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【 8 】 わたくし、決めましたわ!

ようやくヒロインの登場です。

「ミカ?」


 動き易そうなショートカットにされた栗色の髪、イタズラっぽい眼と黒い瞳、幼さを感じさせる顔つき。俺にはその顔に見覚えがあった。いや、正確に言うと見覚えというレベルではない。馴染みのある顔だ。地球の知り合い…同じ高校の同じクラス…同級生…友達。そのどれもが当てはまり、そしてそのどれもが表現としてしっくりこない。


 その女は俺の幼馴染、美佳ミカにそっくりだった。


「はぁ?なに言ってんの?アンタ、アタシを誰かとカン違いしてんの?」


 しかも口調までそっくりだ。いや、ミカなわけがない。地球で高校生活を送っているはずだ。そういえば、地球の皆は俺が突然いなくなったことをどう思っているんだろう。


「ちょっと!聞いてんの!?」


 見慣れた顔を見たせいで違うことを考えてしまった。それにしても、コイツは何様なんだろう。


「黙ってるなんて、情けないヤツ!」


 俺は、いくら異世界に来たからと言って平然と殺しをできるような精神をしていない。ましてや、今は殺らねば殺られるという状況でもなかったのだ。こちらから、狩りに行ったのだ。

 甘いと言われるかもしれないが、それが俺の偽らざる本心だった。そこにそんな罵声を浴びせられる。

 コナーも何か言ってほしい。そう思ってコナーを見ると、颯爽と現れた毒舌女に呆然としている。


「な、なによ!アタシに何か文句あんの!?」


 いつまでも偉そうなコイツに、温和な俺も腹が立ってきた。というか、魔物殺しのショックがどこかにいってこの女への憤りが俺の心を満たしていた。


「お前さ、何様なの?関係ない人に絡んできて好き放題言って。

 何?俺に喧嘩ふっかけてるの?いいぜ、買ってやるよ。」


「へー、魔物も満足に殺せないくせに、か弱い女の子には強気なんだねー。へー。」


 嗚呼…ダメだ。こういう輩はまともに相手をしてはいけない。感情を殺すしかない。感情を殺すのは魔物を殺すのと比べ物にならない程楽だ。淡々といこう、淡々と。


「自分で毒を撒き散らしておいて“か弱い”か。か弱い女の子はお淑やかにしておくべきだな。そもそも俺にあんなことを言ったのだから、お前は魔物を何十体殺そうがなんとも思わないんだろ?そんなやつが“か弱い”はずもないよな。

 それに冒険者だかなんだか知らんが、俺はそんなものになるつもりはない。ダサくて情けなくて震えちゃうボクちゃんみたいな初心者イビリなんてせずに、さっさと大冒険にでも行った方がいいと思うぞ?」


 口は災いの元と言う。俺は魔物を殺した事にショックを受けていただけで、見知らぬ女に罵倒される覚えはない。自ら吐いた毒を食らうがいい。


「なによ!さっきまで震えてたくせに、えっらそーに!アタシだってこんな所さっさと出て冒険に行きたいわよ!」

「では何故さっさと行かないんだ?

 ああ、お前にとっては冒険に行くよりも初心者イビリの方が楽しいってことか。」

「ち、ちがうわよ!アンタがあんなちっぽけな魔物一匹殺しただけで震えて、今にも泣きそうだったから、からかってみたくなっただけよ!」

「なんだ。やっぱり何も違わないじゃないか。」


 こいつバカだ。毒舌を吐く奴は頭の回転が速かったり知識が豊富だったりで知的な側面が強いことが多いのに、こいつはバカのくせに毒を吐くものだから、吐いた毒が自分に戻っている。俺は憤りも落ち着いてきたので相手をするのも面倒になってきた。


「さ、俺は実戦で震えちゃわないように訓練を続けるから、お前はどっかに行ってくれよ。」


 すると今度はバカが震えだした。いや、泣き出した。


「うぅ…ばかーーーー!」


 女は大声で叫びながら北の方へ走り去って行った。バカはお前だろ。

…非常に疲れた。子供かよ。全く。


 しかし、奴の登場で俺のショックはどこかへいってしまった様だ。死体も返り血もそのままだが、先程のような罪悪感は感じない。“魔物は殺して当然”の様な考えは腑に落ちないが、自衛的にはなんとかやれそうだと思う。この点だけはさっきのミカ似の女に感謝しよう。

