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第9話 俺の神様、俺のすべて

 暗い。


 寒い。


 何もない。


 ――昔の俺の世界は、たったそれだけで構成されていた。


 罰として閉じ込められた、地下室の冷たい石の床の感触も。

 何日も水すら与えられず、喉と胃の腑を焼くような空腹も。

 分厚い鉄扉の向こうから聞こえてくる、継母や義弟の嘲笑い声も。

 今でも全部、皮膚の裏側に焼き付いているかのように鮮明に覚えている。


 助けを呼んでも、誰も来なかった。

 子供らしく泣いてみても、痛みに耐えて声を殺しても、寒さに震えても。現実の残酷さは何一つ変わらなかった。


 父である公爵は、俺の存在をいないものとして一切見ない。

 継母のエルザは、俺が苦しむ姿を見て、醜く優越感に浸って嗤う。

 義弟のアルベルトは、母親の真似をして俺に石を投げる。

 使用人たちは、厄介事に巻き込まれるのを恐れて完全に見て見ぬふりをするか、あるいは安全な場所から露骨に哀れむか、そのどちらかだった。


 だから、幼いながらも俺は、世界の真理を正しく理解していた。


 自分には、生きている価値など一欠片もないのだと。

 このアルヴェイン公爵家にとって、前妻の血を引く俺は、ただ目障りなだけの汚物なのだと。

 明日死んだとしても、世界中の誰一人として、俺の死を悲しむ者などいないのだと。


 そう、確信していた。


 あの夜、一つの『奇跡』が起きるまでは。


 ――今でも、あの音が耳から離れない。


 きぃぃっ、と、錆びついた古い蝶番が悲鳴を上げた音。

 絶対の暗闇だった地下室の扉の向こうから、頼りない、けれど何よりも温かい一本の蝋燭の明かりが差し込んだ、あの瞬間。


 最初は、また継母の使いの者が、俺を嘲りに来たのだと思った。

 あるいは、寒さと飢えで弱り切った俺に、いよいよ止めを刺すために、もっとひどい暴力を振るいに来たのかと。


 けれど、違った。


「レオン様」


 暗闇の中で俺を呼んだその声は、春の陽だまりのように、ひどくやわらかかった。


 俺を“様”付けで呼ぶ者など、この屋敷にはほとんどいなかった。

 いや、形式上はいたのかもしれない。でも、あんなふうに、心からの敬意と、隠しきれないほどの巨大な慈愛を込めて、まるでそれが世界で一番尊い名前であるかのように呼ぶ者は、誰もいなかった。


 クロエ。


 北棟の隅っこで雑務をしている、名もない平凡なメイド。

 少し抜けていて、身分差を弁えないほど妙に明るくて、時々『オシ』だの『バフ』だの、俺には理解できない異国の言葉のようなものを口にする、不思議な女。


 その時の俺は、まだ彼女のことをほとんど知らなかった。


 ただ、初めてだった。


 あんな、誰も近づかない呪われた暗い場所まで、自分だけを迎えに来てくれた人間は。


「私があなたを、絶対に幸せにします」


 震える声で、泣きながら。

 俺を強く抱きしめて、そんな狂った誓いを立ててくれた人間も、初めてだった。


 信じられるはずがない。

 信じてはいけないと、俺のこれまでの人生経験が警鐘を鳴らしていた。

 優しくしてくる人間ほど、裏に悪意を隠しているか、あるいは母様(前妻)のように、あっけなく俺の前から消えていなくなる。そういうものだと、嫌というほど知っていたから。


