55話 悪名は消えず
第一魔法学園には無駄に広い敷地に、これまた無駄に多く施設が存在する。
その中の一つ「第7訓練場」には数多の訓練器具が揃っており、メジャーなのは大量に設置された的用の鎧である。この鎧には硬化の魔法が掛けられており、鋼鉄よりも頑丈に出来ている。この鎧に向かって生徒達は魔法なり剣技なり、各々が鍛えたい技を練習するのだ。
そんな中でただ一人手ぶらで鎧に近づく生徒がいた。その生徒は手をグーパーと閉じたり開いたりして感覚を確かめると、スッと腕を振り上げて構えた。
「すぅ~、はぁ~……『魔闘術』発動!!」
突如その生徒の身体から光が溢れだした。灰色の頭髪は光を受けて銀色に染まり、青い双眸は青白く輝きだした。
「ゴラアァァァァァァァァ!!」
一閃、鎧に向かって袈裟懸けに手刀が降り下ろされる。
ゴシャァァァァァン!!
まるで大型の魔物の突進をくらったかのように、激しい音を立てながら鎧が固定されていた杭ごと吹っ飛んだ。鎧はまるで失敗した飴細工のようにひしゃげて無惨な姿をさらしていた。
この歪なアートを作り出した本人は鎧を見下ろして一言だけ呟いた。
「また失敗か……」
(((ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!)))
周りの生徒達は発言に耳を疑った。彼等にとって的用に設置されたこの鎧は、絶対に壊れないという認識だった。
実際は教師はおろか上級生でも上位の実力者ならば壊すことはできる。しかし、それはあくまで長い詠唱を必要とする強力な魔法や、鎧以上に強固な武器を使った場合である。間違っても素手の一撃で壊れる物ではないのだ。
にもかかわらずこの生徒、というかぶっちゃけゼノはとても不満そうであった。
「おっかしいな~、サイクロプスの時は斬れたのに」
朧気ながらもサイクロプスを倒した時の記憶は残っていたようで、ゼノは自分がサイクロプスの金棒と首を切り裂いたことは覚えていた。その感覚を思い出そうと早速訓練してはみたものの、結果はご覧のとおりであった。
(あの時どうやったんだっけ?)
「まあいいや、もう一度やるか!!」
結局この日は一度も成功することはなかった。因みに数十個もの的を破壊したため、しばらくの間ゼノは訓練場の使用を禁止されることとなった。
ゼノが訓練場で破壊活動をしている頃、アリシアはクエストを終えてギルドへ向かっていた。
力不足を感じたあの日以来、アリシアは今まで以上に強く成りたいと思うようになり、ほぼ毎日ギルドでクエストを受けていた。当面の目標はギルドレベル4に昇格することである。
しかし王都ではレベル3のクエストの殆どが暗黒の森に関するものなのだが、件の森は現在事件の調査のため学生は立ち入り禁止となっていた。そのためアリシアは物足りないレベル2のクエストを受けていた。
「この調子だと昇格はまだまだ先か……」
ハァ~、と盛大にため息をついていたらいつの間にかギルドへ到着していたためドアを押し開けて中に入る。
「おい担架だ!! 早く運べ!!」「ほら、こいつ応急処置終わったぞ!! 次はどいつだ!?」「どっか包帯余ってないか!!」
「何これ?」
王都のギルドの一階は酒場になっている。そのためこの時間帯はいつも冒険者達が騒がしく酒を呷っているのだが、アリシアの目に飛び込んできた光景はまったく違う物だった。
テーブル等は全て撤去されており、床の上には傷ついた冒険者達が寝かされていて、さながら野戦病院のようになっていた。
「どいたどいた!! 怪我人のお通りだよ!!」
アリシアが呆然と立ち尽くしているうちに怪我人は運ばれて行った。取り合えず何が有ったのか聴こうと考えて二階の受付に向かった。
「リトルベアの右腕5本、確かに受けとりました。これでクエスト完了です」
因みにリトルベアとはレベル2の上位に位置する"動物"でその名の通り見た目は大人の黒熊をそのまま小さくしたもので、戦闘力はオークとトロルの中間くらいである。また、その右手は蜂蜜が塗ってあり、肉事態に甘味が染み付いていて大変美味なのだ。
「聞きたいんだけど下で何が有ったの?」
