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「異世界のぶつかりおじさん」シリーズ  作者: 槇村 a.k.a. ゆきむらちひろ
「石頭な鍛冶師・ボルガン」編

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03:砕け散る石頭と、最後の意地

 武具コンテスト当日の朝、鉱山都市グレンハイムは、年に一度の祭典にふさわしい熱気に包まれていた。

 街の中央広場には特設会場が設けられ、腕自慢の職人たちが、己の誇りをかけた最高傑作を携えて続々と集まってくる。観衆もまた、今か今かと審査の始まりを待ちわび、会場の周りにはいくつもの人だかりができていた。


 武具コンテストの参加者たちにはブースが与えられ、参加者たちの作品が展示されている。観客はそれらのブースを見て回り、多種多様な武具を見て楽しめるという形になっている。


 コンテストには多くの人たちが参加しており、どのブースにもそれなりの人が集まっている。

 ボルガンも、その喧騒の中心にいた。だが周囲のにぎやかさとは対照的に、彼の周りだけはまるで嵐の目のような静けさを保っている。

 傍らには、巨大な麻布に包まれた、異様な存在感を放つ塊が鎮座している。中身はもちろん、彼が心血を注いで作り上げた、星屑鉄の戦斧だ。

 ボルガンは、周囲の職人たちが交わす談笑や、観衆のざわめきにも一切耳を貸さず、ただ腕を組み、固く目を閉じていた。その姿は、決戦前の老いた闘士のようでもあり、あるいは、自らの信念に殉じようとする求道者のようでもあった。


 彼の視線の先、対角線上に、レオ・クレスウェルのブースがあった。そこには既に多くの人々が集まり、レオが作ったであろう出品作を、興味深そうに覗き込んでいる。レオ自身は少し緊張した面持ちで、しかし人の良さそうな笑顔を浮かべながら、客たちの質問に丁寧に答えていた。


 その光景が、ボルガンの神経を不快に刺激する。イライラを募らせていたが、ボルガンは静かにコンテストの開始を待っていた。


 参加者たちのブースが連なる場所から少し離れたところに、人が集まれる広場のようなスペースがある。そこにステージが組まれていた。壇上に上がり、それぞれが腕を振るった自慢の武具をお披露目するという形になる。


 ほどなくして、ファンファーレが鳴り響いた。人々は待ちかねたとばかりにステージの方へと移動する。コンテストの参加者たちも、それぞれ自分の作品である武具を抱えてステージに向かう。ボルガンもまた、麻布に包まれた戦斧を抱え、移動した。


 熱気と興奮が集まる、審査委員長であるギルドマスターが開会を宣言した。それと合わせて、コンテストの詳細が改めて説明された。


 審査は、ひとりずつ壇上で作品を披露し、そのコンセプトと性能をアピールする形式で行われる。審査員にはギルドマスターの他に、領主の代理である騎士団長や、高名なエルフの工芸家、ドワーフの鉱山長といった、各分野の権威たちが顔を揃えていた。


 玄人も素人も入り混じった衆目の前に、職人たちが次々と現れる。壇上へと上がり、それぞれが自慢の作品を披露していく。


 魔法が付与された優美なレイピア。

 オークの革を編み込んだ軽量な鎧。

 連射可能な特殊機構を持つクロスボウ。


 どれもこれも、職人たちの創意工夫が凝らされた逸品だった。


 そして、レオの番が来た。

 彼が壇上に運び込んだのは、一枚の盾だった。それはボルガンが作るような分厚く無骨なものではなく、まるで芸術品のように美しい流線形を描いたカイトシールドだった。ミスリルとアダマンタイトを組み合わせた特殊合金で作られているらしく、鈍い銀色の輝きを放っている。

