44話 VSトロル 3
魔力とは即ち生命力の一種である。
では生命力とは何か?それはおそらく身体を形成しているエネルギーであると思われる。細胞、血液、骨、それらを形作る、あるいはそれらが保有しているエネルギーであると考えられる。
そこで私は、肉体にさらに魔力という生命力を注ぐことで身体機能が向上するのではないかと考えた。
結果として魔力を注ぐことでその部位が持つ機能を向上できることが判明した。しかし同時に、魔力を集めすぎると弊害が発生することも判明した。
今後は如何に弊害を出さずに能力を向上させるかが 課題となるだろう。
~『コレイスター・シロウリーの魔法理論』より抜粋~
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「行くぞ!」
掛け声と共にゼノの姿か消え、残像によって出来た光の帯がトロルのみぞおちに突き刺さった。
トロルの身体が"くの字"に折れて苦悶の表情をうかべる。そして光の帯はそのまま顎を撥ね上げてから今度は素早く背後に回り込みトロルの後頭部に突貫した。トロルはそのまま前方に転がって木に激突した。
空中に跳んだ事で光の動きが止まった。その正体は勿論ゼノだった。格段に速くなったために姿がぶれて帯に見えていたのだ。
トロルは起き上がると果敢にゼノに殴りかかってきた。その迫力は今日見たなかでは最高のものであった。対するゼノは何故かクラウチングスタートの様な体勢になった。
「鬼人流武闘術・閃の型『光進』!」
それは平たく言えばただのフライングヘッドバットだが一点だけ、スピードだけが規格外だった。『光進』とは本来踏み込みの瞬間だけ足に魔力を集めて飛躍的に速度を上げる技なのだがゼノはそれに両手も加えて更に加速力してそのまま突っ込んだのだ。
『-ブグェっ!』
トロルの巨体が再びくの字に折れる。ゼノは更にその頭を両手でガッチリと掴んで顔面に膝をぶつける。しかしすぐにダメージが回復したトロルが拳を固めてゼノを殴り付けた。直後、トロルの顔が驚愕の表情を浮かべた。
トロルの放ったパンチは確かにゼノの顔面を捉えた。途端にトロルの拳に激痛が走り骨が砕けたのだ。対してゼノは空中で体勢を整えて着地した。ここでトロルは漸くある事に気がついた。先程まで傷だらけで満身創痍だったのに対して今現在のゼノには傷が一つもついていないのだ。
何故ゼノの傷が消えたのか?その理由は『魔闘術』にあった。ゼノを包んでいた光の正体は"魔力"だった。そもそもゼノの肉体強化は特殊で、魔力を"循環"させるのではなく"集中"し"留め"ているのだ。これによって魔力を操作する手間が大きく減少し且つ通常の肉体強化とは比べ物にならない程に強力で効率的になるのだ。しかし魔力を集中させるのにも限界がある。自分の体積を超えることは出来ないのだ。
ではそれ以上魔力を集めるにはどうすればいいか?答えは簡単、体の外側に纏えばいいのだ。そうすることで内と外の両側から強化することができるのだ。ゼノはこの技を『魔闘術』と呼んでいる。
しかしここで疑問が残る。何故それほどの魔力を集めているのに身体に弊害がでないのか?例えば
火の魔力を集めると"細胞が焼け焦げる"
水なら"細胞が凍りつく"
樹なら"骨が脆くなる"
雷なら"神経がズタズタになる"
地なら"筋繊維が固まって動かなくなる"
このように属性によって変わるが弊害が発生する。そう属性によって変わる。しかしゼノに適性属性は"無い"。つまり弊害が存在しないのだ。そして純粋な魔力、つまり生命力が常に身体を覆っているため筋力、強度、そして自己治癒力が増加しているのだ。
「そろそろ終わらせてもらう」
動揺しているトロルの背後に回り込むと即座に両膝の裏に拳を叩き込んだ。ぶっちゃけ膝カックンである。そして倒れ込んできたその背に『裂波』を当てて上に吹っ飛ばした。
凄まじい連続攻撃だったが、瞬時に再生してしまうトロルの肉体には殆どダメージは残っていなかった。いかに人間離れした運動能力を発揮しても倒すには至らない。しかも『魔闘術』は肉体強化よりも圧倒的に多くの魔力を使用するため短期決戦が鉄則なのだ。
「いったぞ、アリス!」
だからこそゼノは待っていたのだ、相棒の準備が終わるのを。
「緋剣奥義-」
頭上のトロルを睨み付けながらアリシアは圧縮して《杖》に溜め込んだ自分の全魔力を解き放った。
「『百火竜乱』」
それは言うならば竜巻、荒れ狂う炎の竜巻が立ち昇りトロルを呑み込んだ。そして後には灰だけがのこった。
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「二人とも大丈夫?」
ゼノがアリシアをおぶって戻るとマルクが心配そうに訪ねた。マルクの顔色は大分よくなっており一人で十分歩けるほどに回復していた。
「ゼノくんは大丈夫そうだね。アリシアちゃんは平気?」
「すぐに治療するわ」
おぶられてるアリシアを見て、ナズナとサラの二人は早速手当てを始めた。
「う~ん…あ、頭がクラクラする」
「怪我は大したことないけど魔力を消耗しすぎたからな」
トロルを倒した直後にアリシアは魔力不足でぶっ倒れたのでゼノがここまで運んできたのだ。魔力回復薬を飲んでいても一発で魔力が枯渇する程の攻撃だったのだ。もっともそれぐらいでないと今の二人では倒せない相手であったのだが。
「まぁ全員無事でなによりだな」
「…アンタは何でピンピンしてんだよ」
「これでも大分疲れてるよ。魔力なんか半分も残ってないし」
「まあそれは置いといてさっさと戻ろう。合宿は中止らしいから。
俺が来たルートを通ればすぐに着くはずだ」
全員すでにかなり疲労しているため一同は森を脱出することにした。
こうして波乱に満ちた最悪の合宿が終った。
「ククク…悪いがそうはいかねえな」
「-っ! 誰だ!?」
「まだ本日のメインディッシュが残ってるぜ、………ヒャハッ!」
しかし、最悪の一日はまだ終らない…