追放されし禁断の英雄譚。勘違いの道化≪権化≫
「なぜ夜に⁉」
「お腹が空いたなあ。ガッツリ肉でも食べたい気分だと思ったらやっぱり夜だった」
「 い、いや違う! 今は夜だった! なぜ今が朝だと思った⁉」
悪魔は狼狽えたものの、とぼけた道化の声が響くと途端に納得してしまう。
これだけでも道化の凄まじい。あるいは悍ましい力が分かる。
「おおおおおおお!」
それはそうとして、悪魔は尾を撓らせる。鋭い先端は人間世界で貫けぬ物はなく、また定命の存在が認識出来ない速度も持ち合わせていた。
「え? 俺に何かした?」
「ああ?」
道化の呑気さと、信じられないものを見た悪魔が、奇妙な空気を生み出した。
人間と同じ大きさの金属だって容易く貫通する尾は、道化の胸どころか服に止められているではないか。
なにが起こったのかも分からない、認識出来ない速度。それはつまり、なにも起こっていないに等しい。
「あ、蛇の求愛的な……すいません一応既婚者なんです」
「そんなあ……きっと自分が悪魔だから駄目なんだ……」
「いやいや、悪魔とかは関係ないですよ。鱗とかとってもお綺麗!」
「本当ぅ?」
「ほんとほんと!」
何処までも恐ろしい。
道化が尾を撓らせた蛇の行動を求愛だと勘違いすると、そのつもりだったのに断られた蛇が気を落とした。
「ああ、ついでに相談をしたいんですよ。実は自分、馴染みの酒場で結構嫌われてて……蛇さんは人間関係で悩んだことはありませんか?」
「勿論あります。なんせ自分は作られた悪魔なんですけど、創造主に捨てられたんですよ」
「あらあ……」
「それより、どうして嫌われてるんです?」
「人の言うことを曲解する癖。絶対に聞こえている筈なのに聞こえない耳。都合のいい思い込み。そんなのが絡まって、人をイライラさせちゃうんですよ」
「中々面倒なのが重なってますなあ」
「そうなんですよ。妄想の中で生きてるのに、現実で生きている意味あるの? 馬鹿を通り越して知性がない。本っ当にイライラするから、絶対に考察とかするな。なんて言われたこともあります」
「辛いですなあ」
「え? ツーリング?」
「本当だ。全然聞こえてない」
突然膝を抱えて地面に座った道化と蛇は、人生相談会を開催してしまう。
「自分もどうにかしようと思ってるんですが、そういう存在として固定化しているようなもので……」
「そういう存在?」
「勘違いしたモノを現実に引き起こす。と言ったところでしょうか」
「え?」
「やだなあ本気にしないでくださいよ! そんなの悪魔とか通り越して神の領分じゃないですか!」
「あははは! そりゃそうだ!」
「ははははは!」
更に続く人生相談は、道化が突拍子もない事を言って中断しかけたが、悪魔は単なる笑い話だったと納得して笑う。
「いや、それにしても悪魔さんは結構強いですね。相手が軍でもケンカ売れるでしょ」
「魔王愛楽が作り出した特別製ですから、そりゃものすごく強いですよ。代わりに自分が本体なんで、他の悪魔に比べたら弱点が歩いてるみたいなもんですけど」
「え? 冗談でしょ? 悪魔だって言い張ってる蛇だと思ってた」
「おーっとそれ以上は駄目。でもここだけの話、やっぱり悪魔って名乗ったら肩で風を切って歩けるんですよ」
「ビッグな体験は楽しいですよね」
「そうそう」
「うん? そうなると実はものすごく弱かった?」
「だから駄目ですって。強いって言い張ってるのがバレたら、袋叩きにされちゃいますから」
「おっとごめんなさい!」
悲劇、喜劇。そんな表現よりもっと相応しいのは、悍ましいの一言だ。
「いやあ、それにしても悪魔は凄いですね。俺らみたいな英雄譚は廃れましたけど、悪魔はずーっと敵として第一線で活躍できますよ」
