4)面接2 : vs インド人
不遇な家庭に生まれたが、幸せに育ててもらった竹本かほりには夢があった。簡単に手に入るものではない「当たり前の、普通の生活」を手に入れることであった。それを手に入れたかほりは、IT大手「ギャラクシーコーポレーション」に転職するべく、「9つの社員心得」に対する準備をして面接当日を迎えた
5人の面接官のうち、一人目の「シニア・ストラテジスト」との面接が終わり、二人目の面接官が現れた
しばらくすると、2人目の面接官が入ってきた。明らかに外国人だった。
「初めまして。データ・アナリストのアナンです。私はインド人ですが、日本に暮らして長いので日本語は大丈夫です」
黄色地で、沖縄のかりゆしウェアのような、南国のムードが漂うシャツを着た、笑顔のさわやかなインド人であった。とにかく歯が白い。そして丸い瞳。「まんまる」という言葉がふさわしい丸い瞳であった。
さっそく質問が始まった。
「竹本さんは、とある事情で、ご自身の業務範疇外の仕事をやらなければならなくなったとしたら、どのように対応しますか?断る権利もあるわけですが」
かほりは質問の中身よりも、その流暢すぎる日本語に驚いた。外国人特有の雑味というか、不自然なイントネーションがまるで感じられないのだ。てにおはの使い方も完璧である。「業務範疇外」などという、マトモに読めない日本人も何人かいるだろう日本語を、一つの淀みもなく口にしているのだ。
「ハハハ。そんなに驚かないでください。私も必死で勉強したんです。日本語が出来ないと、日本の人は絶対仲間に入れてくれないから。心を開いてくれないから」
外国人が日本で普通に働いたり、暮らしたりする際のハードルを見事に言い当てている。またしても、かほりは感心してしまったが、質問に対する回答をするべく頭を切り替えた。
「そうですね。『それは私の仕事じゃない』って断るのが一番簡単だし、正論かもしれないけど、チームとか組織の観点から考えると、そうもいかない場面があるかと思います。だから、まずは可能な限り協力する形で対応します」
かほりの頭に浮かんでいたのは社員心得の4番目だった。
4 私たちは常に責任感を持ちます。決して「それは自分の仕事ではない」とは言いません
うまくやり過ごせたかと思ったところ、アナンからさらに掘り下げるような質問が飛んできた。
「業務範疇外の仕事にリソースを割いた結果、そもそも担当すべき業務が疎かになるリスクは無いですか?そのように本末転倒な状況になるというのは、竹本さんも望まないことだし、チームにとっても良くないことだと思いますが」
今度は「本末転倒」という四字熟語を、またしてもごく自然に、何の淀みもなく繰り出してきた。目の前にいるインド人の学習能力の高さと、ここまで自然な日本語を身に着けるべく、不断の努力を積み重ねてきた学習意欲の高さに圧倒されながら、かほりは次のように返した。
「それは計画性の問題かと思います。周到に計画した結果、それでも自身の担当業務に影響が出そうであれば、その時に初めて『それは自分の仕事ではない』と告げるかと思います」
アナンは回答を聞くと、にっこり笑った。
「ボクなら最初っから、『それは自分の仕事じゃない』って言っちゃうけどね。日本人は時に親切すぎることがある。インド人は見返りの期待できない限り、むやみやたらに親切は行わない。神様じゃないんだから。でも、この会社は社員心得に掲げているからある程度は建前を言わなくてはならないんだよね」
正直にすぎるアナンのコメントに、かほりはあっけに取られたが、本音と建前を使い分けることに人種や国境など関係無いのだなと思った。
しばらくすると、次の質問が来た。
「竹本さんはご自身のスキルが最高水準かどうかを常に確かめながら仕事をしていますか?またその水準をどのように測りますか?」
これは社員心得の8番目を意識した質問であることをすぐに察知した。
8 私たちは常に高い水準を追求します。仕事のみならず社員のレベルについてもです
かほりは回答する前に、話の前提をすり合わせるべく、質問を投げ返した。
「スキルっていうのは仕事で必要なスキルのことですか?それともコミュニケーションスキルとか、ヒューマンスキルとか、総合的な人格に関するものですか?」
アナンは一息おいて、穏やかな口調で次のように答えた。
「両方って言いたいところだけど、意地悪になっちゃうから、仕事で必要なスキルという前提で考えてください」
「ITの技術というのは日夜すごいスピードで進化していきますし、無数の小さなアップデートを日々積み重ねていつの間にか新しいステージに到達しているというケースが当たり前の世界です。私としては何らかのアップデートが行われた時に、どこがどういう風に改善されたのか、また何故改善が必要だったのかをしっかり把握するようにしています。これを怠らずに続けていけば、自身のスキルがいつの間にか遅れて取り残されるということは無いと思います」
