45話 強襲の一つ眼巨人
お久し振りです
~side:ゼノ~
その男はいつの間にかそこにいた。全身をマントで覆い隠していたが声が男のそれだった。
何故こんな森の中に?その怪しい格好は一体?笑い方がキモい。 そんなどうでもいいことが一瞬だけ頭を過ったけどそれ以上に--
「いや~楽しみだねぇ、お次はどうやって切り抜けるのかな?」
--男から漂う尋常じゃない不吉さのせいで吐きそうだった。
「…もう一度聴くぞ、お前は誰だ」
「そうだな~ とりあえずハワードと名乗っておくかな。…勿論偽名だけどな!ヒャハハハハハハハ…」
「…何が目的だ?」
嫌な予感がする。何かとんでもないことが起きる気がする…
「ククク…いやなに、簡単な実験に協力してもらおうと思ってね」
すると男は懐から試験管をとりだして中に入っていた液体を地面に垂らした。
「簡単には死んでくれるなよ、"完成品"」
「? どういう意味--」
俺はこれ以上言葉を発することができなかった。何故なら森の奥から--
『GIAAAAAAAaaaaa!!!』
--濃密な死の気配が近づいてきた。
「そんな…」
うそだろ…何で!?こいつはこの森にはいないはずだろ!?
ボロボロの毛皮の服に身を包んだ一つ眼の巨人
トロル以上の怪力と巨大な金棒が武器の"レベル6"の魔物…
「サイクロプス…!」
ちらりと後ろを見てみるとみんな恐怖のあまり固まっていた。無理もない、俺だって身体が震えているんだから。
「あ、あ、ああ…!」
「おい!マルク!」
「-な、なに、ゼノ」
「みんなを連れて早く逃げろ」
ナズナとサラは完全に呑まれてるしアリスはもう余力が無いから必然的にマルクに頼るしかない。
「外まではほとんど直線だから早く!お前以外にまともに動ける奴がいない!」
「で、でも逃げ切れるかどうか--」
「俺が全力で時間を稼いでやる。なあに、心配すんな、十分に時間を稼いだら俺も逃げるさ。これでも逃げ足には自信がある」
戸惑うマルクに俺は早口で捲し立てた。正直言って俺にもまったく余裕は無い。
「頼んだぞ、マルク!」
「--わかった!」
マルクはしっかりと返事をしてくれた。こいつは何時でも冷静な判断ができるから頼りになる。
「アリシアさん、つかまって! ナズナさんはアリシアさんを支えるの手伝って!」
「くっ、魔力が残ってたら…!」
「わ、わわわ、わかった…!」
アリスは悔しそうに、ナズナは慌てながらマルクの指示に従った。因みに俺は、先刻からサイクロプスから眼を離せないから、二人が本当に指示どおり動いてるかは分からない。
「待って!やっぱりゼノ一人で戦うなんて無茶よ!」
「サンドラさん、行こう!ここにいてもゼノの邪魔にしかならない!」
「でも!」
サラが俺を気にして逃げるのを躊躇してるみたいだ。でも、俺としては逃げて欲しい。
「サラ、早く逃げろ!」
「でもゼノ!」
「いいから早く逃げるんだ!!君じゃコイツの相手は無理だ!!」
「--っ!!」
「頼むから逃げてくれ……!」
「……死なないでね、ゼノ!」
漸くみんな逃げてくれたみたいだ。サラにはきつい言い方をしちゃった…。でも正直、庇いながら戦う余裕は無い!
「ククク、足手まといを逃がすとは、優しいね~、ヒャハハハ」
みんなの足音が完全に遠ざかると、目の前の男─たしかハワードだったな─が口を開いた。ものっそい不愉快だ。
「てめえ、まだいたのか」
「誰かさんの死に様でも拝もうと思ってね!
さてと、『やれ、サイクロプス』」
『GYaaaaaaaaaaooooooooo!!!』
「なっ!?」
今までただ突っ立ってただけのサイクロプスが奇声を発しながら得物を叩きつけてきた。まずい!
「うおっ!」
ギリギリで回避できたけど、あまりの威力で地面が爆発したみたいに吹っ飛んだ。
「ヒャハハハ、やるねぇ!
それじゃあそろそろ失礼させてもらうよ」
男はそれだけ告げると森の奥へ消えていった。本来なら追いかけるべきだろうが俺にそんな余裕は無い!
