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新たな時代の始まり 3

 長い会議もようやく終わり、祭りは最高潮へと沸き立っていた。

 そんな喧騒から離れ、カイルはひとり村外れにいる。


 ふう、とため息をつきながら、酒瓶を片手に夜空を見上げる。


 複雑な気持ちだった。

 仲間を失った哀しみは確かにある。

 それでも――使命は果たせたという誇りもあった。


 後悔はない。

 そう言い切れるはずだった。

 だが胸の奥には、ずっと冷たい風が吹いていた。


 そのとき――。


「ちょっと、いけないんだ~。お酒なんか飲んじゃってさ!」


 からかう声に振り返ると、そこにはティナがいた。

 軽やかな足取りで近付いてくる。


「……俺は成人してるから、問題ない」

「成人って、まだ十六でしょ?」

「俺の国では十五からが成人だ」

「へぇー、そうなんだ!」


 ティナは当然のように隣へ腰を下ろす。


「お前の村ではどうなんだ?」

「んー……わかんない」


 カイルは肩を落とした。


「なんでだよ」

「成人とか決まりないもん。私は幼い頃からずっと聖導として育てられたし」

「……なるほどな。苦労人なんだな」

「苦労人、なのかな?」


 カイルはティナへ向き直り、真剣に告げた。


「苦労人だろう。両親を早くに亡くし、身内もなくひとりで生きてきたんだろう?もちろん村のみんなは仲間だろうが、心休まる場所は少なかったんじゃないか?」

「そんなことないよ。ババーバはいたし、セイラは恐そうに見えて優しいところもあるんだよ」

「驚いた……見かけによらず、人をしっかり見ているんだな」

「なんだと~!?」


 ティナはぷんすか怒ったふり、カイルは思わず吹き出した。


「はは、冗談だ」

「む~……でも、そういうカイルだって頑固そうだよね!」

「頑固? どこらへんがだ?」


 ティナはくすりと笑い、カイルの顔を覗き込む。


「何がなんでも自分を押し通すとこ!使命、使命って、そればっかり!」

「……そのために俺はここまで来たんだ。当然だろう」

「そうだけどさ、後悔……してるんじゃない?ほんとは」

「なに?」

「いやさ、無理してないかなって思って」


 カイルの瞳が揺れた。


「そうじゃないならいいんだけどね。でも私は、後悔してもいいと思うんだ」

「……なぜ?」

「“後悔はない”って決めつけるの、よくないよ。人の心はそんな単純じゃないし、押し殺す必要だってない。そんなの疲れちゃうよ」


 無邪気な笑みの裏に、妙にあたたかな優しさがあった。


「だからさ、言いたいことは――」


 ティナはカイルの手をひょいと取ると、


「飲みたい時は……飲めばいい!」


 そのまま酒瓶を奪い、一口。


「うげっ……まずっ!」

「なんだ、酒飲めないのか?」

「……うん、うえ。飲んだことない。でも、カイルが美味しそうに飲むからつい」

「ふっ……まだまだお子さまだな」

「な、なにを~~!?」


 まるで昔からの友人のように冗談を交わすふたり。

 だが――カイルの胸では何かがほどけていく。


 後悔がないよう振る舞い、偽り、押し殺し……使命のために剣を振るうしかなかった日々。


「……そうだな。少しくらい、悲しんでもいいのか」


 昨日まで、みんな生きていた。

 同じ飯を食い、同じ夢を語った仲間たち。

 今はもう誰もいない。

 カイルは拳を握りしめた。


 そんな彼の前で――ティナが、ぱっと腕を広げた。


「いいよ! おいで、ヨシヨシしてあげる!」

「……いらん」

「遠慮せずおいで!ティガにしてたみたいにヨシヨシする!」

「……俺は魔獣ではない、人間だ」

「いいからいいから~!」

「よくない!」


 ギャーギャー言いながら飛びかかるティナを、カイルが華麗にかわす。


「む……」

「ふ、巫女といえど接近戦は弱いのか?」


 勝ち誇るカイルに、ムキー!とティナは吠え、黄金の神力を解き放つ!