アナンは小刻みに顔を左右に振りながら、かほりの発言をメモしているようだった。何語でメモしているのだろうかと気になったが、それ以上に気になったのは、この面接中、顔を左右に振りながら聞いている姿勢だった。
「あのう、私の答え、そんなに嚙み合ってないですか?なんか『違う違う』って感じで、お顔が左右に動いているので気になっちゃって」
すると、アナンはニッコリと笑いながら説明した。
「ごめんなさいね。日本の人からすると不安になりますよね。インドでは人の話を肯定しながら話を聞く時、顔を左右に振るんです。日本人、いやインド以外の多くの国の人たちは肯定する時、顔を上下に動かすけど、インドでは逆なんです。だから否定してるんじゃないかって誤解されるんだけど、違いますから。誤解されたくないから、なるべく直すようにしているんだけど、反射的な動きっていうのはなかなか直せないんだよね。日本語と違って難しいなぁ」
「へぇ。初めて知りました。なんかそれはそれで大変そうですね。生まれながらの習慣だから、直せないですよね」
「だから、ボクが顔を上下に動かしているときは肯定じゃなくて否定なんだけど、見ている方は決してそうとは受け取らない。インド人以外をだますのには便利なのかも」
採用面接とはいえ、少し和やかな雰囲気になった。アナンはメモを取り終わった後、ノートを閉じた。
「私の方からの質問は以上です。竹本さんの方から質問があればどうぞ」
かほりは気持ちを引き締めて質問を投げかけた。
「アナンさんはギャラクシーコーポレーションのどういうところが好きですか?」
「そうだねぇ。やっぱり業界の最先端を走ろうとしているところかな。毎日飽きないところ。早いスピードで色々なことが変わっていくから」
かほりは頷きながら聞いていると、アナンはさらに付け加えた。
「あとは、外国人が差別されないところかな。日本の会社も以前に比べたら、ガイジンを積極的に採用するようにはなったと思うけど、根っこの部分はそんなに変わっていない。日本人は差別こそしないけど、線引きはしっかりしている。『どうせガイジンに日本の会社はわかりっこない』って、心のどこかで壁を作りながらガイジンと付き合っている。でもこの会社は新しい会社だし、いわゆる伝統的な日本の会社と全然違う雰囲気だから、ボクみたいなガイジンでもそういった類のストレスは少ない。そういうところが好きですね」
採用面接に来たはずが、かほりは異文化コミュニケーションの授業でも受けているような心持ちになった。外国人の眼に映る日本人の姿をリアルに見せつけられ、自分自身も不快な印象を外国人たちに与えてはいないだろうか、そんな自省の念がふつふつと湧いてきた。
「次の質問どうぞ」
「アナンさんはこの会社の360度評価について、どう思いますか?」
かほりは一人目の面接官にぶつけた質問を、あえてぶつけてみた。インド人のアナンならきっと違う回答を引き出せると思ったからだった。
「ボクは個人的には反対かな。もしインド人しかいない会社だったら大変なことになると思います。誰にも収拾できなくなってしまう。凄まじい脚の引っ張り合いになってしまう」
「でもそれって日本人でも同じじゃないですかね?」
「いや、日本人は節度をわきまえるというか、『お互いさま』っていう意識でお互いを評価するから、インド人同士に比べたら大人ですよ。ほら、日本語でいうところの、えっと、性善説っていうやつですよ。前提が」
「インド人は違うんですか?」
「全然違うよ。性悪説っていうやつ。インドではね、『ダマす人よりダマされる人の方が悪い』っていうのが当たり前。だから会社の同僚が有利になるような評価は絶対しない。どうやったら自分よりマイナスにできるかをみんな考える。そういう人たち同士で360度評価なんかやったら、もうムチャクチャになってしまう」
「節度」「性善説」「性悪説」など、普通の外国人との会話のなかでおよそ出てこないであろう日本語がスラスラと連発されている。かほりは話を聞きながら、目の前のインド人が日本語を習得するにあたり積み重ねた、相当な努力と苦労について思いを馳せずにはいられなかった。
「そろそろ時間だね。まだ面接続くけど頑張ってね。バイバイ」
アナンはまんまるの瞳と人懐っこい笑顔で手を振って部屋を退出していった。
その後、残る3人のインタビュアーと同じような面接を行い、終了すると、チアリーダースマイルの人事担当が再びやってきた。
「長丁場の面接、本当にお疲れ様でした! 結果は必ず1週間以内にメールにて連絡します。しばしお時間くださいね」
かほりはギャラクシーコーポレーションのオフィスを後にし、家路についた。
(過半数の人に好印象を与えられたかしら。アタマの柔らかそうな人たちが多そうな会社で働けたらいいな)
4時間近い長丁場の面接であったが、「疲労」というより「充実感」という言葉がふさわしい、心地よい疲れであった。