42話 VSトロル 1
向き合った直後、トロルは自慢の豪腕で棍棒をアリシアに向かって真っ直ぐに降り下ろした。もしも人間がまともに受けてしまったら一瞬で物言わぬ肉塊に変えられることだろう。しかし幸いにもトロルはその見た目通りに非常に動きが鈍いため、アリシアは楽々と棍棒を避けた。が、
『ブオォォォ!!』
ドゴオォォォ…!
棍棒が降り下ろされた瞬間、凄まじい音をたてて地面が爆発した。正確には爆発したのではなく、あまりの力に土が吹き飛んだのだ。
アリシアは一瞬でトロルの脇をすり抜けて背後に回った。
「『爆ぜろ』!」
そして振り向き様にトロルの背中に得意の『爆撃』の魔法を食らわせた。
この魔法は発動の早さと見切りにくさが売りで、必要な魔力が少ないこともあってアリシアはよくこの術を使っている。
トロルの背中から爆発による煙が立ち昇る。すかさず距離を詰めてアリシアは同じ箇所に右の双剣を振り下ろした。ザシュ、と嫌な音をたてて双剣の刃が食い込む。
「くらえ、『紅火』!」
そして零距離から紅の炎を傷口に放ち、そのまま左の双剣で更に切りつけながらトロルの背中を蹴飛ばして距離をとって着地した。
これがトロルが動き出してから僅か3秒の攻防である。本来なら最初の擦れ違い様に足と横腹の二ヵ所への斬撃も加わるのだが、爆発によって発生した土煙のせいでカウンターが決まらなかったのだ。
(この調子ならいける!)
一連の攻防で確かな手応えを感じ、アリシアは薄く微笑んだ。しかし、それは直ぐに驚愕の表情に変化した。
トロルの背中は先程の連撃により、深い切り傷ができ、その下の肉は黒く焦げていた。人間であれば相当の深傷だったが魔物であるトロルを討ち取るには至らなかった。
無論そんなことはアリシアも最初から理解していた。故に彼女が驚いたのはその事ではなかった。
『ヴォオオオォォォ…』
ジュクジュク、と嫌な音をたてながら傷口が塞がったのである。トロルは元々優れた回復力を有する魔物だが、其れを差し引いても異状な再生速度だった。
「『 炎よ、我刃に 宿りて我敵を焼き切れ--属性付加 』」
我に帰ったアリシアは、即座に『属性付加』を発動して攻撃を再開した。
未だに背中を向けているトロルに向かって紅く燃え盛る刃が閃く、一太刀毎に炎を撒き散らしながら敵を焼切る。瞬時に先程以上の傷痕がトロルの体中に刻まれる。そして止めと言わんばかりに双剣が纏う炎がさらに大きく燃え上がった。
「緋剣『紅十字』!」
放たれた斬撃は以前ゼノに向けられたソレを上回る威力でトロルを深々と切りつけた。切り口は発火して、十字を描いていた。
双剣を一振りして刃に付着したトロルの血液を払い落とすとようやくアリシアは一息ついた。最後の一撃は確実に内臓まで届いていたことが手応えで分かっていた。が--
「おいおい、そりゃねえだろ…」
本来なら相当な深傷の筈の傷が僅か数秒で塞がってしまったのだ。
ここでようやくトロルは振り向いた。その顔には醜い笑みが浮かんでいた。ソレを見てアリシア悟った…悟ってしまった。
このトロルはただ遊んでいるのだ。わざと此方の攻撃を受けて、それが意味をなさない事を相手に見せつける。そして獲物を絶望させてから殺す気なのだ。
『ヴァアアアアア!』
「舐めんなよ、デカブツ」
今度はトロルが棍棒を横凪ぎに振るってきた。それをバックステップでかわしながら炎を飛ばす。しかしトロルはそれをものともせずに突き進み、棍棒を切り返してきた。
アリシアはそれを斜め下から受け流した。が、あまりの威力に膝を着いた。そして--
『ゴアァァァぁぁぁぁぁ!』
トロルの前蹴りがアリシアをガードごと弾き飛ばした。
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ナズナに運ばれながらマルクは先程のトロルについて考察していた。
明らかに異状な再生能力、だがそれ以上におかしいのは発見場所だった。『暗黒の森』の魔物では最強で『森の主』と呼ばれるほどの魔物が何故こんな森の端に現れたのか。それがわからなかった。
(それにあの時、明らかに僕達の位置を把握していた。そんなこと有り得るのか?)
