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第6話 【土いじり魔法】で見つけた伝説の聖剣

 北の死の沼地が、一夜にして国宝級の“霊薬の園”へと変貌を遂げてから数日。

 アルヴェイン公爵邸の空気は、目に見えて劇的に変わっていた。


 もちろん、全てが良い意味ばかりではない。


 使用人たちは、廊下の隅で顔を寄せ合い、ひそひそと囁き合っている。

『あの不毛の沼を浄化し、莫大な富を生み出したのは、本当にレオン様お一人なのか?』と。

『もしかして、公爵家の前妻の子は、これまでの冷遇を跳ね返すほどの、とんでもない魔法の才能を秘めているのではないか?』と。

『いや、あるいは、あの孤立した北棟の裏には、彼を操る正体不明の凄腕の魔術師(知恵者)が隠れ潜んでいるのではないか?』――等々。


 そして、これまでレオン様を無能だと見下し、虐げてきた継母のエルザ公爵夫人たちは、目に見えて焦り始めていた。


「最近、使用人たちの間で、あの子を侮れないという不穏な空気が広がり始めているわ……」

「霊薬の件で、北棟の評価が領地内外でうなぎ登りになっているそうです。このままでは当主の座が……」

「放っておくと厄介ですわ、奥様。今のうちに何とか手を打たなければ……」


 そんな物騒な囁きが、厨房の奥や客間の影で、毒蛇のように交わされている。

 私は、お茶を運ぶふりをしながらそういう不穏な話を聞くたびに、内心でニチャァと非常に悪い笑みを浮かべていた。


 いい傾向だ。非常にいい傾向である。


 原作ゲームでは、レオン様は幼少期からエルザ夫人の工作によって徹底的に評価を下げられ、使用人からも「呪われた子」と蔑まれ、可能性すら摘み取られて孤立していた。

 でも今は違う。

 少しずつでも、確実に「あの嫡男は無能ではない、むしろ底知れない力を持っている」と周囲に認識させ、恐怖と畏敬の念を抱かせることが、後々の公爵家乗っ取り(ざまぁ)における大きなアドバンテージになるのだ。


 ただし――。


「……まだ、足りないわね」


 私は、北棟の小さな裏庭の真ん中で、一人腕を組んで深く唸っていた。


 そこは以前まで、雑草と硬い石ころばかりで、まともに歩くことすら困難な半荒れ地だった場所だ。最近は私が【お掃除魔法】のついでに軽く手入れして、毒消しの薬草や、レオン様の栄養補給のための野菜をこっそり育てている秘密の菜園である。


 その土の青臭い匂いを吸い込みながら、私は真剣にプロデューサーとしての進捗状況を考えていた。


 食事改善、完璧。

 生活環境の神聖結界化、完了。

 領地での圧倒的実績の確保、大成功。


 だが、肝心要の『戦闘能力の育成』が、まだ本格化していないのだ。


 レオン様は明らかに筋がいい。いや、良すぎる。

 私が栄養満点の魔獣肉(バフ飯)を食べさせ始めてから、彼が自己流で木の枝を振る姿を見ていると、体の使い方も、魔力の奔流のさせ方も、もともとの才能の器が常軌を逸してデカいのが素人目にもわかる。

