64話 一つの出会い
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昔々あるところに鬼が居ました。
鬼はとても凶暴だったので誰も鬼に近付こうとしませんでした。だから鬼はいつも一人でした。
一人じゃなかった時期も勿論ありました。しかし知り合いは皆家庭をもって腰を据えたり、弟子をとって山へ籠ったりと、次々に鬼から離れて行きました。
鬼はただ何となく毎日を過ごします。しかしそこには生き甲斐と呼べるものがありませんでした。
ある日鬼は昔の知り合いに会いに行きました。特に用事があった訳では無く何となく会いに行きました。そこで鬼は奇妙な出会いを果たします。
『頼みがある。兄貴の息子がいるんだが、その子を鍛えてやって欲しい。そんで出来れば--』
本当にそれは奇妙な出会いでした。知り合いの男に会うなり頭を下げられました。
『--その子を諦めさせてやってくれ。戦いから遠ざけてやってほしい』
鬼はこの時思っても見ませんでした。この出会いが鬼に生き甲斐を与えることになるなんて。
『いいぜ。どうせ暇だから』
こんな適当に受けた願いが鬼自身にとって大きな物になるなんて、この時は思っても見ませんでした。
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マルクは皆と別れてから冒険者ギルドで聴き込みを行った。しかし新しい情報は無かった。そして現在マルクは--
「おうおうニイちゃん、俺達に金貸してくれや!」
「もっとも借りたまま返さねえけどなぁ!」
--カツアゲされていた。
(うわ~酒臭い……。というか実在するんだこういう人達って……)
当のマルクは怯えるどころか呆れ顔だ。魔法学園に入学してから何気に修羅場をくぐっているため、目の前の落ちぶれた冒険者程度なら何ら脅威に感じなかった。
「何だ、ニイちゃんびびってんのか?」
「痛い目見たくなきゃ何をするべきか解るだろぅ?」
「貴様等そこで何をしている!」
そろそろ適当にあしらおうと考えたその時、後方から声が聞こえた。
振り返るとそこにはとても場にそぐわない格好をした男の子が立っていた。
背はやや低く髪の毛は短く鮮やかな橙色、翠色の眼孔がキラリと光り、全体的に中性的な顔立ちをした美少年だった。
「なんだてめぇ!」
「ふん、貴様の様な下衆に名のる名は無い!」
美少年はマルクの前に躍り出るとチンピラ二人を睨み付けた。
「いってくれるじゃねえかガキ~!」
「アニキ!こいつからヤっちまいましょう!」
あっさりと沸点を越えたチンピラは剣を構えて美少年を睨み返す。美少年はヤレヤレと言わんばかりに首をふって腰に下げていた騎士剣を抜いた。
「剣を抜いたからには痛い目にあって貰うぞ下衆共」
そして横凪ぎに騎士剣を一閃。不可視の攻撃がチンピラ達を思いっきり吹っ飛ばした。
チンピラ二人には何が起きたのか認識出来なかったであろう一撃をマルクは知識として知っていた。
(凄い、"無詠唱"魔法であんな威力がでるなんて)
「ふん、他愛ない」
騎士剣を鞘に納めてマルクの方に向き直った。
「そこの君、大丈夫かい?」
「あ、はい。どうもありがとう--」
マルクは礼を言おうとするが、吹っ飛ばされたチンピラの一人が立ち上がって剣を振り上げているのに気がついた。
チンピラの口元が小さく動いている事から魔法を使おうとしている事が見てとれた。
「『敵を射て アイスバレット!』」
瞬間、マルクは腰のホルスターから銃を引き抜き腰の位置で氷弾を射った。西部のガンマンを彷彿とさせる速射ちである。
氷弾はチンピラの眉間を正確に捉えて相手の意識を奪った。
「まだ意識があったのか。ボクも修行がたりないな。
それにしても良い腕だね。これなら助けは要らなかったかな?」
「いえ、助かりました。どうもありがとうございます」
今度こそチンピラ二人が気絶したのを確認してマルクは礼を言った。
「君は学園の生徒だね。ボクは高等部の一年生だから敬語はいらないよ」
「うん、わかった。僕も一年生、マルク・マグリットって言うんだよろしく。
君も学園の生徒なんだね」
「ボクはベル・セルクス。騎士の家系なんだ。南棟に通っているから普段会うことは無いと思うけど」
南棟とは、その名の通り貴族街と呼称される南地区に存在する校舎である。またの名を"貴族棟"という。
「それにしても、解っていた事だが冒険者というのはどうしようもない奴等だね。野蛮にもほどがある。
マルク君も気をつけた方が良い。なるべくクエストは学園支部で受けることをオススメするよ」
美少年-ベルは気絶したチンピラに侮蔑を込めた視線を送った。普通の人より冒険者を嫌っている様子だった。
しかしマルクに視線を移した時には既にその眼は優しさが込められていた物に変わっていた。
「ありがとう。でも、今日は依頼じゃなくて人を探しに来てたんだ」
「というと?」
「ルームメイトの子が昨日から帰ってこないから友達と手分けして探してたんだ。心当たりのある場所代は全部回ったんだけど結局手掛かりは掴めなかったんだ。」
「それはただ事じゃないね。良かったらボクも手伝おうか?」
マルクはベルの眼を見つめた。そこには、ただ純粋な相手への思いやりが込められていた。
「ありがとう、助かるよ!」
「なに、困っている人を助けるのは騎士の役目だからね! それで何処に行くんだい?」
「そうだね、もう一度行きそうな場所を探してみるよ」
こうしてマルクは騎士を目指す少年ベル・セルクスと出会った。
~その頃ゼノは~
ムシャムシャ、ゴクン
「う~む、コウモリの肉っていまいちだな。でもま、食えない程じゃない-『キキィ!』-おっ! きたきた!」
地下10階でポイズンバット(レベル3 ただし強さだけならレベル1)を食べていた。--生で!
「薪になる物がなんもねぇよちくしょう……」
早速捕まえた二匹目のポイズンバットの血抜きを済ませて咀嚼した。口いっぱいに肉の臭みと苦味、そして毒のスパイスが広がった。
「他に食えるやつ出てこねえかなぁ……」
ちなみに、図鑑に載っているポイズンバットの情報に『毒性が強く、最悪の場合死ぬので食用にしてはいけない』と太字で書いている--のだが。
「もう二、三匹狩っておくかな。食っても何とも無かったし」
……とにかく脱出まであと10階。