 そのうち魔物殺しに慣れてしまうんだろうか。それはそれでどうなんだ。



 女との舌戦を終えた俺と呆けていたコナーが冷静になった頃、ヴァイスがいないことに気付いた。

 あのリス、はしゃぎすぎて魔物に喰われたのか…などという心配は、次の瞬間の轟音と共にかき消された。


 俺とコナーの位置から少し南で、魔物が見えない何かに吹き飛ばされている。


 しかし俺には視える。


 小さな“黄色い”気の塊が魔物の周囲を高速で移動し、時にぶつかり、轟音を発している。魔物はその速度に翻弄され、やがて力なく大地に伏した。


 うん。あのリス、ミニチュア版トラロックを目指しているに違いない。巨人相手に戦うトラロックもあんな動きをしそうだ。巨人がいるのかどうかは知らないが。

 それにしても、ヴァイスは本当に底が見えないリスだ。樹上族というのはかなりの潜在能力を持っているのではないだろうか。そのうち、金色の気を纏ってしまいそうだ。


「(ボクも勇樹に負けてられないからなッ)」


 念話でそう語りながら小躍りする白いリスはやっぱり可愛かった。


「俺こそ負けてられないな。」

「…いけそうか?」


 俺の呟きに、コナーが心配そうに訊ねる。


「なんとか。今度はもっと怪物らしいヤツにします。」


 ホーンハウンドは犬にそっくりだから精神にきた。そう自分に言い聞かせて、今度は心が痛まない様な魔物を探す。


「ならば、少し厄介だがグリーンスライムと戦ってみるといい。見た目は名前のとおりだからすぐわかるだろう。」

「厄介?」

「ああ。スライム系の魔物には打撃や刺突が全く効かず、斬撃も半減される。溶解液による攻撃は腐食効果があり、装備品を腐食させる。生身に受ければ皮膚や肉が溶ける。

 グリーンスライムの場合、噛み付きのような攻撃でそれを行うからまだマシだが。」

「わかりました。攻撃を食らうのはマズそうですね。」

「アイアンソードなら、体の中心を狙うように切ることで一撃で倒せるはずだ。」

「やってみます。」


 辺りを見回し、人が少ない場所に移動する。

 するとそこに一体の緑色をしたゼリー状の物体が不気味に蠢いていた。ドロドロというかプルプルというか、小刻みに震えつつナメクジの様にずるずると這っている。

 どうやら俺に向かってきているらしい。

 なるほど、これなら何の躊躇いもなくやれそうだ。




「弱・・・」


 俺は中央で真っ二つに両断されたグリーンスライムを見て呟いた。弱すぎて訓練にもならない。


「ん?」


 しかし、初めての現象を眼にすることになる。

 両断された緑色のスライムの体が、蒸発するように消えていく。そこには小さな赤黒い石だけが残された。


「魔石だ。」


 後ろから、ホーンハウンドの死体を持ったコナーがやってきた。自分でやっておいて何だが、やっぱり死体がグロい…


「魔石?この赤黒い石のことですか?」


「そうだ。魔物の心臓と脳みたいな物だな。魔核コアと呼ばれる物だ。魔物を殺して残ったコアのことを魔石と呼ぶ。」


 そのまま魔核コアと呼べばいいのに。と思ったが、素材としての呼称は魔石らしい。魔人族秘伝の魔術には魂力ではなく魔力を使う。魔石や、それを精製加工して作られる魔晶珠等は魔力の補填や魔術の補助に有用らしく、魔人族によく売れるそうだ。


 それはそれとして、俺はグリーンスライムとホーンハウンドの死に方が違うことに疑問を感じた。どちらも剣で斬ったのには変わりない。しかし、片方は魔石を残して蒸発し、片方の死体はそのままだ。


「魔物は、魔核の魔力によって形成される。スライム系の魔物はその典型で、体を形成する魔力以上のダメージを受けると魔核以外の体が消滅する。こういった魔物からは素材が魔石しか得られない。」


 コナーがいつもの様に教えてくれる。俺は疑問が顔に出易いのだろうか。


「しかし、ホーンハウンドの様な魔獣型の魔物は、何らかの原因で動植物から派生したものだ。魔核コアの魔力とは関係なく肉体を保持でき、元の動植物と似た様な特徴を持つ。もちろん心臓や肺などの内蔵器官もある。動植物同様の繁殖によってその数を増やすし捕食もする。その代り、通常の肉体的なダメージだけでも死に至る。」