「最初から全力で行くぞ!『魔闘術』発動!!」
ただの時間稼ぎとはいえ相手はレベル6!
『GOAaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!』
「オオオオオオオオオオオオ!」
一瞬でも気を抜けば死ぬ!
~side:マルク~
一歩足を踏み出す度に身体と心に痛みが走る。身体の痛みはまだ怪我が治りきっていないのに走っているから、そして心の痛みは--
「ゼノ…ゴメン…」
自分達のせいで親友を死地に留まらせてしまったから…。
「マグ…え~と、マグリット」
「…なに?アリシアさん」
未だに名前をうろ覚えにされているけど今はツッコム気力もない
「お前が罪悪感を感じる必要は無い…勿論そこの二人もな…」
「「……………」」
指摘された二人もやっぱりボクと同じ気持ちなんだと思う。先刻から俯いたまま一言もしゃべらない。
「あの場でまともに戦えるのはゼノだけだった」
…わかってるよそんなこと。それでも割りきれない
「そもそも、まともな戦闘経験が無いお前等が戦えないのはあたりまえだ」
その時僕は気付いた、アリシアさんはとても泣きそうな顔をして、血が出るくらい拳を握っていた。
「けど、あたしは違う…本来なら一緒に戦うべきなのに…」
こんな弱気なアリシアさんは初めて見た。いつも強気で、決して弱音を吐かない彼女がこんな表情をするとは思わなかった。
「…なのに…それが出来ない!いつまでたってもゼノに追い付けなくて…いつもゼノに負担をかけて…いつも…いつも…」
「せっかく強くなったのに…一緒に戦える様に強くなったのに!!」
「「…………」」
アリシアさんはいつの間にか悔し涙を流していた。
僕もナズナさんも、ただ黙ってそれを聞くことしか出来なかった。なんて言えばいいか分からなかったんだ…。
それから数十分間、誰一人言葉を発することはなかった。遠くから聴こえる戦いの音だけが僕達の耳に届いていた。
「こんな遠くでも聴こえるなんて…」
僕はつい後ろを振り返った。そして気付いたんだ…僕達三人がとんでもないミスをしていたことに
~side:ゼノ~
……戦い始めてからどれだけの時間がたったのだろうか、五分足らずかもしれないし一時間以上かもしれない…
「ぜぇ…はぁ…ぜぇ…」
『GYuraaaaaaaaaaaaaa!!』
今のところサイクロプスの攻撃は全て躱している。ぶっちゃけノーガードで一撃くらえば魔闘術を使っていても致命傷になりかねない。
対して俺の方はというと、相手の攻撃を徹底的に避けて、隙あらば攻撃というカウンタースタイルで戦っている。こういう戦法は苦手だけど他に有効そうな方法が思い浮かばない。
「オラァ!」
『GA……!!』
何度目になるか覚えていないが、攻撃大振りになった瞬間に懐に入り込んでサイクロプスの鳩尾に拳をメリ込ませた。
魔闘術を発動した状態で本気で殴れば、鬼人流武闘術を使わないでも鋼鉄をぶち抜く程度の威力は出せる。
だけど、今日の魔素量だと数秒でダメージが消えてしまう。しかも、避けながらだから一発殴るのに時間がかかる。
『GO、GO、GOAAAAAAAAAAAAA!!!』
「クソッタレ!」
案の定サイクロプスはすぐにダメージから立ち直りやがった。
咆哮と共に殴りかかってくるサイクロプス。
トロルに比べて一回り小さい身体は筋肉質で、攻撃力も機動力もトロルのそれとは比べものにならない。
そして今ならハッキリとわかる。
「コイツが出現したから森から魔物が逃げて来たんだ……トロルでさえも!」
恐らくコイツの攻撃なら一瞬でトロルを文字通り八つ裂きに出来るはずだ。流石のトロルでも再生出来ないぐらいに。
「皆は無事に逃げれたのかな?」
俺の魔力も残り2割程度。
そろそろ逃げないとヤバイけど十分に時間を稼げたのか自信がない。
…などと戦闘中に考えているべきではなかった。
サイクロプスの降り下ろした金棒が地面を砕くと同時に、此方に向かって衝撃波が飛んできた。
レベル6以上の魔物の中には固有の魔法を使う者がいるのだ。どうやらサイクロプスもその内の一体だったようだ。
考え事をしていたせいで衝撃波を避ける事ができず、正面から拳を繰り出して相殺した。が、その隙にサイクロプスの追撃を許してしまった。
「っ!!しまっ--」
『GUOOOOOOO!!!』
真横からフルスイングされた金棒は、吸い込まれるように、無防備な俺の脇腹に直撃した。
当然ながら俺は勢いよく弾き飛ばされた。
~side out~
ドゴォォォォォォォォォォン!
