣聖と呼ばれた二人の剣士
魔人族のティランと天上族のティノスによって約千年前に建国された国だ。
建国当初より優れた剣士の修行の地として知られ
ラエティティア各地から武者修行の剣士達が集う場所。
人口は一万人に満たないが、全ての国民が一騎当千の優れた戦闘要員と言える。
実際、戦国時代に入ってからは傭兵事業が台頭。
天空大陸各地の戦争に傭兵を貸し出し、相当な利益を上げている。
そしてつい最近、あり得ないと思われていたことが起きた。
『ジュピタス法王国』と『アスモディアーナ共和国』が休戦協定を結んだのだ。
二ヵ国の狙いは『要塞帝国プラエシディオ』の資源。
休戦協定の裏には一時同盟があるとみて間違いない。
ここへきて『要塞帝国プラエシディオ』に侵攻可能な勢力が生まれてしまった。
『要塞帝国プラエシディオ』は『剣聖の里ティラン・ティノス』及び、国交のある天空大陸南方の海にある国家『聖ラディウス共和国』に協力を要請した。
優れた法術の使い手を有する『ジュピタス法王国』
強力な魔術を使え、身体能力も高い戦闘民族である魔人族を有する『アスモディアーナ共和国』
この二ヵ国に対抗するには『要塞帝国プラエシディオ』だけではジリ貧となることを予想したのだろう。
もっとも『要塞帝国プラエシディオ』はラエティティア上でも有数の科学技術力を持っている国だ。
法術や魔術を使えない者でもそれらを使用可能にする技術や、各種兵器を有している。
数の上では不利に見えるが、二つの勢力は今のところ拮抗していると言えるだろう。
すなわち、天空大陸は現在、戦乱状態から二大勢力の大戦へと移行する様相を呈している。」
コナーは説明を終えると、ホットココを飲み、ふぅと一息付いた。俺は学校で歴史の授業を真面目に受ける優等生のように話を聞いていた。全ては憶えられそうに無いが、ある程度の知識を得る事ができたと思う。
しかし、たしかに厄介だ。戦時中の国家へ弟を迎えに行く…。色々な準備が必要になる。様々な準備をし、それでも尚、安全とは言えない道程になるだろう。なるべく急ぎたいが、それで命を落としては本末転倒になる。
「ユウキ。
色々と考えることは多いだろうが、今は少し休んだ方がいい。
この星の事やこれからの事は、目覚めてからまた話そう。」
おそらく俺の顔に疲労の色が浮かんでいたのだろう。コナーの提案を聞いて、自分がドロドロであることを思い出した。たしかにこれでは落ち着いて話せない。
その後、コナーが家の一室をしばらく貸してくれることに決まり、温泉を引き込んだという風呂を借りて汗と汚れを流した俺は、少し固めのベットで眠りに就いた。
次話は物語の舞台『惑星ラエティティア』についての説明回です。