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迷子達

三話連続投稿の二話目になります

 光と闇の聖母、アナスタシアとゼナイドの内面を個々に区別する必要がない。なにせ物心ついた時から共にいた二人は互いの境界が曖昧で、思考の大部分が一致してしまう関係だった。


「お体はきちんと治した筈ですけど……」

「精神力や体力の消耗は見える怪我とは違うのだろう」


 曇った表情のアナスタシアとゼナイドは、飛行船の浴室にいた。

 尤も単に浴室と言っても、船なのに公衆浴場かと思えるような広さを誇っているし、二人の力のお陰でお湯は治癒を促す霊的なものになっている特別仕様だ。

 そんな浴槽で体を伸ばしている二人は沐浴用の布を身に纏い、互いに体を向けて抱き合っているが、間には異物が混ざっていた。


「だが近いうちに目覚める筈だ」

「ええ。そうですね」


 怜悧なゼナイドが異物の右顔と瞼。心配そうなアナスタシアが異物の左腕と指を撫でる。

 異物の名をテオ。

 右の顔と左腕に重大なダメージを負った筈だが傷は癒え、聖女達に挟まれ眠っていた。

 テオに絡みついている聖女達は、その名に相応しい癒しの力を全身に宿しており、湯にすら影響を与えて利用しながら彼の傷を癒したのだ。

 そして今もテオの体を活性化させているため、そう遠からず目覚める筈だった。


「心臓は……動いてます」


 少し体を動かしたアナスタシアがテオの胸に耳を当て、しっかりとした心臓の鼓動を確かめる。

 今でこそ血色がよく、力強い鼓動を発している彼だが、悪魔事件直後は意識を失い、生命力もどんどんと抜け落ちていく有様だった。しかし幸いにもアナスタシアとゼナイドが力を行使し、死の淵に向かっていたテオは命を保った。


「あ」

「む」


 覚醒が近いのだろう。テオが僅かに動いたことで、聖女達はその時を待つ。

 なお聖女達は今現在の状況を治療の一環と捉えており、事実として密着している今の状況は最も効率よく癒しの力を伝えていた。


(なぜ詐欺師?)


 アナスタシアとゼナイドが同じ疑問を持つが、それは悪魔が消滅してテオが気絶した直後の話だ。


『な……なんだ?』

『頭が痛い……』

『……詐欺師が……何で……ここにいるんだ?』

『……はあ⁉ おい! なんで詐欺師の腕と頭が吹っ飛んでるんだ⁉』


 朦朧とした意識から戻ったパーティー客の内、冒険者ギルドに所属している者達が、いる筈のないテオと彼の状況に驚いた。彼らの認識では悪魔のことが抜け落ちており、テオはなぜか唐突に現れて死にかけている不審人物なのだ。

 そしてご丁寧に、冒険者の中で通りがよく、日常的に使っている詐欺師の二つ名で表現しながら、一旦状況を整理しようとした。


『聖女様! 詐欺師から離れてください!』

『そちらこそ下がってください!』


 中には猟奇的な事件の死体に近しいテオから聖女達を引き離そうとした冒険者もいるが、珍しくアナスタシアが強い言葉で拒絶し、ゼナイドと共に治療を始める。

 結果的に冒険者視点では、聖女が詐欺師の血で法衣が汚れることを気にせず、治療を行っている訳の分からない光景になってしまった。


「どうしてなのでしょうか……」

「分からない」

「英雄や勇者と呼ばれるのが相応しい方なのに」

「ああ」


 アナスタシアが呟き、ゼナイドもまた同じ感情を抱く。

 幾ら世間知らずでも詐欺師の意味することは分かる。分からないのはそう呼ばれている理由である。

 テオの言葉を思い出す二人は、この青年が戦った理由は自分達だと知っている。そして代価を求めず、誰かのために命を投げ捨てることが出来る自己犠牲は、白貴教でもこれ以上ない尊敬を集めるものだ。

 それ故にテオが詐欺師と罵られ、侮蔑に近い扱いを受けていることに、聖女達は理解が出来なかった。


「っ」


 そんな光と闇の聖母が、眠っているテオに抱き着く力をほんの僅かに強くした。

 悪魔に怯えたのか。もしくは……。


「ねむ……あったか……はああぁぁ……」

「きゃっ⁉」

「ぐう……」


 唐突に言葉を発したテオが寝ぼけた状態で身動きした。しかも布団の様に柔らかく温かいものを求め、左右にいた聖女達の腰に手を回して抱き寄せると、満足気なあくびをして再び寝ようとする。


「あ、あの! テオ様! 此度は誠にありがとうございます!」

「感謝申し上げます」

「……んん? いいよ別に……あれ? 腕あるじゃん……ってことは治してくれた? なら俺の方こそありがとうございます……すう……」


 身動きが出来なくなったアナスタシアが珍しく焦り、ゼナイドはいつも通りの表情で礼を言う。尤もそれを聞いているテオは夢現の状態で、きちんと認識しているかは非常に怪しい。


「……あ、そうだ。聖女様にちょっと同行したいな……迷子だから気になって仕方ない……聖女様に聞いてくれない?」

「迷子?」

「……そう、俺と似たようなもんさ。英雄伝説継承……俺は定められた道がはっきりしてるのに、歩き方が分からない迷子……そんで多分だけど、あの人らは聖女っていう目的地に置き去りにされて、自分がどこにいるか分からないから途方に暮れてる……」

「っ」


 寝ぼけたまま呟くテオは、自分の左右にいる女達がその聖女であると認識していないが、アナスタシアとゼナイドは訂正することなく、体が強張ってしまった。核心を突かれたのだ。

 なにかの奇跡を起こした訳でも、実績が積み重なっている訳でもない。それなのに経験する筈だった道をすっ飛ばして、いきなり聖女という最高峰の地位を与えられ、どうしたらいいか分からなくなった迷子が彼女達だ。


 一方のテオは、英伝説継承という名の強制的な最終目的地が定められているのに、どうやって前へ進めばいいのか分からないこれまた迷子だ。

 いや、元迷子か。


「……道が分からないのは色々疲れるんだ。だからどうしても気になる……ぐう……」


 眠った後に奇妙な酒場で人と話すのが習慣になっているテオは、状況を把握しないまま好き勝手喋り、今度こそ完全な眠りに落ちて行った。


「しっかり目覚めた後にもう一度話そう」

「はい。そうですね」


 ゼナイドの提案にアナスタシアが頷く。

 念のための治療と認識している。あるいは無意識に誤魔化している聖女は、テオに引き寄せられたまま、再びの目覚めを待つのであった。

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― 新着の感想 ―
ほんと先生の主人公は毎回女へクリティカルしてるw
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