表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/12

プロローグ

 夜の帳が静かに村を包み込むころ、ひとつの産屋だけが淡い灯を揺らしていた。

 狭い部屋に響く産声とともに、村長の老婆は震える声で告げる。


「この子は、ただの子ではない。神々の真なる力を宿した、特別な子じゃ……!」


 かつて世界を救った神の巫女たち。

 彼女たちは世界に平穏を取り戻すと、その絶大なる力を恐れられ、やがて世界から追放された。

 そして時が経ち、辺境で細々と生きていた。


 そんなある日の夜、この村に生まれ落ちた少女――ティナ。

 彼女の運命は、誰もがまだ知らなかった。


 --―


 時が経ち、あの夜に産声をあげた子はすくすくと育った。

 けれどティナは、生まれながらに他の巫女たちとは“何かが違っていた”。


 村のしきたりに興味を示さず、祈祷や訓練を億劫がる。

 本来、巫女が神々に祈りを捧げ、神力を高めるためには日々の祈祷が欠かせない。

 それは巫女の誕生以来、絶えることなく続く伝統だった。


 祈りを重ねれば重ねるほど、神力は強くなる――はずだった。


 だがティナは違う。


 神々の力、この世界の理、自然の流れ。

 それらすべてを“友人への挨拶”のように感じていた。

 祈りを介さずとも、彼女には神々の声が聞こえるのだ。


 神力が極めて高い者が後を継ぐこの村で、現村長でさえ軽く凌ぐ神力を持ちながら、

 彼女はそれを当たり前のように受け入れていた。


 そのため、ティナは思い至る――祈る必要なんてない、と。


 村には神力を持たぬ者も多く、農耕や家畜の世話を担っていた。

 男性もいたが、神々の祝福を受けるのは圧倒的に女性が多い。

 ティナはその中でも突出した存在。まるで神々の子そのもののようだった。


 だが、その才ゆえに、彼女は退屈だった。

 魔障獣をも恐れぬ力を持ち、幼い頃から山を駆け回り、獣を倒しては日々を過ごしていた。

 それはもはや遊びのようなものだった。


 そんな彼女に、村長は何度も言い聞かせた。


「ティナ、近隣の魔障獣は討ってもよい。だが、遠くへ行ってはならぬ。あれらは世界とこの村を隔てる“線”なのじゃ」


 この村は、世界に忌み嫌われた巫女たちの末裔が暮らす地。

 外界との接触を断ち切り、魔障獣を“壁”として生かしてきた。

 それを倒しすぎれば、世界がこの地を見つけ、再び争いが始まるかもしれない――それが彼女たちの恐れだった。


 けれどティナは、村長の説教じみた言葉に耳を貸さない。

 「どうせ何も起きない」と、森のさらに奥へと足を踏み入れた。


 その時だった。


 血の匂い。

 倒れていたのは、小柄で茶色の毛並みをした獣。

 魔障獣に襲われ、今まさに屠られようとしていた。


 ティナは反射的に神力を放ち、周囲の空気が震える。

 魔障獣が崩れ落ち、獣が息を吹き返す。

 光に包まれたその身体がわずかに震え、ティナの頬を舐めた――生きようとする意志。

 その温もりに胸を打たれ、ティナは獣を抱き上げて村へ連れ帰った。


 村長は、厳しい声で言った。


「それは外界の魔獣だよ。魔障獣よりは弱いが、黒き理の影から生まれた邪であることに変わりはない。神々の使途ともいえる巫女が近づいてはならぬ存在だ」


 けれどティナは引かなかった。


「生まれが闇でも、光に導けばいいじゃない。この村だって、神力を持たない人が生きてる。でもその人たちも懸命に生きているのでは? 神力がないからと見捨てたりしないじゃない。力無き者に手を差し伸べ助け合うのが神の導きなんじゃないの?」


 祈りとは何か。導きとは何か。

 ティナの言葉は、巫女の伝統を真っ向から否定するものだった。


 けれど、その瞳はまっすぐで、的を射ていて、何よりも優しかった。


 村長は深くため息を吐き、静かに頷いた。


「……ならば、育ててみるがいい。ただし、覚えておおき。光は闇にとって毒。決して交わることのないものなのじゃ」


 ティナは獣を“ティガ”と名づけた。

 ティガはよく懐き、時折その身体から魔力を放つこともあったが、ティナが神力で包み込むたびに、少しずつ光の性質を帯びていった。


 しかし、別れは唐突に訪れた。


 村長の言う通り、ティガにとって光は毒だった。

 神力がその身を蝕み、闇としての“根”を奪っていく。

 それを失えば、消えるほかない。


 村長はすべてを分かっていた。

 それでも、ティナに可能性を感じ黙っていたのだ。


 だが結果は、無だった。


 ティガの闇は払われ、浄化された。

 その魂は肉体ごと、この世界の理から消え失せる。


 ティナは泣き、嗚咽し、地に崩れ落ちた。

 けれど、その涙の中で確かに聞こえた気がした。


「ありがとう、ティナ」


 それは神の声か、風の声か。

 けれどティナには、ティガの声だと分かっていた。


 その日を境に、ティナは変わった。

 神々の力を磨き、知識を求め、外の世界に意識を向けるようになった。

 闇から光へ。浄化された魂はどこへ向かうのか?

 神々の子、この世界の理と友人のようなティナにはその先が分かっていた。


 魂は生まれ変わり、転生をすることを。


 姿形は変わったとしても、必ず会いたい。

 この世界のどこで生まれ変わるかは分からない。

 けどいつか、再びティガに会うために彼女は誓いを立てた。


 だがそれは、世界と隔絶した巫女の村において“禁忌”と呼ばれる道の始まりだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