「つまり、魔獣型の魔物は弱点が少なくとも3箇所以上あると?」


 心臓、脳、それと魔核(コア)が弱点となるのではないだろうか。他にも肺や肝臓などもそうだろう。


「そういうことだな。ちなみに、ホーンハウンドのコアはこれだ。」


 コナーは大型のナイフでホーンハウンドの角を根元から切り取った。骨も切るとは相当な切味のナイフだと思ったが、違うらしい。


「この角は頭骨から直接生えているのではない。皮膚が硬質化した物なので根元から抉るようにすれば比較的簡単に剥ぎ取れるんだ。角の内部にコアがある。この状態なら魔石と言うがな。」


 それにしてもやっぱりグロい。俺が素材の剥ぎ取りに慣れる時は来るのだろうか。



 その後、同じ場所でニ匹のグリーンスライムとニ匹のオオトカゲを狩り、因縁のホーンハウンドもニ匹狩った。キャンプに戻る頃にはすっかり魔物の死体にも慣れていたのだった。







――――――――――――――――――







「素材は全て、ここのハンター組合に買い取ってもらう。」


 コナー、ヴァイスと共に黄色いテントに向かう。そこはハンターギルドの出張所で、ギルド職員の新人研修にも使われている様だ。見習いのハンターや冒険者が素材の受け渡しをする練習にもなる。なるほど、このキャンプ地はさまざまな新人研修に使われているというのは本当の様だ。


「思ったよりも貰えましたね。」

「そうか?雀の涙だと思うが…」


 俺の成果7体とヴァイスの成果5体、計12体の魔物の素材を引き取ってもらい、その対価として銅貨八十枚を受け取った俺はコナーとそんなやりとりをしていた。


 霊鳥王国ガルダでは銅貨五枚でランチを食べる事ができる。感覚的には銅貨一枚100円といったところか。つまり今日のアガリはヴァイスと俺で約8000円だ。

 俺は初心者にしては悪くない稼ぎだと思った。


「天空大陸への道中に生息する魔物の素材ならば、一番安いヤツでも一頭辺り銀貨一枚以上になるだろうな。」


 銀貨一枚は銅貨百枚分の価値とされている。つまり、安くても一頭分の素材で1万円。そんな感覚に慣れていれば、さっき俺が貰った分は雀の涙と感じるだろう。ハンターや冒険者とは、命の危険と言うリスクと引き換えに一攫千金を狙える職業らしい。


 因みに、霊鳥王国ガルダの通貨単位はドラム。貨幣価値をまとめると、こうだ。


 石貨一枚で1ドラム≒10円

 石貨十枚で銅貨一枚 10ドラム

 銅貨十枚で鉄貨一枚 100ドラム

 鉄貨十枚で銀貨一枚 1000ドラム

 銀貨十枚で金貨一枚 10000ドラム


 全ての貨幣に法術による王国の紋章が刻まれている為、貨幣の偽造は基本的には不可能であるらしい。

 他国との通貨交換は銀行などで行われる。その辺の仕組は地球と変わらない様だった。


「マサキを迎えに行って帰ってくるだけで、結構な金持ちになりそうですね。」


 俺が冗談っぽくコナーに言うと「そうだな」と普通に返された。


 そんなやりとりをしながらテントから出ると、またアイツがいた。


 ミカ似の女冒険者だ。今度は隣に金髪の女性を連れている。

 …凄い美人だ。身長は170センチメートル程はありそうだ。ローブ姿で体型は分かりにくい筈なのに、スラッと細く見える。そして、む…胸がデカい。ゆったりとしているはずのローブを内側から押し上げている。

 長く伸ばした金髪はサラサラと風に揺れ、肌は透き通る様に白い。シャープな輪郭の小さな顔、鼻は小さいが鼻筋は細く高く、くっきりとした二重瞼に切れ長の目。エメラルドブルーの瞳。目鼻立ちが整い過ぎていると言っても過言ではない。この人が日本の芸能人なら、間違いなく美容整形の疑いがかけられるだろう。

 きっとエルフがいたらこんな美人なのだろうと思う程神秘的な美しさだが、チラッと耳を見ると普通の耳だったので、おそらく人間族だろう。



「へえ、換金できるほど狩れたんだ?」


「おかげさまで。」


 正直この女とは関わりたくないが、嫌味に聞こえる様に答えた。決して隣の美女とお近付きになりたい訳ではない。


「ま、どーせ100ドラムとかでしょ。私たちなんて今日だけで500ドラムよ!」


 物凄いドヤ顔で、ない胸を反らし、鼻息荒くそう告げられた俺は開いた口が塞がらなかった。


「私たちなんて今日だけで500ドラムよ!」


 しかも何故二回言った?テストに出るのか?