「そりゃあ敵と言えば悪魔ですから」
「仰る通り。彼のような英雄譚が次に引き継がれても、悪魔は仕事に困らない!」
「彼のような英雄譚?」
「なんと表現するべきか……所属していた場所を追い出されて新天地で活躍する……みたいな?」
「なるほど。ですがそんな英雄譚、流行るんですか?」
「とんでもなく流行ると思いますよ。でもいつか、そんな彼も次の物語に託す時が来る。我々の様に」
「はあ」
「……うん?また勘違いしてたか」
「あ? ああ⁉」
話を続けた道化だが、段々と正気に戻っていたようで、無理矢理悪魔を付き合わせていたことを自覚した。
同時になぜ人間如きと人生相談をしていたのか理解出来ない悪魔が、顔を真っ青にして立ち上がる。
「な、なにをした⁉ いったいなにをした⁉」
咄嗟に悪魔は自身の力を最大限に高め、映像機器としての役割を全開にする。
それは対象の過去を探り情報を収集する目的の力だったが、一つの物語を終わらせた存在に使っていい物ではなかった。
「あ、ああ?」
何度目か分からない困惑の声が悪魔の口から漏れた。
世界が滅びの際にいた。
天を覆う鳥のような無人機械。地に犇めく虫のような多脚の殺戮兵器。
全ての人工物が崩れ落ち、人に残された手段は滅びのみ。
大地は汚染され、海は枯れ、決して晴れる日は訪れない終末世界。
『あれ? なんだここ? ははあ、さては俺だけ強い状態かな?』
『難易度間違えてるな。ベリーイージに変えないと。よし、上手くいったな。子供がデコピンで倒せる』
『箱庭なんだから十秒もあれば家だって建つっしょ』
『みなさーん! 死んでるところ悪いんですけど、手が足りないんで働いてくださーい! 蘇生魔法連発!』
『環境汚染? そんなものはない』
正気ではない言動で機械軍はおもちゃと化した。崩れた人工物は再建した。人々は復活した。
なにより世界が生誕した。
『俺に、なにか、した?』
果ては機械仕掛けの、世界を幕引く機械神すらも勘違いの果てに打倒した英雄譚。
「か、神……」
「それは勘違いだ」
例外中の例外。創造神級の御業を目撃してしまった悪魔が震えたのに、道化は緩やかに首を横に振って否定した。
だがこれを神と呼ばずなんと呼ぶ。
「今日はもう終わろう」
陰謀を言い当てる? 力関係が分からない? 現実だとすら思っていない連中がどうやって生きていける?
なぜ誰も言動のおかしさに気が付かない? なぜ誤認を指摘しない? なぜ妄想が世界と噛み合っている?
自己の勘違い。他者からされる勘違い。誰がどう考えてもどこかで破綻するに決まっているのになぜ?
違う。違うのだ。勘違いだ。認識を勘違いしている。
世界こそが強制的な勘違いに巻き込まれているのだ。
常識がない? ならばそれが常識となれ。
妄想の世界? 違う。それが現実なのだ。
英雄譚における勘違いとは、世界が望まれたままに改変された結果である。
「我思う。故に世界あり」
正気か怪しい道化の勘違いが、世界をそうアレと改変する。
己が勘違いを正すのではなく、世界に間違いを強制する権能。
己が間違っているのではなく、世界が勘違いしているという傲慢。
現実改変能力者の頂点に等しいどころか、神すら凌駕しかねない化け物。
「あ、死体だ」
悪魔が死んでいるという勘違いが世界に押し付けられた。
根源、根幹、アカシックレコードへの介入権限がなければ対策不可能。
廃れ、英雄譚を誰かに引き継いだ【勘違い】の権化は、ピクリとも動かない蛇悪魔を静かに見下ろすだけだった。
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