捨て去た者と捨てられた者
次の日もダニエルへの聞き取り。事実用の尋問を行うため、対悪魔部署の人間がやって来た。
(また来やがった!)
内心で悪態を吐くダニエルは、対悪魔部署を門前払いしたい気持ちでいっぱいだ。しかしそれをすると問答無用で引き摺りだされて連行される可能性が高く、時間を欲している彼はその選択肢が取れなかった。
なおその対悪魔部署の聖職者がダニエルを疑っている理由は、悪魔契約の石板に関与しているかどうかで、彼の不正が発覚しても、あ、そう。ギルドに報告しておくね。と言って軽く終わらす事態だ。
「悪魔契約の石板について、冒険者ギルドに全く情報がないと?」
「昨日も言ったけど知らねえ! 個々が国と取引してる可能性もあるだろうけど、少なくともギルドは仲介してない!」
聖職者の質問に対するダニエルの返答に嘘はない。
少なくとも悪魔石板の件に関して彼は無関係で、その点においてのみ完全に潔白だ。しかし、ギルドの資金を私的に利用して山脈国と接近しており、帳簿を細かく精査されると不審な点が見つかるだろう。
「ふむ……それなら……」
嘘は言っていないが、なにかを隠しているという疑いを持ったままの聖職者は、切り口を変えてみることにした。
「テオという冒険者について何か情報は?」
「そう! あの詐欺師が何かしたに違いない! 悪魔の件が本当だったとして、あんな若造が倒せるわけないだろ!」
聖職者は対悪魔部署が強い興味を持っている青年の名を出すと、ダニエルは我が意を得たりと言わんばかりに頷き、矛先を彼に向けようとした。
尤もこれは非常に常識的な意見であり、対悪魔部署の多くが同じ疑問を抱いているが、タイミングや立場というものを考えるべきだ。
「なるほど。なにか方法に心当たりは?」
「方法……いや……それこそ悪魔と契約したんじゃないか⁉」
聖職者の問いに、ダニエルが若干詰まった。
とりあえずテオの名前を出したダニエルが、詳細なことを尋ねられてしっかりとした返答を出来る筈もない。
「その彼と王の関係は?」
「王はかなり期待してたから、ひょっとすると会ったことがあるかもしれねえ!」
「期待?」
「あの野郎は英雄伝説継承とかいう恩寵を持ってるんだ! 一時期かなりの騒ぎになったから知ってるんじゃねえか⁉」
「確かに……噂で聞いたことがある。しかし、芽が出なかったとも聞いた」
「そう! それだ! 王は手酷く扱ったから、テオの奴は王を恨んでる!」
「……」
続けた質問で聖職者は核心に近づいたような気がした。
他人に責任を擦り付けようとする者の中には、自分の経験則や考えから脱することが出来ず、自分が犯した手口や罪に触れてしまう場合がある。
そして聖職者もまた自分の経験則に従い、王について言及しているダニエルの言葉は、彼の持つ思いなのではないかと疑った。
(……報復を恐れているな)
もう一点、聖職者はダニエルが内に秘めている恐れを感じ取る。
(推測だが手酷く扱ったのはこの男も同じだ。そしてテオという人間は今現在、聖女の傍にいるから、報復されるのではないかと考えているようだ。しかしこういった場合、相手がどうするかではなく、自分ならするという意識に支配される場合も多い)
聖職者の推測は正しい。
詐欺師如きに恐れを感じるなどダニエルのプライドが許さないため、無意識に封じているが、確かにテオの報復を恐れていた。
自分が恩人だと思い込んでいるのも間違いないが、つい最近のダニエルは明らかにテオを酷く扱っており、その件での報復は十分にあり得るのだ。
あくまでダニエルの中では。
その後も幾つかの質問が続いたが、状況は外部から一変する。
「王城の者が、支部長と王の間に金銭のやり取りがあったと言った。他の情報から悪魔との関係はかなり薄まったが、それはそれとしてギルド本部に、収支がきちんと合っているか確認を取れと言うことになる」
「あ?」
王城をひっくり返していた対悪魔部署の人間がやって来てその情報を齎すと、ダニエルは思わずポカンとした声を漏らす。
「自分には関係ない金銭のやり取りで痛くもない腹を探られるより、正直に話すことを選ぶ人間もいる」
後からやって来た聖職者の言葉が全てだ。
