53話 追憶の物語 4
『あの日の事は今でも忘れない』
『たくさんの男の子に囲まれて苛められた』
『石を投げられ、言葉で殴られ、心も体も痛かった』
『痛くて、辛くて、怖かった』
『わたしは一人で耐えていた』
『そこにあの人が助けに来てくれた』
『見たこともない形相で、聞いたこともないくらい声を荒げて』
『孤独なわたしを助けに来てくれた』
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サンドラ・ルミールには魔法の才能がある。両親が持つ魔法の適性属性はそれぞれ一つ、対してサンドラには三つも適性属性があった。
そんな彼女の4歳からの親友ゼノ・アルフレインは彼女とは正反対で、魔法の才能が皆無だった。それが原因で親友は苛めを受けている。
それに納得がいかず、サンドラは親友への苛めを食い止めようといろいろと手をうった。自分を通して他の子供を味方につけようとしたり、大人に相談したりと、少なくとも彼女自身が考えられる手は全て尽くした。
しかし問題なのが、親友を苛めていたのはハング村の村長の孫であることだった。
大国アトモスでは何世紀もの間、人間同士の戦争がなく平和だった。そのため、次第に国の貴族達は生活の場を首都付近に移していった。
その影響で田舎の土地は、形式上貴族の物であっても、実権はその土地の住民が握っていた。
つまりこのハング村で村長の家の者と対立すると、下手したら村八分ではすまないくらいひどい目にあうのだ。そして、そんな危険を犯してまで元々他所から来た落ちこぼれの少年を庇う大人などいるはずもなかった。
結局、ゼノへの苛めは無くなる事はなかった。それどことかいつの間にかサラ自身も周りから距離を置かれ始めていた。彼女の友達も一人、また一人と数が減ってゆく。そしてあの日、親友すら彼女の元から離れていった。
『ごめんねサラ……もう僕のことを庇わないで』
これは、サラが孤立していくのが自分のせいだと思ったゼノなりの優しさのつもりだった。しかし所詮は6歳児、普段しっかりしているサラでもこの時はついにゼノからも距離を置かれたと勘違いしてしまった。
その日からサラは遊ばなくなった。両親に心配をかけまいと家では無理やり明るく振舞っていて、その分外ではあまり笑わなくなった。やることがないので勉強に打ち込む日々が続いた。
唯一魔法の練習は面白かった。雷属性の基礎魔法『火花』の練習では、最初は真っ暗闇でなんとなく見える程度だったが、日を追うごとに火花の勢いが強くなっていった。
そんなある日のことだった。いつものように集会所での授業が終わったあと、先生から希望者だけ魔法の特別授業を受けられるとのことで、この日は帰らずに集会所にのこっていた。
先生は準備をするために退室していった。するとここぞとばかりにシムジウとその取り巻きがサラに詰め寄ってきた。
「ふん、生意気にもこの特別授業に参加するとはね。何様のつもりなんだい?」
「そうだそうだ!! 目障りなんだよ!!」
「適性属性が3つあるからって調子のんな!!」
何時ものように完全な言い掛かり、しかし周りは見て見ぬふり。言い返しても助けを求めても無駄だとサラは知っていた。だからこの日もサラは無視するつもりでいた。
「ああ、そういえばさっきウジ虫を見かけたよ。君のお友達のね」
この言葉を聞くまでは。
「は?」
「相変わらず虫酸が走るよ。何の役にも立たないただの虫けらを見てると、ね」
それがだれかをサラは瞬時に理解した。と同時に意味が分からなかった。なんで彼がそこまで言われるのか。
「……れ」
「彼の将来が目に浮かぶよ。何も出来ずに路頭にさ迷って野垂れ死ぬ」
「だまれ」
「まさに無能の極みだ。ゴミとなんら変らな--」
「黙れーーーーーーーーー!!!」
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………………
「こら!貴方達なにしてるの!!」
先生の怒鳴り声を聴いてサラははっと周りを見た。
気が付いたらシムジウとその取り巻きが怯えながら部屋の隅に踞っていた。
それは無意識だった。あまりの怒りに無意識に基礎魔法『火花』を発動し、彼等に攻撃していた。彼等はなすすべもなく逃げ回ったが所詮子供の足では振り切ることは出来ず『火花』にさらされた。騒ぎを聞きつけて先生が来るまでずっと。
結局特別授業は中止になった。そしてこの日を境にサラは周りから化け物と呼ばれるようになった。
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それから数日が経った。
あの日の事は子供同士の喧嘩ですまされることになった。毎年この時期にはよくある光景なのだ。
しかしそれ以来サラは魔法が使えなくなった。原因はイップスだ。あの時の周りの自分を見る眼、そして皆が化け物と罵るようになった。
たった一回でそれなのだ、もし二回目があったとしたら今度はどれだけの事になるのだろう。魔法を使おうとするとそればかりが頭を過るのだ。
「……もう嫌だ……なにもかも嫌だ……」
それは最早口癖になるくらいにこの数日間で吐き出された言葉だった。
最初は遠巻きに見ていた子供達もサラが魔法を使えないと知ると数人で取り囲んで中傷してくるようになった。次第に中傷はエスカレートしていき遂には石を投げてくる者まででてきた。
一人寂しく家路につくサラ。しかし数人の男の子が自分を追ってきているのに気がついて咄嗟に雑木林に逃げ込んだ。しかし男の子達もそのまま追い掛けてきて直ぐに取り囲まれてしまった。
「このヤロウ! 生意気に逃げやがって、もう追い詰めたからな!!」
「化け物め!! オレ達が退治してやる!!」
「違う……わたし化け物なんかじゃ--」
「黙れ化け物!!」
サラは思いきり頬を叩かれた。痛みで呻いていると続けて石を投げられた。
(痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い、誰か助けて!!)
