23話 仕事二日目・後編 『牙折り』
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その光景は全てが異常だった--
少年があり得ない速度で地を駆け
腕を振る度にゴブリンの武器を折り、骨を砕き
そして、全てを蹂躙していく
そんな戦いにすら成っていない一方的な暴力を先程までゴブリンに追いかけられていた少女はただただ眺めていることしかできなかった。
「あり得ない…」
少女の口からは自然とそんな言葉が溢れ落ちていた
あり得ない--
ゴブリンと…魔物と"素手"で戦うことが…
あり得ない--
そのスピードと武器をも砕くそのパワーが…
あり得ない--
自分と同じ年齢の少年を相手にゴブリン達が蹂躙されていくのが…
あり得ない…
何よりもその少年が、約2年前に自分が完膚なきまでに打ち負かした相手だったことが…
それから少年がゴブリン五匹を倒すのに時間はかからなかった。
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裏町の空き地で複数の相手に囲まれながらもゼノは笑みを浮かべていた。
とても邪悪で不敵な笑みを…
「ほらほら、どうした?さっさとかかってこいよ三下共。」
今のゼノは昔に戻っていた…
敵対する者に一切の慈悲も与えない--
未だに冒険者の間にその"悪名"を轟かし--
そして何より、他でもない自分自身が忌み嫌い捨て去った、かつての自分に…
「な、何なんだコイツは…?」
「ただの編入組だろ…?ちょ、調子に乗りやがって!」
「怯むな!一斉にかかれ!」
「「「「オオーーー!!」」」」
入学組の彼等は雄叫びを上げると一斉に呪文を唱え始めた。
遠距離から一息に倒してしまおうという作戦なのだろう、だか--
「おせえ…」
--彼等は相手が悪すぎた。
相手が呪文を唱え始めたと同時にゼノは地面を蹴り駆け出した。その時の反動で石畳が陥没した。
まばたきをする暇もないぐらいの速さで詠唱中の相手に接近し、そして鳩尾に拳を叩き込んだ
「ウゲっ!?」
ドサッ--
くらった生徒はその場で崩れ落ちてそのまま気絶した
「まずは1人」
言いながらゼノはその生徒の《杖》を踏み潰した
「くそっ!くらえ『サンダ…「だから遅えよ」 ぎゃ!」
近くにいた他の相手が魔法を放つ前に《杖》ごと蹴り飛ばして2人目
「バラバラになるな!前衛は一斉に攻撃!後衛は攻撃魔法の準備だ!」
リーダーらしき生徒の命令通りに剣を持った3人の生徒が一斉に斬りかかってきた。
ゼノは構えるでもなくただ棒立ちしたままそれらを見据えた
正面の1人が剣を縦に振り下ろした
左右からは残りの2人が腰を狙って突きを放ってきた
瞬間、ゼノは先ず正面の相手の振り下ろした剣を側面から弾くことで右に受け流した
『ガキン!』
「「なっ!!」」
それによって弾かれた正面からの剣撃が右からの突きとぶつかり合ってそれを遮った。
次にゼノは残った左からの突きを、身を捻ることでかわしてそのまま刀身を横からへし折り、回し蹴りであいての顎を蹴った。
蹴られた相手は勿論気絶した。
「攻撃が大振りすぎだ、隙だらけだぞ。」
「黙れ!!」
「調子に乗るな!『ウッドスティング』」
残りの2人の前衛の内、1人は剣を横凪ぎに振って、もう1人は発動時間が短い初級魔法の『木杭』を飛ばしてきた
ゼノはバックステップで剣をかわして、飛んできた杭を片手で掴んだ。そしてそこから前に踏み込みながら掴んだ杭の側面を剣を振り切った相手の頭に振り下ろした
「これで4人」
やはり相手を気絶させたあとに剣をへし折った
「今だ下がれ!」
残りの1人が後ろに飛び退くと同時に後衛4人の魔法が一斉に飛んできた
氷弾が、風の刃が、雷の槍が、そしてリーダーらしき男が放った巨大な炎の玉がたった1人に向かって飛んできた
自分に襲いかかってくる攻撃を眺めながらゼノは何かを呟いた
「『---』発動…」
ズドーン!!!