と、大きな音をたてて、ゼノは大木に叩きつけられた。
「あ、ぐっ…!」
魔闘術で、打ち付けられたトロルの拳を逆に砕くほどに強化されていたのだが、サイクロプスの渾身の一撃の前に、ゼノの全身の骨はコナゴナになった。
幸い意識を手放す事はなく、すぐさま魔闘術による怪我の治癒を始めた。しかし、ここで問題が生じた。
そもそも、この治癒方は肉体の自然治癒力を爆発的に向上させるものであるのだが、三つ欠点がある。
一つ目は、怪我の度合いによって激痛を伴
うこと。
例えばただの筋肉痛を一瞬で治した場合、筋肉痛の痛み×本来の治癒期間分の痛みを伴う。
その為今回の怪我の度合いだと、一般人なら完治した瞬間にショック死、又は廃人になる程の激痛なのだ。
ただし、ゼノにとっては十分に耐えられるレベルの痛みなのだが…
二つ目は、あくまで自然治癒の為、治す場所の細胞が死んでいた場は直せないのだ。
ただの大怪我ならば前述の欠点さえ克服出来れば、たとえ普通なら治らない怪我でも、治癒力そのものが桁違いなので治す事が出来る。
しかし、細胞が死んでいる場合、いくら魔力、つまり生命力を注いでも意味が無いのだ。例えるなら、エンジンの壊れた車にガソリンを注ぐ様なものである。
もっともこの欠点も今回は関係ない。問題になったのは三つ目の欠点である。
(不味い、魔力残量が少なすぎる!)
三つ目の欠点とは、魔力の燃費がとてつもなく悪いことである。
治癒力の向上率は消費する魔力量に比例する。しかし、今現在のゼノの魔力残量は本調子の2割程度しかない。その為、治癒時間がかなり伸びてしまうのだ。
(あと5秒は動けない!)
そして5秒間の隙は、この戦いでは致命的なものとなった。
『GRAAAAAAAAA!!!』
力強く金棒が地面に降り下ろされた。
先程と同じく、特大の衝撃波がゼノに向かって迸った。
(駄目だ!間に合わない!!)
そしてついに衝撃波がゼノに到達--する直前
「やめてぇぇぇぇぇ!!!」
ドン--
誰かが横からゼノを突き飛ばして衝撃波から逃がした。
ドガァァァァ--
そして、代わりにその人物が衝撃波の餌食になった。
突き飛ばされながらも怪我から回復したゼノがその人物に駆け寄った。
「サ……ラ……?」
その人物は先程逃げたはずのサンドラ・ルミールだった。
じつは、逃げている最中に戦闘の音が激しくなったことへの不安と、アリシア同様に共に戦えなかった悔しさが、無意識の内にサラを引き返させたのだ。
「サラ……サラ、おいサラ!!」
サラの手足は有り得ない方向に曲がっていて、頭からは血が出ていた。
「ゼ……ノ……よか……た」
「何で逃げなかったんだ!サラ!!」
「ゼ……」
ここでサラは意識を失った。
「あ、あ、あ……」
(サラ、サラ、サラ!!!)
「あああああああああああアアアアアアアアあああああああああああああああああああああああアアアアアアアアあああああああああああああああああああああああ!!!」
(何でサラがこんなことに!?何でだ!?何で、何で、何で!?)
ゼノは狂った様に叫んだ。
『GYOOOOOOOOOOOO!!!』
そこへ二人にとどめを刺しにサイクロプスが足音を轟かせながら近づいてきた。
これが引き金になった--
「殺してやる……」
ゼノは徐に立ち上がると自然に口からそうもらした。
(殺す!)
虚ろな眼でサイクロプスを睨み付ける
(コロス!)
全身を覆う魔力がいっそう輝きを増した
(コロシテヤル!!!)
「グルアァァァァァァァァァァァ!!」
-これより先は戦いに有らず
-これより先は……殺し合い
-化物同士の殺し合い