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若竹の  作者: 真咲 楓
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中 しづのをだまき

貝合わせに興じながら、竹姫が不意に目を輝かせて首を傾げた。



「ねえ、鬼武。鬼武の父御(ててご)は、この間の戦で勝ったのよね?」

「うん」

「すごい!素敵だわ……」



うっとりと息をつく姫に、鬼武丸はふと顔を曇らせる。



「竹姫、戦はそんなに格好いいものじゃないよ。血なまぐさいし、雄叫びや絶叫で満ちていると聞く。負けた敵の将は、首を落とされる」



生と死が常に紙一重なのだと聞かされて初めて、幼い顔からすうと血の気が引いた。



「鬼武も……そこに、行くの?」

「いずれはね。私も武士の子だから」



平然と答えた鬼武丸に、竹姫は身を乗り出して彼の袖をつかむ。足下で貝が蹴散らかされた。



「嫌よ!そんな怖いところ、行っちゃ嫌!死んじゃうかもしれないし、もし生きてても、負けちゃったら殺されちゃうんでしょ!?」



必死の表情で無茶なことを言う竹姫の手をぽんぽんと叩いて放させ、彼は安心させるために微笑む。



「私は武士だから。命よりも大事なものがあるんだよ」



――彼女の表情から察するに、全く安心させることはできなかったようだが。



「武士武士って、鬼武いっつもそればっかり」



ぽつりと呟いた竹姫は、とても寂しそうで。



「私は兄上を支えて、源氏の庶子として一族に尽くすのが夢なんだ」



艶やかな髪をなでてあやしながら、鬼武丸はひどく優しい声でそう漏らす。



「姫はいずれ、しかるべき貴族の君に嫁ぐんだろう?もう遠いことじゃないんだから、いつまでもわがままを言ってはいけないよ」

「平気だもの。わがままを許してくれる殿方のところに嫁ぐから」



つんとそっぽをむいた竹姫にかぶりを振り、彼は静かに告げた。



「竹姫。残念だけど、姫は自分の夫を選べないんだよ」

「そんなことわかってるわ。でも、お父様(もう)はあたしに甘いもの。一生懸命お願いすれば、きっと聞いてくださるわ」

「それでも叶わなかったら?」

「うーん……鬼武のところに逃げてきて、お嫁さんにしてもらおうかしら。駆け込み寺に行って尼になるのもいいかもしれないわね」



悪戯っぽく言った竹姫に、鬼武丸も破顔する。



「それはおもしろいね。でも、私のところに駆け込まれるのは少し困るかな」

「あら、どうして?」

「貴族に睨まれたら、仕事がやりづらくなる」

「ひどい!」



怒ったふりをして手を振り上げる竹姫を、鬼武丸が笑いながら避けた。



「冗談だよ」

「もう……」



むくれた彼女の機嫌を直すのに、鬼武丸はずいぶんと苦労したのだとか。



そうこうしているうちに、ずいぶんと時間が経ったようだ。日もずいぶんと傾き、空が赤く染まっている。



「もう帰る時間だよ。送っていくから準備をして」

「えー……?まだいいでしょ?」



甘えた声をあげる竹姫の頭をごく軽くはたいて、鬼武丸はきっぱりとかぶりを振る。



「駄目だ。鬼に会いたいっていうのなら、話は別だけどね」



鬼と聞いて竹姫の顔が強張った。

昼は人のための時間、夜は鬼のためのそれ。ぱったり出くわしてばりばり食べられても文句は言えないのだから、彼女のみならず、大の男でも夜中の外出は恐ろしいものなのだ。



「どうする?うっかりあははの辻に行っちゃって、百鬼夜行に出くわしたら」



かの有名なあははの辻では、百鬼夜行の度に、妖どもが「あはははは、あーはははははは!!」と笑いながら通るそうな。出くわして鬼に姿を見られた者は死ぬらしい。



「嫌っ、帰るっ!!」



真顔で脅す鬼武丸に、涙目で即答する竹姫。次の瞬間、明るい笑い声が弾けた。



「あははは、嘘だよ!考えてごらん、竹姫の邸に行くのに、あははの辻を通りやしないじゃないか。よどほど方向音痴だけだよ、そんなのは」



からかわれたと知って、竹姫の顔が真っ赤になった。とても楽しそうに笑っている鬼武丸の腕を力一杯叩く。



「鬼武の馬鹿!」



くるりときびすを返して出て行こうとする彼女の背中に、鬼武丸の声が飛んだ。



「鬼はそこらじゅうにいるからね。あははの辻じゃなくても、出くわすかもしれないよ」



ぴたりと動きを止めた竹姫に微笑みながら、鬼武丸は裾をさばいて立ち上がる。ぐるりと遠くを回って(きざはし)から庭に下りると、姫の真正面まで歩いていった。



「ほら、おいで」



広げられたその腕の中に向かって、ていっとばかりに竹姫が飛び降りる。当たり前のように受け止めた彼が草履の上に下ろし、竹姫の支度が終わるのを待って歩き出した。


夕日に長く、並んだ影が二つ伸びる。

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