「観念しろこの化け物!!」
「違う……わたし化物なんかじゃない」
「黙れよバケモノ!そうやってオレを騙して後ろか ら襲うつもりなんだろ!」
「こっちはお前が犬を殺して食べてるのを見たんだ からな!」
勿論サラはそんなことはしていない。しかし目の前の男の子達にとってはそんなことどうだっていいのだ。ただ単に虐めがしたいだけなのだから。
「わたしそんなことしてないよ!!」
(痛いのはもう嫌だ……痛いよ、寂しいよ……誰か……助けてよ)
その時、天が少女の願いを聞き入れたのか、はたまたただの偶然か。差し伸べられたのだ。
「……何してんだよ、何してんだよテメーら!!」
救いの手が少女へと。
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叫びながらゼノはリーダー各の男の子を殴り飛ばした。
(何だこれは!?)
ゼノには目の前の光景が信じられなかった。ボロボロになって泣きじゃくるサラ、それを取り囲んでいるゲスな奴等。
(何なんだこれは!!)
「いってぇーな……いきなり何すんだよこの落ちこぼれ!! 訳わかんねえよ」
殴られた男の子は痛みをこらえて立ち上がるとゼノを睨み付けた。周りの奴等も同様にゼノに視線を向けた。
「どういうことだ」
「は?」
「これはどういう事だって聞いてんだよ!! 何でサラにこんな酷いことしてんだテメーら!!」
ゼノはリーダー各の男の子に怒鳴り散らした。
「化け物に石投げるのの何が悪いんだ--」
聞き終る前にゼノは再びリーダー各の男の子を殴り飛ばした。倒れた男の子にそのまま馬乗りになって殴り続けた。
(フザケルナフザケルナフザケルナフザケルナフザケルナフザケルナフザケルナフザケルナフザケルナフザケルナフザケルナフザケルナフザケルナフザケルナフザケルナフザケルナフザケルナフザケルナフザケルナフザケルナフザケルナフザケルナフザケルナフザケルナ…………)
「フザケルナァーーーーーーーーー!!」
その姿はあまりにもおぞましかった。泣きながら許しを懇願するリーダー各の男の子、それを容赦なく殴り続けるゼノ。リーダーの救出も忘れて取り巻き達はただ呆然とその光景を見ていた。
しかし我に帰った取り巻きの一人が横からゼノを蹴り落とした。すると今度はその取り巻きに向かってゼノは殴りかかった。
所詮子供同士、体力に大きな差は無い。複数に囲まれては勝ち目などなく、しだいにゼノが殴られる回数が増えていった。
しかしそれでもゼノは攻撃の手を緩めなかった。何度殴られようとも、何度地に伏そうとも、怯むことなく飛び掛かった。
「ヒック……なんなんだよコイツ……ヒック……」
「もうやだ、オレ一抜けた!!」
「待てよオレも!!」
遂に虐めっ子達は心折れて逃げていった。
それを見て気が抜けたのかゼノはドサッ、と仰向けに倒れた。慌ててサラが駆け寄る。
「ゼノーーー!!」
「いてて……大丈夫サラ?」
先程と打って変わって信じられないくらい優しい声を出した。
ゼノの上体を抱き起こすとサラは泣き出した。
「バカ!! 何であんな無茶したの!? 身体中傷だらけじゃない!!」
「そりゃあ無茶くらいするよ。あいつらサラにあんな酷いことしてたんだ、許せないよ」
ゼノから出たのは嘘偽りのない本音だった。ゼノは心の底からサラの為だけに怒ったのだ。
サラは感極まって泣き出した。嬉しかったのだ。ゼノはずっと親友のままだったのだ。自分を拒絶してた訳じゃなかったんだ、と。
彼女はあの日暴れた事をずっと後悔していたのだ。サラにとってゼノはずっと大切な親友だった。それを侮辱されたからこそサラは怒ったのだ。しかしゼノは自分から離れていった、なのにわたしだけ一方的に親友だと思って、結果周りから化け物と蔑まれるようになって、これではまるで道化ではないか。
しかしそんな後悔はこの瞬間に跡形もなく消え去った。確かにやり過ぎたかもしれない。だが怒ったこと自体は正しかったのだ。
「バカ……わたし寂しかったんだよ……ゼノに嫌われたのかと思って」
「そんなわけ無い!! サラを嫌いになんかなるはずがない!!
でも僕が一緒にいたらサラに迷惑がかかると思ったんだ」
「そんなわけ無いじゃない!! ゼノが居ないと意味がないじゃない!!」
「でも僕なんてなんの取り柄もない役立たずだよ?」
「そんなこと言わないで!! ゼノはわたしの一番の親友なんだよ!! 役立たずなんて言わないでよ……」
その時ゼノの脳裏にオルファスの言葉が蘇った。
『 自分 のことも大切にしなさい。そうしないと見えないも のだってあるんじゃよ 』
ずっと自分はいらない存在だと思っていた。だからこそ自分がいなくなっても誰も気にしないし哀しまない。ずっとそう思っていた。
そのせいで見えていなかったのだ。自分がサラを大切に思っているのと同じくらいにサラが自分を大切に思っていたことを。サラが自分が距離をおいたせいで傷ついていたことを。
「ごめんねサラ、それからありがとう」
「お礼をいうのはわたしの方だよ。助けてくれて、駆けつけてくれてありがとう」
この日、二人は久しぶりに一緒に帰路についた。夕陽を背に影二つ。傷付いた身体を、或いはその心を、互いに支え会うように寄り添って歩いていた。