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3)面接1 : vs シニア・ストラテジスト

不遇な家庭に生まれたが、幸せに育ててもらった竹本かほりには夢があった。簡単に手に入るものではない「当たり前の、普通の生活」を手に入れることであった。それを手に入れたかほりは、IT大手「ギャラクシーコーポレーション」に転職するべく、「9つの社員心得」に対する準備をして面接当日を迎えた。


かほりは早速「ドレスコードフリー」の洗礼を浴びることになった

ギャラクシーコーポレーションでの面接の日を迎えた。


「ドレスコードフリー」と言われたものの、かほりは悩んだ挙句、手堅く、黒のパンツスーツで面接に臨むことにした。これならば、少なくとも「失点」することはないからだ。自由な服装を楽しむのは入社してからでも遅くはない。


駅からオフィスに向かう道すがら、おそらく社員であろう何人かとすれ違った。皆思い思いにファッションを楽しんでいる雰囲気が伝わってきた。やがてオフィスについた。オフィスの入り口は壁と床は全て白色の大理石で、洗練された薄型モニターがいくつか設置されており、会社の新しいサービス等を宣伝する鮮やかな映像が展開されていた。受付の脇には駅の改札機のような機械が並んでおり、そのセンサーに社員証をタッチすると通れる仕組みになっていた。センサーが社員証を正しく感知する際に発せられる音は、なんだかSF映画で聞いたことのあるような、見たことも無い世界へ瞬時にワープさせてくれるような、一筋の閃光のような、ワクワクさせてくれる音色だった。


面接の時間から少し早くついてしまったので、受付前のロビーに腰かけて、少し時間をつぶすことにした。かほりは緊張しつつ、オフィスの入り口を出入りする社員を観察した。女性社員はともかく、男性社員が誰一人スーツもネクタイも着用していない光景が新鮮だった。

一般的な会社に勤める男性なら、スーツの形や色や生地のバリエーションをそろえて、あとは革靴を何足か用意するだけで事足りるのだが、この会社の男性社員はそういうわけにはいかないだろう。女性はパンツにするかスカートにするか、またそれぞれにどのようなものを合わせるか、といった感じで、服装のバリエーションを増やすことについては男性よりは慣れている。もし自分がこの会社の男性社員だったら、スーツ以外、毎日何を着ていけばいいのか、かなり悩むだろうなとかほりは思った。そして、スーツを着ている自分が、この場の空気にそぐわない服装をしていると思われているのではないかという感覚が生まれてきた。「何を着てもいい」というルールは一見自由で良いものに見えるが、個々人のルールの解釈の仕方や対応の仕方を厳しく問われるものだ。銀行や百貨店、メーカの工場のように服装を規定される方が精神的なストレスはむしろ少ないかもしれない。


観察しながら色々と考えているうちに、面接の時間の5分前になった。かほりは受付をすませると、「お客様」と書かれたカードを渡された。そしてそのカードをセンサーにかざすと、ゲートが開いた。センサーの感知音が「面接がんばれ!」と励ましてくれているような気がした。


エレベーターで上層階へ行き、面接を行う部屋に通された。すると、スキニージーンズをピッタリ履いた、まるでチアリーダーのようなスタイルとスマイルの女性が部屋に入ってきた。採用担当者のようだった。長い爪にはピンクのマニキュアが施され、耳には複数のピアスが煌めいていた。一般的な会社ではまずお目にかかれないオーラを持った採用担当者であった。かほりは「ドレスコードフリー」の迫力に早速圧倒された。


採用担当者は面接の手順について説明を始めた。



「これから5人のインタビュアーと個別に面接して頂きます。一人当たりの面接時間は45分です。5人のうち、過半数が竹本さんを採用すべきだと判断しましたら、採用内定となります。採用基準については事前にご案内申し上げました通り、弊社の9つの社員心得に沿って行動できるかどうかです。頑張ってくださいね」



 5人分となると、合計で4時間近くになる長丁場である。9つの社員心得を理解して行動できるかを確認するのに、5人の面接官はどのような質問をぶつけてくるのだろう。重複する質問も少なくないのではないか。


