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聖女来訪

「んあ? 朝か……んーーーー!」


 安宿で目覚めたテオは、呻きながら体をぐっと伸ばす。


(さあて、どうすっかなあ)


 聖女来訪で盛り上がっている山脈国にこのまま居座っても、面倒が約束されていた。

 だが、高位の冒険者は活動範囲が広いため、国外でもテオが詐欺師であるという噂が流れている。それを考えるとかなりの辺境に行かなければ、落ち着いた生活は出来ないだろう。


(ま、とりあえず聖女様を見てから考えるか!)


 若者の特権と言うべきか。問題を若干先送りしたテオは、男らしく美人を見た後に考えることにした。

 勿論、それはテオに限った話ではない。昼を若干過ぎた頃、山脈国の王都では聖女の姿を一目見るため、大勢の人間が集っていた。


「聖女様が訪れるとはなあ……」

「山脈国に巡礼など、一度もない筈だ」

「どこの聖女様なんだい?」

「詳しいことは知らないわ」

「さっき、遠くの方でなにかが飛んでいた。あれが聖女様達が移動に使う飛行船か」

「ならそろそろ……」


 老若男女を問わず、様々な人間が聖女について話し合っている。

 ややこしすぎるため今現在は省くが、巡礼中の現役聖女はなんと五十人。更に歴代の聖女は辺境国家に訪れることなく、有力者が集う大都市や大国を目的地にして巡礼しているため、ある程度の知識層は馬鹿げた権力闘争の一環であると察していた。


 尤もドロドロした話は辺境の山脈国に縁がなく、市民は純粋な気持ちでなぜか奇跡的に訪れる聖女を一目見ようと集まっているのだ。


「……わあああああああああああああ!」

「なんだ⁉」

「聖女様か⁉」


 王都の入り口で発生した、街を揺るがすような歓声に、人々は益々期待を膨らませて目の前に訪れるのを待つ。

 聖女とだけ表現するべきなのか……光の聖母と闇の聖母が、パレード用の屋根がない馬車にいた。


 腰まで流れる金の髪は金糸のように煌めき、シミ一つない真っ白な肌は光を反射して神聖な雰囲気を醸し出す。

 丸い大きな金の瞳はあどけなく、この世の穢れを一切宿していないかのようで、魂を抜き取るような美貌もどこか幼い。

 しかし肉体は神聖さとは全くの正反対で、女性的な特徴にはあらゆる煩悩を詰め込んだのかと疑いを招き、数多の男を誘ってしまう甘き底なし沼だった。

 まさしく、光と太陽の聖母。名をアナスタシア。


 もう一方。


 艶やかな褐色の肌が輝き、肩の辺りで切り揃えられた銀の髪と、鋭い目つきで輝く銀の瞳は人の意識を吸い込んでしまいそうになる。

 そしてスタイルも光の聖母に劣らず素晴らしいが、身に纏う雰囲気に包容力など欠片もない。

 顔立ちも鋭利な美貌と表現してよく、四肢もしなやかで、どこか猫科の肉食獣を連想させてしまう。

 尤も月が発する怪しい誘惑と言うべきか。眩しすぎる太陽を直視できない負の者や穢れ、醜さを分け隔てなく抱きしめてしまいそうな、危うい魅力があった。

 まさしく、闇と月の聖母。名をゼナイド。


 二人とも二十代中頃の、魅力が咲き誇っている女だ。

 温暖な地域特有の白い法衣は布地が薄く、彼女達の起伏を隠すどころか強調するように体の前後で垂れ下がっている。

 そのくせに、体全体は金の刺繍も施された法衣できちんと覆われているとなれば、人々。特に男は侵してはならない神聖さへの畏敬と、欲を掻き立て法衣の下を確認したいという誘惑がぶつかり合う。