 空気を裂き、庭石を割るほどの才能。


 なら、次に必要なピースは何か。


 決まっている。


「師匠よ。圧倒的な、最強の指導者」


 そう、先生だ。

 それも、そこら辺の騎士団のモブ兵士なんかじゃない。世界に名を知られるレベルの一流、いや、超一流の武人。


 原作ゲームでレオン様は、まともな指導者を与えられず、完全な独学と、死と隣り合わせの魔獣討伐(実戦経験)だけであそこまで理不尽に強くなった。

 だが、本来ならもっと早い段階で、彼の身体に負担をかけない「正しい技術と基礎」を学べていれば、彼はもっと早く、もっと安全に、無双の騎士になれたはずなのだ。


 私はぐっと両拳を握りしめ、天に向かって誓った。


「最推しには、世界最高の教育環境を! 妥協は一切許されない!」

「……また、一人で何か熱いこと言ってる」


 不意に背後から涼やかな声がして、私はビクッと肩を震わせてぱっと振り返った。


「レオン様!」


 そこには、今日も今日とて神が丹念に造形したかのように美しい私の推しが立っていた。

 ただし最近は、以前のような“今にも消えそうな儚げ美少年”というよりは、“静かな圧と魔力を放つ、完成された美少年”に進化し始めている気がする。

 氷のように蒼い瞳の奥にある光が、前よりずっと強く、そして深いのだ。


 推しの健やかな成長、誠に喜ばしい。オタク冥利に尽きる。


「お庭にいらしたんですね。風が冷たくありませんか?」

「クロエが屋敷の中に見当たらなかったから、探しに来たんだ」

「えっ」


 そのサラリと言われた一言に、私はちょっとだけ左胸を押さえた。

 今の、何?

 普通に私のことを探してくれた?

 推しが? 私がいなくて寂しかったから?(※飛躍した解釈)


 だめだ、些細な供給でオタクの寿命がゴリゴリ削れる。


「す、すみません。少し畑の様子を見ていまして」

「畑……」


 レオン様は、私の足元に転がっている使い古されたくわと、耕しかけの土を見る。


「それも、メイドの仕事?」

「仕事というか、趣味というか、推し育成計画における重要なミッションの一環というか……」

「……育成に、土が必要なの?」

「場合によります!」


 私は気を取り直して、真面目な顔で説明した。


「土を触っていると心が落ち着くんです。それに、ここで良質な薬草や野菜を育てれば、レオン様のお食事の栄養価がさらに上がりますから」

「……クロエは、本当に何でも育てるね」

「えっ?」

「美味しい野菜も、幻の薬草も……そして、僕のことも」


 あまりにも自然に、そして甘く低い声で言われて、私は数秒間、完全に脳の処理が停止した。


 えっ?

 今、なんて?

 最後、僕もって言いました?

 え、自分が私に『育成プロデュース』されているという自覚があるの!?


 だが、爆弾発言を投下したレオン様本人は全く気にした様子もなく、涼しい顔で庭の隅へ歩いていく。

 私は慌てて真っ赤になった顔を両手で挟み、ぶんぶんと首を振って妄想を振り払った。


 だめだ。

 深く考えるなクロエ。

 これはきっと、八歳児特有の「いつもお世話してくれてありがとう」くらいの純粋な意味だ。

 うん。絶対にそうに違いない。そう思わないと心臓が破裂する。


「レ、レオン様、実はお耳に入れたいお話があるんです」

「……話?」

「はい。レオン様のための、剣術の先生を探したいんです」


 その瞬間、庭を歩いていた彼の足がピタリと止まった。


 振り返った蒼い瞳が、静かに、しかし射抜くような鋭さでこちらを向く。


「先生」

「はい。今の自己流のままでも素質は十分すぎるほどありますが、正しい基礎と型を学べば、あなたの才能はもっと爆発的に伸びます。レオン様はきっと、この国で、いえ、世界で誰よりも強くなれますから」


