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追放された青年

 仕事を終えたと思っていた。

 役割を終えたと思っていた。

 運命を終えたと思っていた。


 化石は化石らしく。

 遺物は遺物らしく。

 過去は過去らしく。

 過ぎ去りし存在としてじっとしているべきなのだろう。


 だがまあ……偶には押し入れから出てもいい筈だ。

 次代の引継ぎが長く滞っているから暇だった。


 ◆


 英雄伝説継承。

 こんな名称の力があればどうなる? どう考える? どう思う? 少なくとも周囲を含め、期待と妄想を膨らませるに違いない。

 時間すら永遠に凍てつかせる氷結。万物尽くを粉砕する力。世界を操る権能。あらゆる怪物を従える異能。正しく神の如き力を継承しているのでは? と考える者だっているだろう。

 なにせ英雄、伝説、継承。これで妄想を膨らませるなと言う方が無理難題である。

 問題だったのは実在した上で、欠片も役に立たなかったことだ。


「テオ、お前はクビだ」


 様々なモンスターを討伐し、未知に挑む冒険者という職業がある。

 そんな冒険者パーティーの一つ、黄金の塔のリーダーであるアレックスは、借りている宿で新入りを解雇していた。

 彼を含めたパーティーメンバー五人が三十代で、筋骨隆々とした男達の集団だ。そんな男達に混ざっている異物は、その五人から強い疑い。もっと言えば嫌悪に近い眼差しを受けている。


「分かりました」


 今にもやっぱりなと言いだしそうな男は若く、ギリギリ成人に達したかどうかの年齢だ。

 くすんだ短い赤毛。少し垂れている目つきと茶色の瞳。平均的な身長ながら、きちんと引き締まった体。

 冒険者として特におかしいところがないテオという名の青年は、業界内を飛び越えた悪評が纏わりついていた。


「やっぱり詐欺師なんじゃねえか?」


 我慢出来なかった男がテオに悪態を吐く。

 全てはテオの持つ特殊な力が原因だ。

 恩寵。恩恵。スキル。ギフト。加護。様々な呼び方をされる不可思議な力が世に満ちている。そしてテオの持つ力の名こそが、英雄伝説継承だ。


「契約金を返せって言いたくなる」


 また別の男が呟いた。

 テオが冒険者を志した数年前にこの力、恩寵と表現しよう。英雄伝説継承の恩寵を持つことが発覚した彼は、それはもう丁重な扱いを受けた。

 冒険者の組織である冒険者ギルドを束ねるギルドマスターに面会したし、最上級のパーティーが彼を取り合う騒ぎにだって発展した。

 全員が、恩寵の名に振り回されたと言っていい。

 テオ自身も。


「お世話になりました」


 何度言ったか分からない言葉を最後に、テオはつい先ほどまで仲間だった者達に背を向ける。

 彼の冒険者人生の最初は、最も著名な冒険者パーティーに迎え入れられたことから始まった。そこで様々な訓練を受け、活躍が約束された未来を送る……事はなかった。


「おいおい、詐欺師じゃねえか」

「黄金の塔も物好きだよな」

「あーあ。俺も楽して稼ぎてえなあ」


 小さな荷物を片手に宿を出たテオは、自分のあだ名で揶揄う同業者達を気にせず歩いていく。

 有名になればなるほど、人々はあだ名や二つ名を用いて評価してしまうが、なにもいい評価だけが条件ではない。

 テオのあだ名である詐欺師は、かつて高名な冒険者パーティーが大金で彼を仲間に引き入れ、全く結果を出ず無駄になったことが原因だ。


 この青田買いとでも表現するべき行為は、長い目で見たら元が取れると楽観を伴った。しかし半年、更に一年が経過すると、鍛えた常人の範疇にしかならないテオへの目は厳しくなる。