魔法が炸裂して辺りが煙に包まれる
「どうだ、これなら効いただろう!?」
「いや、冷静に考えたらヤバいんじゃないか!?」
「さすがにやり過ぎたって!」
「死んでないよな?」
先程までとは違う不安に包まれる彼等。最初から痛めつける気はあれど殺す気など微塵も無かったのだ。しかしあまりの恐怖についやり過ぎてしまった。
「心配は無用だ…」
だが、彼等の心配は杞憂に終わった
煙の中から平然とした声が聞こえたからだ
「「「「はぁ!??」」」」
複数の魔法を受けたはずのゼノはほぼ無傷で爆心地に突っ立っていた。より正確にいえば両手に少しの火傷を負っただけだった。
「で、まさか今のが全力じゃないよな?」
ゼノからは余裕が感じられた
入学組の5人は信じられないものを見ていた。そしてそれに恐怖した。
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その名前は数年前、北に行った冒険者から国中の冒険者やギルドに広がった
その者は武器を持たない
その者は魔法が使えない
素手で魔物を仕止め
武器を砕き
魔法を捩じ伏せ
そして誇りを踏みにじる
敵対した相手のありとあらゆる"牙"を破壊し尽くす悪党
その名は--『牙折り』
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「さてと、そろそろ終わりにしようか。」
そして5人にトドメをさそうと『牙折り』は歩み寄る
彼等の"牙"は既に折れていた。誰一人その場を動く事ができなかった。
そして--
「そこまでだ!」
その場に割り込んだ人物達により、それは防がれた
「打ち合わせと違うことしやがって… どういうつもりだ大馬鹿」
「それ以上戦う必要は無いだろう」
そこに現れたのは『爪』と『角』だった
「邪魔をするな、そいつらは--」
「お前の友達を傷付けるつもりだった、だろ?だがもうそんな気は起こさないだろう。」
チラリと彼等を見ると恐怖のあまり震えていた
「おいオメエら!」
「は、はい!」
ロランに声をかけられて慌てて返事をするリーダーらしき男
「オメエら1年だな?何でこんなバカな事したんだ?」
「そ、それは…」
「お前達、正直に話したほうが身のためだぞ。」
なかなか喋ろうとしない相手にシグマが追い討ちをかける
「コイツをこれ以上怒らせたくないだろ?」
「わかりました…」
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「事情はわかった。お前等はもう帰れ。」
「わかりました。」
襲撃してきた生徒達はとぼとぼ帰って行った
「…で、そこの大馬鹿は何で先走ったんだ?昨日の打合せではお前は囮になるだけで戦うのは俺達の役目だったはずだ。」
ロランが咎めるような口調でゼノに問いかけた
実は前々からゼノは悪目立ちしていたため入学組から目をつけられていたのだが、この前の課題によって更に敵視されるようになったのだった。そして昨日シグマの説教が終わった後、ゼノはいつ襲われてもおかしくない状態であることを告げられていた。
そこで今回、ゼノを尾行している奴がいたらシグマが捕まえるという打合せだったのだがゼノの独断で破綻した
「…アイツ等があまりにも理不尽な理由で俺だけじゃなくマルクとナズナにまで手を出そうとそたから…」
「だからって『牙折り』に戻ることないだろうが。」
「それは…」
俯いて黙るゼノ
そこへ今度はロランが言葉を投げ掛けた
「いいかゼノ?お前の友人として、それから『トライオーガ』のリーダーとして言わせてもらうぞ…… 二度と『牙折り』に戻るな。お前はもう昔と違うだろう?」
「…善処するよ」
こうしてこの日は終了した
寮に戻ってもゼノの顔には笑顔は戻らなかった。