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擬態  作者: つーたん
4/8

六月一日

 友達とはなんだろう。辞書によれば、一緒に何かをしたり、遊んだりして、気持ちの通いあった人を指すそうだ。

 気持ちの通い合う。素敵なことではあるが、生憎、容易いことではない。

 どんなに一緒に遊んだって、気持ちの通い合わない人はいるし、逆に、一度で通い合う人もいるだろう。

 このように、全く違う他人を並べて、同じ単語で括ろうとする行為に、果たして意味はあるのか。よしんばあった所で、何のメリットがあるのか。

 もっとも、人間の分類は、未知への恐怖がそうさせていると考えられている。見知らぬものへの恐怖は、対象物に名前を付けることで、たちまち安心に変わり、それが最初から自らの玩具だったかのように扱い始める。頭の悪そうな話だ。しかも、それで世界は回るというからより質が悪い。もの哀しい気分になる。

 本題に戻そう。友達とは何なのか。結局、パーソナルエリアへの介入をどれだけ許せるか、という辺りだろう。要するに、間合いだ。

 間合い。

 まるで格闘技のようだが、あながち間違いとも言い難い。コミュニケーションは闘いだ。間合いを測り間違えれば大怪我を負う。きっと、そんなものだ。

 多分、僕のような人間は、その大怪我を恐れて、避けている、といった解釈をされるのだろう。心外だ、とは言わないが、ずれているとは思う。

 大体―

 「ねぇ。」と後ろから声がした。

 考えに没頭し過ぎてしまって、七首が声をかけてくれたことに気付かなかったらしい。不覚だった。別に刺される訳じゃないから良いのだが。

 「あぁ、ごめん。で、どうした?」

 「ん、まあ一緒に帰れればな、と思ってね。別段忙しくもないんだろう?」

 そう言って僕の後ろに座る七首は、教室を見渡す。確かに放課後の教室には人がすでにまばらだった。

 僕が喋ろうとするが、彼の口は止まらない。

 「このクラスで帰宅部なんて僕と君ぐらいのもんだよね。皆何かしらの部活に入っているし、委員会の仕事だってあまりないし。言ってしまえば帰宅部のエースみたいなものだよね。ふふっ。帰宅部のエースか…我ながら上手い比喩だなぁ。もういっそのこと帰宅部という部活を立ち上げるのも悪くないよね。それこそ―」

 口が減らない。放って置くとこんなに喋るのか。これは人知を越えているだろう。人の口には戸は立てられぬとは言うが、こいつの場合立て板に水のような、何かこう、滝のような感じがする。これは、僕が何か言わないと止まらないだろう。

 「そうか、七首。じゃあ帰ろう。」

 適当なタイミングで適当に相槌を打ち、一緒に帰る方向に流す。七首も、喋りを止められたことを全く気にせず、立ち上がる。

 「ふふっ。意外とマイペースだね。マイペースは良いことだ。自分のリズムがあるということだからね。」

 何だか凄くどうでも良い理論をさも名言のように語った。そして、彼にだけは絶対言われたくなかった。

 マイペース。日本語訳:身勝手。僕はそう思っている。

 

 彼と一緒に帰途に着いた。移動は徒歩が基本、と僕は自分で決めているが彼もそのようだ。これが初めてという訳ではないが、何故か緊張した。自分が疑いをかけている人間と歩くのは少し辛かった。僕は警察官には向いていないようだ。なる気は更々ないのだけれど。

 「君は―」

 七首が僕に向かって口を開いた。相変わらず何を考えているのか分からない表情だ。

「学校楽しい?」

「何だ急に。」

思わず怪訝な目で見てしまう。

「いやぁ、とても独りぼっちが得意そうだったからね。別に深い意味はない」

充分深いだろ。

「ん、まあそこそこ楽しいかな。辛い訳ではないし、やりたいことできるし。」

「やりたいことができると楽しいのかい?」

「まあ欲求がかなう訳だし。」

「ふふっ。君は面白い言い方をするね。」

 お前ほどではない。

 七首と会話をするのは予想外に疲れた。エナジードレインでもされている気分だ。全ての言葉に二つ以上の意味が隠れている気がするし、なにより身勝手だ。

 彼の会話の真意が読めなかった。いくらコミュニケーション能力が高かろうが、会話の真意が読めなければ意味がない。

 まるで深い意味などなさそうな、それでいて含みのある喋り方。偏見も過ぎるだろうか。だが、信用ならないのは確かだ。信用できるようにならなければ友達とは言えない気がする。気がするだけで、端から見れば友達なのだろうが。

 「ふうん。楽しいのか。僕もそこそこ楽しいぜ。君の言葉を借りれば、『欲求』が満たされているからね。」

「君の欲求ってどんなだい?」 

「うーん。食欲。睡眠欲。性欲?」

「三大欲求じゃねぇか…」

「これが人間の基本だからね」

 上手い具合にはぐらかされた。大体、性欲が満たされているってまずいだろ。高校二年生風情で。

 これが、他愛のない会話ならどんなに心休まるだろうか。これが、別に何の意味もないような普通の会話で、普通の高校二年生の日常の風景であれば、僕は安心して会話に身を投じることができただろう。

 しかし、方や万年独りぼっち。方や信用ならない友達未満では、休まる心もやつれるばかりだ。下手に心を許す訳にはいかないし、かといって許さない訳にもいくまい。コミュニケーションを取るのだから、当然のことだ。そもそも向こうは取ろうとしていない公算が高いが。

 守りに徹しているとでも表現するのが適切か。

 だから、やはり間合いだ。

 間合いを計れる奴が勝つ。

 一瞬の隙を突く。

 はっ、危ない。うっかり七首を敵のように感じてしまった。我ながら恥ずかしい。敵か見方かなんて、まだろくにコミュニケーションを取れていない側としては全く分からないのに、敵視するには少しばかり気が早かった。

 とは言えほとんど黒なんだが、確証がないというのは、いやはや以外と辛い。僕は確実に警察官には向いていないだろう。

勿論、向き不向きに関わらずやる気はない。

 「あーお腹が空いたなぁ、いやはや買い食いなんてのはどうだい?それとも君は真っ直ぐ帰途に着く派かな?」

「どちらかと言えば後者かな。まぁ確かにお腹が空いたというのは否めないけれど。」

 僕がそう言うと、七首は軽く肩を竦めて言った。

「堅いなぁ、君は。自分に忠実でないといつか損するね。」

「僕は僕の理性に忠実なのさ。」

「お堅い奴だ。」

彼はそう言うと、丁度良く右側に見えて来たコンビニへ足を向け、僕に背をみせた。

「君はおもしろいね。そのうちいい友達になれそうだよ。」

「そのうち、ね。」

 まだ友達ではないということだろうか。見透かされているような気がしていい気はしない。

「じゃあまた明日。」

「じゃあな、友達未満。」

彼を皮肉ってやる。意趣返しのつもりだが、彼は顔をこちらに向けて僕に言った。


 「まぁなんだかんだ言って君とは友達になれない気がするよ」


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