マルクが疑問に思った通り通常であればそんなことは有り得ないのだ。
(もしあれが特殊な個体だったら…)
実際は人為的に誘導されただけなのだが、魔素の影響で特殊な状態になっているのは事実であった。
「ナ…ズナ…さん。お願いが…」
「な、何?」
(アリシアさん一人じゃ危ない)
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弾かれて直ぐにアリシアは起き上がった。自ら後ろに跳んで衝撃を緩和したのだ。
「とはいえ、どうするかな?」
(たぶん再生する前に息の根を止めるしかないよな)
アリシアは過去に、多対一ではあるがトロルと戦ったことはある。そのためこの個体が普通じゃない事は分かっていた。
(首を切り落とす?届かないし狙いずらいから却下。
となると心臓に直接刃を突き刺して焼く?難しいけど今はこれしかないか)
思考を止めてアリシアはトロルの眼を睨み付けた。その眼から軽い苛立ちが見てとれた。おそらく格下と思っている相手が生意気にも睨んできたのが気にくわなかったのだろう。
「 『 炎よ、我刃に 宿りて我敵を焼き切れ--属性付加 』 」
『属性付加』をかけ直された刃から炎の帯がトロルの顔に向かって飛び出す。トロルはそれを棍棒の一振りでカキ消した。が、その時には獲物の姿は消えていた。
炎がトロルの視界を塞いでる間に、肉体強化を使ってアリシアは既に背後に回り込んでいた。そのまま肉体強化を維持した状態で飛び上がり、ちょうど左胸の裏側に逆手に持った双剣を突き刺した。
「緋剣『砲閃火』!」
その常態で更に刀身から伸びた二本の炎がトロルの胸を貫通した。
「これならど--『ヴァアアアアア!!!』--うっ!」
しかしトロルは倒れなかった。その場で回転してアリシアを振り落とした。
「そんな!心臓は吹き飛ばしたはず!」
急所を捉えて確実に倒したと思ったら結果的にトロルを怒らせたにすぎなかった。そのせいでアリシアは動揺して隙が生まれた。
『ゴアァァァァァァァァァァァァァ!!』
「きゃっ!」
トロルの怒りにまかせた一撃がアリシアに振るわれる。咄嗟に得物で受けたがガードごど、今度は衝撃を緩和することは出来ずに吹っ飛ばされた。
「ガハッ…!」
背中から木に激突して肺から息が零れ出た。
「…まだよ……まだ、戦える…!」
言葉とは裏腹に膝がガクガクと震えていた。それは恐怖から来るものではなく蓄積されたダメージによるものだった。
いつの間にか眼前まで近づいてきたトロルが、止めとばかりには棍棒を振りかぶっていた。
「負けて……たまるか…!」
アリシアの気合いも虚しくトロルの棍棒は振り落とされた。
そして--
「まったく……前にもなかったか?こんな状況」
「……え?」
割り込んできた灰色の影が棍棒を受け止め--
「喰らえ、鬼人流武闘術・波の型『裂波』!」
トロルを掌底で吹っ飛ばした--
「うそ…なんでアンタがここに!?」
「話しは後だ。それより--」
棍棒を受け止めた時に地面にめり込んだ足を引き抜きながらゼノは答えた。
「さっさとアイツを倒すぞ…俺達でな」
(なんだろう、これ?)
「言われるまでも無いわ」
「口調、元に戻ってるぞ」
(ただアイツが来ただけなのに)
「うっさい、ボケ」
「そんじゃあ行くぞ相棒!」
(ホッとする)
「ああ、第2ラウンド開始だ!」