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夢の中の先人達

三話連続投稿の三話目になります

 奇妙な表現だが、テオは夢の中で夢を見た。


 異邦から訪れた最初の若者が、世界の全てを相手にして思うがままに力振るった光景。

 若者とは違うがその同類を憎んで憎んで、憎み続けて全てを破壊した男の光景。

 彼らとは違う人生を模索し、緩やかな人生を目指しながらも結局騒動に巻き込まれた男の光景。


 他にもいる。

 人生そのものを勘違いした人間。人生をやり直した人間。

 料理を作ることにのめり込んだ人間。食べることに集中した人間。

 戦争に明け暮れた人間。領地を富ませた人間。

 ペットと共に生きた人間。ペットだった生物。

 迷宮で怪物に挑んだ人間。迷宮で人間を迎え撃った怪物。

 死を望んだ不死者。死を否定した生者。


 他にも気が遠くなるほどの存在達が群れている。

 そして……誰も彼もが、一つの物語を確かに終わらせた英雄だった。


「テオや」


 もう一つ奇妙な表現をすると、テオは呼びかけられ夢の中で目覚めた。ふと瞼を上げると、馴染みの酒場に座った好々爺が、ニコニコと笑顔を浮かべている。


「美人の姉ちゃんを自分色に染めるのは男の勲章」

「黙ってろクソ爺ぃ!」

「じゃああああああああああ⁉」


 なおその好々爺は下品なことを口走り、隣に座っていた中年のアッパーカットをもろに受けて吹っ飛ぶと、天井に頭部だけめり込んだ状態になった。


「じ、爺さん生きてるよな?」

「あれくらいで死ぬタマじゃねえ。俺の見立てじゃ胴と頭をぶった切って、別々に隔離した上で灰にしても生き返る。言っておくけど冗談じゃなくマジだからな」

「ええ……」

「まあそれにここはお前の夢だ。なら余計に死なねえさ」


 テオは天井でプラプラ足を揺らしている老人の安否を気遣ったが、凶行の原因である中年はまるで気にしていなかった。

 そんな中年だが、近寄ってくる三十代。中肉中背でスキンヘッドの男を認識すると顔をしかめた。


「おっとラッキー。この席空いてるじゃん。誰もいない席とは珍しいなあ」

「来るんじゃねえよ。お前と話してたら頭がおかしくなる」

「うん? 美味しいお菓子が入荷したのか?」

「ちっ。おいテオ。こいつと話しても無駄だから気にすんな」

「ああメオ君。妖精とのゲームは楽勝だったね」


 心底嫌そうな顔をしている中年を気にせず、スキンヘッドは勝手に話を進めているが、テオの名前だけではなく認識すら間違っている。


「あーっと?」

「だから話しても無駄。そう言う生き物だって諦めろ」

「でもさおっさん。そもそも、こんなにはっきりしてる人が他にいたっけ?」


 このスキンヘッドにテオが戸惑った理由は二つ。会話が繋がっていないことと、老人、中年、成人以外ではっきり形になった人間が今までいなかったことだ。


「こいつは俺らの派生……いや、厳密にはクソ爺の派生だからな。癪だが男の英雄ならクソ爺の歩いた道をどっかで踏む。女を庇って戦い抜くのもそれだ。つまりお前も英雄の道を歩き始めたから、今まで以上によく見え始めたんだろ。多分な」

「……英雄伝説継承の理解が深まった感じ?」

「そんなもんだ」


 おっさんと呼ばれた中年は、スキンヘッドの男から視線を外して貧乏ゆすりを始め、あくまで推測でしかないものを口にする。

 そして、次に中年が渋々口にするのは一歩引いたところで経験したものの一端だ。


「……テオ、よく覚えておけ。その立場に望んでなった。知らない間になった。関係なく問題を解決出来ない英雄やら最強は、役立たずの害悪だ」

「そこまで言う?」

「言う。世間から一番強い。逆らったら潰されるって思われてる奴が判断を間違えたとしよう。だがそうなっても、他人はビビってなんも言えないし、親しい奴はコイツならなんとか出来ると思い込む」

「ふーむ」

「それでも結局はなんとか出来るなら、間違いなく英雄や最強さ。そいつらの役割は何があっても最終的に問題をぶっ飛ばせる。この一点に尽きるからな。でもよ、しくじったなら単なる害悪で、巻き込まれた俺はとんでもない苦労をした」


 苦い顔で酒を飲む中年の言葉に、テオはそういう考えもあるのかと頷く。

 そして周囲で酒を飲んでいる、かなり人型に近づいた靄達も口を挟まず、ある者は頷き、ある者は肩を竦め、ある者は溜息を吐いていた。


 次に口を開いたのはお茶を飲んでいた成人と……スキンヘッドの男だ。


「話を少し変えましょうか。英雄伝説継承ですが少し分かりました。どうやら貴方が英雄的行動を起こすと、我々の中から誰かが力を貸せるようです。悪魔の時はフェンリルが現実世界に現れました」

「バオ君、こっそりいいことを教えてあげるよ。どうやらフリルの付いた服の話だ」

「はあ……悪気はないのが始末に負えないというべきか……話がややこしくなる……」

「え? 今何か言った?」


 英雄伝説継承について分かったことを話そうとした成人だが、口を挟んできたスキンヘッドに頭痛をこらえるような表情になり、中年の堪忍袋の緒が切れた。


「面倒だから今は黙ってろテメエ!」

「ぐげええええええええええええ⁉」


 中年はスキンヘッドの男が白い仮面を取り出し、ひらひらした服を装着するよりも早く、毛髪のない頭部を引っ掴むと、この正気ではない男と比較的話が出来る集団に放り投げた。