 採用担当者が部屋を出てほどなくして、1人目の面接官が入ってきた。肩まで伸びた長髪で、前面に大きなドクロマークがプリントされた黒のTシャツに、継ぎはぎだらけのベルボトムジーンズを履いた男性社員であった。そして腰にチェーンをジャラジャラさせていた。どこかのロックスターに影響されている雰囲気だった。



 「シニア・ストラテジストの山本と申します。どうぞよろしくお願いします」



 具体的にどんな業務を担当している社員なのかよくわからなかったが、質問が出てくるのを待ち構えた。



「お客様のニーズを把握する際、どのような手段を用いるのが良いと思いますか?」

「そうですね。ウェブ上でアンケートか何かをして、その回答結果を見るのが手っ取り早いやり方かなと思います」

「なるほど。それは顧客満足度なんかを調べるのに良さそうですね。もしも、セールスは落ちていないけど、アンケートの結果で総合的な不満足度が高い場合、竹本さんはそのような状況を、どのように分析しますか?」

 「不満足度を高めている理由とセールスが落ちない理由を突き合わせます。セールスが落ちない理由とは別のところで不満足度が高くなっている可能性がありますので」

 「素晴らしいご回答です。では次の質問です。」



 山本はその風貌とは打って変わって、学者のようなマジメな口調で質問を続けた。



 「高品質ですが高価格なサービスと、低価格ですが低品質なサービスがあったとします。貴女がセールスを上げたい時、どちらのサービスの拡販に注力しますか?」

 


 かほりはしばし考えた。



(「両方に注力します」という折衷案的な答えだとあまり印象が良くないかな。低価格だと「目先のことしか見えてない」とか評価されそう)



「高価格なサービスの方に注力します。高い価格であっても、満足度の高いサービスを拡販する方が、長い目で見ても多くの顧客を満足させられる可能性が高いと思うからです。低価格の方が、結果が出るのは早いでしょうが、長続きしない可能性がありますし」



かほりは9つの心得の中の6番目、 「私たちは常に大きな視野、大胆な視点で物事を考えます。前例にしばられません」をたっぷり意識して回答した。


ロックスター風のシニア・ストラテジストから次なる質問が出てきた。


「弊社はご存知の通り、成長のスピードが速い会社ですので、突然社内ルールが変わったり、仕事の進め方が変わったりすることがあります。ひどい場合には変更が事後報告だったりすることもあります。目的はお客様へのサービス改善や社内業務の効率性強化なんですが、こういう場合、切り替えてキャッチアップできる社員とそうでない社員に分かれます。竹本さんが同じような状況に置かれた場合、どちら側になってしまうと思いますか?」



(これは社員心得の3番を意識した質問ね。やみくもに「キャッチアップの側です!」と答えるのは芸がないかしら)



かほりは次のように答えた。



「もしルールの変更が事後報告の形で通達されたら、私ならすぐに気持ちを切り替えられないかもしれません。どうしてもっと早く教えてくれなかったの?っていう気持ちは出てしまうと思うので。でも、変更前より改善されたポイントや目的について理解出来たら、その後の切り替えは早いと思います」



インタビュアーは「ほう、そうきましたか」というような表情をしながら軽く頷いた。ポジティブな部類の反応だとかほりには思えた。


質問はさらに続いた。



「弊社は360度評価と言いまして、上位者からも下位者からも評価をされる人事制度です。昇給や降格についても360度評価がベースになります。仮に職場の同僚から問題点を指摘するフィードバックがあったとします。もしもその内容が、竹本さんの想定してたものとはかけ離れていたり、事実無根に近い内容のものだったら、どのように受け止め、どのように行動しますか?」



仮に入社できた場合、十二分に起こりうる話だろう。


所属している社員が全員360度評価を受けながら仕事をするというのはどんな毎日になるのだろうか。かほりは経験したことがないから、すぐには想像できないが、少なくとも良いことよりは悪いことの方が多そうだ。周囲にいる全員に評価され、その結果で自身のキャリアが左右される。「立場の上下に関係ない」という意味では公平なのかもしれないが、評価の視点や客観性までも公平なのかどうかはわからない。社員全員の人間性のレベルが相当に高くないと成立しない制度である。最後の社員心得は、そのような環境を目指すという意味合いなのか。