 何より目を引くのは、その表面に、まるで木の年輪のように、あるいは水面に広がる波紋のように、渦を巻く複雑な紋様がびっしりと刻まれていることだった。


「これは、人間の騎士が馬上でも扱いやすいよう、軽量化を突き詰めた盾です」


 レオは、少し緊張しながらも、はっきりとした声で説明を始めた。


「最大の特徴は、この表面に刻んだ『衝撃拡散紋ショック・ディフューズ・クレスト』です。これは、古代エルフの結界術と、最新の魔法工学を応用したものになります。


 レオの説明によれば、その盾は受けた衝撃を一点で受け止めるのではなく、この紋様に沿って盾全体へと分散させ、威力を減衰させる効果があるのだという。


「つまり、従来の盾が『剛』で攻撃を防ぐのに対し、この盾は『柔』で攻撃を受け流すのです」


 会場がどよめいた。騎士団長は興味深そうに身を乗り出し、エルフの工芸家はその紋様の美しさと機能性に感嘆の声を漏らした。


「見事だ……。まさに、柔よく剛を制す、か」

「なんと美しい紋様。これが、ただの装飾ではないというのか……」


 審査員たちの称賛の声に、レオは、はにかみながら頭を下げた。

 会場は拍手喝采に包まれた。その光景を、ボルガンは無表情のまま、壇下の自分のブースから見つめていた。


 柔よく剛を制す、だと?

 小細工が。

 まやかしが。


 彼の心の中で、黒い怒りがマグマのように煮え滾っていた。

 武具とは、断じてそのような軟弱なものであってはならない。

 剛こそが絶対。

 頑丈さこそが、唯一無二の真理なのだ。

 ボルガンは声に出さず、胸の内で、己の頑なな矜持を叫び続ける。


 そして、ボルガンの番が来た。

 彼は、麻布に包んだ巨大な戦斧を肩に担ぎ、大地を揺るがすような足取りで壇上へと上がった。その威圧的な姿に、会場のざわめきが一瞬にして静まり返る。

 ボルガンは、麻布を乱暴に引き剥がした。現れたのは、星屑鉄の持つ禍々しいまでの輝きを放つ、巨大な戦斧。そのあまりの質量感と、一切の装飾を排した無骨な姿は、レオの盾とはまさに対極にあった。それはもはや武器というより、破壊のためだけに存在する、純粋な暴力の塊のようだった。


「我が名は、ボルガン・アイアンハンマー」


 ボルガンは、地響きのような声で言った。


「我が祖先は代々、このグレンハイムで最強の武具を打ち続けてきた。我が信じる武具の価値は、ただひとつ。何者にも砕かれぬ『頑丈さ』だ」


 彼は戦斧を片手で軽々と持ち上げ、その刃の腹を、もう片方の拳でゴツンと叩いた。重く、硬い音が、会場に響き渡る。


「この戦斧は、我が一族に伝わる伝説の鉱石『星屑鉄』を、古の秘伝の技で鍛え上げたもの。その硬度は、ドラゴンの鱗をも上回る。いかなる攻撃も、この斧を傷つけることはできん。これこそが、真の武具。絶対の『剛』だ!」


 ボルガンの演説には、レオのような理路整然とした説明はない。ただ、己の信念を、圧倒的な迫力で叩きつけるだけだった。

 しかし、審査員たちの反応は冷ややかだった。

 騎士団長が、やれやれというように首を振る。


「……ボルガン殿。確かに、その頑丈さは認めよう。だがこれは、あまりにも重すぎる。これを実戦で、自在に振り回せる人間がいるとは思えんのだが」

「扱えぬ者が軟弱なだけだ!」


 ボルガンは、即座に吠え返した。


「この斧を扱える者こそが、真の戦士たる資格を得る!」


 エルフの工芸家が、ため息をついた。


「美しさが、まったくない。ただの鉄塊ですな。これでは持つ者の心を高揚させることはありますまい」

「飾り物が戦場で何の役に立つ! 武具は、ただ頑丈であればいい!」


 最後に、ギルドマスターが諭すように、しかし厳しい口調で言った。


「ボルガンよ。お前の言いたいことは分かる。だが、お前の作るものは、あまりに時代からかけ離れている。我々が求めているのは、伝説の再現ではない。今、この時代を生きる者たちのための、新しい力なのだ。……はっきり言って、お前の作品は、時代遅れだ」


 時代遅れ。

 その言葉が、ボルガンの心の最後の砦を、粉々に打ち砕いた。

 彼の信じてきた価値観が。アイアンハンマー家の伝統が。何より、彼の存在理由そのものが、今、この衆人の前で、完全に否定されたのだ。


「馬鹿な……」


 ボルガンの口から、かすれた声が漏れた。


「馬鹿な、馬鹿な、馬鹿な! あんな、あんな薄っぺらい玩具が評価されて、この、この本物が、時代遅れだと!? 間違っている! 間違っているのは、貴様らの方だ!!」


 彼の顔から血の気が引いていく。

 だがその代わりに、狂気がその目を支配し始めた。


「小細工がぁっ!!」


 ボルガンは獣のような雄叫びを上げる。

 壇上に展示されていたレオの最高傑作の盾に指をさし。

 そして、誰もが予想だにしなかった行動に出る。


「真の武具の価値は、頑丈さで決まるのだ! 貴様の作ったそのガラクタより、この俺の石頭の方が、よほど頑丈だということを、今ここで見せてやるわ!!」


 会場が凍りついた。

 何を言っているんだ、このドワーフは?

