王国へ 2
集会場にて、ティナの同行者はユラに決まった。
その瞬間からティナはユラの手を取り、まるで弾けるように楽しげに語り続けた。
ユラには、生まれてこの方「友達」と呼べる存在はいなかった。
けれど──それはティナも同じだった。
誰もがティナを「聖導」としてしか見ず、敬い、畏れ、距離を置いた。
心から自分を見てくれる同年代の子に出会えることなど、ティナもまた一度もなかったのだ。
だから、ユラが向けてくれたあの真っ直ぐな想いが、ティナにはたまらなく嬉しかったのだろう。
その日はずっと、ティナはユラの手を握り続けていた。
離そうともせず、ただ穏やかな笑みで寄り添っていた。
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翌日。
仲間の喪失――それはカイルよりも、むしろカタリナたちの精神面が不安視されていたが、数日でようやく気持ちの整理をつけることができていた。
そして王国へ戻るために、まず森を出てどこへ向かうべきか、みなで話し合っていた。
その時、ラールが王国内近辺の地図を持っていたため、今後の方針が一気に具体的になった。
行きは馬で来たが、今は馬はカイルの愛馬リリーしかいない。
王国へ戻るにしても、馬は絶対に必要だ。
馬があるか、ないかでは移動速度も、安全も、行動の幅も、天と地ほど違う。
馬なしで王国へ帰還するなど、危険度は跳ね上がる。
そのためラールは、森を出て近くにある町を目指すべきだと話していた。
王国方面へ戻る道は、魔神に滅ぼされた村の近くを通るため馬がないと危険。
先ずは、北方の地、帝国に属する中規模都市へ向かうのが現実的だった。
帝国と王国の関係は悪くなく、旅人の出入りも多い。
検問で止められる心配もほとんどないと、そんな話をしていると──「入るよ~!」という元気な声、軽いノックと共にティナがユラを引き連れて現れた。
ティナがユラを紹介したのだが、その口ぶりは使節団の仲間という訳ではなく。
「ね! きいて、きいて! 私の親友のユラちゃんです!」
一日語り合っただけで、ティナの中でユラの存在は“友達”から“親友”に昇格していた。
ユラはというと、その単語だけで沸騰しそうなほど赤面し、ただただ震えるばかり。
そんな二人の様子が可愛くて、大事な話をしていたというのに、カタリナはユラに向かって勢いよく抱きついた。
「もじもじしちゃって、かわいらしい!」
「あ、だめっ! ユラは渡さない!!」
しかし、すぐさまティナもユラに抱きつき返す。
過剰な密着にユラの心臓は爆発音を立てる勢いで跳ね上がり、視界が白く瞬く。
……今にも意識が飛びそうだ。
そんな和やかな空気に、カイルとラールは思わず笑い、人見知りなレックスは耳まで赤くしながら俯いていた。
そこで改めてティナとユラにも状況を説明し──そして翌日。
いよいよ、出発の朝がやってきた。
セイラの手配によって、旅に必要な食料や水、最低限の装備が整えられていた。
カイルたちには数日分の糧食と水に、王国のような本格的な武具は存在しないが、代わりに切れ味の鋭い小刀や薬草も手渡される。
出発前ババーバが、未だにユラの手を握ってご機嫌なティナのもとへ歩み寄った。
「ティナ」
「ん、なに? ババーバ」
「聖導として恥じぬように……気をつけて行ってくるんだよ」
「はーい!」
「……まったく。本当に分かってるのかい?」
「分かってるよ!」
「返事だけはいいんだから……」
呆れたように浅い溜息をつき、それでも優しい目を向ける。
次に、ババーバはユラの前に立った。
「ユラ。確かにお前の神力は低い。けれどね……お前の心は素直だ。その純粋な気持ちを、いつまでも大事におし。 その思いは、必ず“強さ”になる」
そう言って、ユラの肩にそっと手を置く。
「ティナは……脆いところがあるからね。 その心で、支えてあげておくれ」