 私は、お世辞抜きで本気でそう思っていた。


 原作ゲームの知識を抜きにしても、この子のポテンシャルは規格外だ。

 木の枝を持った時の研ぎ澄まされた集中力、動きの鋭さ、私の言葉を理解する飲み込みの早さ。どれを見ても、きちんと導ける本物の人間がいれば、一気に化けるタイプだ。


 しかし、レオン様は少しだけ自嘲するように視線を落とした。


「……そんなすごい人、僕のところに来るわけがない」

「来ます」

「エルザ公爵夫人が、僕にまともな教育を受けさせるはずがない。屋敷に入る前に追い返されるよ」

「公爵夫人に認めさせなくても、勝手に裏口から来てもらえばいいんです」

「どうやって」


 私は、ニヤリと悪代官のような笑みを浮かべた。


「極上の『餌』を用意するんです」

「……餌」


 言い方は悪いが、交渉の基本にして真理だ。


 金や権力に靡かない超一流の人材を引っ張るには、それ相応の、相手の魂を揺さぶる“何か”が必要になる。

 地位、名誉、あるいは本人の強烈な興味を引く希少品。


 問題は、冷遇されている今の私たちに、何が用意できるかだが――。


「うーん、北の沼で採れた国宝級の霊薬でも釣れるとは思うんですけど、一流の剣士系なら、もっとわかりやすくてロマンのあるものがいいですよね……」

「クロエ」

「はい?」

「なんだか、すごく嫌な予感がするんだけど」


 レオン様が、私の顔を見てスッと一歩後ずさった。

 その野生の勘(予感)は、たぶん正しい。


 でも、私のオタクとしての『イベント察知の勘』も、最近やたらと鋭く働くのだ。

 たとえば――今立っている、この庭。


 私は、ちらりと自分の足元の畑を見た。

 北棟のこの小庭は、初めて掃除に来た時から、ずっと妙に気になっていたのだ。

 敷地の隅の一角だけ、土が不自然にこんもりと盛り上がっているし、雑草の生え方もそこだけ円形に避けるように偏っている。明らかに、人工的に『何かが埋められている』気配がする。


 前世で散々RPGや乙女ゲームをやり込み、マップの隅々まで探索率100%にしないと気が済まなかったゲーマーの身としては、こういう意味深な場所は怪しすぎる。

 絶対に、隠しイベントのキーアイテムとか、伝説の武具とかが埋まっているパターンだ。


 そして今の私は、ただのメイドではない。

 バグレベルの【土いじり魔法】を持っている。


「……レオン様、ちょっとだけ、あそこ掘ってみます?」

「何を」

「あなたの、最強への運命を」

「やめて。スケールが大きすぎて怖い」


 真顔で止められた。


 しかし、私の手にはすでに使い古された鍬が握られていた。

 いや、別に大袈裟なことをする気はないのだ。明日の朝食用のジャガイモのために、畑を耕すついでに庭の景観を整えるだけだ。うん、極めてメイドとして自然な流れである。


「ほんの少しだけですよ! 五分で終わりますから!」

「その“少し”が、沼の魔樹の件で全く信用できないんだけど」


 最近、レオン様からの私の言葉に対する信用度が、特定のベクトルにおいてだけ下がっている気がする。解せぬ。


 私は問題の不自然な一角へ移動し、スカートを少し持ち上げてしゃがみ込んだ。

 手で触れてみると、土はコンクリートのように固い。何十年、下手したら何百年も手入れされていなかったせいだろう。これを普通の鍬で掘るのは、メイドの腕力では骨が折れる。


「では、ちょっとだけ土を柔らかくして耕しますね……」

「ちょっとじゃない気がする。離れておこう」

「大丈夫ですってば!」


 私は、固い地面に向けて両手をかざした。


「ただの土いじりなので、ジャガイモが育ちやすいように、ふかふかにお願いします! 【生活魔法:土いじり(極・大豊穣)】!!」


 私が小声で唱えた、次の瞬間。


 ジワァァァァァァッ……!


 私の足元から、眩い茶金色の光の幾何学模様が、庭の地面全体を這うように走った。


 ボコッ、ボコボコボコォッ!!


「え?」


 土が、まるで生き物のようにうねった。


 畑の表面が波打つみたいに数十センチほど持ち上がり、岩のように固まっていた地面が、一気にサラサラのパウダー状にほぐれていく。

 しかも、ただ柔らかくなるだけではない。土の中に埋まっていた不要な石ころや木の根っこが、まるで磁石に弾かれるように勝手に庭の隅へと自動で分別され、土の粒子が極限まで細かく、栄養満点な状態へとオートで整えられていくのだ。


「わぁっ、すごい。これめちゃくちゃいい土……最高級の培養土みたい……」

「……感心するところ、そこじゃないと思う」


 少し離れた安全圏に退避していたレオン様からの、的確で冷静なツッコミが入る。


 だが、その直後だった。


 ――ガァンッ!!