アリシアは一階で見た光景について受付嬢に質問した。仕事とは関係ない話しのため受付嬢はくだけた口調で答えた。
「どうも乱闘があったようなのよ」
オフレコでお願いね。と前置きしてから受付嬢はその時の経緯を話した。
よくある話しなのだが、酒で酔った冒険者が言い争いからヒートアップしてあわや殴りあいの喧嘩に発展するところだったそうだ。
ところが、そこにフードを被った男が突然介入してきたのだ。何を考えたのか彼は喧嘩していた二人だけでなくその場にいた冒険者達を口汚く罵ったそうだ。そんなことを言われて黙っていられるほど大人しい者など居なかったようで、全員が彼を取り囲んで襲い掛かった。しかし、彼はその全てを返り討ちにして出ていった。
「まあ直接見た訳じゃないんだけどね」
「何が目的なんだろ?」
「さあね、そればっかりは本人に聞かないと分からないわね。
そうそう、その人なんだけど出ていくときにね--」
「『牙折り』って名乗っていたそうよ」
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~『火の学生寮』・ゼノとマルクの部屋~
「で、早速俺を問い詰めに来たのか?」
ゼノが部屋に戻るとアリシアが自室のごとく寛いでいた。問い詰めるとアリシアからギルドでの一件を聞かされた。
「でも今日はずっと学園にいたぞ」
「べつにアンタを疑ってる訳じゃないっての。 ただ知らせといたほうがいいでしょ?」
「まあな。どんなつもりか知らんが『牙折り』を語る以上ほっとく訳にはいかねえな」
『牙折り』それはゼノにとって忘れられない名前、他でもないゼノ自身につけられた悪名のことだ。その意味を知っているのは仲間内ではアリシア、シグマ、ロランの三人だけで、妹のミリアでさえ知らないのだ。
「……あのさ、ボクがいること忘れてない?」
勿論この部屋のもう一人の主であるマルクも知らないことである。
「ああ、悪かったなマグリッド「おしい!マグリット!!」」
「お前いい加減に名前覚えてやれよ」
「それよりもさっきから『牙折り』って言ってるけど、それってゼノの昔の二つ名だよね」
「二つ名じゃねえよ」
その時一瞬だけゼノの表情が曇った。
「もとはただの蔑称だよ。いまや完全に悪名だけどな。
ま、昔の話しだ。」
(ゼノは未だに『牙折り』について話してくれない。一体どんな意味をもつ名前なんだろう……)
そう思いながらもマルクがそれを口にすることはなかった。『気持ちの整理がついたら話す』ゼノのその言葉を信じているからこそマルクは自分からは聞かないのだ。
「たしかに伝えたからな。それじゃ」
「ありがとう。取り合えず今度調べてみるよ」
アリシアは用件を伝えるとすぐに帰っていった。
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翌日、ゼノはギルドを目指して北地区へ訪れていた。
昨日アリシアに知らされた偽物の事も気になるが、今回はレベル4の依頼を受けに来たのだ。
ギルドに着く。昨日と異なり特にトラブルはないようだった。掲示板へ行きクエストを探す。ちょうどレベル4のクエストが一つだけ残っていた。
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レベル4
討伐:ガルーダもどき×5
場所:ラジーム荒野
報酬:50000G
余分にガルーダもどきを
狩った場合、一体につき
5000Gの追加報酬。
パーティ推奨
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ガルーダとはレベル7の上位に位置する上級者向けの"動物"で、鋼鉄をも引き裂く爪を持ち、風魔法を自在に操るのが特長である。
そのガルーダに擬態しているこがガルーダもどきで、外見はガルーダを一回り小さくした以外はほぼ同じ姿をしているのだ。また、魔法こそ使えないが高速で飛び回り相手を爪で引き裂くのを得意としていて、低ランク冒険者では攻撃を当てるのも困難だと言われている。
「まぁこんなところだな」