 こうなると、そこらの兵士よりはマシ程度の男に、超人の中の超人が指導するのも、大金を払ってパーティーメンバーにしている意味もない。

 それどころか無駄の極みであり、我慢してテオを鍛えていた者達は、二年を区切りとして関係を終わらせた。


「おおっと詐欺師だ」

「ひょっとしてまたクビか?」

「おーい詐欺師! 今度はどれくらい稼いだんだ!」

「今度奢ってくれよ!」


 テオが冒険者ギルドを訪れたことで、注目と侮蔑が益々強まった。

 それ程大きくはない石造りの建物内は、頑丈さを第一にした厚みのある机や椅子が並び、逞しい者達が仕事のやり取りをしていたのにも関わらずだ。

 分かりやすい話をするなら、年若いテオが栄光の道を歩いていたのに嫉妬し、道が崩れ落ちたため自尊心が満たされているのである。


 そんなギルド内を気にすることなく、テオは受付を担当している美しい女性達に近寄った。


「すみません。多分リーダーから話はされると思いますけど、黄金の塔から抜けることになりました」


 テオの要件は、先程まで所属していた冒険者パーティを抜けたと、念のため報告することだ。

 そして通常、受付嬢は素晴らしい収入を得ている上に、長く家を空けることが多い高位の男性冒険者を射止めるため、自分磨きを忘れず愛想もいい。

 つまり逆を言えば、高位冒険者に睨まれている者へは、保身と将来設計のため必要以上に愛想が悪くなることを意味している。


「他に要件は?」


 吐き捨てるような受付嬢と、特に変わりがないテオのやり取り。

 会話はこれだけだが、数年前は全く違う。


『テオ君って言うんだ。よろしくねー!』

『わあ、英雄伝説継承ってどんな力なんだろうね』

『お姉さんとこれから食事でもどう?』

『テオ君、かわいー!』


 美しい受付嬢達は人として当然の打算を抱え、右も左も分からないテオを誘惑しようとした。しかし、見込んでいた将来性が消え失せたのなら、さっさと別の男を探す必要があった。

 愛情だけで生活出来ると思えるのは少女の特権である以上、愛だの恋だの言う前に、世間体を保ちつつ稼いでくれる男を求めるのは至極当然である。


 実際、孤児として育ち泥水を啜り、虫だって食べたことがあるテオも、受付嬢達にそりゃ生活優先だよなとある意味達観しているほどだ。


(田舎に引っ込んだのにこれじゃあな……)


 世間から思われている程は金を持っていないテオが、冒険者ギルドを出ながらぼんやりと空を眺める。


 ここでややこしい話になるのだが、孤児で貧しい生まれのテオに、貴族とも関わりのある上位冒険者や冒険者ギルドのお願いを断る術がない。つまり、俺達なら君を正しく導けると言われたなら、事実上強制的な連行と化すのだ。