 私が突き立てた鍬の先に、何かとてつもなく硬いものが直撃し、火花が散った。


「……ん?」


 私は目を瞬いた。

 石に当たったにしては、高音で妙に澄んだ、金属の響きだった。


 私は鍬を置き、両手で慎重に、ふかふかになった土を払いのける。

 すると、地中数十センチの深さから現れたのは――泥にまみれ、黒ずんだ重厚な『金属の一部』だった。


「なんか、埋まってます」

「……何かの箱?」

「いえ、形が違います。やっぱり!」


 私はオタク特有の好奇心で、思わず身を乗り出した。


 レオン様も警戒しつつ隣へしゃがみ込み、二人でさらに土を掘り進める。

 すると、土の中から少しずつ、その物体全体のシルエットが見えてきた。


 大人の身長の半分ほどもある、長く、細い、直線的な形。

 金色の装飾が施された柄。

 重厚な意匠のつば

 そして、刀身を収めているであろう、革と金属でできた古い鞘らしきもの。


「……剣?」


 私が呆然と呟くと、レオン様の蒼い瞳が、獲物を見つけた鷹のように鋭く細まった。


「ただの剣じゃない」

「わかるんですか?」

「……たぶん。触らなくてもわかる。とてつもなく濃密で、神聖な魔力が……この剣の中で眠ってる」


 そう言われてみれば、私のような魔力鈍感な人間でも、確かに周囲の空気がピンと張り詰めているのがわかった。

 土の中に長年埋まっていたはずなのに、この剣の周囲だけが異様に清浄で、息苦しいほどのほんのりとした威圧感すら漂っているのだ。


 私は、ごくりと唾を呑み込んだ。


 まさか。

 まさかだけど。


 前世で読み込んだゲームの公式設定集の知識が、私の脳裏を猛スピードで駆け巡る。

 たしか、アルヴェイン公爵家の敷地内のどこかには、建国神話にまつわる『特大の隠し設定』があったはずだ。

 ゲームの正式ルートではシナリオの都合上回収されなかったけれど、設定資料集の巻末に小さく載っていた裏設定。


 ――『王国建国の折、魔王を討ち果たした初代国王が、無二の友であった初代アルヴェイン公爵へ託した【星星の聖剣】は、今も北の名門の地のどこかで、真の主の目覚めを待ち眠り続けている』――とか何とか。


 北の名門。

 アルヴェイン公爵家。

 えっ、これ、もしかしなくても、その【星星の聖剣】なのでは?

 ラスボスすら一撃で屠るという、チート中のチート武器では?


「と、とりあえず、鞘から抜いて中身を確かめてみます」

「待ってクロエ。危ないかもしれない。呪われている可能性もある」

「ではレオン様、少し下がっていてください。私が人柱になりますので」

「嫌だ」

「えっ」

「一緒に見る。クロエだけに危険な真似はさせない」


 八歳の少年らしからぬ、静かだが絶対の意志を秘めた声で真っ直ぐに言われて、私は少しだけ目を丸くした。


 地下室にいた頃の以前のレオン様なら、危険そうなものにはもっと強く身構え、他人に任せて遠ざかろうとしたはずだ。

 でも今は違う。

 ただ怖がるだけじゃなく、私の隣に立ち、自分の目で現実を見極めようとしている。私を守ろうとしてくれている。


 その心の成長がたまらなく嬉しくて、私はふっと、心からの笑みをこぼした。


「わかりました。では、一緒に引き抜きましょう」


 私たちは向かい合い、二人で重厚な柄の部分をしっかりと掴み、せーので引いた。


 ズル……ズ、ズズズッ……。


 意外と重い。大の大人が二人で引いても抜けないような、物理的な重さ以上の「拒絶」を感じる。

 だが、完全に抜けないわけではない。

 私は【土いじり魔法】の出力を少し上げ、剣を縛り付けている周囲の土の概念をさらにほぐし、もう一度渾身の力を込める。


「せーのっ!!」


 ズボォォォォォォンッ!!!


