60話 対談
「んむ?どうかしたのかえ?」
「……いえ、別に何も」
若干顔色が悪い気がするが、本人が何もないというので、ジャメルはそれ以上問うのをやめた。
一方、問われたゼノはというと内心では非常に焦っていた。それこそ今すぐにでも逃げ出してしまいたいくらいに。
「ギルド長、そろそろ依頼主がいらっしゃる頃なので、迎えに参ります」
「うむ、頼んだぞ」
秘書が部屋を出ていく。依頼主の到着はショーンにとって死刑宣告も同然であった。
次第に顔色が青ざめて行くショーン。そしてついにその時はきた。
「ギルド長、依頼主のズクミゴ様をお連れしました」
ガチャ、と扉を開けて秘書が帰ってきた。そしてその後ろにいたのは--
「ブヘッ、まったく実に汚ならしい部屋だ。こんなウサギ小屋にわざわざ我輩自ら出向くなど、末代までの恥じだ」
二足歩行するガマガエル、という表現が似合うハゲ散らかった中年男だった。
男は入ってくるなり、不愉快な声で嫌みを口にした。流石のギルド長も一瞬不愉快な顔をし、ゼノは不快感のあまり混乱状態から正気に戻るという謎の化学反応を起こした。
「ギルドへようこそ、ズクミゴ卿。本日は希望されていた犯人の引渡し、そして成功報酬の相談をさせてもらうためお招き致しました」
「そこの貧相な平民が我輩の息子を襲ったのか? ふん、平民ごときが貴族に手を出すなどと、身の程をしるがいいわ!」
ショーンを見るなり罵声を浴びせる依頼主に、横で聞いているだけの三人でさえとてつもない不快感を募らせる。渦中にいるショーンはというと、罵倒されているにも関わらずピクリとも反応しなかった。絶望のあまり、話を聞く余裕が無いのだ。
ズクミゴはドスンドスンと足音をたてながら部屋に入ってきた。するとゼノと目があった。ズクミゴは不快な声でギルド長に問いかけた。
「まて、そっちの平民は何者だ?」
「はい、そちらは今回依頼を達成した冒険者でごさいます」
「なに!? 貴様はこんなガキに我輩の依頼をまかせたのか!! 馬鹿にするにも程があるわ!!」
「そう言われましても---」
「おい、おっさん。ガタガタ抜かすな鬱陶しいんだよ」
その瞬間、ギルド長室は静まり返った。
ただの一冒険者が貴族相手にとっていい態度ではなかった。その上ゼノの眼には、まるで親の敵でも見るような憎悪が宿っていた。
「実際に依頼を達成したなら問題ねえだろ。違うか?」
「貴様!口の聞き方「話をすり替えんじゃねえ!」ぐ……むむむむ」
「と、とにかく依頼は完了じゃな」
ゼノの剣幕に押されてズクミゴは思わず口をつぐんだ。危険を感じたジャメルが強引に話を戻す。この瞬間でもっとも胃を痛めているのは彼女で間違いないだろう。
「ふん、まあいい。ではそいつを引き渡して貰おうか」
「……」
ズクミゴが忌々しそうに鼻を鳴らしながら、虚ろな眼をしているショーンに手を伸ばした。
何かを、いや何もかもを諦めるようにショーンは静かに眼を閉じた。
しかし何時まで経ってもズクミゴの手がショーンを捕らえることは無かった。恐る恐る眼を開けると、伸ばされたズクミゴの腕を横合いからゼノの手が掴んでいた。
「貴様、どういうつもりだ……!!」
青筋を浮かべるズクミゴに向かってゼノは答えた。
「そっちこそどういうつもりだ?大事な話が残ってるだろ?」
「なに?」
「報酬、まだ未定未払いだろうが。今すぐ払え」
今回の依頼では報酬は未定だった。その事についてまだ話されていない。
冒険者にとって依頼とは報酬を受け取るまでが依頼である。がしかし、貴族相手に高圧的に報酬を催促する冒険者など普通はありえない。
案の定ズクミゴはキレた。自分の価値観の中では最底辺の位置にある冒険者風情が生意気な態度をとったからだ。
「貴様、よく聞くがいい!それ以上我輩をこけにするのなら考えがあるぞ!」
「知るか。あんたこそ冒険者にたいして報酬が払えなかったら沽券に関わると思うけど?
きっと周りは思うだろうな『報酬すらまともに払えない貧乏貴族』と」
ゼノの言い分はある意味では正しかった。
通常ならば依頼をギルドへ持ち込む段階で報酬を話し合いの末に決定する。指名依頼ならば指名者も話し合いに参加する。しかし今回は正式な手順を踏まれることなく強引に話を進めたために、報酬についての話し合いすら行われていなかった。その上報酬を踏み倒したとなれば当然醜聞に繋がる。プライドを重んじる貴族にとってそれは避けなければならない。
だがしかし、しかしだ、それを差し引いてもゼノの態度は問題である。周りの三人は展開についていけないくらい混乱していた。
「別に法外な値段を要求する訳じゃないさ。それどころかかなり安上がりですむと思うけど」
「そういう問題では無いわ!」
「落ち着いてくださいズクミゴ卿!この者には後程言い聞かせますので!」
悪化の一途をたどる空気をどうにかしようと秘書も口を挟む。しかし当然ながらズクミゴの機嫌が治る訳でもない。
そしてこの険悪な空気の元凶であるゼノは静かに、それでいて有無を言わさぬ迫力でもって要求を突き付けた。
「俺の要求は『犯人引渡しの撤回』だ」
「な、に?」
その場の誰もが唖然としてしまった。
それもそのはず、ゼノの要求は明らかにゼノ自身にメリットが無いからだ。にも関わらずこの少年は態々貴族の反感を買ってまで要求をねじ込んだのだ。
「ふざけるな貴様ァ!!一体何の冗談だ!!」
「理由は3つ」
ゼノは指を三本立ててズクミゴに向けて言い放った。
「1つ目はあんたには関係無いから省略させてもらう。
2つ目はギルドの意向を無視するのが気に入らないから。
3つ目はあんたに対する嫌がらせだよ、このガマガエル」
「貴様ァ!!もう許さんぞクソガキが~!!
殺れ!!そいつを殺せ!!」
その数瞬の間に沢山の事が起きた。
バン!とドアを破らんばかりの勢いで、恐らく部屋の前で待機していたズクミゴの護衛三人が飛び込んできた。
悲鳴をあげる秘書を庇うようにジャメルが前に出て《杖》を構えた。
驚きのあまりショーンが椅子から転げ落ちた。
呪文を唱えながら《杖》を抜く三人の護衛。
そして--
「……抜いたな?」
--牙折りが動きだした。
ゼノは何故貴族が嫌いなのかな?
答えは何時か本編で語るので待っててね。
それから更新遅くて本当にごめんなさい。