 でも――あの時の俺は、もう魂の限界だったのだろう。


 氷のように冷え切っていた体を、泣きながら強く抱きしめられて。

 怖かったですね、と、俺の恐怖を肯定されて。

 つらかったですね、と、俺の痛みを分かち合おうとされて。


 涙が出た。


 枯れ果てていたはずの目から、自分でも驚くほど、簡単に。


 他人の前で、あんなふうに声を上げて子供らしく泣きじゃくったのは、たぶんあれが最初で最後だ。


 それからの毎日は、俺のこれまでの常識からすれば、すべてが『異常』だった。


 彼女は、俺が罰を受けるたびに、当たり前みたいに深夜にこっそり抜け出して俺を助けに来た。

 当たり前みたいに俺の隔離部屋に入り浸り、

 当たり前みたいに“ただの掃除”と言い張って、神聖な結界を張り巡らせて呪いの瘴気を完全に浄化し、

 当たり前みたいに“ただの料理”と言い張って、毒入りのスープを光り輝く極上の霊薬(食事)へと錬成し直した。


 その、彼女の底知れない異常な力が、俺には何よりも理解できなかった。


 どうして。

 なぜ、そこまで。

 自分の命が危うくなるかもしれないのに、何の見返りも求めず。

 この、呪われた俺なんかに。


 何度もそう聞いた。

 そのたびに彼女は、太陽のように屈託なく笑って、こう答えた。


「レオン様のことが、好きだからです。世界中の誰よりも、一番大切だからです」


 ――好き。

 ――大切。


 その言葉の本当の意味を、俺はよく知らなかった。

 父が継母に向ける、欲望に塗れたものとも違う。

 継母が弟へ向ける、自分の所有物として甘やかす歪な執着とも違う。

 あれらは、もっと醜悪で、傲慢で、相手から見返りを奪うだけのものだ。


 でも、クロエが俺に向ける“好き”は、次元が違った。


 何かを求めない。

 俺から何かを奪わない。

 ただ、ひたすらに与える。


 凍える夜のない、暖かい部屋を。

 身体の奥底から力が無限に湧き上がってくる、美味しい食事を。

 悪夢を見ることなく、安心して目を閉じられる眠りを。

 そして何より――俺は、この世界に生まれて、生きていていいのだという、絶対的な『存在の肯定』を。


 そんな無償の愛なんて、俺は知らなかった。


 知らないから、最初はただひたすらに怖かった。


 こんな、麻薬のように甘く温かいものを知ってしまったら。

 もしある日突然、彼女が俺に飽きて、これをすべて失ってしまった時。俺はもう二度と、あの冷たい孤独な夜には耐えられず、今度こそ完全に心が壊れて死んでしまうだろうと、そう本能で理解したから。