「私を本気にさせたこと、後悔させてあげる……!」

「おい、待て! それは流石に卑怯だろう!?」

「うるさい! 覚悟!」


 次の瞬間、カイルは捕まり、無理矢理ヨシヨシされ、抱きつかれた。


「や、やめろ……バカ!離れろ!」

「恥ずかしがっちゃって、かわいいやつめ!」


 しばし高台ではしゃぎ合ったあと――疲れ果てたカイルが横になる。

 ティナは襲いかからず、そっと隣に寝そべった。

 ふたり並んで、星を見上げる。


「ねぇ、カイル」

「……なんだ」

「世界って……広いの?」


 カイルも空を見る。


「ああ。広いさ。この星空の下、どこまでも大地は続いてる」

「へぇ……すごいね。カイルの国ってどんなところ?」

「同盟国が多く、貿易も盛んでな……ただ最近は黒の理が活発で物資の流れが悪い」

「ほほー。って、貿易ってなに?」

「あ、そうだよな……巫女の村に他国の概念はないよな。そうだな、簡単に言えばティナと俺が物々交換するみたいなものだ。それを個でするのでなく、国で行うようなものだ」

「なるほどねぇ」


 背後ではまだ祭りの喧騒が続く。

 ティナは起き上がり、村の方を見つめた。


「わたし、カイルの国に行って色々と学びたい。世界を知って、色んな場所に行けるようになって……いつか転生するティガに会いに行くの」

「……転生する時期や場所は分かるのか?」

「ううん。でも、“会える”って……風の声で分かる。だから寂しくないし、その日までに世界を平和にしたい」

「……平和、か」

「うん、平和」

「良い言葉だな」


 カイルは酒を静かに地へ流す。


 失った仲間は戻らない、だが使命を全うし、巫女の助力を得ることが出来た。

 だが、それは終わりでなく、始まりなのだ。

 誰もが笑って暮らせる世界を、そんな平和な未来をつかむことこそ、本当の使命だと。


 カイルは心に誓い、ティナを見た。


「ティナ。俺は王国の剣士だが……王国にお前を招いたあとも、俺はお前の隣で剣を振るっていいか?」


 その真面目な言葉にティナは「うん、いいよ」と、軽く答えた。

 ティナはカイルの決意までは気付かなかったのだろう、だがカイルの心はティナと共にあることをこの時誓ったのだ。


 その瞬間、一陣の風が吹く。


「あれ?」


 ティナが村の外へ視線を向けた。


「どうした?魔障獣の襲来か?」

「ううん……でも、誰かが戦ってる!」

「……なんだと!?」


 次の瞬間、ふたりは森の方角へと駆け出した。


 黄金の神力を纏い、空を駆けるティナはカイルの手を握ったまま、夜空を飛ぶように進む。

 その輝きは巫女の村を、森を、そして世界そのものを照らす神の光となった。


 その光に導かれたのか、あるいは祭りの喧騒に気付いたのか――数人の剣士たちが村を目指していた。


 そしてその中に、カイルが失ったと思っていた仲間たちの姿があった。


「ラール! レックス! カタリナ!!」


 ティナとカイルは瞬時に地へ降り立ち、ティナの神力が魔障獣達の動きを縛りつける。

 その神気に呼応し、カイルの身体からも黄金の剣気が立ち昇り、光刃が閃いた。


 魔障獣は光に呑まれ、一瞬で塵となって消えた。


「え……カイル? 本当に……カイルなの? 無事だったのね!」


 カタリナと、彼女を補佐する仲間たちは魔神の脅威を避けて森に身を潜めていた。

 だが、魔神との戦いで見えた黄金の閃光、そして村から聞こえた喧騒に気付き、恐る恐るここまで歩いてきたという。


「ジークが……私たちを、助けてくれたの」


 カタリナの瞳から涙が溢れ、名を呼ぶ声は震えていた。

 その肩にそっと手を置きながら、カイルもまた胸の奥にジークの姿を思い浮かべる。


 そんな重い空気に、ティナがそっと触れる。


「みんな、お腹へってない? あ、でもその前に傷、見せてくれる?」


 そう言うや否や、ティナはカタリナの失った腕に触れ、黄金の神力を解き放つ。

 カタリナだけではなく、彼女を支えた二人の剣士の傷も――瞬きするほどの早さで、完治していく。


「すごい……」


 カタリナは呆然とその光景に見入り、仲間たちも巫女の力に驚き息を呑んだ。


「カイル、行こ! 皆さんもついてきて!」


 ティナは笑ってカイルに手を伸ばす。


 その笑顔に触れ、カイルは気付いた。


 ――聖導とは、ただの役職ではない。


 損得抜きに人を救い、迷える魂を光へ導く者。

 幼さすら含んだ無邪気な笑みで、人の心を自然と救ってしまう者。

 それが“聖導”であり、ティナこそがその本質を体現しているのだと。


 カイルはその手を強く握り返し、仲間たちと共に村へ向かって歩き出す。


 平和という未来を掴むために。

 新たな時代の始まりへ――。


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