 レオが、慌てて前に出ようとする。


「ボルガンさん、やめてください!」

「どけ、若造!」


 ボルガンは、レオを突き飛ばした。

 錯乱した彼は自らの武具の、そして彼自身の最後の砦である「頑丈さ」を証明するため、最も原始的で、最も愚かな行動に打って出たのだ。


 彼は、数歩後ずさると、低く、力強い構えを取った。それは、ドワーフの鉱山夫が、硬い岩盤を砕くために使う伝統的な突進の構えだった。


「ドワーフの石頭は、オリハルコンの槌にも匹敵するわい!」


 古くから伝わる、ドワーフの子供なら誰もが聞かされる伝説。彼はそれを心の底から、純粋に信じていた。この石頭で、あの軟弱な人間の作った小細工の盾を粉々に破壊し、世界の真理を証明しようと試みる。


「うおおおおおおっ!!」


 雄叫びと共に、ボルガンは、弾丸のように突進した。

 石の床が、彼の踏み込みに耐えきれず、メシリと音を立ててひび割れる。

 彼の全存在、残りかすのプライド、そして、時代への怒り。そのすべてが、彼の額の一点に集中していく。


 観衆が悲鳴を上げる。

 審査員たちが呆然と立ち尽くす。

 ボルガンには、そのすべてがスローモーションに見えた。


 ゴッ!!!


 会場に、鈍く、どこか湿った、奇妙な音が響き渡った。


 人々が想像していた光景――盾が甲高い音を立てて砕け散る光景――は、訪れなかった。レオの盾は、ボルガンの石頭から放たれた、凄まじい衝撃エネルギーを、真正面から受け止めた。

 だが、砕けない。

 盾の表面に刻まれた、あの美しい『衝撃拡散紋』が、淡い光を放った。

 ボルガンの石頭から放たれた衝撃のベクトルは、複雑な紋様に沿って、盾全体へと、まるで水面に広がる波紋のように、瞬時に拡散されていく。

 そして最後には、盾の縁から熱エネルギーとして、空気中へと霧散してしまった。ボルガンの信じた絶対の『剛』は、レオが創造した新たなる『柔』によって、いとも簡単に受け流されてしまったのだ。


 盾は、壊れなかった。ボルガンの額が当たった中心部に、わずかな凹みができただけだった。

 代わりに――ゴキリ、と。会場の静寂の中、硬い木の実が内側から割れるような乾いた音が、微かに響いた。

 ボルガンの頭蓋骨に、亀裂が入る音だった。


「が……?」


 ボルガンは、突進した姿勢のまま、動きを止めた。彼の目は、信じられないというように、目の前のほとんど無傷の盾を見つめていた。


 なぜだ。

 なぜ、砕けない。

 俺の、石頭が。

 アイアンハンマーの血を引く、この俺の、誇りが。

 こんな、人間の作った、薄っぺらい鉄板に、負けるはずが……。


 彼の思考は、そこで途切れた。

 両方の目から、すっと光が消える。

 そして、まるで背骨を抜かれた人形のように、その巨体が、ゆっくりと、横に傾いでいった。

 ドサリ、と、重い音を立てて、ボルガンは石の床に崩れ落ちた。彼の後頭部から、じわりと、赤い血が流れ出す。美しい白大理石の床に、不吉な染みを作っていく。


 会場は、死んだように静まり返っていた。

 ただ、壇上に残された、ボルガンが最後に作った巨大な戦斧だけが、星屑鉄の鈍い輝きを放ちながら、主を失ったその身を、虚しく横たえているだけだった。


 それはひとつの時代の終わりと、そして、あまりにも不器用なひとりの男の人生の終わりを、静かに告げていた。



 -つづく-


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