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王国へ 4

 馬屋へ向かう道すがら、ティナはさきほど見た獣人の像が頭に残っていた。

 カイルの横顔に一瞬だけ影が差したことに気付いたが、彼が触れないならと、それ以上は何も問わず歩みを進める。


 骨董店の店主が教えてくれた先――「サンノア・ホース商会」帝国軍の軍馬とは別に取り扱う民間の馬は、この町ではここしかないらしい。


「おそらくカタリナ達もここだな」

 

 カイルがそう呟き、扉を押し開けた。


 店内に入った瞬間、カタリナがこちらに気付き手を振る。

 ユラはその後ろから、ぱたぱたと小走りでティナに駆け寄ってきた。


「ラールとレックスは?」


 カイルが周囲を見回しながら問う。

 カタリナは店の奥――厩舎へ続く扉に軽く顎をしゃくった。


「裏のほう。馬の状態と値段交渉……というか、揉めてるっぽいわね」


 その声音には、少し困ったようなニュアンスが含まれていた。


「揉めてる? なんで?」


 ティナが首を傾げると、ユラが控えめに答えた。


「なんか……思ったより値段が高かったみたいです」

「値段?」


 カイルがその言葉に反応し、ユラはこくりと頷いた。


 帝国ルクスアと王国カルハーム――馬の扱い方も、流通事情もまったく違う。


 王国では馬の数が多く、庶民でも手頃に購入できる。

 乗用馬なら銀貨8枚前後が相場だ。

 だが帝国は違う。

 馬の数は少ないぶん、1頭ごとの質を重視する国柄でもある。

 ラールたちは「金貨1枚半くらいだろう」と予想していた。


 幸い王国と帝国は金貨の価値が近く、互いの通貨が使用できる。

 同盟国ではないが、交易は続いているためだ。


 ――では、なぜ揉めているのか?