 そして恩寵の名に眼が眩んだ後、テオに見切りをつけて放り出した。


 こうなると学も人脈もないテオは危険だと思い辺鄙な町に引っ込んだが、恩寵はどこまでも彼の足を引っ張った。

 なんと都合のいい部分だけを信じ込んだ、黄金の塔が伝手を使ってテオまでたどり着き、彼をほぼ無理矢理組み込んだのだ。


 そして結果は御覧の有様である。

 誰が悪いのか。

 勝手に期待して勝手に失望した周囲か。

 それとも分不相応な力を得て結果が伴わないテオか。

 もしくは世界そのものか。


 ただ一つ言えるのは……投資は自己責任である。


 ◆


 その日の晩、テオは夢を見た。

 幾つかの冒険者パーティーがテオから説明を受け、中途半端に彼を諦められなかった理由となる夢だ。


「これからどうしようかなあ」


 呟くテオは酒場のテーブルに座っていた。

 一見すると複数の席が存在し、清潔で明るい木造の酒場だ。しかし不思議なことに、ガヤガヤと煩い客達は黒い人型の靄で、幽霊が騒いでいるようにも見える。

 そんな中ではっきりとした形を保っているのは、テオと同じテーブルに座っている三人だ。


「別のところに行くといいさ。ここは奴隷が少ない。儂の世界じゃ右見ても左見ても奴隷と人買いで溢れとったぞ」


 好々爺とは口が裂けても言えない、笑みに皮肉を合わせた七十歳ほどの老人が酒を飲む。

 短い頭髪は真っ白で皮膚はしわくちゃなくせに、黒い瞳はやたらと強い輝きを宿していた。


「おい爺ぃ、坊主に妙な趣味を教えるんじゃねえぞコラ」


 目つきが非常に悪く、肩まで伸びているボサボサの金髪を掻いている、四十歳ほどの中年が灰色の瞳で老人を睨む。

 その言葉の端端は粗野で、世界中の全てが嫌いだと言わんばかりの男だ。


「まあまあ。それぞれ時代や世界というものがありますから」


 最後の一人は、ゆっくり酒を飲んでいる三十代ほどの男だ。

 肩甲骨まで伸びた黒い髪は束ねられ、おっとりとした雰囲気の中で輝く黒い瞳は随分と落ち着いている。


 不思議な酒場に訪れ、幽霊のような存在に交じり、はっきりとした三人の男達との会話。これこそが、今現在のテオが所持する特別だ。

 つまり他の人間に証明する手立てがなく、説明しているのに詐欺師と呼ばれる原因の一つでもある。


「金があれば旅行でもするんだけどな」


 頬杖をついて人生設計を考えるテオに対し、老人、中年、成人の三人は揃って、戦闘技術の才能は凡人並しかないと結論していた。

 テオが手を抜いているならまだ話は変わったものの、きちんと努力を重ねているのに、それでも結果が伴わないのだ。

 そのため何を教えようが上手くいかず、テオの目的はかなり緩いものになっている。


「欲がないのう。自分にされた投資金を丸ごと貰っても、罰は当たらんと言うのに」

「爺さん。神からの罰はなくても、人の恨みは買うだろ。処世術だよ処世術」

「それで詐欺師と呼ばれるんなら意味ないわ」

「下手すりゃ殺されるんだから十分あるさ」


 老人は世間が思っている以上に金がないテオに皮肉を向ける。

 所属していたパーティーを抜ける際、授業料、指導料としてかなりの金額を返還したテオは、恨みを買って闇討ちされる前に行動していた。

 勿論、テオが所属していたパーティーはきちんとしたものだったためその恐れは限りなく低いが、金の恨みは古今東西を問わず恐ろしいものである。


「そんで、テオ。観光でもすんのかよ?」

「なんか近々、聖女様が来る場所があるみたいだから、見てみようかなーっと。あ、あれ? どうしたんだ?」


 中年が貧乏ゆすりをしながらテオに問いかけると、頬杖をついたままの彼が聖女と口にした途端、靄たちの喧噪がかなり大きくなった。


「気にしないでください。皆が自分の世界で大なり小なり、良くも悪くも聖女や聖人、女神といった類のものに関わりがあるのですよ」

「あーそう……」


 おっとりとした成人の言葉に、テオは深く聞いちゃ駄目な奴だと思い口を噤んだ。


「気づいたら結婚してたとか怖くね?」

「目が覚めたら隣にいた」

「まだマシだよお前ら」

「俺の場合は普通に仇だったんだけど」

「愛憎入り混じってよく分からんことになった」

「俺はイチャイチャラブラブだったよ」

「そう思ってるのはお前だけのパターンもあるぞ」


 尤も靄達は気にせず、自分のことを好き勝手話しており……色々とあったようだ。


「テオや、噂は聞いておるか?」

「知らね」

「ふーむ。儂がいいことを教えてやる。聖女に姫騎士とか言われてる連中を、自分色に染め上げるのが男の本懐じゃあああああああああああ⁉」


 嫌らしい笑みを浮かべていた老人が持論を展開すると、隣に座っていた中年は物理的に口を塞ぐことにした。具体的には老体の首を引っ掴むと、異常な膂力で投げ飛ばし酒場の壁にぶつけたのだ。


