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距離感

 アナスタシアとゼナイドの朝は早い。


「おはようゼナイド」

「ああ。おはよう」


 元々あったベッドや家具しかない、実に簡素な部屋で目覚めた二人は互いに微笑む。

 二人は空の上にいるものの気温が保たれているため薄着で、体のラインがもろに浮き出ている。だが、なぜか外見年齢が少々幼くなっているままで、成熟した妖艶さよりも健康的な若さを感じる雰囲気を醸し出していた。


「カレンも一緒に寝ればよかったのに」

「同年代は恥ずかしいのかもな」


 ベッドからゆっくり起き上がったアナスタシアが残念そうな声を漏らし、ゼナイドが推測を口にする。

 実はこの状態、若干ながら精神にも影響を与えており、アナスタシアは少女らしく、ゼナイドは中性的から若干少年寄りの感性になってしまう。


「テオ様は甲板にいると思います?」

「地上にいる時と変わりないならそうだろ」

「では行きましょう」

「沐浴。着替え」

「あ、そうでした。わたしったらはしたない」


 アナスタシアが微笑み、身内で一番朝が早いテオの顔を思い浮かべる。

 彼は日が昇ると同時に起きて素振りをすることが日課となっており、地上で船が停船している時もそうだった。

 そしてテオの傍で話をしたいアナスタシアは、寝間着のまま部屋を出て行こうとしてしまい、ゼナイドに止められ恥ずかしそうに頬を赤らめた。


 先程、精神に影響を与えていると述べたが、幼くなったとしても明確な羞恥などは今までなかったものだ。

 しかし、元々の姿でもテオから強い影響を受けている彼女達は、姿が変わったことでより顕著な反応を示していた。


 その後、カレンとエマが加わっても全く問題ない浴室で沐浴を終えた聖女二人は法衣に身を包んで、甲板に足を運ぶ。


「ふうううう……」


 そこには数少ない私物の木剣を振るい終わって、僅かな汗を流しているテオがいた。


「あ、おはよう。アナスタシア、ゼナイド」

「おはようございますテオ様」

「おはようテオ」


 集中状態から現実に意識が戻ったテオが、同年代の姿になっている二人の聖女に挨拶をするが、ここにも精神状態の影響が若干ある。


 元は無限の包容力でテオの頭を掻き抱くようだったアナスタシアと、冷たいながらも彼を照らしていたゼナイドは今現在、テオとの精神的距離が変わっている。

 つまりは受け入れて甘やかすだけではなく、自分からも近づき甘えたいというという両方のスタンスだ。


「おっと、汗くさいだろ?」

「え? そんなことはありませんよ。ね、ゼナイド」

「ああ」


 間近にやって来た聖女にテオは自分の状況を考えて配慮しようとしたが、二人はこの船に乗っている人間に関することで臭いや汚いを認識していない。

 実際にアナスタシアとゼナイドは、最初の悪魔事件でテオが半死半生と化した後、頭蓋骨が露出、片腕が爆散、眼球だって半分なかった彼の身を浴室で清め、意識のない男の介護を行っている。


「前から思っていたが、毎日しているのか?」

「出来る限りは。まあ、癖みたいなもんだよ。腕が太かったり、掌の皮が厚くないと、戦える体じゃないなって違和感を感じるんだ」


 ゼナイドは成熟していた女性体で聞けなかったことをテオに尋ねる。

 冒険者、もしくは戦う男であることを宿命付けられた彼は修練が日課になっている。そのためサボって自分が細くなることに無意識な忌避があり、空の上でも飽きることなく続けていた。


「手を触ってもいいでしょうか?」

「いいけど、面白いもんじゃないぞ?」


 アナスタシアが遠慮がちにテオへ尋ねると、許可が出たので彼が差し出した右手に触れた。

 戦闘修道女カレンも掌は厚いが、白貴教の教えも学んでいるため、テオに比べると修練時間が短い。

 そしてテオの方は、十年近く英雄であれと望まれ鍛えているのだから、手のごつごつとした感触は現役の冒険者に相応しいものだ。

 なおゼナイドの方は触れていないが、これは興味を持っていないからではない。テオが半死半生だった時に右側で癒していたため、彼の無事だった手を感じる時間が長かったのだ。


「単なる手だろ?」

「いいえ。とっても凄いテオ様の手です」

「皆のために祈ってるアナスタシアとゼナイドの方がよっぽど凄いって」

「そんなことはありません」


 認識が違う。

 テオにすれば単なる手でも、アナスタシア達にすれば自分を救ってくれた男の修練の証だ。掌、指、指先、骨の感触を確かめるように、アナスタシアの細い指が触れ、テオが引っ込めるまで続けられた。


「そ、それじゃあ浴室を使わせてもらうな」

「あっ。はい……」


 明かに照れているテオが、逃げるように浴室へ向かうと、アナスタシアが残念そうな声を漏らす。

 精神的にかなりタフなテオだったが、流石に異性が自分の体を触り続けるのは恥ずかしかったようで、珍しいことに顔が赤かった。


 尤も朦朧としていてほぼ覚えていないが、彼は浴室で成熟した女性体の聖女二人に挟まれ寝ていた経験を持っている。


(これが……青春……⁉)

(ああ、恐れ多い……恐れ多いが……!)


 なおこの光景を目撃していた枢機卿エマは、身悶えるような若者達のやり取りを見届け、戦闘修道女カレンは前日に聖女から一緒に寝ないかと提案されて未だに悩んでいた。


 そんな桃色空間の船だったが、素晴らしい速度で次なる目的地である大滝国に到着した。

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― 新着の感想 ―
ワーオ、青春だ…! 英雄の常として厄介ごとと厄介ごとの間でしか日常シーンが挟まれないのが悲しいね
カーッ! 甘酢っぺぇ!! なんですか、この桃色吐息のアオハル時空っ。 まぁ、大滝国で、どうせ厄介事に巻き込まれるんですから、いまのうち!
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