 爆発的な勢いで、剣が鞘ごと地中から完全に抜け出た。


 同時に、私たちの視界を真っ白に染め上げるほどの眩い光が弾けた。


「きゃっ!」

「……ッ!」


 白銀の閃光が、北棟の庭いっぱいにドーム状に広がり、強烈な突風が巻き起こった。

 思わず目をきつく閉じる。髪が激しく乱れ、土埃が舞い上がる――かと思いきや、その暴風は一瞬にして静まり返り、清涼な微風へと変わった。


 おそるおそる、目を開ける。


 私たちの手の中にあったのは、泥汚れなど一切ついていない、完璧な状態の一振りの長剣だった。


 鞘は古びているように見えて、実は最高級の幻獣の革でできており、黄金の柄には、王家の紋章とアルヴェイン公爵家の紋章が交差する緻密な意匠が刻まれている。

 そして、鞘から半ば抜けかかっている刀身は――まるで、夜空に輝く月光と星屑をそのまま鍛え上げて固めたみたいに、透き通るような白銀の光を放っていた。

 ただ綺麗な装飾品じゃない。見た瞬間に、本能で「これは強すぎる」「次元が違う」と理解できる、圧倒的な神の武具としての格の違い。


「……うそでしょ」


 私は、かすれた声で震えながら呟いた。


 レオン様も、息を呑んだまま、その神々しい剣から目を離せずにいる。


「これ……」

「たぶん、ただの少し高価な剣じゃありませんね……」

「うん。たぶん、国が滅ぶレベルですごくやばい」


 二人して完全に語彙力が死んでいるが、その通りである。


 私はおそるおそる、白銀の剣身をもう少しだけ鞘から引き抜いてみた。

 すると、刀身の根元に刻まれた古代文字が、金色の光を帯びて淡く浮かび上がった。


 古代語なので読めない。

 でもなぜか、その文字が放つ『意味』だけが、直接私の頭の中に流れ込んでくる。


『――我が魂は、選ばれし誓約の子と共にあり――』


「ひぃっ」


 思わず変な声が出た。


 なにこれ怖い。呪いの装備?

 でも、すごく神秘的でロマンがある。


 その時だった。


 レオン様が、まるで透明な糸で引かれるように、吸い寄せられるようにして、柄の黄金の装飾へ素手を伸ばした。


「レオン様?」

「……呼ばれてる、気がする。この剣が、僕を待っていたって」


 その声音はひどく静かで、まるで夢遊病者のようだった。


 私は一瞬、呪われているのではないかと止めるべきか迷ったが、不思議とこの剣から「危険な悪意」は一ミリも感じない。

 むしろ、剣の方が、長年地中で待ち焦がれていた『真の主』を見つけ出し、歓喜に打ち震えているような、そんな温かい感覚がある。


 彼の細く白い指先が、柄に触れた、その瞬間。


 パァァァァァァァァァァァァァァァッ!!