それは、ユラの内面をしっかり見ていた者にしか言えない言葉だった。
胸に染みて、ユラはボロボロと涙をこぼしながら「はい」と頷いた。
その直後だった。
セイラがカイルの前へ歩み寄り、突然深く頭を下げた。
「遅くなりましたが……この前は、すみませんでした」
「この前?」
カイルが首を傾げると、セイラは顔を伏せたまま続ける。
「出会った日……私はカイル殿を“殺そう”として神力を行使しました。 あれを……謝罪したいのです」
その返答に――あぁ、あのことか、とカイルはすぐに理解し、静かに首を振った。
「気にすることはありません。この命は、あなた方巫女の助力を得るためにあった。 結果として、こうして協力関係を築けた……なら、何も問題はありません」
穏やかに微笑みながら差し出されたカイルの手。その真っ直ぐな誠意に、セイラの瞳が揺れる。
「……カイル殿……」
セイラは深く息を吸い込み、感銘を受けたようにその手を握り返した。
その間、エイナはユラへと歩み寄っていた。
「祈祷を……毎日の祈りを忘れずに。鍛錬もしっかりと続けなさい」
「は、はい……がんばります」
「それと――あなたは芯の強い子です」
「え……?」
エイナの声は静かだが、揺るぎない。
「ティナ様に私の真意を見抜かれたとき、私は動揺し、己の未熟さを思い知らされました。ですがあなたは……同期の巫女たちに罵られながらも、自分の想いを貫いた。あれは、並大抵のことではありません。 ユラ、あなたはもっと自分を誇りなさい」
「エイナさま……っ……ありがとうございます……!」
ユラは胸の奥が熱くなり、また涙がこぼれた。
「涙を流しすぎですよ、ユラ」
そうエイナが心配するとセイラが大幣をババーバへと手渡し、ババーバはそれを受け取ると、ユラの前に歩み寄って差し出した。
「こ、これは……?」
大きく首を傾げるユラ。
「これは代々、聖導が神々へ祈りを捧げる際に用いてきた由緒あるもの。 大幣の紙は、この村の奥に立つ“神木”の皮から削り作られている」
「そ、そんな大切なもの……な、なんでわたしに……!?」
ユラは両手を胸の前で縮め、驚愕を隠せずに震える。
「ティナは神々と友のように接しているため普段は使わないが……時に取り乱してしまう幼さを残している。なのに必要ない、要らないと、まったく困った子だよ……」
ババーバは苦笑しながら続けた。
「だから――ユラ、これをお前に託す」
ユラはまだ大幣を握れずにいた。戸惑いと不安で胸が締めつけられている。
そんなユラに、エイナが柔らかく微笑んだ。
「私より芯の強い貴女なら……その大幣を持つ資格はあるわ」
その言葉に、ババーバも、そしてセイラも静かに頷いた。
「これは歴代の聖導が使いし、神聖なもの。邪を払うだけでなく、“黒の理”を断つとも言われている。 もしもの時は、それをティナに渡しておくれ」
ババーバはユラの両手を包み込むように触れ、大幣を手渡した。
「そしてユラ、お前が持っていれば……それだけで邪から守ってくれるだろう。神力の少ないお前を、歴代の聖導たちもきっと見守ってくれる。 ま、御祓凪刃ほどの力はないけどね……だから安心して持っていきなさい」
そう言って、皺だらけの顔にさらに皺を寄せて優しく微笑んだ。
ユラは大幣を持ったまま、両手を胸元に寄せて、そっと祈りの姿勢をとる。
「……はい。心して、お預かりします……!」
震えながらも、その声には確かな決意が宿っていた。
そんな一連の流れを見守っていたカイルが、前へと歩を進め小さく告げる。
「それでは……行こうか」
その一言を合図に、一同はゆっくりと歩き出した。
ババーバ、セイラ、エイナ――そして村人たち全員が見送る中。
ティナはユラの手をぎゅっと握りしめ、振り返らずに歩み続ける。
こうして、ティナたちは巫女の村を後にし、新たな旅路へと出発したのだった。