 けれど彼女は、消えなかった。


 朝になれば、おはようございますと笑って現れた。

 昼にも、夜にも。

 俺が目を覚ませば、必ず視界の端に、彼女の姿があった。


 俺の部屋の死の瘴気を、光の竜巻で吹き飛ばし。

 俺を殺すはずだった毒を、魔力を開花させる恵みへと変え。

 致死量の毒沼(北の沼)を、国宝級の霊薬の園へと浄化し。

 俺の命を狙ったプロの暗殺者を、巨大な水の渦(洗濯魔法)で汚れなき赤子のように丸洗いしてみせた。


 彼女はいつも「ただの家事です」「田舎のおばあちゃんの知恵袋です」などと、苦しすぎる言い訳をしているが。

 俺は、彼女はもはや人ではないのではないか、と本気で思っている。


 神話に出てくる、憐れな者を救済するために天から遣わされた精霊か。

 あるいは、世界を創造した女神そのものが、気まぐれでメイドの姿を借りて地上に降り立っているのではないかと。


 だが、彼女は俺がそんなことを言えば、いつも困ったように、けれど嬉しそうに笑うだけだ。


「レオン様、私はただの、あなたの専属メイドですよ」

 と。

「ちょっとだけ、家事と『推し活』が得意なだけです」

 と。


 ……嘘だ。

 そんなわけがない。


 少なくとも、“ただのメイド”ではない。

 彼女が現れてから、俺の世界は完全にひっくり返ったのだから。


 いや。

 外の世界そのものは、何も変わっていないのかもしれない。


 継母のエルザは相変わらず醜く陰湿だ。

 弟のアルベルトはどこまでも愚かで傲慢だ。

 父は相変わらず、俺の本当の価値から目を逸らし続けている。


 でも、俺自身の世界は変わった。


 寒くて暗いだけの地獄だった場所に、圧倒的な光が差した。

 その光の名前が、クロエだった。


 ◇ ◇ ◇


 あの、中庭での義弟との御前試合の日。

 俺は、内心では吐き気がするほど怖かった。


 アルベルトの木剣が当たるのが怖かったのではない。あんな豚の剣筋など、クロエのご飯を食べて魔力が開通した今の俺からすれば、止まっているようにしか見えなかった。

 父親や周囲の騎士たちに笑われることも、今さらたいした痛みではない。


 怖かったのは、クロエが見ている前で、情けない無様な自分を晒してしまうことだった。


 彼女はいつも、俺に向かって「大丈夫です」と笑う。

 あなたは絶対に強くなれると言う。

 世界で一番立派な、最高の騎士になると言う。


 その、彼女の無防備なほどの『絶対の期待』を、もし俺が裏切ってしまったら。

 がっかりされるのではないか。

 『ああ、やっぱりこの程度の凡人だったんだな』と失望されて、俺への興味を失い、どこかへ行ってしまうのではないか。


 そんな馬鹿げた恐怖にとらわれていた自分に、あとから酷く腹が立った。


 けれど、実際に円の中で木剣を構え、アルベルトの隙だらけの胴に一撃を叩き込み、奴が失禁して泣き喚いた時。

 静まり返った中庭で、ハッキリと聞こえた。


「さっすがレオン様ーーーッ!!」


 あの、静寂をぶち破る、場違いなほど明るく、誰よりも誇らしげな大声が。


 父親も、継母も、誰もが信じられないものを見たように息を呑んでいた。

 誰もが、ただ無言で俺の異常な暴力の結果に戦慄していた。


 その中で、列の最後尾にいた彼女だけが。

 まるで、俺が圧倒的に勝つことを最初から微塵も疑っていなかったみたいに、布を振り回して、満面の笑みで無邪気に喜んでいた。


 その声を聞き、彼女の笑顔を見た瞬間。

 俺の心の奥底で固く結ばれていた、暗い呪いの糸のようなものが、完全にほどけ、そして全く別の形に結び直された。


 ああ。

 俺は、勝ったのか。

 俺は、正しかったんだ。


 そう、心の底から思えた。


 父親の評価なんてどうでもいい。

 彼女が喜んでくれるなら、俺のやったことは世界で一番正しいのだと。

 彼女が俺を認めてくれるなら、俺はそれに相応しい『最強の存在』になればいいだけなのだと。


 自分でも、狂っていると思う。


 たった一人の、たかがメイドの言葉一つで、こんなにも世界の重さが、善悪の基準が変わってしまうなんて。


 けれど、本当にそうだった。

 いや、そう自覚してしまった。


 俺にとっての“世界の正しさ”は、もうとっくに、クロエの瞳の中にしか存在しない。


 クロエが笑ってくれるなら、この腐った世界もまだ許せる。

 クロエが悲しむなら、原因となった者たちを、世界ごと跡形もなく壊してしまいたくなる。