「えーっと、どこまで話しましたかね。そう。フェンリルが現実世界に現れました」

「あー……殆ど覚えてないんだけど」

「半死半生でしたからそうでしょうね。貴方が悪魔の分霊を倒すと同時に、フェンリルが本体を飲み込んだのですよ」

「え? フェンリルって俺の頭に乗っかる狼だよな?」

「その通り。フルパワーなら魔王だって余裕な神殺しの獣です」


 気を取り直した成人が話を続けたものの、テオの認識においてフェンリルは、自分の頭で寝る子犬に近い存在だ。そのため完全に理解出来なかったが、成人の本題はまた別である。


「はい質問です。危機的状況でしか発動しない、爆弾を呼び寄せる力の持ち主はどうなるでしょうか?」

「ひょっとしてかなりヤバい? 下手すりゃ殺される?」

「正解」

「わーお……事実として悪魔の攻撃を受けてからは殆ど覚えてないから、それで押し通すよ」

「それがいいと思いますよ。幸い、聖女一行はフェンリルを認識出来ていませんし」


 冗談めかした成人の問いで、テオはかなり危険な立場にいることを自覚する。

 これが常時発動している力か、もっと弱い存在を呼び出すだけなら気にしないでもよかった。しかし、呼び出せるのは魔界の魔王と戦える存在だ。そこで恩寵の発動がかなり不安定だと発覚した場合、危険な能力が使われる前に殺してしまえと思う者は多くなるだろう。


「冒険者ギルドは明後日ですか?」

「そう。明日に白貴教の対悪魔部署が到着するみたいだから、一旦事情説明に立ち会って……まあ、さっきも言ったけど殆ど覚えてないから、俺には何も出来ねえけど。とにかくそれが終わったら、冒険者ギルドで指名依頼を受けるよ」


 お茶を飲み始めた成人がテオの予定を問う。

 ギリギリながら精鋭を保っている白貴教の対悪魔部署は、素晴らしい腰の軽さを見せて到着する予定だ。その後に冒険者ギルドに顔を出す予定のテオだが、妙に興奮している者がいた。


「ぐはははははは! 言ってやるといいわテオ! 聖女の傍には俺っちがいることになったけど、今どんな気持ち? ねえねえどんな気持ち」

「一々下品なんだよ爺ぃ!」

「ぎょああああああああああ⁉」

「じ、じいさあああああんんん⁉」


 スポッと音を立て、天井から頭を引っこ抜いた老人が下品な言葉を発しながら落下すると、青筋を浮かべた中年が再び拳を振り上げて迎え撃つ。

 しかも威力は先程の比ではなく、老人は思わずテオが心配してしまうほどの勢いでまたしてもぶっ飛び、体の大部分が天井にめり込んでしまった。


「残像出てたけどあれ間違いなく死んだんじゃね⁉ ちょ⁉ 目が覚める⁉」

「達者でなー」

「ではまた今度」


 テオは老人の安否を気にしたが、急速に現実の自分が目を覚ましかけていると察して、中年と成人に手を振られて酒場から消えていった。


 そして夢もまたここで終わら……ない。


「良くも悪くも精神が落ち着き過ぎてる。あの歳でガキとしての感性が薄いのはよくねえ」

「仰る通り。ですが」

「ああ。元々素養があった上で周りがよくなかった」


 テオとの接続が切れたことを確認すると、しかめっ面で酒を飲み始めた中年に成人が同意した。

 彼らの懸念は、植物に近いテオの精神だ。

 ゴミや残飯を食べて育ち、十代は英雄になると持て囃され、最終的に使えないゴミだと扱われたのだから、精神が頑強になるのは当たり前だ。しかし、打たれ続けて完成した精神は、人生を楽しむという発想を奪い、酷く落ち着いた人間になってしまった。


「……お節介。余計なお世話。俺にコミュニケーション能力がない。スベる話しかできない。普段の俺がかなりおかしい。そんなことは分かってる」


 この言葉、中年のものではない。彼に投げられたスキンヘッドが落ち着いた表情で椅子に座り、話に加わったのだ。


「だけど悪は別として普通の人には笑ってほしい。笑顔でいてほしい。涙は笑顔の付属品でいい。そうじゃないか?」


 先程まで正気かも怪しかったスキンヘッドが同意を求めると、酒場にいた多くの靄が頷いた。


「まあでも、テオ君に必要以上の心配はしなくていい気がする。いや、ちょっと前はかなり心配してたけど、あれだけ誰かのために怒れるなら、若者らしい感情だってドンドン出てくるさ。なんなら今も、天井でぶら下がってる生モノに、大きな反応を示したんだ。ナイスツッコミだったよ」


 自分の人差し指と親指で口の端を押し上げ、笑みの形にしたスキンヘッドが呟き続ける。


「これから起こるのは、袋小路にいる女の子達が未知と道を見つけるだけの旅じゃない。テオ君もまた成長する旅だろうさ」


 しっかりとテオの名を出したスキンヘッドの言葉を最後にして、酒場の明かりは小さくなっていった。

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英雄が集うヴァルハラ。いつか主人公も行く場所か… 普通は悪を滅ぼし美女を救う大活躍できたら無邪気に喜べるはずなのに、辛いね
スターシステムが採用されているとしたら、そのうち無能と呼ばれたスケコマシ王とか、理不尽なばかりの光の勇者とかも、出てきておかしくない夢酒場。
平時は子犬、戦場では大犬みたいなペット枠みたいなの好き。 まぁ、神殺しなんですけどねその子犬。
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