38話 暗黒の森の戦い 1
先に動いたのはサラだった。彼女のギルドクラスはウィザード、つまり魔法主体の遠距離で戦うスタイルだ。だから彼女はまず目の前の敵から距離をおくことに専念した。
対するオークは完全な肉弾戦タイプで接近戦以外にとれる戦法などない(知能が低い為、槍を投げるという発想が無い)。なので直ぐに距離を詰める為にサラに向かって突進した。
オークは中型亜人種の魔物だが、見た目に反してスピードが高い。その突進速度は大猪と遜色無くその上槍の長さ分リーチがあるため、大猪の突進よりも厄介な代物である。
「『風を集いて我が身に纏わん ウィンドベール』」
サラが使用したウィンドベールは対象を風で包むことで、防御や動きの補助を行う魔法である。
それによってスピードが底上げされたサラは余裕を持ってオークの突進を右にかわした。しかしオークは突進がかわされると擦れ違いに左手一本で槍を横凪ぎに振るった。サラは咄嗟に倒れ込んだ、おかげで槍は彼女の頭上20センチを通過するだけだった。
「『アイスアロー』!」
今度はサラが至近距離から牽制に数本の氷の矢を放って後に飛び退いた。矢は全てがら空きになったオークの脇腹や左肩に突き刺さった。しかしオークの分厚い皮と体毛に阻まれたため、致命傷を与えることはかなわなかった。
『ブゴオォォォォォォォォォ』
「くっ…!」
僅かとは言え目の前の獲物に傷をつけられた事に腹をたてたのか雄叫びを揚げると再びオークは距離を詰めてきた。
ウィンドベールによって補正された分サラは素早く且つ小回りのきく動きが出来るようになっていた。それでも直線のスピードはオークが上のため攻撃の回避は出来ても距離をとることが出来ない、といった膠着状態になった。
(一瞬だけ、ほんの一瞬だけでも隙があれば!)
戦闘開始から既に五分が経過していた。その間ずっとウィンドベールを維持し続けているため、サラは大技を放つ余裕がない。しかし解いてしまえば最期、一瞬で槍に貫かれてしまうだろう。
(こんな時どうすれば!?)
(わたしにはナズナちゃんみたいな頑丈な盾は作れない。
マルクくんみたいに狙った所に正確に魔法を打ち込む技術もない。
ゼノみたいな腕力も無い。)
オークの猛攻を捌きながもサラは突破口を探す。思い浮かぶのは全て友人達が持っている技の数々、しかし自分ではその技は何れも使えない。そして…
ヒュンッ--
槍がサラにカスる、徐々にオークがサラのスピードになれてきているのだ。
一方でサラが放つ初級魔法では余り効果を成さない。電撃を浴びせても動きは鈍らず、風の刃はオークの皮膚を浅く切り裂くにとどまり、氷の矢は先程と同じ結果に終わった。
(他に何か、わたしに出来る何か…!)
ガスッ--
「きゃあっ!」
そして遂にオークの槍がサラを捉えた。当たったのは槍の柄だった為致命傷には至らなかった。サラは咄嗟に長杖を盾にして防いだが、それでも弾き飛ばされて木にぶつかった
。
(オルディンさんの杖じゃなかったら杖ごと腕を折られてたかも、でも今のでウィンドベールが解けちゃった!)
幸い弾き飛ばされた事でオークから一旦離れることができたが直ぐにオークはとどめをさそうと真っ直ぐ突進して来る。
(ウィンドベールは間に合わない!他に何か、一瞬でもいいから速く動ける何かは!?)
その時、サラの脳裏に数日前の事が浮かんだ。
自分が最も信頼している少年、そしてそれと向かい合って双剣を構える青い目をした少女。
(!!--そうだ、その手があった!)
しかし、遂にオークの巨体がサラまであと2メートルの位置にまで迫った。そして突進のスピードから槍の穂先がサラに向かって突きだされた。そして--
~side:サラ~
瞬間、わたしは跳んだ。身長2メートル程のオークの頭上を飛び越えた。そのままオークの槍は木の幹に深々と突き刺さった、チャンスだ!
「『スパークボール』!」
オークの顔面目掛けて放たれた『雷球』の光りがオークの視覚を奪う。ただの目眩ましに過ぎないけど今はこれで充分!
「『風は空を駆けまわり--』」
オークが木に突き刺さった槍を引き抜いた。でもまだ大丈夫。
「『水は風に抱かれ空に舞い--』」
オークとの距離は7メートル、そのまま
「『そして空に雲が生まれ--』」
オークが此方を向いた。嗅覚がまだ残ってたんだ。そのままオークはわたしに突進してきた。
「『雲はやがて雷を纏わん』」
オークとの距離は既に2メートルを切ってる。でも--わたしのほうが一瞬早い!
「くらいなさい!『三属性合成魔法 雷雲』!」
~side out~
詠唱が完了した瞬間、サラの長杖の先端に黒い雲が纏わりついた。この時点でオークとの距離はさらに縮まり残り1メートル半程しかなく既に槍の射程範囲内だった。
そして遂に突きだされたオークの槍とサラの長杖がぶつかり合った。そして--
「エネルギー解放!『ブリューナク』!」
杖先の雷雲から電気を帯びた水が風に圧されて高速且つ螺旋運動しながら射出された。その姿は正に一本の槍だった。それはオークを貫き、後方に吹き飛ばし、更に奥の木々を貫いて視界から消えていった。
サラが使った魔法『サンダー・クラウド』は雷雲を作り出すもので、発動後は術者の意のままに操り様々な技を繰り出す事が出来るのだ。その技の内の一つ『ブリューナク』は雷雲に混めた魔力を一気に消費する代わりに高い貫通力と発射速度を誇る技なのだ。
「ハァ……ハァ……か、勝った」
オークは『ブリューナク』に胸元を貫かれて直径30センチ程の穴が空いて仰向けに倒れていた。誰の目にも既に絶命しているのは明らかだった。
「アリシアの…おかげに…なるのかな?」
先程何故サラが魔法による補正無しでオークの頭上を飛び越すことが出来たかというと、実は肉体強化を使っていたのだ。
頭に浮かんだ光景はゼノとアリシアの組手で、その時にアリシアが使っていた肉体強化をサラはあの時咄嗟に発動したのだ。
組手から三週間経つがその間、魔力操作の鍛練を怠らなかったためぶっつけ本番の肉体強化は見事に成功したのだ。
「とりあえず……この場を離れないと…」
肉体強化を使用した影響でサラは疲労感に襲われていたが、この場に留まっていると他の魔物がオークの死肉を貪りに来る恐れがある。仕方ないのでサラは重い足どりでその場をあとにした。