 剣全体が、まるで太陽が地上に降り立ったかのように、今日一番の眩く神聖な光り輝きを放った。


 突風が天に向かって吹き上がる。

 庭の草花が歓喜するようにざわめき、空気が、魔力の共鳴によってビリビリと震えた。


 そして次の瞬間、剣は全ての光を内側に収束させ、主の手に抱かれるように、ぴたりと静まり返った。


「……え」


 私は目を丸くする。


 さっきまでの、周囲を威圧するような強烈なプレッシャーが完全に消えていた。

 いや、正確には魔力が消えたのではない。

 まるで、“ついに待ち望んだ真の主を見つけて、すっかりご機嫌になって飼い犬のように大人しくなった”みたいに、レオン様の魔力と同調して完全に馴染んだのだ。


 レオン様は剣を持ったまま、自分の背丈ほどもある刀身を、信じられないものを見るようにじっと見つめていた。

 白銀の光が、その端正すぎる横顔を美しく照らしている。


 綺麗だ、と思った。


 まだ八歳の華奢な少年には、物理的なサイズとしては不釣り合いなほど巨大な剣だ。

 けれど同時に、世界中の誰よりも、魂の形がピッタリと合っているように、あまりにも似合っていた。


「……レオン様」


 私がそっと呼ぶと、彼はゆっくりと、熱を帯びた瞳で顔を上げた。


「軽い」

「軽いですか?」

「見た目よりずっと。羽みたいに軽い。それに……なんだか、ずっと昔から僕の体の一部だったみたいに、手に馴染む」


 その声には、戸惑いと、隠しきれない歓喜と確信が混じっていた。


 私はごくりと喉を鳴らす。


 ほぼ確定だ。

 これ、ただの名剣じゃない。

 たぶん伝説級。

 下手すると、いや下手しなくても、初代国王が遺した【星星の聖剣】そのものだ。


 そしてそれを、私は「明日のポテトサラダ用のジャガイモを植えるために畑を耕す」というノリで、あっさりと掘り当ててしまった。


「……私、またやっちゃいましたかね……」

「何を?」

「事の規模が、国家反逆罪レベルで大きすぎることを」

「クロエの規格外はいつものことだし、今さらだと思う」


 冷静かつ辛辣な返答であった。

 最近、私に対するツッコミの切れ味がどんどん鋭く育ってきた気がするが、たぶんこれは私に完全に心を許してくれている証拠だろう。たぶん。


 私は気を取り直して、レオン様が抱える聖剣を見た。


「でも、これはとてつもなく『使え』ます」

「使える?」

「はい。最高の『餌』になります」


 レオン様が一瞬、すべての感情が抜け落ちたような無表情になった。


「……さっき廊下で言っていた、僕の剣術の先生を釣る話?」

「左様でございます!」


 私は悪役令嬢のように高笑いしそうになるのをこらえ、力強く頷く。


「これだけの歴史的価値のある名剣、しかも『真の使い手を選ぶ』レベルの意志を持った国宝級の代物なら、強さを求める一流の剣士が黙って見過ごすはずがありません。剣そのものに興味を示す人もいれば、“この伝説の剣に選ばれた少年”の才能に、強烈な興味を持つ武人も必ずいるはずです」


 剣士という生き物は、たぶん強い武器と、圧倒的な才能を持つ次世代の若者が大好物だ。

 前世の少年漫画の知識からの偏見かもしれないが、たぶん異世界でも絶対にそうだ。


 そして私の推しであるレオン様は、その「最強の武器」と「最強の才能」、そして「圧倒的な顔面の良さ」という、すべての要素を兼ね備えている。


「……先生、僕のところに本当に来るかな」

「来させます。首に縄をつけてでも」

「クロエ、時々言い方が盗賊より怖いよ」


 確かに、プロデューサーとしての熱意が暴走して、少し圧が出たかもしれない。


 でも、本気だ。

 推しの教育環境は何としても、この世界で一番のものに整える。

 多少強引な手を使ってでも、だ。


 私は改めて、白銀に輝く聖剣を見つめた。


 どうやって人を呼ぶか。

 誰なら、この最高の餌に釣れるか。

 王都でふんぞり返っている有名な騎士団長?

 あるいは、辺境で道場を開いているような隠居した伝説級の達人?


 原作ゲームの知識のアーカイブを脳内で高速検索すると、一人だけ、このシチュエーションに完璧に合致する「最強の人物」が思い当たった。


 ――“剣聖”ガレス・エルドラン。


 かつて王国最強の騎士と謳われ、数々の魔竜を討ち果たし、今は理由あってすべての地位を捨て、どこかの田舎で酒浸りの隠居生活を送っているという、偏屈極まりない老人。

 ゲーム本編には名前と伝説しか出てこなかったが、特装版のレオン様の外伝小説において、「もし幼少期のレオンが、歪む前に彼(剣聖)と出会い、正しい剣と心構えを教わっていれば、レオンは魔物に堕ちることなく、歴史に名を残す偉大な英雄になれたかもしれない」と、公式から明言されていた『幻の師匠』だ。


「……剣聖」


「クロエ?」

「いえ、ちょっと、レオン様を導く『最高の師匠候補』を思い出しただけです」


 私はぱっと顔を上げ、勝利を確信した笑みを浮かべた。


「レオン様、決まりました」

「何が」

「あなたの先生、見つけます。世界で一番強くて、厳しいお爺さんを」

「……うん」


 その返事は短かった。

 でも、嫌そうではない。

 むしろ、自分の未来が開けていく予感に、少しだけ瞳を輝かせて期待しているみたいに聞こえた。


 私は胸の内で「よしっ!」と強く拳を握った。


 伝説の聖剣、確保。

 教育方針のターゲット、確定。

 次なる大目標は、剣聖ガレス・エルドランのスカウト(一本釣り)。


 順調すぎる。

 推しのバッドエンド回避どころか、最強覇王ルートへの育成ロードマップ、完璧すぎるのでは?


