美しき背中を 2
ババーバやセイラはもちろん、大人巫女に内緒で森に出た一件により、ユラを含めた若い巫女たちは厳しい叱責を受けた。
罰として命じられたのは、村の作業の中でももっとも過酷とされる “糞を肥料化するための堆肥作業” だった。
この村の便器は、水で流す仕組みではない。古くから続く“汲み取り式”であり、家畜の糞だけでなく――人の糞までもが堆肥として再利用される。
そのため、溜まった糞尿を桶に移し替え、担ぎ、村外れの下肥場へと運ぶ……想像以上に重く、臭気に満ち、気力を削る作業だ。
それを、一ヶ月もの間任されたのである。
命を助けられたというのに――同年代の巫女たちからティナへの嫉妬は消えなかった。
深傷を負い、意識が朦朧としていた間に救われたからかもしれない。
あの圧倒的な力を「夢か何か」と片付けてしまい、実感が薄れていたのだろう。
だが、ユラは違った。
ただ一人、あの瞬間まで意識がはっきりしていた。
目で見えるほど鮮明に感じた、神の手のような神力。
魔障獣が握り潰され、傷が温かい光とともに跡形もなく癒えていく――あの奇跡。
そして、傷ついた皆を迷いなく救ったティナの背中。
逞しく、優しく、どこまでも憧れた。
「すごいなぁ……ほんと、素敵だなぁ……」
思わず漏れたユラの呟きに、治癒班の相方だった巫女は眉をひそめた。
「え、なに言ってんの?……うんこが、素敵なの?」
距離を置くように一歩離れ、
「そんなに好きなら、あとはユラ一人でやんなよ。私たち、傷は治ったけど心の傷がまだ痛くてさ~」
そう吐き捨てると、周囲の巫女たちも次々と口を挟んでくる。
「ユラ、私達って友達だよねぇ?」
「ユラ優しいし~、いつも助かるわ~」
「ユラのそういう責任感ある“拒否しないところ”、ほんと尊敬してる♡」
それは誉め言葉ではなく、明確な押し付けだった。
「あ、あの……そういう意味じゃ――」
否定しようとした言葉は、相手の嘲笑にかき消される。
ユラは口を閉じ、肩をすくめ、小さな声で言うしかなかった。
「……うん、わかった。わたしが、やるね」
内気で、人見知りで、そして自分の意志を押し殺してしまう性格。
その弱さにつけ込むように、周囲はどんどん嫌なことを押し付けていく。
――こうしてユラは、この一件を境に、以前よりもずっと浮いた存在となった。
そしていつしか、“自分よりも相手の表情を最優先して生きる”そんな性格が、完全に根付いてしまっていた。
それからユラは、かつてババーバと面談したときに語った――「傷を癒したい」という想いを尊重され、正式に治癒班へと配属された。
治癒班とはいえ、ただ祈祷だけをしているわけではない。
祈りを捧げ、傷を癒しつつ、戦闘にも同行し、戦闘巫女たちと連携を取る必要があった。
だからユラは、戦うことが苦手で、体力が人よりも劣っていたにもかかわらず――いや、だからこそ真剣に向き合った。
心を通わせる友もおらず、独りになったから時間ができたというのもあるだろう。
だがそれは前向きに。倒れないため。
誰かを助けると決めた自分を裏切らないために。
ユラは毎日、朝も夜も、身体作りに励んだ。
祈祷の姿勢を崩さずに耐え、足腰を鍛え、腕や脚が震えても、砂利で膝を擦りむいても――成長したい。あの時見た背中、ティナ様のように私もと夢を見た。
だが現実は甘くない。
そんな簡単に、人は変わらない。
同年代の巫女たちには、相変わらずいいように使われていた。
「ユラ、よろしく~」と面倒ごとを押し付けられ、村でティナを見かければ、彼女は颯爽と野山を駆けていき、追いかけようとしても手の届かない場所にいた。
――私には無理なのかな。
私はああはなれないのかな。
ティナ様の十分の一……いいや、百分の一でもいい。
私も強くなりたい。成長したい。誰かの支えになりたい。
そう願うたびに、現実は淡い夢を粉々に踏み潰す。
そのうち、思うようになった。
ティナ様は神なのだ。
神力とは器とは、生まれた時に決まっている。
たとえどんなに努力したって、私はティナ様にはなれない。
私は私。このまま周りにいいように扱われて終わる命なのだろう。
期待するだけ無駄なのだ。
期待するほど辛くなる。
期待するから涙が出る。
――もうやめよう。身の丈にあった生活を送ろう。
そう、何もかも諦めようとした時だった。
魔神が攻めてきた。
同年代の巫女が、大人の巫女が、あのセイラ様や村長ですら魔神には手も足も出なかった。
――でも、ティナ様なら。
あの美しき神気で闇を払ってくれる。
誰もがそう思った。
けれど、ユラは見た。
村長が倒れ、ティナが泣き叫ぶ姿を。
倒れる村長に、悲痛な面持ちで手を伸ばす姿を。
そのとき、ユラは知ったのだ。
ティナとて、人なのだと。
ティナですら、涙を流すのだと。
私もティナ様のようになりたい――その想いよりも、あんな美しい背中を、逞しく、優しいだけでなく、脆さも切なさも抱えたあの背中を――守りたい。
神力もない私なんかが、誰を守りたいって?
「目立ちたいだけでしょ?」
「ユラのくせに生意気」
きっとそんなことを言われる。
でも、私は……ティナ様と共に歩みたい。
あの背中を、これからも見ていたい。
近くで。
支えたい。
たとえ微力だとしても――私が。
だから私は、使節団の一員になるべく手を上げたのだ。
「わ、わたし……やります! い、いきたいです……っ!」
ユラは、震えながらも立ち上がれた。
この全ての行動は、ティナだったから。
ティナだからこそ、ユラは心の声を叫べてたのだ。




