50話 追憶の物語 1
前話が短かったので本日は二話投稿します
~~~~~~~~~~~
『色褪せて見える……』
『何処までも広がる大空も』
『地平線まで続く草原も』
『夜空に煌めく星々も』
『何もかもが色褪せて見える』
『まるでこの髪のように、目に入る全てが灰色だ…』
~12年前~
ここは大国アトモスの北部に存在する比較的小さな村、名をハング村という。
この村のとある小さな一軒家に、今日も朝から親子の明るい声が響きわたった。
「サラ~、朝御飯できたわよ~。早く起きなさ~い」
「わかったー、今いくー!」
ドタドタと足音を響かせて幼い紅髪の少女が居間に入ってきた。
「おはよーママ!」
「おはようサラ。ほら早く食べゃいなさい」
「はーい!」
少女の名前はサンドラ・ルミール、今年で4歳になる。周りの皆にはサンドラを略してサラと呼ばれている。
そんな彼女には苦手なものが三つある。
一つ目はキュウリ、苦いからどうしても好きになれないらしい。
二つ目はパパの靴下、以前脱ぎたての靴下を何となく嗅いでから嫌になったそうだ。
そして三つ目は--
「そうだサラ、今日も外に遊びに行くんでしょ?それなら序でにお隣さんへお裾分けのリンゴを持って行ってちょうだい」
「え~、やだ~!」
ママのおつかい……ではなく
「だって彼処のお家って何だか気味が悪いんだもん!」
最近このハング村に引っ越してきた隣の家族が苦手なのだ。
「こら、そんなこと言っちゃダメでしょ?」
「だって~、彼処のお家の人って何を考えてるのか分からないから怖いよ!」
この前、その一家が引っ越しの挨拶に来たのだが、その家の父も母も、その子供すら無表情で最後まで誰一人として笑顔を見せる事が無かったのだ。
「う~ん、でもほら、人付き合いは大事なのよ?
それにあの時居た子供はちょうどサラと同じぐらいの歳でしょ?遊びに誘ってあげたら?
と言うわけでお願いね!」
「ううぅ…」
サラは嫌そうに唸っていたが、この後晩御飯に大好物のハンバーグを出す事を条件に手を打った。
-----------
ママから預けられたお裾分けの品物を持って、サラは隣の家の玄関前に立っていた。
ハンバーグに釣られて承諾したものの、いざ来てみればどうしても気後れしてしまう。
だが何時までも此処で突っ立っていても仕様がないと、大きく深呼吸した後にコンコン、と扉を叩いた。
「ごめんくださーい!」
数秒の間を置いてガチャリと扉が開いて、中から家の住人が出てきた。
「………」
出てきたのは、この家の一人息子だった。相変わらずの無表情、そして加えて無言の合わせ技である。
「え、え~と……お裾分けで~す……」
「……(ペコリ)」
男の子は一回お辞儀をするとサラからお裾分けを受け取って直ぐに引っ込んでしまった。しかも終始無言のままであった。
「あっ、ちょっと!」
バタン--
サラが何かを言いかけたが、そのまま扉は閉まってしまった。
「--なによあの子!一言ぐらい喋りなさいよ!」
その後、再び扉が開くことは無かったため、サラは憤慨しながら遊びに行った。
-----------
「父さん、近所の方からお裾分け?というのを貰いました」
薄暗い家で、少年は先程貰ったリンゴを抱えて、奥の部屋にいる男性の下へ報告しにいった。
「気が散るから話しかけるなと命令しておいた筈だが?」
「……申し訳ございません」
話しかけられた男性は、苛立ちを隠そうともせずに少年に言い放った。
それを聞いた瞬間に、少年は土下座をしながら感情の抜け落ちた声で謝罪した。
「……ふん、まあいい。
居間の机にお金を置いておいた。今日一日の食事はそれで勝手に済ませておけ」
「かしこまりました」
それだけ言って男性は、何時ものように少年のことが見えていないかのように振る舞った。
この歪な親子関係は、少年が物心ついた時から既に始まっていた。
少年の最初の記憶は決まった住居を持たずに村から村へ転々と移り住んでいた、所謂放浪生活からだった。
移動の際は荷物と一緒に運ばれ、宿に泊まれば一歩も部屋を出ることを許されなかった。
話し相手は誰もいなかった、いや今尚ただの一人もいない。昔から父親は命令するだけ、母親にいたっては顔を合わせることすら極稀だ。
このハング村に引っ越して6日が経過したが、結局両親の態度に変化はなかった。
(……外に行こう)
一日分の食費500Gを受け取って少年は外へ出ていった。
特に用など無かったが家の中に居たくなかったのだ。
-----------
まず少年は朝食を食べに向かった。
時刻は8時を過ぎたところで、営業しているのはせいぜい喫茶店ぐらいだったのも理由の一つである。
扉を押し開けて店に入ると店長のお爺さんがやって来た。
「いらっしゃい……おや、今日も来たのかい?」
「はい、何時ものでお願いします」
ハング村は小さな村だ、そのため食堂の数も少ない。
少年は毎日外食で済ませているので決まって家から一番近いこの店に来るため、必然的に店主と顔見知りになったのだ。
「トーストとミルクじゃな?