実のところガルーダもどき単体の強さはレベル3に位置するトロルよりも低い。しかし討伐の困難さを考慮すると、鈍重なトロルよりも高速で飛行するガルーダもどきのほうが上になるのだ。
それならソロでも問題ないと判断して依頼書に手を伸ばした。そのまま受付に持っていこうとしたら後から声をかけられた。
「待ちたまえ!!」
「ん?」
ゼノが左を向くと自分と同い年くらいの無駄に派手な格好をした、いかにもお坊ちゃまな少年がこちらを見ていた。
「君、何のつもりだい? これは私の依頼だよ」
「はぁ? 少なくともこの依頼書のどこにも指名依頼とは書かれてないけど」
指名依頼とは、ギルド又はクライアントから特定の冒険者に出される特殊な依頼である。指名依頼を出されるのは冒険者にとって一種のステータスとなている。
閑話休題
「指名依頼? 何を訳のわからない事を言っているんだい? これは私が受けると決めたから誰が何と言おうと私の物なのだよ」
(ああ、そういうタイプの奴か……居るんだよな偶に、基本的なルールすら把握していない『なんちゃって冒険者』)
いまの言動から相手がただの駆け出しのボンボンだと予想した。思わず溜め息が出た。
「一応聞いておくけどレベルは4以上あるの?無いならいくら駄々をこねても受注はできないよ」
「ふん! 私の実力ならレベル6以上は確実だろうね! つまりたとえレベルが達していなくても実力的には問題ないのだよ!」
なかば予想道理の返答をされたのでもはや呆れるしかなかった。
ゼノの経験上こういう輩は自分の実力を過信して痛い目を見る馬鹿が9割なので、恐らく目の前の少年もそうなのだろう。
これ以上相手をするのも時間の無駄なのでゼノはギルド職員を呼んだ。
「どうかされましたか?」
「取り合えずこの人にギルドのルールを教えといて」
それだけで事情を把握した職員がボンボンの少年にクエスト受注の規則を説明し始めた。少年がなにか喚き散らしていたが職員は内心のイライラを欠片も表情に出さず対応し続けた。
その間に受付に着いたゼノは依頼書とギルドカードを受付嬢に手渡した。
「そんじゃこれお願いします」
「畏まりました。『レベル4:ガルーダもどきの討伐』ですね。
それでは気を付けて行ってらっしゃいませ」
受注が完了したので早速ラジーム荒野に向かうことにした。最後にチラリと先程の少年のほうを見てみるとまだ職員に喚き散らしていた。
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ラジーム荒野。そこは王都アトランドから南東に40kmの地点に広がる荒野であり、見渡す限り土と岩場しかない。この荒野には日光を遮る物が殆どない。そのため日中は魔物が発生しないのだ。代わりとばかりに多くの動物が縄張りを築いている。しかもその何れもが過酷な荒野を生き抜くために強く進化した動物達ばかりなのだ。
そんなラジーム荒野に高速で何者かが近付いていた。その者は荒野と草原の境目に到着すると停止した。
「やっと着いた」
ゼノは『肉体強化』と解くと額の汗をぬぐい一息着いた。
「やっぱあれから魔力が増えたな。ぶっ通しで『肉体強化』を使ったのに全然減った気がしない」
ゼノは王都からラジーム荒野までずっと『肉体強化』を使っていたのだ。そのため40kmを一時間で制覇するという冗談のような記録をだした。
もっともそれは学生レベルではの話で、世の中にはさらに短い時間で移動する者がゴロゴロいるのだ。世界は広いのである。
閑話休題
「おっと、さっそく来たな」
頭上を見るとガルーダもどきが2体、ゼノに向かって飛んできていた。
「魔闘術は……使うまでもないな」
ゼノは瞬時に全身に魔力を巡らせて『肉体強化』を発動し、跳躍した。
ガルーダもどきに接近して蹴りを放つ。しかしそんな大雑把な攻撃が当たるはずもなくあっさりと避けられる。
だがゼノもそれは予想していた。避けたガルーダもどきに向かって解体用ナイフを投擲する。が、それを嘲笑うかの様にガルーダもどきは巨大な翼でナイフを叩き落とした。
そして空中で無防備になっているゼノに向かってもう一体のガルーダもどきが 鉤爪を振るう。当然避けられる訳もなく鉤爪は吸い込まれるようにゼノの顔面を捉え--
ガキン!!