9 私たちは常に間違いを素直に認めます。たとえ気まずい思いをしたとしてもです



品格ある教会の寄宿舎にでも掲げられていそうな、社員心得の9番目を意識しながら、かほりは次のように答えた。



「まずは何故そのようなフィードバックが生まれるに至ったかについて、自分自身の言動を振り返ります。そして、誤解されてしまった要因を調べます。その上で、同じフィードバックが生まれないように言動や振る舞いを修正します」

 「竹本さんはご自身の間違いを指摘されて、動揺せずにいられますか?そもそも人はそのように我慢強い生き物なのでしょうか?」



 ロン毛にダメージジーンズのシニア・ストラテジストは、まるで高野山の高僧のように、哲学的に、人間の抱える業について質問してきた。



 「動揺するかしないかと言われたら、すると思います。やっぱり。でも自分が向上できるチャンスだって切り替えて、大人にならなきゃなって思えば乗り越えられると思います」

「なるほど」



シニア・ストラテジストは頷きながらメモを取り、持っているノートを閉じた。



「私の方からの質問は以上になります。竹本さんの方から質問はございますか?」



採用面接において、最も難易度の高い場面である。


この場面で絶対にやってはいけない答えは「質問は特にありません」である。かといって、待遇面や福利厚生面の質問をする状況でもない。仕事の内容は求人票からある程度察することはできる。とにかく月並みな質問ではいけないのだ。


この場面でやらなくてはならないのは、面接官に対し「よく考えられたいい質問だな」と思わせることである。さらに「他の候補者には無い質問をしてくるな」と思わせることが出来れば、より良い印象を与えることが出来る。ある種、大喜利のような瞬発力や発想力が問われてくるのである。


かほりは一つ目の質問を投げかけた。



「ドレスコードフリーであることが、山本さんの業務とか仕事での発想等に与える影響はありますか?受付で待っている時、男性社員の方は誰一人スーツもネクタイもしていないので、それがすっごい新鮮だったんです」



インタビュアーは穏やかな笑みを浮かべ、ベルボトムジーンズを履いた脚を組み替えつつ、次のように答えた。腰のチェーンが揺れて、少し音を立てた。



「そうですねぇ。まあウチの会社は比較的若い会社ですし、いわゆる伝統的なサラリーマンの型にはまらない会社ですから、固定観念からの解放っていう意味ではいいかなって思いますね。僕もこの会社に入ってすぐの頃は、毎日何着ていこうかなって悩みましたよ。でもよく考えると、スーツとか制服って日々、人の思考を停止させてるんですよ。自分で考えなくなりますからね。ウチの会社では、毎日会社に何着ていくのかしっかり考えないと、周りからダサいと思われちゃいますから。ドレスコードフリーって、実はある意味フリーじゃない。周囲にどう見られるか、見られたいかを常に考えていないといけないし」



ファッションによって、「自身は思考停止していない人間である」と表現することに誇りと喜びを感じているようだった。ただ、かほりにはそれと仕事の発想力との関係性が今一つ判然としなかったが、それ以上掘り下げるのは止めて、次の質問に移った。


 「山下さんも360度評価を受けられているわけですが、実際受けられてみて、良い点と悪い点を教えてください」



シニア・ストラテジストは髪をかき上げながら、少しキリッとした表情で次のように答えた。

 


 「良い点は、部下が上司を評価できるということでしょうね。一般的な会社では部下が上司の評価をすることはできませんから。独裁者的な上司は生まれにくくなる。悪い点は、そうだなぁ、やはり足の引っ張り合いというか泥仕合になるリスクを孕んでいるということですかね。評価というのは結局のところ順位付けです。自分より上の順位になることを望んでる人なんか、この世に一人もいませんから」



 かほりは深く感心しながら頷いた。



「まあでも、人が人を、寸分の主観もなく、冷静かつ公平に評価することなんかできるわけないんですよ。だって人はデジタルにものを判断して処理できない。同じ数字を入力したら寸分違わず同じ答えをはじき出すようなマクロもピボットテーブルも備えていない。受け取り方や解釈の仕方は個々人違うし、状況によっても変わるわけです。普段は至って普通の人が、置かれた文脈や状況によって、良い人になったり悪い人になったりする。そういうことを実感できるのが360度評価の醍醐味と言えば、醍醐味かもしれませんね」



 またしても、高僧のお説教のような含蓄あるセリフを残し、シニア・ストラテジストの山下は時間が来たということで部屋を退出していった。


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