まったく、育ち盛りなんじゃからたまにはちゃんとした物を食べねばいかんぞ」
店主はブツクサと文句を言いながらトーストとミルクを席に置いた。
「ところで少年よ、毎日ここに来とるようじゃがお前さんの親は飯を作ってはくれんのかね?」
「はい、父も母も毎日忙しいので」
「そうか……」
呟きながら、何かを言いたそうな眼をしていたが、店主はそれ以上語らなかった。
「ご馳走さまでした」
「はいよ。料金は150Gじゃ」
お金を払い挨拶を済ますと、少年はそそくさと店を出ていった。
「……やれやれ、こんな年寄りに心配かけるもんじゃないぞ少年よ」
店を出ると、特に目的地など無いため少年は今日も一人でブラブラとすることにした。
(昨日は右に行ったから今日は左だな…)
如何に小さな村と言えど幼児一人で廻りきるには6日という期間は些か短く、今日も少年は村を探険することにした。
-----------
村の空地で数人の子供達が集まって鬼ごっこをしていた。
ハング村では5歳以上の子供は集会所に集まって其処で簡単な読み書きや計算を教えられる決まりになっている。
そのため必然的にここに集まっている子供は皆、5歳未満の幼児達だった。
その中には周りの幼児達に比べて、一際目立つ紅い髪をもった少女もいた。
追い掛けてくる鬼から今も必死に逃げているようだ。
「サラちゃん待って~!」
「嫌だ待たない!」
近くに他のメンバーがいないので完全に狙われていた。しかし鬼役の子供はお世辞にも速いとは言えず、難なく逃げているようだった。
やがて疲れたのか鬼の子がその場に座り込んで休憩しだしたため、サラも一息つくことにした。深呼吸をして辺りを見渡すと、見覚えのある人物が通りかかった。
(ん? アレは先刻の子かしら?
そう言えばママが遊びに誘ってあげなさいって言ってたような?)
苦手意識は有るがここは我慢して誘うことにしたようで、サラは少年に大声で呼び掛けた。
「オーイそこのキミー!良かったら一緒に遊ぼうよ!」
「……(ペコリ)」
しかし当の誘われた少年は会釈をしたと思ったらそのまま一言も声を発さずに去って行ってしまった。
「えっ!?ちょっと一言くらい「タッチ!」 えっ?」
「次はサラちゃんが鬼ね!20秒数えるまで動いちゃダメだからね!」
「っ~~~!!ウガァァァ~~!!」
態々誘ってあげたのに黙って素通りされた揚げ句にいつの間にか復活してた鬼に捕まるというWパンチで、彼女の機嫌がかなり悪くなったのは、まぁ仕方がないだろう……。
一方、少年はというとその額には汗が滲んでいた。
それは単に外が暑いから、ではなく混乱と緊張によるものだった。
(遊びに誘われたのなんて始めてだ…
でも僕なんかが混じったら迷惑だろうしな…
そもそも、同年代の相手とはどんな話し方をしたらいいんだ?)
悩んだ結果、今朝と同じように黙って会釈するだけになってしまった。
「ハァ~……でも同年代の相手との会話なんて習ったことないんだよな……」
結局のところ少年は只の人見知りだった。
-----------
目的もなく歩き回った結果、少年が辿り着いたのは村の外れにある小高い丘だった。
頂上からは村の外の草原を一望することができた。
「風が気持ちいいな。景色も良いし、何より人が居ない。
良いところだ--でも」
そのまま少年はゴロンと寝転がった。
(景色は綺麗だし、風も気持ちよく吹いている。しかも今日は晴れだからポカポカする。
……なのに何でだろう。心が満たされない)
「……寝よっと」
瞼を閉じたら少年は直ぐに眠りについた。
-----------
~夕刻~
日は傾き空は薄暗くなっていた。
学問を習っていた子供はとっくに家路に着いており、大人達は仕事終りの一杯を楽しんでいた。
空地で遊んでいた子供もそれぞれの親が迎えに来た子から自然に解散になった。
「バイバイ、サラちゃん!」
「バイバーイ、また明日!