 そして聖女達の傍には、尽くし過ぎる忠誠心の塊である少女。

 さらにこの三人全員を我が娘の様に思いながら、現実に絶望している二十代後半の枢機卿がいた。

 勿論注目は聖女達に集まっており、この二人は目立っていなかったが、それでも目を引く美しさだ。

 巡礼一行の総勢がこの四名しかいないのは異常の一言だが。


「あ、甘かった! 見れねえ! っていうか動けねえ!」


 なおテオは、群衆に阻まれてその美しさを見ることが出来ず、なんなら圧し潰される寸前だった。

 世界の中心と言ってもいい聖女と、詐欺師が関わることなどあり得ないのだ。

 実際、馬車から光と闇の聖母も、忠誠心の塊も、愁いを帯びた寡婦の如き枢機卿も、嫌われきっている青年を視界に収めることなく、王城へ向かっていった。


(爺さんなら、なにやっとんじゃあああああ! 美女を見ないで男を名乗るつもりかああああ! とか言うんだろうなあ)


 そんな時にテオは、奴隷商をやっていたのではと疑っている老人の声を想像しながら、なんとか冒険者ギルトに向かった。


「すいません。国外に出ようと思いまして」


 テオが不愛想な受付嬢に用件を伝える。

 実はまだテオが金の卵と思われていた当時、この地の冒険者ギルドから、国外には出て欲しくないと、事実上の強制を受けていた。しかし、なんの価値もなくなったテオに、冒険者ギルドが拘る理由もまたない。


「……」


 それなのに、受付嬢は一旦考え込む。理由は簡単で、事実上の強制は山脈国の王と冒険者ギルドの責任者が絡んでいるものだ。そのため受付嬢の権限からはみ出しおり、いきなりはいそうですかと流すことは出来ない。

 しかし都合がいいことは起こるものである。


「あ、支部長」


 偶々、受付嬢の視界の端にギルドの責任者、ダニエル支部長が現れたのだ。

 五十代で痩せているこの男は、田舎国家の冒険者ギルドを任されただけはある。つまり権力争いに敗れた結果だが、艶のない金髪碧眼はテオが金の卵だと思っていた時期はまだ輝いていた。

 そしてテオを利用して冒険者ギルド本部に返り咲き、栄達することを夢見ていたのだが、成功する確約がない妄想をしていた時点で、権力争いに敗れるのも仕方ないことだろう。


「彼が国の外に出ると」


 そんなダニエルだから、受付嬢からの報告を受けると青筋が浮かび上がった。

 テオは山脈国とダニエルの夢……妄想を台無しにした男で、逆恨みに近い感情を抱いている。だが、テオを見るだけでも不快なため、国の外に出るというならむしろ喜ばしいことだ。


「どこへでも行けばいい! とっとと失せろ詐欺師!」

「お世話になりました」

「このっ!」


 ダニエルに罵られたテオが頭を下げるが、その素直な態度が気に入らなかったのだろう。ダニエルは書類を抑えていたペーパーウェイトの鉛を持つと、テオにめがけて投げる。

 それは彼の頭に当たり、多少の流血が伴った。この程度でだ。

 まさに常人の枠を越えられていない証であり、テオの肉体は英雄と呼ぶには程遠い。


 一瞬の静寂が訪れたが、外から一斉にやって来た冒険者達の騒音が塗りつぶす。


「聖女様からの依頼はないのか⁉」

「護衛依頼はどうなってる⁉」

「なんでもいい!」


 聖女に魅入られた冒険者が少しでも彼女達に近づくため、なにか関われる依頼がないかと押し寄せたのだ。

 これにはダニエルもぎょっとしたが、テオの代わりに聖女を利用することが出来ると思い至る。


「分かった! 分かったから落ち着け! 聞いてみる! 聞いてみるって言ってるだろ!」


 ひとまず落ち着かせるために声を張り上げたダニエルの頭は、また妄想という名の未来予想図を描いていた。


(いよっし、準備をして明日には出て行くか)


 よく言えば冷静。悪く言えば達観し過ぎているテオは、血を拭くと街の風景に溶け込んでいった。

 あるいは何事もなかったのなら、英雄の道を歩まず歴史に埋もれただろう。しかし、英雄にとって最も重要な才能は、騒動に巻き込まれることである。

 その点だけで見るなら……テオはとびっきりの才能があった。

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― 新着の感想 ―
めっちゃマイペース君やん
英雄は総じてトラブルメーカーだもんなぁ 卵が先か鶏が先かって話ではあるけど…
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