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妄信者達の宴

夜も更け始め、酒場にいる者達の賑わいがピークに達するような時間帯。山脈国の王城では、聖女二人とお付きの者。更に付属する枢機卿の計四名を招いたパーティーが開かれていた。


「アナスタシア殿、ゼナイド殿。紹介しよう、我が国の冒険者ギルドの支部長、ダニエルだ」

「お初にお目にかかります。冒険者ギルド支部長、ダニエルです」


 六十歳ほどの肥満体系で金の髪が薄い、山脈国の王であるメイソンがダニエルを紹介している。

 そして王と支部長の前には、法衣を着たままの聖女にして、光の聖母とも言えるアナスタシア。闇の聖母とも言えるゼナイドの姿があった。


「よろしくお願いします。アナスタシアです」


 温かな太陽の如き微笑を浮かべた金と白の聖女は、性別を問わずパーティー会場にいる者達を虜にして、身に宿す慈愛を振りまいている。


「ゼナイドだ」


 一方、表情が変わらない銀と褐色の聖女は、表情に乏しく口調もぶっきらぼうだ。しかし、妙に人を惹きつけてやまない妖しさを発散しており、人がどうしても手にしてしまう麻薬のような雰囲気があった。

 そんな二人に、メイソン王が本題を切り出す。


「護衛が一人と聞きましたが、それでは少々心許ないでしょう。幸いにも我が国の兵は優秀ですし、冒険者は精鋭揃い。よろしければ兵をお貸ししますし、冒険者を雇用する費用も負担しましょう」


 メイソン王とダニエル支部長は懲りていないと表現するべきか。

 テオを利用して権力拡大を狙っていた二人だが、今度は聖女の名に飛びついたようで、かなり分かりやすい方法を提案した。


「少々お待ちください」


 これに待ったをかけたのが、聖女巡礼を監督する立場にある女枢機卿だ。


「なにかなエマ枢機卿」


 メイソン王の声に棘が混じる。

 権力欲に濁った男達の視線の先には、聖女達より重厚な法衣と、縦に伸びた布製の冠を身に纏った人間がいた。

 尤も白い清らかな布をふんだんに使い、豪奢な金の刺繍が施されようが、彼女の陰鬱な気を誤魔化せていない。しかも聖職でありながら、法衣の下の起伏は聖女達を凌駕し、人によっては近寄りがたい彼女達よりも強く求めるだろう。

 そして冠の下の紫の髪はシニヨンとして束ねられ、伏せ気味なアメジストの如き瞳は潤んでいるかのようだ。

 この二十代後半でありながら、愁いを帯びた寡婦のような女。名をエマは、臨時の枢機卿として。更には聖女達へ勝手に抱いた母性に従い、様々なことを確認する必要があった。


「後ろにいる方々は男性のようですが、冒険者は女性も多いと聞いています」


 エマに痛いところを突かれた男達は口を噤む。

 仲良くなった同性と、恋仲になった異性では影響力に大きな差がある。そのため裏から大きな影響力を持ちたいメイソン王とダニエルが用意した者達は男ばかりで、企みが露骨に見えていた。

