14 ウィンダ視点
北方国境の風は冷たく、乾いていた。
遠征三日目。
野営地の焚き火を囲みながら、部下たちは思い思いに体を休めている。
ウィンダは地図を見つめたまま、ほとんど口を開いていなかった。
「隊長、あまり眠れていませんね」
副隊長のキースが、湯を差し出す。
「……平気だ」
そう答えながら、湯気の向こうに別の光景が浮かぶ。
事務室。机。書類。淡い声。
振り払うように首を振った。
その時だった。
「――あ、そういえば」
焚き火の向こうで、若い騎士が何気なく口を開いた。
「事務方、最近ずいぶん回りが良くなったらしいですね」
ウィンダの指が、地図の端を強く押さえた。
「ランスさんがよく顔を出してるとかで。フィーアさんと一緒に仕事してるって」
焚き火が、ぱちりと弾けた。
ただの報告だ。
ただの噂話だ。
そう分かっているのに、胸の奥がきしむ。
「……それがどうした」
声は低く、感情を含ませない。
「いえ、特に意味はないんですが……」
若い騎士は慌てて口をつぐんだ。
キースがちらりとウィンダを見る。
「噂は噂だ。気にするな」
誰に言ったのか、自分に言ったのか。
夜。
天幕の中で、鎧を外しながら、ウィンダは静かに息を吐いた。
(……俺が距離を置いた)
それだけのことだ。
彼女は、前に進んでいる。
仕事を評価され、周囲からも認められている。
それは、喜ぶべきことのはずだった。
それなのに。
(どうして……)
ランスの名前が、胸に刺さる。
若い。
素直。
自分より、ずっと彼女の近くにいられる。
拳を握る。
(……知っているのは、俺だけだったはずだ)
化粧の下の素顔も。
弱さも。
夜の体温も。
誰にも渡すつもりはなかった。
だが——
(資格がないのは、俺だ)
花束を断られた事実が、重くのしかかる。
遠征命令書を畳み、ウィンダは目を閉じた。
「……早く終わらせる」
それが何のためなのか。
自分でも、もう分からなくなっていた。




