神殺しの獣による魔界の混乱
三話連続投稿の一話目になります
神々は落日を回避しようとした。そして縛り付け……失敗した。
全知戦闘神を丸飲みにして落日の決定打を与えた怪物フェンリルは、直後にその主神の息子に敗れ命を落とす。言ってしまえば神々の企みにより拘束された後、脱出してオーディンを殺害しただけの存在だ。
あまりにも十分過ぎた。怪物による主神殺しの逸話を持つ者がどれほどいるというのだ。
言葉通り魔界の天地を覆った神殺しの獣は、魔王と称される支配階級にさえ混乱を齎した。
魔界を支配する魔王は全部で六柱。
それぞれが先占。永炎。愛楽。無限海。逆秩序。選択天秤の名を冠する者達で、特に永遠の闘争を求める永炎と、欲を重視する愛楽は度々人間世界に介入しており、末端の眷属が人間界で目撃された日には、まだギリギリ維持されている白貴教の最精鋭が目を血走らせてやって来る。
だが今現在目を血走らせているのは、一柱でも人間界に現れたなら、途端に世界存亡に直結する魔王達だ。
「いったいどこからあんなものが現れた! 神の時代にだっていなかった筈だ!」
揺らめく真っ赤な炎が猛る。
普段は互いに争い、協力なんて言われた日には正気を疑う関係である魔王達は、分霊とはいえ数千年ぶりに集まり罵り合っていた。
「戦争を望んでいる者の言葉とは思えんな。ああ、お前が好きなのは絶対に自分が負けない、気持ちよく勝てる戦いのことだったか。底が見えたわ。さっさとあの獣に挑んでくるがいいさ永炎。いや間違えた。負け犬。ちょうど相手は狼の筈だから、ひょっとすると仲良く出来るかもしれんが」
「やかましいぞ無限海!」
永遠に続く闘争の炎に、揺らめく水滴を分霊として派遣した無限海が嘲笑する。
火と海の名前から連想される通り特に仲が悪い二柱の脳裏にあるのは、月へ吠えただけで魔界の山々を爆散させた銀狼だ。
「理解が出来ん。途方もない神殺しの概念を宿してたが、なにを殺せばあんな概念が宿るんだ? 訳が分からん」
「いかにもその通り」
純粋なエネルギー体としてやって来た逆秩序と、小さな天秤の形を選んだ選択天秤が疑問を呈する。
(誰が関与している? 唐突に現れたことを考えると、きちんと制御できていないのか?)
なおこの両者、冷静に分析しているような言葉を発しながら、同格の魔王達を疑っていた。
(あんな概念を纏っているなら、どう考えても神に対する切り札だ)
逆秩序と選択天秤だけではなく、魔王全員の思考はかなり近い。
神殺しの概念が宿った怪物が必要な存在は誰か。そう問いかけられたなら多くの者が魔王だと断言するし、その魔王である逆秩序と選択天秤も、きちんとコントロールできるなら欲しいと頷くだろう。
つまり長年の歴史背景や状況証拠、神との関連性を考えると、神を殺す手段にはどう考えても魔王の誰かが関与しているとしか思えないのだ。
あの神殺しの獣が、辺境の国で詐欺師と呼ばれている青年の中から飛び出したと言われて、信じる者がどれだけいる。自分の常識に照らし合わせて答えを導き出そうとするのは、人も魔王も同じなのだ。
そしてもう一つの状況証拠が合わさり当然の勘違いが生まれた。
魔界を統一して神に挑むつもりではないか、と。
(逆秩序か?)
(選択天秤か?)
全ての魔王が逆秩序と選択天秤に疑いを向ける。何ならこの両者も、互いに疑っている。
分かりやすく人間界に関与している魔王達に比べ、逆秩序と選択天秤は魔界の奥で暗躍しているため信用がない。
そしていかに神殺しの手段を有していても、神の軍勢を相手取るには魔界の統一が必要不可欠だ。そうなるとここにいる魔王を配下に収める。もしくは殺して統一するしかない。
(こうなると目立って動けないわねえ。つまらないの)
(様子見)
宿中植物の分霊を寄越した快楽主義者の愛楽。ぱちりと奔る小さな雷を寄越した、永炎と鎬を削る武闘派の先占は、大きく動いた情勢を見極める必要が生じた。
つまりは、魔王の目が人間界から足元に移ったことを意味している。
(永炎とか、近々人間界に侵攻する予定だったじゃない。楽しみだったのになあ)
魔王の中で唯一の女性体である愛楽が、楽しみにしていた祭りの中止を察して内心で溜息を吐く。
定期的に眷属を人間界へ攻め込ませている永炎は、そろそろまた送ろうかと思っていた。しかし、予想外の事態で慎重な行動が求められてしまい中断。もしくは予定されていたものよりは、ずっと規模が縮小したものになるだろう。
知らないところでテオは、魔界の侵攻計画を砕いていたのだ。
(出現時間に大きな制限があることを考えると、面倒ではあるがそれだけ)
一方、武人気質な先占は冷静だった。
水面下で荒れている会議だが、魔王達も心の中では少々の余裕がある。
獣が無理をしていたのは明らかで、ほんの一瞬だけ現れてすぐに霧散したことを考えると、脅威なのは政治的や戦略的な部分。神を殺す為の道具を使う局面なことだ。
それに心のどこかで、苦戦はするだろうが自分ならあの獣にも勝てるという自負もあった。
間違いではない。フェンリルが劣化に劣化を重ねていながら、場合によっては再現度が上がることを考えなければ……の話だが。
このように魔王達はお互いを疑い、慢心を抱えたまま会議を終える。
一方、その猜疑心の原因となったテオはどうなっているのだろうか。
「お体はきちんと治した筈ですけど……」
「精神力や体力の消耗は見える怪我とは違うのだろう」
光と闇の聖女が絡まり、抱き合っている間に挟まって癒しの術を受けながら、目が覚める寸前だった。