3
フィーア視点(プロポーズ直後・昼休み)
昼休みになっても、食堂へ向かう気にはなれなかった。
フィーアは自分の席に座ったまま、机の上の書類をじっと見つめていた。
文字は目に入っているのに、内容が頭に入ってこない。
――断った。
自分で選んだ答えだ。
誰に強制されたわけでもない。
それなのに、胸の奥に小さな棘のような痛みが残っている。
あの人は、どんな顔をして帰ったのだろう。
騎士の正装に、バラの花束。
あまりにも真っ直ぐで、あまりにも不器用で。
思い出すだけで、喉の奥がきゅっと詰まった。
「……仕事」
小さく呟いて、ペンを握り直す。
私には、やるべきことがある。
弟の学費。
借りを返すこと。
自分の足で生きること。
それを理由にして、逃げたわけじゃない。
……逃げたわけじゃ、ないはずだ。
けれど。
ふと、窓の外に目をやると、騎士たちの訓練場が見えた。
遠くで動く影の中に、彼の姿を探してしまう自分に気づく。
いない。
それだけで、胸が少し冷えた。
「……何を期待してるの」
誰にも聞こえない声で、自分を咎める。
好きだと、言われた。
大切にすると、言われた。
それでも、受け取れなかった。
――受け取ってしまったら、私はまた「守られる側」に戻ってしまう気がしたから。
フィーアは目を伏せ、深く息を吸った。
この選択が正しいかどうかなんて、今はわからない。
ただ一つ確かなのは。
あの花束の重さを、まだ胸のどこかで感じている、ということだけだった。
午後の事務室は、いつもよりざわついていた。
理由はわかっている。
わかっているからこそ、顔を上げないようにしていた。
「……ねえ、聞いた?」
ひそひそとした声。
でも、隠す気はない音量。
「騎士団長からのプロポーズ、断ったんでしょ」
「すごいわよねぇ……」
ペンを走らせながら、フィーアは何も聞こえていないふりをする。
こういうとき、反応した方が負けだ。
すると、今度は少しだけ距離の近い声が混じった。
「――ま、最初からその気がなかったんじゃない?」
「どうせ、からかわれただけとか」
笑い声。
悪意は薄く、しかし確実に刃になっていた。
そのとき、背後から声がかかる。
「へぇ。断ったんですか」
振り向くと、そこにいたのはランスだった。
昼の任務を終えたばかりなのだろう、軽装のまま、腕を組んでいる。
「……はい」
事実だけを、短く。
「もったいないなぁ」
そう言いながらも、同情よりも好奇心が勝った目をしている。
「隊長、結構本気だったみたいですけど」
周囲がくすりと笑う。
フィーアは、ほんの一瞬だけ指先に力を込めた。
紙がわずかに軋む。
「……ご心配には及びません」
声が震えなかったことに、少し安堵する。
「私とウィンダ様の間のことですから」
「ふーん」
ランスは面白そうに口角を上げた。
「冷たいんですね、フィーアさん。さすが“堅物女文官”」
悪気がないふりをした言葉ほど、始末に悪い。
フィーアは何も言い返さなかった。
言い返せば、彼らの思う壺だ。
ただ、胸の奥に小さな違和感が残る。
――これは、終わりじゃない。
そう直感していた。