 その時、レオン様がふいに、大切な宝物を抱くように聖剣を胸元へ引き寄せ、持ち直した。


「……クロエ」

「はい?」

「これを見つけてくれたのは、あなただ」

「まあ、ジャガイモのために土を掘ったのは私ですね。偶然ですけど」

「でも……これが、僕のところに来たのは、あなたがここにいてくれたからだ」


 私は一瞬、言葉を失った。


 庭に吹く清らかな風が、ふわりと彼の銀灰色の髪を揺らす。

 白銀の聖剣を抱くその姿は、まだ八歳と幼いのに、どこか一枚の宗教画のように完成された、神々しいほどに美しい光景だった。


「……だから」


 彼は、吸い込まれそうな蒼い瞳で、私を真っ直ぐに見つめる。

 その視線は、以前よりずっと重く、深く、そして――火傷しそうなほどに、静かに熱かった。


「やっぱり、あなたは特別だ。僕にとっての、たった一つの奇跡だ」


 胸が、どくんっ、と大きく鳴った。


 だめだ。

 そんな顔面国宝の真顔で、そんなプロポーズみたいな重い台詞を言わないでほしい。

 こちらのオタクの心臓が限界突破して砕け散ってしまう。


 私は慌てて、顔の熱を誤魔化すようにワザとらしく咳払いをした。


「と、とにかく! その剣はエルザ夫人に見つからないように、布で巻いてベッドの下に大事に保管しておきましょう!」

「……うん。誰にも渡さない」

「あとこの庭は、これ以上深く掘ると温泉が湧くか古代兵器が出るかわからないので、本日の土いじりは一旦終了とします!」

「それがいいと思う。クロエなら本当に世界を滅ぼす兵器とか掘り当てそうだし」


 極めて冷静な判断である。


 その日の夕方。

 私は使用人用の井戸で、土だらけになった手を洗いながら、一人で深々と頭を抱えていた。


「まさか本当に、神話の聖剣クラスの重要アイテムを庭から掘り出すとは……」


 私の無自覚家事魔法、マジで恐るべし。

 というか、この公爵家の庭、セキュリティどうなってるの。埋蔵物と隠しイベント多すぎでは?


 だが、悩んでいる暇はない。

 せっかく見つけたこの特大の切り札(餌)を、最大限に活かさなければ。


 翌日から私は、さっそく屋敷の古い商人の伝手や、街への買い出しの際の流通網、酒場の人の噂をありったけ辿って、“剣聖ガレス・エルドラン”の現在の居場所を血眼になって探り始めることになる。


 もちろん、その先に待っているのが――


 伝説の聖剣を文字通り手土産に持ち込み、

 気難しくて酒浸りの最強の老人を口八丁手八丁で丸め込み、

 公爵家の北棟という完全アウェーの環境へ引っ張ってくるという、

 またしてもメイドの権限を大きく逸脱した、だいぶ無茶苦茶なプロデュース計画であることは言うまでもない。


 ただ、この時点ですでに、レオン様の胸の中では、私への依存とはまた別の“確固たる確信”が、狂気的なまでに静かに育ち始めていた。


 絶望の暗闇から自分を救い出し。

 死の毒を祓い。

 不毛の地を恵みの園へ変え。

 そして今度は、自分が進むべき未来を切り開くための『絶対的な力(剣)』まで与えてくれた少女。


 彼にとってクロエは、もはや「都合の良い幸運」や「優しいメイド」などではなかった。


 神が自分だけに遣わした、運命そのものだった。


 ……もちろん、その頃の鈍感な私は、彼のそんな激重な『運命の神格化』など露ほども知らず、全く別方向でテンションを最高潮に上げていたのだが。


 やった……! やりましたよ!

 推しが、ついにお約束の『伝説の聖剣持ち』になりました!

 しかも次は、激アツの剣聖修行イベント!?

 原作の大幅ブレイクどころか、むしろこれ、私が望んでいた最強名君・理想ルート一直線では!?


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