後 くりかへし
季節が三度巡り、いよいよ竹姫も裳着を迎えることになった。儀式の数週間前から準備に追われて外に出られなかったため、彼女は鬼武丸に来てくれないかと何度も手紙を送っていた。
返事は、一向に来なかった。
どうしたのかと女房達に訊いても、一様に曖昧な言葉が返ってくるばかり。釈然としない思いと一抹の寂しさを抱えて裳着に臨んだ竹姫は、その最中も鬼武丸の姿を探して人々の間に視線を走らせる。
けれど、とうとう彼の姿を見つけることはできなかった。
「何で……鬼武、来てくれなかったんだろ……」
しょんぼりとうなだれる彼女に乳母兄弟が近寄って、そっと一通の文を手渡す。添えられた花は無残にしおれ、すでに元の色を留めていなかった。
けれど、彼女には親しんだ花だった。
鬼武丸の母君が、好んで植えさせていた――。
「紫苑……?」
「申し訳ありません!!」
勢いよく平伏した乳母兄弟が、震える声を絞り出す。
「十日ほど前に、お預かりいたしました。裳着が終わるまではお渡しするなと……!」
嫌な予感がした。
姿を見せない鬼武丸、ちょうど咲き頃を迎えている紫苑。
小さく震える手を抑えながら文を広げた瞬間、竹姫は大きく目を見開いた。
若竹の 伸びゆくさまを 見るほどに 見果てましかば 身こそ憂しけれ
切ないほどの思いが込められた、生まれて初めて受け取った恋文。この見覚えのある筆跡は。
「鬼武?」
ぽつりと呟いた言葉は、ぽとりと紙の上に落ちた。
「そんな、鬼武――どこ行ったの?」
ふらふらと視線をただよわせ、無意識に立ち上がる。歩き出そうとした袖を、乳母兄弟がつかんで抑えた。
「姫様、なりません!」
「ねえ、藤。鬼武はどこに行ったの……?」
今頃知った、彼の思慕。今更伝えられて、どうしろというのか。
気づいてしまった想いは、どうしたらいいというのか。
「申し訳ございません…………」
泣きながら平伏する彼女に、竹姫もまた、涙をぬぐおうともせずに問いかけた。
「ねえ、教えて。鬼武はどこ――?」
彼の父が平氏に敗れ、長兄・次兄と共に処刑されたために、彼が嫡男になったこと。幼いが故に命拾いをしたものの、遠く伊豆に流刑になったことを彼女が知ったのは、それから数年後のことだった。