………はぁ、皆帰っちゃった。
お腹も減ったし帰ろ…」
そして空地に残ってるのはサラ一人となった。いつもなら既に親が迎えに来ている頃なのだが、何故か今日は待てど暮らせど迎えが来なかった。
最後の遊び相手が帰ってしまったためサラも帰路に着くことにした。
ハング村には街灯など無い。そのため日が沈みきって無くても辺りはとても暗い。
その為か道が朝と違うように見えた。それが心細さに拍車をかけた。
「ママとパパのバカ……きゃっ!!?」
暗いせいでサラは足下の石に気づかずに躓いて転んでしまった。
転んだ拍子に膝を擦りむいてしまった。4歳の少女には少々辛い痛さだった。
加えて一人ぼっちで心細さを感じていたこともあり、自然と涙が溢れてきた。
「うぅ……グス……うえぇぇぇぇ……!」
(痛いよ……ママ…パパ…)
その場に蹲ってサラは泣き出してしまった。
(もうヤダ!寂しいよ……)
カツ…カツ…カツ…
「うえぇぇぇぇ…!」
カツ…カツ、カ
「……あの、大丈夫ですか?」
「ふぇ?」
その時聞こえた声はサラには聞き覚えの無い、しかし暖かい声だった。
サラが見上げるとそこには少年が一人立っていた。その頭髪は夕闇でも目立つ灰色で、その青い瞳はサラには星の様に輝いて見えた。
「えっと、立てますか?」
「グス…あなた、たしか隣の家の子?」
「あの…はい、そうです」
立てますか?と訪ねながら少年は手を差し出してサラを立たせた。
「ありがと…」
「どういたしまして」
サラの傷はまだ痛む、しかし先刻までの心細さはいつの間にか無くなっていた。
「あのさ、何で朝会った時は無視したの?」
「……いや、無視したわけでは「あとその喋り方変よ」…その、すいません」
「うーん…もっとこう、普通に喋ろうよ。」
「はぁ、わかりま「コホンッ!」…えっと、わかった…?」
「うん!そんな感じ♪」
二人はたわいの無い会話しながら家路を歩いた。話しているうちにサラの中で少年に対するイメージがだんだん変わっていった。
「ごめんね。今まで君の事ただの失礼な人だと思ってた」
「いいって、実際に失礼だったわけだし」
数分歩いたところでようやくサラの家のが見えた。
家に着くとサラの母親が慌てて玄関に走ってきた。
「ごめんねサラ!ママうっかりしてたわ!
…あら?貴方はたしかお隣の?」
「あ、はい。こんばんわ」
「まぁ、礼儀のいい子ね。」
「いえ、そんなことは、それでは失礼し--」
グゥ~~~!
少年が帰ろうとしたその時、彼のお腹が空腹で悲鳴をあげた。
それを聞いたサラの母親はクスクスと笑いながら少年に晩御飯を食べていく様に提案した。
-----------
「ごちそうさまでした」
「あらあら、お粗末さまでした。
サラも見習いなさい」
「はいはい」
サラの父親は今日は帰りが遅くまだ帰っていなかったためそのまま三人で晩御飯を食べた。
少年にとって他人と一緒に食事をすることは初めてだった。だからか自然と少年は笑みを浮かべた。
「よかった。やっと笑ってくれたね」
「あら本当ね」
「うん、こうやって皆でご飯を食べるの初めてなんだ。それでつい…」
「そうなの!?じゃあまた一緒にご飯食べようよ。えっと……そういえば何て名前だっけ?」
その時になってサラは今まで少年の名前を知らなかったことに気づいた。
そもそもまともに会話を交わしたのも今日が初めてだったので当然といえば当然である。
「そういえばお互いに自己紹介してなかったよね?
わたしはサンドラ・ルミール、サラって呼んでね。君は?」
「僕はゼノ、ゼノ・アルフレイン」
これがゼノ・アルフレインの長い長い物語の始まりであった。
「ところでゼノはあんな時間まで何してたの?」
「天気が良かったから昼寝してた」
「……なんかおじいちゃんみたいだね」