「ふはまえふぁ!!」
鉤爪はゼノの歯によって捕らえられた。
ゼノを振り払おうと暴れるガルーダもどき。しかし ゼノは構わずにガルーダもどきの両翼を鷲掴みにし--
「オルゥァァァァァァ!!」
一思いに引き千切った。そして落下の勢いを利用してガルーダもどきを地上の岩に叩きつけた。
「一体!! そんでもって~~~!!」
そして足下の岩を持ち上げて振りかぶった。
「当たれーーー!!」
勢い良く投擲された岩は残り一体のガルーダもどきを完璧に捉えた。流石のガルーダもどきも超重量の岩を叩き落とすことは叶わずあっさりと頭部を潰されて地面に落下していった。
「これで二体だ。そんじゃ回収するか」
ゼノはナイフとガルーダもどきの死骸を拾いに行った。
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その後特に問題なく討伐は終了した。
現在王都へ戻って来ており、今まさにギルドへ報告しに行くところである。
ギルドへ到着し、二階へ向かう。何となくだがギルド全体がピリピリしているように感じた。
クエスト達成を報告するために受付に向かった。その際に受付嬢と目が合った。
「ひっ……!!」
一瞬で受付嬢の顔が恐怖で歪んだ。
(え?何で!?俺何かしたか!?)
「あの、クエスト達成を報告しに来たんですけど--」
恐がる受付嬢に内心動揺しまくりながら用件を伝えようとした。しかしその時、後から肩をガッと掴まれた。何事かと振り返るといつぞやの女性職員がひきつった顔を向けていた。
「ゼノ・アルフレインさん、でいらっしゃいますよね?ギルド長がお呼びですのでどうかついてきてください」
丁寧な口調だがそこには有無を言わさぬ迫力があった。
ゼノは渋々と頷くと受付の奥へと案内されていった。
一番豪華な扉の前に着くと職員は深呼吸してからノックした。
「入れ」
「失礼します。
ギルド長、ゼノ・アルフレインをお連れしました」
ゼノのギルド長に対する第一印象は、山姥みたいな人、だった。
完全に白髪のみになった頭髪、年齢を感じさせる皺だらけの顔面、そしてそれでもなお相手を威圧せんばかりにギラついた双眸。見た目だけなら完全に山姥だった。
「よく来たのう。ワシは王都の冒険者ギルドでギルド長をしておるジャメル・ストラングというただのババアじゃ」
「はじめまして。ゼノ・アルフレインです。
それで何故俺は呼び出されたのでしょうか?」
ギルド長はゼノの眼を睨みつけながら切り出した。
「二時間前じゃが、オヌシどこに居った?」
「? 二時間前ならラジーム荒野で狩りをしていました。ギルド側も俺がラジーム荒野での依頼を受けたことは把握してますよね」
質問の意図が分からず疑問符を浮かべながらもゼノは正直に答えた。二時間前なら大体荒野について直ぐだ。
「それを証明できるものはあるかの?」
「ここにガルーダもどきの翼が7体分あります。調べてもらえれば討伐してからの大体の経過時間は分かりますよね?」
その答えに満足したのかギルド長は初めて威圧感を消して向き合った。
「うむ、それならば問題ないじゃろう。悪かったのう」
「いえ、それよりも何かあったんですか?」
「……まあよい。オヌシには聴く権利があるじゃろうな。」
一呼吸置いてから苦々しい表情でギルド長は語った。
「暴行事件が起こっての。その上成り済ましじゃよ。
犯人は自分のことを『牙折り』と名乗ったそうじゃ。オヌシの昔の呼び名をの」
後から思えば今回の騒動が切欠だったのだろう。『牙折り』その悪名を捨て去ってから約3年の月日が経った。その悪名は再びゼノに纏わりつくこととなるのだ。