多額の金銭をダニエルと王の二人が直接やり取りする筈もなく、ある程度の人間が関わっている。その彼らにすれば、悪魔との関わりがあるのではと疑いをもたれるより、ダニエル達が金のやり取りをしてましたが、犯罪に関わるかどうかは知りません。と喋る方が遥かにマシだ。
(単なる汚職と賄賂か……)
これに周囲の聖職者は拍子抜けして、とりあえずダニエルを確保するため動き出す。
一瞬の出来事だ。念のため幾つかの秘薬を飲んでいるダニエルは今現在、常人を遥かに超える身体能力を秘めている。
そして窓をぶち破り、驚くべき脚力を発揮して逃走にひとまず成功する。
というのは彼の妄想だ。
舐めた。舐め切った。
悪を、悪魔を、悲劇を食い止めるために命を投げ捨て、ただただ神の慈悲を証明する剣と化した対悪魔部署を舐めた。
事切れるその時まで戦い続ける者達を前に、逃走など成立する筈がない。
「⁉」
窓へ視線を向けて動き出したダニエルは確かに超人的な動きを見せた。しかしそれよりも早く回り込んだ聖職者の、傷だらけの拳を顔面に受けて昏倒した。
「とりあえず撃滅船の牢か?」
「ああ、それでいいだろう。身柄は冒険者ギルドの本部に渡せばいい」
聖職者達は何処までも現実と自己認識を勘違いした男を見下ろす。
精鋭中の精鋭。ほんの一握りの強者達こそが対悪魔部署だ。対処できない事態など、国が吹っ飛ぶような事態に限られる。
それ故にこそ……彼らもまた少々勘違いしていた。自分達は悪魔の企みを追う側だ、と。
大きな過ちだ。
楽しい催しを見学するために用意された、映像中継器とも表現出来る存在が半ば捨てられた後、空を飛ぶ黒船を見つけて追って来ていた。
つまりは魔王永炎の現実世界侵攻を見届けるために、魔王愛楽が作り上げた特別製の悪魔が、嘲笑を浮かべながら人々を観察していたのだ。
「楽しいなあ。楽しいなあ。楽しいなあ」
王都に近い山で粘着質な声を漏らすのは人型の蛇だ。黒い鱗は闇によく溶け、ギラギラと輝く赤い瞳は、非常に遠くで行われている冒険者ギルドの騒ぎをしっかり捉えている。
「悪魔がいないと思っている者を眺めるのは楽しいなあ」
嘲りを宿した悪魔は、呑気に調査をしている対悪魔部署の人間を馬鹿にする。
悪魔の残滓すら探知した対悪魔部署の船だが、この特別製の悪魔は永炎の侵攻軍に探知されず、情報を愛楽に送る想定で生み出された。
その結果、異常な隠密性を備えており、頭から尾まで含まれると人間の三倍の長さに加え、細長い手足を備えている異形のくせに、探知をすり抜け肉眼でもはっきり補足することが出来ない性能を有している。
だが以前にも述べた通り永炎が侵攻を中止したことで役目を失い、愛楽からも忘れられた悪魔は、独自の行動を行っていた。
「人が無意味なことをしているなあ。砂で城を作っているなあ」
ニタニタ笑う蛇は世界の脆さと、人が積み重ねていく歴史をも嘲笑う。
なにかの拍子で崩れ去る瓦礫を作り上げて、それが最も尊いものであるかのように振舞う人は、悪魔にすれば滑稽極まる。
国も、街も、村も、そして人も。
悪魔が本腰を入れれば容易く壊れるのに、ずっと続いていくと思い込んでいるのがおかしくて堪らない。
「惜しかったなあ。見たかったなあ」
次に悪魔は残念そうな声音になる。
永炎が送り込む予定だった侵略軍はかなり大規模なもので、斜陽を迎えている太陽国の背骨をへし折り、白貴教の泡が弾ける可能性が高かった。
そうなると各地で起こされる悲劇は尽きなかった筈で、それを楽しみにしていた悪魔は大きな肩透かしを受けているのだ。
すぐ、簡単な代替え案を思いついたが。
「代わりにやってもらおうか。神ではなく悪魔が救ってあげようではないか」
超々遠距離から、連れて行かれるダニエルを見ていた悪魔がゆらゆらと尾を揺らす。
あくまで見物客を気取る悪魔は、代わりの劇を見るつもりのようだ。しかしその戦闘力は途轍もなく、今訪れている百人近い対悪魔部署の人員を皆殺しにして、王都程度は暇潰しで壊滅させることが出来る。
勘違いも甚だしい。
運命の大渦。その中心に飛び込んだのなら、強制的に舞台で踊らざるを得ないことを知らないらしい。
そして悲劇とは、なにも主要人物だけが演じるものでは
三話連続投稿の二話目になります




