56話 指名依頼
※今回はかなり短めです。
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故郷を追い出されて三日後の昼過ぎ、とうとう少年は最果ての村『クローゼ』に到着した。
親友と別れた直後、少年は泣き叫んだ。初めて人前で涙を見せた。そしてそれから三日、少年からはまるで感情が抜け落ちた様に表情が消えていた。
「ほら、着いたぞ小僧」
村の入口に着くと少年は魔動車からおりて周りの景色を眺めた。そこから見える『バベル山脈』はまるで天を貫かんばかりにそびえ立っていて、圧倒的な雰囲気を醸し出していた。
しかし、そんな絶景を前にしても--
(……何故だろう、こんなにすごい景色をみても心に響かない)
--再び灰色に染まった世界に、色彩が宿ることはなかった。
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2時間前、王都北地区の路地裏で傷だらけの少年が発見された。通行人に発見された少年はすぐに病院に搬送された。幸い命に別状はなく現在は意識もはっきりしている。
しかしここで問題が2つ。1つは犯人が『牙折り』と名乗ったこと。それはつまり昨日のギルド内で起きた暴動と同一犯の可能性が高いということ。
もう1つは被害者が南地区の貴族街に住む名家の三男だったということだ。跡継ぎ争いとは無縁の三男とはいえ貴族、それが一介の冒険者に襲われたとなると向こうも黙ってはいなかった。
「おかげでただの暴動として処理できんでのう。そこで容疑者としてオヌシを連れてきてもらったのじゃよ」
犯人が『牙折り』と名乗ったのだから『牙折り』本人を問い詰めるのが一番早いという考えで、ゼノが呼ばれたそうだ。
「他にも被害者とオヌシが言い争いをしていたという目撃情報が多く挙がっての」
「言い争いと言うことは被害者はあの時の奴か」
なんと被害者はクエストを受注した時に居た少年だった。
そのせいで動機は十分と判断され、ゼノ犯人説が濃厚になったのだそうだ。
「まあアリバイがある以上オヌシの疑いは晴れたと思って良いぞ。後でワシからそう伝えておこう。ただまぁ、先方は納得せんじゃろうな」
ギルド長は顔をしかめた。気になり尋ねてみたところ、被害者の親が何としても犯人を捕まえろと騒いでいるらしい。
基本冒険者同士のいざこざには不干渉のギルドであるが、相手が相手だけに下手に怒らせると厄介なことには違いないのだ。
「だからギルド長自ら取り調べという訳ですか」
「うむ。先方にギルド総出で捜索していると印象付けられるしの。
じゃが流石に何も手がかり無しとなると言い訳できんのじゃよ。そこでじゃ、これを見てくれ」
ギルド長は懐から一枚の羊皮紙を取り出した。
それは依頼書だった。しかもただの依頼ではなく"指名依頼"だった。
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指名依頼:
ゼノ・アルフレイン
レベル4
捕獲:『自称・牙折り』
場所:アトランド
報酬:
『牙折り』を名乗る者が
最近暴れている。犯人を
速やかに捕獲してきてほ
しい。
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依頼書を事前に用意していたのを見る限りギルド長はそもそもゼノが犯人だとは思っていなかったらしい。
依頼書を受けとるが報酬が空欄になっていた。ゼノが理由を聞くと、まだ未定なだけらしい。
「昨日の被害者の中にはレベル3の冒険者もおっての。最低でもレベル4は必要と思うが、正確な強さまでは解らんから報酬は現時点では決められなきんじゃよ。
それとも先に報酬を決めとかんと受けたくないかえ?」
「いえ、もとより犯人は捜そうとは思ってましたよ。あの名前を名乗る以上、無視する訳にはいかないですからね」
こうしてゼノは二つ返事で依頼を受理した。ギルド側も指名依頼をだしたという言い訳を得たため直ぐにゼノは解放されたのだった。
寮への帰り道、ゼノは物思いに耽っていた。もちろん偽者のことである。いくら考えても犯人の目的が解らないのだ。
『牙折り』の名は確かに広く知られた悪名ではある。ただし、それは冒険者やその関係者に対してのみ、その上もう3年も前の古い話題である。
(それ以外にも暴れた原因すら不明なんだよな……。昨日アリスから聞いた話では、わざわざ他人の喧嘩に横から口出ししてきたそうだし)
結局いくら考えても答えは出てこなかった。
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その頃、サラはナズナと一緒に学園の図書館に居た。
二人も合宿の時は力不足を痛感していた。
サラは魔法の発動速度が、ナズナは攻撃力がそれぞれ不足していた。
「どうナズナちゃん? 良さそうなのはあった?」
「ううん、中々見つからない。今度はそっちの棚を探してみよっか」
図書館には万を超える程の蔵書があるが、それ故に目的の本が見つからないということはよくあるのだ。
二人は本を棚に戻すと、別の棚を探してみることにした。
「やっぱり基礎から学び直したほうがいいのかな?」
「でも具体的に何を目指すべきか確認してからのほうがいいと思う」
中等部の頃はとにかく習った魔法を覚えて、後はその反復練習の毎日だった。繰り返す内に自分に合った形態が出来上がるので、それを披露してまた新たに魔法を覚える。ただそれだけのサイクルだった。
しかし、それだけでは実戦を乗り切るのはこんなんだと思い知ったのだ。
そしてそれは彼女等だけでなく殆どの生徒が感じたことだった。そのせいか、図書館は普段の倍以上の利用者で溢れていた。
人を掻き分けて進む二人、しかし棚と棚の間は余りにも狭く、避けきれずに棚にぶつかってしまった。
ぶつかった衝撃で棚から書類の様なものが足下に落ちた。それは新聞がファイルされたものだった。
二人が拾おうとした時、その記事は偶然二人の目にとまった。
「サラちゃん、コレ!!」
「どうやら新聞のバックナンバーみたいね。
けど、どうして!? この記事はどういうこと!?」
記事の見出しにはこう書かれていた。
『悪童『牙折り』またまた暴れる!!
被害者は三桁超え!?指名手配間近か!?』
「ゼノ……あなたに何があったの……?」
困惑したサラの言葉は図書館の人ごみに呑まれて消えていった。