15
王宮の執務室は、いつもより静かだった。
フィーアは与えられた席で、淡々と書類を整理していた。
指示は的確、判断は早い。
周囲の文官たちがひそひそと視線を交わすのが、嫌でも分かる。
「……本当に、仕事が早いわね」
「助かるわ。さすが騎士団付きで鍛えられていただけある」
そんな言葉を、もう何度も聞いた。
「ありがとうございます」
返事はいつも通り。
声も表情も、崩さない。
――評価されている。
――求められている。
それは確かだった。
昼休み、廊下を歩いていると、背後から声をかけられる。
「フィーアさん」
振り向くと、王宮付きの若い文官が立っていた。
「さっきの判断、すごく勉強になりました」
「……そう言ってもらえると、光栄です」
軽く会釈をして、その場を離れる。
会話はそれ以上、続かなかった。
気づけば、周囲との距離は常に“適切”だった。
踏み込みすぎず、踏み込ませすぎない。
――昔から、そうしてきた。
執務が一段落した頃、ふと窓の外に目をやる。
中庭では、騎士たちが訓練をしていた。
反射的に、その中に探してしまう。
――いない。
当たり前だ。
彼は今、遠征に出ている。
分かっているのに、胸の奥がじくりと痛んだ。
「……」
書類に視線を戻すが、文字が頭に入ってこない。
評価される。
役に立つ。
信頼される。
それなのに――
誰にも、必要とされていないような錯覚。
以前は、間違えた書類を持ってくる騎士にため息をつきながらも、
どこかで“待たれている”実感があった。
今は違う。
必要なのは、仕事としての自分だけ。
フィーアは小さく息を吐いた。
「……欲張りね」
選んだのは、自分だ。
断ったのも、自分。
それなのに、
たった一人の不在で、こんなにも心が揺れるなんて。
夕刻、業務終了の鐘が鳴る。
「フィーアさん、今日はありがとうございました」
「お疲れさまでした」
丁寧な挨拶を交わし、王宮を後にする。
帰り道、夕焼けに染まる空を見上げながら、胸の奥で呟いた。
――評価されるのは、嬉しい。
――でも。
もし、誰か一人に
「そばにいてほしい」