 この配慮がなく詰めも甘いあたりが、辺境国家で燻っている理由だろう。


「我々は神事を行っていますので、間違いがあってはなりません。どうか女性の方をお願いします」


 続けられたエマの主張は当然だろう。

 恩寵のお陰で戦闘力に男女の差がほぼない以上、巡礼中に聖女が襲われたなんて事態を避けたいのだ。

 しかし笑い話と言うか。結託している男二人は女性陣からの人気がかなり低く、女性兵士や冒険者は聖女の味方をする可能性が高かった。

 そのため男二人に取れる手段はごり押しである。


「なんの。我が国の者は皆が紳士だから、恐れるようなことにはならない」

「陛下の仰る通り! そうだろう皆!」


 メイソン王とダニエルが悪足掻きをする。

 女冒険者がありふれた世界で常識的な要請を受けたのに、それを個人的見解で退けたなど、疚しい考えがありますと白状しているようなものだ。

 エマの方もこの不自然な対応で余計に意思が固まったものの、男達は後々紹介するつもりだった兵士や冒険者に同意を求めた。


「応! その通り!」

「必ずお守りいたします!」

「どうかご安心ください!」


 兵や高位の冒険者が大声で同意する。

 実のところ彼らも王やギルド支部長の企みを知っているが、それでも異性のことで道を誤るのは古今東西の共通事項だ。

 彼らにすれば、今まで見たことがない美しさを持つアナスタシアとゼナイドに近づけるかどうかの瀬戸際なため、声にやたらと気合が入っている。

 しかもその手に入れたい相手。特にアナスタシアは無垢という言葉がそのまま人になったような雰囲気を持つのだから、一旦懐にさえ入れば後はどうにでもなると思わせた。


 その中にはテオを無理矢理引き入れたのに追い出した黄金の塔リーダー、アレックスもいた。彼は一度だけ訪れたことのある、大国の最高級娼館にいた女では足元にも及ばない聖女達に、完全に目が眩んでいるようで、付属するリスクなど全く考えていなかった。

 流石はテオの力を自分なら開花させることが可能だと思い、結局は失敗した男だ。


「こちらで探します」


 それをエマはきっぱりと拒否した。

 男でもプロフェッショナル精神を持つなら考慮しただろうが、目に見えて聖女の身を狙っている連中を近寄らせるのは話が違う。危険性・可能性ではなく、明確に危険なのだ。


「アナスタシア様、ゼナイド様。少々お下がりくださいっ」


 ここで聖女達の傍で控える立場の女が我慢出来なくなったようで、二人の前に出て壁になる。

 女としては長身な聖女の頭一つ、いや、それどころか胸元にも到達していない背丈で、スタイルも大きく劣っている。

 しかし身に纏う雰囲気は今にも飛び掛かりそうな猛犬で、頭の左右で束ねている薄い黄色のツインテールは、威嚇するように揺れていた。

 尤も同じ薄黄色の瞳もギラギラと剣呑な輝きを宿しいるが、形がくりくりとしたものである上に顔立ちも幼いため、雰囲気は猛犬でも実際は小型犬の印象を受ける。


 特徴的なのは、肌がほんのりと日焼けした程度の褐色で、しかも金と銀を混ぜ合わせたかのような瞳と髪色を持つことだ。

 つまりあり得ないことに、白と金のアナスタシア。褐色と銀のゼナイド。この両者の娘であるかのような誤解を人々に与えてしまう。

 だが立場は明確に下で、階級はウォリアーモンク・戦闘修道女だし、刺繍や装飾のない法衣は男用で下もズボンだ。そのため彼女の乏しい起伏をより際立たせていた。


 名をカレン。事実上、二人の聖女に育てられたような立場のため、忠義がそのまま人の形になったような感性をしていた。


 聖女アナスタシア、ゼナイド。枢機卿エマ。戦闘修道女カレン。この四名が巡礼の旅の一行だ。

 

「……少し失礼する」


 監督役の枢機卿、更に護衛の戦闘修道女に阻まれ、形勢不利。どころか事実上詰んでいることを察したメイソン王が、一旦パーティー会場を後にする。一旦……だが。

 足音に憤懣が詰まっているメイソンの思考は単純だ。


(こんな辺境で人生を終えて堪るか!)