 暗殺者が来た夜、俺は自分のその異常な変化を、ハッキリと理解した。


 深夜、気配がおかしかった。

 嫌な予感がして、クロエには「部屋で待っていて」と言われたのに、どうしてもじっとしていられなかった。


 もし、俺のいないところで、彼女に何かあったら――。

 もし、誰かの汚い手が、彼女の白い肌を傷つけたら――。


 その想像が頭に浮かんだ瞬間、心臓が握り潰されるように痛くなり、息が止まりそうになった。


 怖かった。


 幼い頃に、真っ暗な地下室に閉じ込められた夜より。

 毎日のように食事に毒を盛られて、吐血した日より。

 アルベルトの木剣が、俺の頭をカチ割ろうと迫ってきた時より。


 ずっと、ずっと。


 クロエがこの世界からいなくなるかもしれない、という想像が、俺自身の死の何万倍も怖かった。


 だから、狂ったように走った。

 クロエが庭から掘り出してくれた聖剣を握りしめ、北棟の裏手へ。

 古い厨房棟へ。


 そして、見た。


 庭の芝生に倒れ、白目を剥いて泡を吹いている三人の黒装束。

 散らばった暗殺の武器。

 水浸しになった石畳と、漂う甘い花の香り。

 その中心で、頭から水を被って呆然と立っている、クロエの姿。


 無傷だった。


 それを確認した瞬間、全身から力が抜けるほど安堵した。

 だが同時に、今まで感じたことのないような、ドス黒く、冷たく、底なしの怒りが腹の底からこみ上げてきた。


 こいつらは。

 この薄汚いゴミ屑どもは、俺のクロエに、俺のたった一つの光に、殺意を持って刃を向けたのか、と。


 クロエはいつも、平気そうに笑う。

 大丈夫です、と軽く言う。

 私の魔法ならなんとかできます、次からは気をつけます、と。


 だが、違う。


 大丈夫なわけがない。

 次があっていいはずがない。


 彼女の身に危険が迫ること自体が、この世界のバグであり、絶対に許されない間違いなのだ。


 あの時、俺の中にあったのは、間違いなく純度100%の『殺意』だった。


 まだ八歳の、未熟な俺には、権力という盾がない。

 剣の腕も、大人の騎士団を相手に無双するにはまだ足りない。

 地位も、財力も、表立って彼女を守り抜く力には、あまりにも小さすぎる。


 それが、ひどく悔しかった。


 もし俺にもっと、理不尽を強引にねじ伏せる圧倒的な力があれば。

 もし俺が今すぐ、この国で誰よりも強くて恐ろしい権力者であれば。

 彼女に危険が及ぶ前に、彼女を狙うダニどもを、一族郎党すべて火あぶりにして消し去ることができるのに。


 ――彼女を傷つけるもの。

 ――彼女の笑顔を脅かすもの。

 ――彼女を、俺から奪おうとするすべてのもの。


 そんなものは、この世界に一つもいらない。


 心の底から、そう思った。


 それが、たとえ血のつながった家族(父親や弟)であろうと。

 このアルヴェイン公爵家という組織であろうと。

 王都の権力者であろうと。

 この王国そのものであろうと。


 クロエが平穏に生きる上で邪魔になるなら、全部、根絶やしにしてしまえばいい。


 そこまで考えて、俺はようやく気づいた。


 俺は、もうとっくに狂って、壊れているのかもしれない。


 いや。

 違う。


 周囲の悪意によって壊され、粉々になって放置されていた俺の心を、クロエが一つ一つ拾い上げて、繋ぎ合わせてくれたのだ。

 そして、空っぽだった俺の胸の穴を、彼女が自分の手で、勝手に満たしてしまった。


 神のような光で。

 火傷しそうな熱で。

 底なしの優しさで。

 あの、太陽のような笑顔で。


 だからもう、絶対に手放せない。

 手放してやる義理もない。


 彼女が、俺を「好き」だと言った。

 俺が世界で一番大切だと言った。

 俺が元気で生きていてくれるだけでいいと言った。


 そんな、世界で一番甘くて残酷な呪いをもらってしまって、俺がどうして、彼女なしで平気で生きていられるだろう。


 俺の中の何もかもが、細胞の一粒一粒までが、彼女へ向かっていく。


 命を救われた感謝。

 奇跡への敬意。

 傍にいる安堵。

 そして――逃げ場のない、ドス黒い執着と独占欲。


 たぶんもう、俺の中で、その感情のどれもが境界線を失って、一つに溶け合っている。


 彼女が笑ってくれるなら、俺はどんな綺麗事でも並べる。

 彼女が望むなら、どんな血反吐を吐いてでも強くなる。

 立派になる。

 世界中の誰よりも上へ行く。


