六月三日
例えば、の話。これはあくまで例え話であって、現実とは全く関係ない。俗に言う、『この物語はフィクションです』というやつだ。
凄く仲の良くなりたい人がいるとしよう。これは同性だ。友達になりたいと思っている。しかし、彼にはある嫌疑がかけられている。周りの人は気付いておらず、実は僕の妄想かもしれない。しかし、これが現実である公算は極めて高いと仮定する。
すると、多くの人が確かめようとするはずだ。なので、今回はその『多くの人』に合わせる形で、確かめようとしたとしよう。
精一杯仲良くしようと頑張った。近づいた。
しかし、彼には彼女がいた。
この場合、近づき過ぎた僕は果たして、彼女の怒りを買うだろうか。
答え:人による。
僕は今日、説教を受けた。彼、七首の彼女から。
僕はそもそも、彼女の存在を認知していなかったのだけれど、しかし、そんな言い訳が通用するはずもなく、膝詰めで説教である。
七首の彼女。名前は鹿桐和火。黒い髪をショートカットで纏めた、と言えば聞こえは良いが、要するにおかっぱ頭の女子。酷く変わった名前である。まあ確かに七首という名前も、かなりとんでもない名字だが、というかそちらの方がむしろ変わっているが、目の前に実在する名字の現実味を考えてもしょうがない。とりあえず、そういう名前なのだ。
容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能、個性豊かで鋭い感性。およそ学生が持つタイトルのようなものを総なめにし、それでも足りないぐらいの、端から見れば『完成』された人。我ながら言い回しが厨二病である。
まあ今回の一件で分かったことは、デキる奴は信用してはいけない、というところだろうか。
「私の忠に手を出さないでくれる?」と、彼女である彼女は開口一番、そう言い放った。何故か顔が自慢気だった。
僕が家に帰ろうとして席を立った瞬間、誰かに後ろから首根っこを掴まれ、教室から連れ出され、廊下を行く際、奇異の目を向けられながら、フロアの違う空き教室に投げ出された。男子として如何なものかと思うが、不可抗力であることを理解して欲しい。相手が女子であろうことを知っていながら本気で抵抗できるような男は思春期ではない。
そんなことは、取り敢えず置いておくとして、背中から投げ出されうずくまるような体勢の僕に、鹿桐和火は美しい声で、まるで一個人を所有しているかのような宣言をし始めた。
「私の忠に手を出さないでくれる?彼は私の彼氏であって、あなたの物じゃないのよ。最近何故か私と帰ってくれないと思って詰問、基諮問したらあなたの名前を口にしていたからこうして詰問しに、基質問しに来たという訳だけれど、何が目的なの?私の忠を誑かさないでくれるかしら?いくらあなたが同性愛者だったとしても、私の忠を誑かすなら、私に許可を取りなさいよ。いい?質問が諮問に、諮問が詰問に、詰問が拷問に変わる前に、話した方が楽よ。多分。」
いつの時代の話だ。諮問とか拷問とかそんな物騒なものが、未だにあるのか。
大体、あんたしゃべり方どうした?その、基、とか会話で多用する奴そんないないだろう。
等、言いたい事は山のようにあったが、どうもその山を崩すのを手伝ってくれる人ではなさそうだったので、質問は一つずつ、慎重に、
「…あなたは誰ですか?」
大切な事なので最初に聞いた。これ以外はまず置いておこう。
この時点で名前も、大体の素性―七首の彼女であるという推測は立つのだが、やはり、本人に確認を取らなければならないだろう。
なんというか、茶番だな、と思う。
が、必要な行程である。
しかし彼女の返答は、厳しいもので―いや、この場合やはりだろうか。とにかく、彼女の返答は、予想の範疇を越えることのない大胆なものだった。
「それは今必要な情報ではないわ」
ああ、はい。そうだろう。僕が質問されているのだから、関係ない。当たり前だ。あれだけ堂々と言われると、正論に聞こえてくるから怖い。
「それに―」
と、彼女が続ける。
「それに、質問しているのは私。あなたではない。確かにこの場においてあなたの自己紹介は必要だけれど、私のは必要ないわ。」
等と犯人は供述しており…取り付く島もない。こんなものは拉致だ、監禁(いや、厳密には閉じ込められてはいないが、退路を絶たれているという点において言えば同義である。)だ。
いきなり、捕まえられて、空き教室に閉じ込められ、なんだか男子高校生としてはいかがわしい雰囲気を感じざるを得ないが、しかし、この状況である。
ドアの方には彼女が、窓は、先程フロアを上がったために三階になり、より高くなっている。駄目だ、逃げ出せる気配がない。
いや、待て待て待て。
別に逃げる必要はないだろう。 質問に来ているのだ、彼女は。今彼女に生じている誤解、即ち、僕が七首を誑かしているという在らぬ誤解を解けば問題ないのだ。言ってしまえばむしろ逆であろうに何故そのような曲解を受けているのかは、甚だ疑問ではあるものの、そこを言及しても、おそらく無駄であろう。
ここは一つ弁明しよう。
「先に言わせていただきますが、僕は別に彼を誘惑したりだとか、そういった同性愛的な行動を取った訳ではないですし、もとよりその気も―」
そこまで、言ったところで彼女は嘆息し、口を開いた。
「分かってるわよ、そんなこと。」
「…」
いや、落ち着け。危うく何かを叫びだしそうな自分の口を慌てて閉じる。
あの女、正気か?
確かに、いきなり帰り際を拉致され、あまつさえも学年一位を争う美人優等生の醜態を見、詰問されて、冷静に答えを探していた僕も正気かと聞かれれば余り自信もないのだけれど。
だがしかし、それを差し引いても正気を疑うような返答だった。
これだから人間は分からない。
何故彼女がやれやれ呆れたみたいな顔をしているのかも、やっぱり分からなかった。
「要するに、ストレス発散よ。質問ってのは口実。」
まあ、結果的に―と彼女は顔にかかっていた髪を払い、肩を竦めながら言った。
「よりストレスが溜まった訳だけれど。」
全くもって無礼極まりない方である。
僕はその後、30分ぐらい説教受けた。内容なんてあるはずもなく、有り体に言えば愚痴だったのだが、何故か僕はそれを聞くために正座をさせられ、彼女が帰り、日直の先生が来ても、足の痺れが取れなかった。
なるほど、どうやら窃盗容疑者兼僕の筆頭友人の彼女は、何も知らずに幸せな生活をしているらしい。
下に恐ろしきは七首である。彼はどうやらとんでもなく分厚い仮面を着けているようだ。
いつか脱がしてみせる。
友達になるのはその後でも良いかもしれない。