「やれやれ、相性が悪いですねえ」

「その一言で終わらせていいのかよ……」


 これを成人は軽く受け流したが、テオは常人なら肉塊になりそうな勢いで吹っ飛んでいった老人と、それを成し遂げた中年に引いていた。


「あのクソ爺は放っておくけどよ。生物的な理由と割り切って女に関わるのも、人生の選択肢って言えば選択肢だな。まあそりゃ女から見ても同じことを言えるが」

「人それぞれですからね」

「だな」


 再び貧乏ゆすりを始めた中年が男女の価値観の一つを口にすると、成人も緩やかに同意した。

 しかしテオは国にすら睨まれている身で、誰かと交流する余地がほぼなかった。


「まずは国から出ないとなあ……はあ……」


 思わず溜息を吐いたテオが国から睨まれている理由もまた、投資の失敗が原因と言っていいだろう。

 テオが所属している国の名は、山脈国。

 名は体を表すこの国は荒れた禿山が多く、鉱物資源で命脈を保っている小国だ。

 そんな小国に、英雄伝説継承のテオが現れたものだから、山脈国は大々的に彼を利用しようとして、絵に描いた餅で終わった。


「詐欺師に引っかかった馬鹿王国って噂が流れて、恥かいた王家から恨まれてるみたいなんだよ……」

「典型的な一発逆転を狙い、博打で失敗して身を滅ぼすタイプですね。リスク分散という発想は無いのでしょう。山脈国は原因をテオに求めるでしょうが、海の物とも()の物ともつかぬ若者に、掛け金を上乗せした判断は当事者の物です」


 テオが顔を掌で覆い、成人が冷笑を浮かべる。

 山脈国は自国に英雄の卵が生まれたとはしゃぎ、あちこちに言い触らしていたが、その卵は殻を割る方法を知らなかった。

 結果的に浮かれまくった分、相応の恥を掻いてしまい、公的な場でもテオを詐欺師と罵っている有様だ。


「あるよなあ。あるある」

「一因なことは認めるけど、なんでか知らんけど全部が全部お前のせいだって言われた」

「僕も覚えがありますねえ」

「そんで、やっぱり自分のせいだったんだって思うのがお約束」

「いたたたたた。救世主にでもなったつもりかっての」

「世界の悪徳は全て俺のせいなんだっ……! うーん。若かった」

「一人の因果が回って世界が滅びそうになるとか、それもう世界自体が駄目になってるんじゃね?」

「はい他責思考の屑。英雄なら全部一人で抱え込め」

「やだ。それに俺は全部、無理矢理解決した」

「やはり暴力……!」


 テオの身の上話を聞いていた靄達が、あちこちでまた好き放題言いながら酒を飲んでいる。

 そしてこの陽気さにテオも感化されて席から立ち上がった。


「金稼いで! 美人の嫁さん貰って! いい人生だったと呟きながら老衰するのをめざしまーす!」

「いいぞーテオ!」

「坊主、よく言ったー!」

「男ならハーレムだー!」

「ハーレムもまあ……ちょっと……かなり大変だけどな」

「しー。若い奴に夢見させてやれよ」


 お先真っ暗な人生に溜息を吐いていた姿はどこへやら。杯を高々と掲げ宣言するテオへ、靄達は一斉に激励を送った。

 普段は達観しているテオだが、それでもまだ一人前になったばかりの男だ。夢もあれば健全な野心だってあるし、枯れたつもりもない。


「おおっと?」


 そんなテオの足元で何かが走り、彼の体をあっという間に駆け上がって頭に乗った。


「くぁー……」


 かなり輪郭がはっきりしている黒い靄は、気の抜けた声と共にあくびをしている犬のような形で、尻尾らしき部分がテオの頭をパシパシと叩く。


「どうした? 何か食うか?」

「きゅぅん」

「なんだよ眠たいのか。首が痛いんだけど……無視か」

「……すぅ」


 慣れているテオは頭の上の靄に声をかけたが、寝息が聞こえ始めると諦めて放置した。そして、興味深そうに見ている成人に向き直った。


「テオの影響で再現度が上がってますね」

「再現度?」

「ええ。貴方の心構えに応じたのでしょう。その子は相棒という概念の化身的存在ですから。まあ……本質はかなり違いますけど」

「そうなると……どうなるんだ?」

「さあ」

「さあって……」

「この酒場のような場所も訳の分からない状態ですので、誤魔化しているのではなく本当にさっぱり分かりません」

「三人だけやたらとはっきりしてる理由は?」

「特別……だからですかねえ」

「なんじゃそりゃ」


 冷笑ではなく微笑を浮かべた成人だが、テオの質問には心の底からの本音、お手上げだと白状した。


「なんにせよ、お天道様に顔向け出来る、自分が正しいと思った人生を送りゃぁいい」

「ですね」


 最後に中年が話を締めくくり成人が同意すると、テオの夢は急速に暗く、まるで幕が閉じるかのように終わった。


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ハーレムは止めておけ……ワシみたいに干からびるんです
脳内の英雄どもが多すぎる…!
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