 隣の金髪美女は申し訳なさそうな、困惑した表情で、バカ女の裾を引いている。


「な、何よディアナ?」


「アンナ…おそらく、この方達はそれ以上の成果です。」


 ディアナと呼ばれた金髪美女は空気が読める子らしい。俺が呆れていると見抜いたのだろう。ミカ似のバカ女はアンナというのか。コイツは逆に、俺が驚いてると思っていたらしい。


「え?ウソ!絶対100とか200ドラムくらいよ!」

「アンナ…」


 金髪美女のディアナは痛い子を見るような眼でアンナを見て、こう告げた。


「先程この方達がテントに入る前に、魔物の死体10体程を乗せたリアカーを引いているのを見ました。少なくとも600ドラム以上の換金額になっているはずです。」


「えーーーー!」


 アンナという女は、やはりバカの様だ。この金髪美女は保護者なのだろうか。歳は俺とそう変わらないように見えるが。

 金髪美女はこちらに向き直るとローブの裾を両手でつまみ、軽く持ち上げた後に深々と頭を下げた。


「仲間が大変失礼を働き、真に申し訳御座いません。私はディアナ・フォン・バルトと申します。霊鳥王国ガルダのバルト領より参りました。」


 先程までバカ女に呆れていた俺は、ディアナの貴族令嬢のような丁寧な挨拶で我に返った。決してお辞儀の時に見えたディアナの谷間に釘付けになったわけではない。


「ユウキ・フォン・バッハ・イイジマです。ご丁寧な挨拶を有難うございます。」


「バッハ家の方でしたか。イイジマとは珍しい家名ですね。お母様かお父様が外国の方なのですか?」


 珍しくフルネームを名乗って失敗した。俺の父の家系は古くは貴族だったらしく、無駄に長い名前だったのだが、この世界でも名前だけで似たような判断ができるらしい。


「いいえ、両親ともに外国出身です。」

「そうでしたか。貴族の方ですと、挨拶がないだけでも問題になりますので…詮索の様に感じられましたら申し訳ございません。」

「お気になさらないで下さい。」


 しかし…隣で口を尖らせて脹れているヤツは、仲間が頭を下げていることに何も感じないのだろうか。

 どう見てもお嬢様といった印象を受けるディアナと、このバカ女が何故一緒にいるのか。

 俺にはそんな疑問が浮かんでいた。


「それに、そちらの方は…人間違いでなければ、大賢者ヴィルジリオ様では…?」

「んー…そうなんだが、大賢者はやめてくれ。オレはそんな大層な者じゃない。」

「やはりそうですか!わあぁ、すごい。

 あっ…樹上族の方も一緒なのですか?」

「(ボクに気付くなんて、ネェチャンもすごいぜッ)」

「わっ!すごい…これが念話ですか…

 御伽噺だと思っていました。」


 あれ…?ディアナのテンションが上がっている気がする。その後、テンションが更に上がったディアナの質問攻めに合い、いつの間にかディアナは俺達3人と打ち解けていた。いや、打ち解けるというよりもすでに馴染んでいた。


 質問攻めと表現したが、ディアナはただ質問するだけでなく、自分の情報もきちんと言ってくる。それが他人と打ち解ける一番の近道だとわかっている様だ。


「アンナと私は共にバルト領下級貴族の末娘でございます。しかし、家に人生を決められる事に我慢できず、一年前、16歳を迎えた日に家を出ました。一年間冒険者学校で学び、今は卒業認定研修でこちらに来ているのです。」

「ちょっ!ディアナ!なんでそんなことまで話してるの!?」


 ハブられていたアンナが、自分の存在をアピールするかのような大声でディアナに抗議した。しかし、ディアナの次の一言でアンナが卒倒してしまう事になる。








「私、決めましたわ!ヴィルジリオ様に法術を教えて頂きたく、弟子入りを志願いたします!」




 …


 ……


 ………



「「「えええーーーーーー!?」」」









 実戦訓練初日。


 訓練後、日が半分沈み込んだ頃。


 俺、コナー、アンナの叫びがアトラス台地南部に響き渡り…


 ヴァイスだけが上機嫌に踊っていた。

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