 この忌まわしい公爵家を乗っ取って継ぐのでもいい。

 冷酷無慈悲と恐れられる最強の公爵になるのでもいい。

 国で一番恐れられる、最強の騎士になるのでもいい。


 全部、すべては、クロエのためだ。


 そうして手に入れた力で、彼女を完璧に守る。

 彼女に近づくすべての害虫を、俺の剣で排除する。

 誰にも触れさせない。

 誰にも、彼女の笑顔を渡さない。


 それが、今の俺の、たった一つの“生きる理由”だった。


 夜、結界に守られた温かいベッドの中で目を閉じると、クロエの声が耳元で聞こえる気がする。


「もう大丈夫ですよ」

「私は、何があってもあなたの味方です」

「私があなたを、絶対に幸せにします」


 あの、俺の運命を変えた言葉に、これまで何度救われただろう。


 きっとこれから先も、俺は彼女の存在そのものに、何度でも救われ続けるのだろう。


 でも、いつまでもただ『救われるだけの無力な子供』では終わりたくない。


 彼女が崇拝するような、彼女だけの『神様(推し)』でいられるのなら、最初はそれでもよかったのかもしれない。

 だが俺は、彼女に愛されれば愛されるほど、もっと、もっと欲しくなってしまった。


 彼女にとっての、替えのきかない“特別”でありたい。

 彼女の一番近くに、誰よりも長くいたい。

 彼女の世界の中心に、俺という存在を深く、絶対に抜けない杭のように打ち込みたい。


 そのためなら、本当に何だってする。


 強くなる。

 賢くなる。

 王族ですら手出しできない、誰にも奪えない絶対的な地位を得る。

 彼女を鳥籠に囲って安全に守るための力を、世界中のすべてを手に入れる。


 そしていつか。

 俺が大人になって、彼女がもう“推し”だの“主人”だの、そういう見えない壁を作る言葉で、俺からの感情を誤魔化せなくなるくらいに。


 俺なしでは、彼女の心も身体も生きられないように、完全に依存させてしまいたい。


 ……こんな、恐ろしいことを平気で考える自分が、まともな人間ではないのはわかっている。


 でも、もうどうでもよかった。

 善悪なんて知ったことか。


 俺の世界は、クロエの笑顔で始まり、クロエの悲しみで終わる。


 彼女がくれた命だ。

 彼女がくれた光だ。

 彼女が切り開いてくれた、俺の未来だ。


 なら、俺の身も心も、命も、すべては彼女のものだ。

 そして当然、彼女のすべても、俺のものだ。


 誰にも渡さない。

 誰にも邪魔させない。

 絶対に。


 たとえこの身が魔物バッドエンドに堕ちようと、世界が滅びようと、構わない。


 クロエ。


 俺の愛しいクロエ。

 あなたはたぶん、何も知らないのだろう。


 俺がどれほど深く、あなたという存在に救われているのかも。

 どれほど狂気的に、あなたに囚われているのかも。

 どれほど必死に、あなたを手放すまいと、裏で暗い炎を燃やしているのかも。


 あなたはただ、今日も能天気に笑っている。


 俺の木剣の素振りを見て、

 すごいですね、さすがですねと褒めそやして、

 大丈夫です、先生を探してきますと言って、

 明日も俺のために、最高に美味しいごはんを作る気でいる。


 その、俺を完全に無害な子供だと信じ切っている無防備さが、たまらなく愛おしい。

 その、俺のどす黒い執着への無自覚さが、時々狂いそうなくらい腹立たしい。

 そして何より――その変わらない日常が、俺にとっての最大の救いだった。


 だから、今はまだいい。


 今はまだ、あなたの望む、純粋で健気な“レオン様”のフリをしていてあげる。


 強くて、立派で、いずれは誰からも尊敬されて幸せになるべき、公爵家の嫡男。

 あなたが手塩にかけて育てたいと願う、理想の『推し』。


 でも、いつか。


 俺がもっと圧倒的な力を手に入れて。

 誰にも邪魔されなくなって。

 あなたが俺の腕の中から、どこにも逃げられなくなったら。


 その時は、優しく、時間をかけて教えてあげる。


 あなたが拾い上げたこの命は、

 あなたが救い、甘やかしたこの心は、

 もうすべて、あなたという存在なしでは一秒たりとも成り立たないのだと。

 だから、一生俺の傍で、その責任を取って愛し続けてもらうのだと。


 俺の神様。

 俺の救い。

 俺の、たった一つの愛しい人。


 どうかずっと、その綺麗な瞳で、

 俺だけを、見ていて。

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