 カイルが疑問を浮かべた時、ユラがぽつりと続けた。


「どうやら……黒の理のせいで、物流が滞ってるみたいで……」


 黒の理。

 王国ほど深刻ではないとはいえ、その影響はすでに帝国にも及んでいる。


 馬が入ってこない。

 牧場も出荷を控える。

 結果、手持ちの馬に値が吊り上がる――つまり、ラールの予想をはるかに上回る値段がついていたのだ。

 カイルは眉を寄せる。


「……そういうことか」


 カイルたちが裏手の厩舎へ向かうと、そこにはラールとレックスの姿があった。

 そしてその向かいには、ティナやユラより幼い少女と、その母親らしき女性が立っている。


「ラール」


 カイルが声をかけると、ラールより先に女性がこちらへ視線を向けた。

 訝しむような表情だ。何かあったのかと問いかけると、女性が事情を話し始めた。


 どうやら、値段交渉をしていたらしい。


 だが、店主である夫はサンノアを出て、街道の奥にある牧場へ向かったまま戻ってきていないとのことだ。

 牧場は商会のものだが、昨今の“黒の理”の影響で平原は以前より危険なのだという。

 というのも、ここら近辺では見たことのない魔獣が出現したとのことだ。


「もしその魔獣と遭遇していたら心配で……冒険者ギルドに捜索依頼を出そうとしていたところなんです」


 女性は不安げに眉を寄せ、行動に移そうとした時にカタリナたちが店にやって来た。

 だが馬の値段が想定以上に高く、ラールたちは交渉を始めたものの――


「私の判断で勝手に値段を変えるのは、店主が戻らないとこれ以上はどうにもできないんです」


 女性はそう言って首を振る。


「いくらなんだ?」


 カイルが尋ねると、ラールが苦い顔で答えた。


「……金貨二枚だ。一頭で、な」


 カイルは思わず目を細めた。

 王国からの支給金で払えなくはない。だが、想定より高い。


 必要なのは三頭。

 つまり六枚。


 これは、普通の剣士の給金三ヶ月程だ。


 だが――馬がなければ、王国にたどり着くことすらできない。

 黒の理の影響が広がる今、歩きで湿地帯を抜けるのはティナがいるとはいえ自殺行為に等しい。


 さらに、彼らの使命は“巫女を連れて帰ること”では終わらない――巫女の力を借り、王国を、世界を救うことが任務の本懐だ。


 ぐずぐずしている時間はない。

 だが金貨六枚は重い。

 どちらに転んでも痛みを伴う選択だった。


 そこに――ティナが割り込んできた。


「困ってるの? なら助ければいいじゃん」


 あまりに直球な言葉に、その場の空気が一瞬止まる。


「時間が惜しい」


 カイルは即答した。

 その声音はどこか硬く、獣人像を見た時からの変化がまだ尾を引いていた。


「なんでそんな冷たいこと言うのー? ね、困ってるんだよね?」


 ティナはぴょこん、と前に出て女性へ向き直る。


「……困っています。でも、あなたのような女の子に頼るなんて、とても――」


 遠慮と戸惑いが混じった声。

 だがティナは、静かに言葉をかぶせた。


「見た目とか年とか、関係ないよ。 助けたいかどうか、困ってるかどうか、それだけだよ?」


 その瞬間――先ほどまでの無邪気さは消え、聖導の片鱗が一気に場を支配する。


 女性は息をのんだ。


「……困って、います」


 しぼり出すようにつぶやいたその声に、ティナは視線を落とす。

 女性の腰に隠れるように立つ少女へ、しゃがんで目線を合わせる。


「ねえ。お父さんに……会いたい?」


 震える肩。

 それでも少女は、勇気を振り絞って。


「……会いたい」


 その一言を聞いた途端、ティナの顔がふわりと花のようにほころぶ。


 そして振り返り、カイルに向かってひとこと。


「決まりだね」


 その光景にカタリナたちは思わず笑みをこぼし、ユラはティナへ崇拝にも近い眼差しを向けていた。


「なに固くなってんの?」


 カタリナに背を軽く小突かれ、カイルは浅く息を吐いて冷静さを取り戻す。


「……そうだな。馬がない以上、どのみち手助けは必要だ」


 隊長の許可が下りると、ラールはすぐに女性――ハンナへ向き直り、旦那の行き先を確認した。


 ハンナによると、サンノアには北と南に正面口がある。

 カタリナたちが入ってきた南口ではなく、北口を出た先の街道沿いの奥、平原の中に目的の牧場があるという。


 その牧場は、サンノア大商会が帝国から購入した大規模な土地の一部で、一般向けの乗用馬を安定供給するため、サンノア・ホース商会が借り受けている場所だ。


「夫のバートリックは、昨日その牧場へ行ったんです。でも……予定の時間を過ぎても戻らなくて」


 ハンナの声は震えていた。


「黒の理の影響なのか、最近は平原にも見たことのない大型の魔獣が出るようになって……」


 そのため、ハンナは娘リリカと共に冒険者ギルドへ依頼を出しに行こうとしていた――まさに、その直前にカタリナたちが店へやってきたのだ。


 ラールがハンナから事情を聞き終えると、一同はサンノア北門の外にある牧場へ向かうことになった。


 サンノアの北口も南口と同様に栄えてはいるが、その空気はまるで別物だった。

 活気と雑踏に満ちた南口が庶民の街であるならば、北口はどこか落ち着きがあり、洗練された雰囲気をまとっている。

 おそらくこちらが、上級階層や富裕層が多く住まう区画なのだろう。


 北門へ到着すると、門番に事情を説明し、出発および帰還のための帳簿に名前を記すよう求められた。


 これは冒険者や傭兵にとっては珍しくない手続きだ。

 氏名や所属、人数を記録しておくことで、行き帰りの確認を容易にし、未帰還者の把握や捜索依頼の判断を迅速に行える。


 また、名を記すだけでなく顔を見せることで、門番たちにその姿を覚えさせる。

 初めて出入りする者については、簡単な似顔絵を描かせることもあるという。


 それにより、密入国や成り代わりといったトラブルを防ぎ、誰が出て、誰が戻らなかったのか――そうした事実を正確に残す仕組みになっていた。


 描かれるのは、簡単な特徴だけを捉えた似顔絵だ。

 その横に空欄が設けられ、そこへ名前を書き込む仕組みになっている。


 だが――その“簡単な絵”が、妙に上手かった。


「すごい……! これ、わたしだよね!?」

「……うまい」


 ティナとレックスは、食い入るようにその絵を見つめ、目を輝かせている。


「お前、こういうの好きだよな」


 ラールがレックスの隣へ寄り、からかうでもなくぽつりと呟いた。


「……悪いか?」


 レックスは少しだけ視線を逸らし、罰の悪そうな顔をする。

 だがラールは笑って肩をすくめた。


「いや。王国に戻ったら、絵画展でも行こうぜ。皆でさ」


 その言葉に、レックスは一瞬驚いたように瞬きをし、やがて静かに口を開いた。


「ああ……俺は絵が好きだ。でも、下手でな。物語を書く方が得意なんだ。だからスフェンによく、絵を描いてもらっていたんだが……」


 その名が口に出た瞬間、場の空気が凍りつく。

 だが――「帰ったら、絵画展に行こう」そう言って、カイルが一歩前に出た。


「このメンツで。絵を見て絵心を学び、皆でも絵を描くんだ……お前たちなら、あいつらの顔を覚えているだろう?」


 静かだが、確かな声音だった。


 その言葉に、カタリナ、ラール、そしてレックスの表情がふっと緩む。

 胸の奥に沈んでいたものが、少しだけ浮かび上がったようだった。


 その場の空気は、いつの間にか温かさを帯びていた。


 ティナは、その様子を黙って見つめ――カイルの横顔を一瞥、どこか満足そうな微笑みを浮かべた。


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