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1)転職面接の前夜

不遇な家庭に生まれたが、幸せに育ててもらった竹本かほりには夢があった。簡単に手に入るものではない「当たり前の、普通の生活」を手に入れることであった。それを手に入れたかほりは、IT大手「ギャラクシーコーポレーション」に転職するべく、面接の前夜を迎えていた

「面接は一対一で、合計五人のインタビュアーと面接して頂きます。過半数のインタビュアーが合格の判定をしますと正式採用となります」



 書類選考が合格だったということで、竹本かほりは面接選考に進むことになった。メールにはさらに続けて注意点が書いてあった。



「選考基準は、弊社の9つの社員心得に沿って行動できるかどうかというものです。必ず基本理念にまつわるインタビューをさせて頂きますので、面接前に再度内容をご確認しておくことをお勧めします」



 その次の注意点をどう解釈すべきか、かほりは悩んだ。



「弊社はドレスコードフリーの会社です。採用面接ではございますが、ご自身のお好きな服装でご来社ください。服装の如何については選考に一切影響しないことをお約束します」



 かほりは考えた。



 「選考に一切影響しない」と明記されているとはいえ、あまりにラフな格好でいくのも良くないだろう。露出も控えめにしないと。しかしながら、「ドレスコードフリー」をわざわざ謳っている会社に、いわゆるリクルートスーツ的な服装で行くのも違うのではないか。来週面接に行く会社のホームページ等で調べる限り、社員は皆、確かに思い思いの服装で出社しているようだ。ジーンズにスニーカーは当たり前。かなり短いスカートも会社で浮くことはなく、むしろマッチしそう。アクセサリーも相当に自由だ。鼻にピアスをつけている社員もいる。髪の色も同様に自由で、茶髪はもちろん、ピンクや緑色で平然と仕事をしている社員もいるらしい。このような会社にはどのようなバランスの服装で赴くべきなのか、かほりは部屋のクローゼットを眺めながら、いくつかのパターンを考え始めた。悩ましいが、もし採用されたら毎日会社に行く服装を考えるだけでも楽しめそうだとワクワクしてきた。


 そして社員心得だ。そもそも面接前に選考基準をここまで明確に伝えてくる会社も珍しい。かほりは面接に備えるべく、再度おさらいを始めた。



〈9つの社員心得〉


1 私たちは常にお客様の視点に立って考え、行動します

2 私たちは常にスピード感をもって素早く仕事を行います

3 私たちは常に好奇心を持ち続け、古いやり方を変え、新しいやり方を追求します

4 私たちは常に責任感を持ちます。決して「それは自分の仕事ではない」とは言いません

5 私たちは常に挑戦し、真に正しいと思ったら誤解されることも恐れません

6 私たちは常に大きな視野、大胆な視点で物事を考えます。前例にしばられません

7 私たちは常に馴れ合いを排除し、異議を唱え合うことを恐れません

8 私たちは常に高い水準を追求します。仕事のみならず社員のレベルについてもです

9 私たちは常に間違いを素直に認めます。たとえ気まずい思いをしたとしてもです




 かほりは一般的な会社が掲げる経営理念のようなものと比べると、かなり異質だなと感じた。経営理念というよりも行動基準というべきであろう。この会社は人事評価もこの9つを基準に、360度で行うという。ドレスコードの件といい、社員心得といい、他の会社には無いカルチャーがあるのだろう、そしてそれはきっと自身を成長させてくれる環境だろうと期待感が大きくなった。その会社は「ギャラクシー・コーポレーション」という名前のIT企業であった。



 かほりは現在大手商社のシステム部門に、正社員として勤務していた。商社という業界は海外とのつながりが強く、インターナショナルで華やかなイメージがあった。女性社員も増えているようだし、他の業界よりも待遇面も良かった。パソコンが好きでいわゆるIT全般に比較的詳しかったかほりは、その強みを生かすべく、流行りのIT企業も選択肢に考えたが、そのような企業の多くは社風こそ自由なものの、とかく残業が多く、社員の離職率の高い会社が多かったため、現在の会社に落ち着いた。かほりにとっては何よりも待遇面が優先順位の一番上であった。


一般的に、若者というのは自身の夢や将来性、自由な社風等を、待遇よりも優先する傾向が強いが、かほりは違った。銀行か商社のシステム部門の求人に片っ端から応募したのだ。安定していて長く働けそうで、待遇が良い業界であれば何処でもよかった。決して守銭奴的な性格によるものではない。かほりは、お世辞にも恵まれているとは言えない家庭に生まれ育ったため、「当たり前の、普通の生活」が実は簡単に手に入るものではないことを、同世代の若者よりも早く、そして強く、身に染みて感じていた。「日々食べていく」ということはキレイごとでは済まされないのだ。夢とか自己実現とか働き甲斐とか、「義務」よりも「権利」を主張する気などさらさらなかった。会社の福利厚生で借り上げ社宅に住み、地道に働いて、所得を得て、健康で安定した生活を営みたかった。それが当時のかほりにとっては夢であり、至上の幸せであった。


仕事が終わって、自宅に戻ると、かほりはいつも「当たり前」の有難さを心から堪能していた。生活に必要なものは最低限全て揃っていて、決して広いとは言えない部屋だが、邪魔するものは何もない。そこはかほりの王国なのだ。一人暮らしの寂しさなど微塵も感じなかった。生まれ育った環境と、3人の兄と姉のことを思うと、不満など口にする気にもならなかった。「私は恵まれている」―幼少期のことを想い起こすたび、かほりは回教徒のようにひれ伏して、頻繁に神様に祈りを捧げたくなる心持ちであった。

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