 馬鹿げたほどに単純であるが、老いを甘く見るべきではない。

 どれほど名を馳せた英雄の中の英雄でも思考の衰えに抗える者は少ない。後継者問題、誤った国家の舵取り、異性の優先、猜疑心の暴走。

 若い頃に我慢が出来ていたことなのに、至高の衰えは途端に暴走を生み、後先考えない愚かさを発揮する。

 世界の悲劇は、全てが様々な陰謀が複雑に絡んだ結果ではなく、老いによって突発的に起こることもあるのだ。


「……」


 血走った眼でメイソンが睨みつけているのは、王城の宝物庫に安置されている石板だ。

 山脈国は極々稀に、山奥から古代の遺物が出土することで知られている。そのため高位の冒険者が訪れるのだが、メイソンの前にある大人数人でやっと持ち上がる石板は、少々の曰く付きである。

 なんと、恐らく悪魔を利用するために作られた、太古の遺産だと思われていた。


「悪魔よ! 呼びかけに答えろ!」


 そんな物をメイソンは使用してしまう。

 石板に刻まれた数多の文字が赤く輝くと、異様な悪魔が現れた。人型の巨大カラスだが、ぎょろりとした目は真っ青な複眼で、蛾のような触角が額から伸びている。

 このカラスと蛾が合体したかのような悪魔が頭を直角に曲げ、黙ってメイソンがなにを言うのか期待した。


「この城にいる聖女と枢機卿、それと護衛の女の意識を操れるか⁉」

「相手が人ならば容易い」

「おお!ならばその女達が私の言うことを聞く様にしてくれ!」

「承った」


 欲望だけしか頭に詰まっていないメイソンが尋ねると、面白いまでに従順な悪魔が頷いた。

 異なる次元、魔界や地獄と称される地で君臨する悪魔は、地上世界の人間に取引を持ち掛け、契約を重んじる。そのため使い方次第では非常に有用で、慈悲無き天罰を降す神より分かりやすい。

 と考えるのはメイソンのような素人だ。神も悪魔も等しく関わるべきではない。


「ふむ。美女であるなら、契約者殿へ恋心を抱くようにしてもいい」

「なに? そんなことまで出来るのか?」

「容易い」


 頭を元の位置に戻したかと思うと、今度は反対に首を傾けた悪魔の提案に、メイソンは考え込む。

 聖女二人は言うに及ばず、自らに反対した枢機卿と戦闘修道士に恋心を抱かせた後になじり、罪悪感を感じさせるのは非常に面白いと思ってしまった。


「ならばそうしてくれ!」

「承った」


 その感情のまま、メイソンは悪魔と契約した。

 ()()()の。

 対価を詳しく要求する親切心など悪魔に無い。相手がなにも言わず契約を結んだのなら、全てを差し出すと解釈するに決まっている。

 そして一回目の契約は石板が肩代わりしたものの、二回目の契約は自由意志だ。


「え?」


 メイソンは最後にそう呟いて息絶えた。


「え?」


 ついでにメイソンの魂を貪った悪魔からも同じ困惑の声が漏れた。


「……ひょっとして馬鹿だった? 本当に?」


 直角を容易く超える程に首を傾けた悪魔は、自分の縛りをきつくしたり、裏をかくような算段があるから、メイソンが容易く話に乗ったのだと思った。そこから互いに札を見せつつ、神経が磨り減るようなやり取りを楽しみ、敗れたならそれはそれで満足しただろう。しかし、結果はまさかのノープラン。

 メイソンは悪魔を心底困惑させるという偉業を打ち立てたのだ。


「……」


 普通の人間だって、いきなり見知らぬ場所に放り投げられた後、何をしてもいいですよと突然言われたら、暫くは立ち尽くすだろう。

 それと同じことが起こっていたが、悪魔にとって幸い。人にとって最悪なことに、食われたメイソンの魂が一応の指針らしきものを残している。


「聖女達に現実を教えよう」


 戸惑っていようが悪魔は悪魔だ。

 悪辣なことを思いつくと、蛾とカラスのものが混ざったような大きな翼を伸ばし、極小の鱗粉を広げ始めた。

 城に、パーティー会場、そして王都にすら鱗粉は広がっていく。

 聖地巡礼が始まった時期に現れていいような水準の力ではない。聖女が最後に打ち倒さなければならないような大悪魔が、趣味の一環で力を振るったのだから、影響は直ぐに現れた。

 聖女、枢機卿、戦闘修道女以外の自意識を制限した上で、彼女達を制御下に置いたのだ。

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