第182話 ーー腐る 後編ーー
ナビも、ペグも、どうして僕の邪魔をするの?どうして殺しちゃダメなの?考えても分からない。悪人なら、殺しても良いでしょ?
「目を覚ませイリウス!」
「お願いだからいつものイリウスに戻って!」
スポイルに振るう剣がナビとペグの技によって引っかかる。何度振るおうと、2人は僕を止めてくる。スポイルは何もする様子がない。ただひたすらに僕が殺すのを待ってるみたいだ。
「良い加減にしてよ、2人とも」
「それはこっちのセリフよ。あいつは捕まえるの」
「どうして殺しちゃいけないの?悪人なんだから、殺されても当然なんじゃないの?」
ペグもナビも顔がないようなものだけど、2人は顔をしかめた気がした。
「殺しに当然なんてあっちゃダメ。それじゃスポイルと変わらないわ。イリウス、あなたは優しい。だからどれだけ腐っても、後悔してしまう」
そんなこと
「ピカソだって、エアスだって、死んだ時に思ったことがあるでしょう?」
そんなこと
「お前、ピカソが死んだ時泣いてただろ!例え恨む相手でも、お前は死んでほしくないと思ってるんだ!」
そんなこと…
「目を覚ましてイリウス!」
「目ぇ覚ませイリウス!」
2人の声が、記憶と一緒に流れ込んでくる。頭が痛い。分かんない。何が正しくて何が間違ってるかなんて。
「そんなこと、あっていいわけないんだ」
僕の心は芯から腐ってしまったようだ。誰の声も届かない。誰にも止められない。
神器を出し、まっすぐとスポイルの首元へ…
「イリウス!」
ナビの声と共に、剣が空を舞う。何かに剣を飛ばされ、僕はその正体を見た。
「お前…は、殺すな!」
「トラさん…?どうしてここに」
身体のほとんどが腐ってるトラさんだ。操られてケルトさん達と戦ってたんじゃ?
「俺は…身体が腐っても、心は腐って…ねー。こんな…技に、屈してたまるか!」
その瞬間、僕の中で腐った部分が消えた気がした。
「お前だってそうだ…腐っても、腐っても…何度でも抵抗、してみせろ!俺は…俺は…絶対に負けない!」
トラさんの腐りが解ける。腐った部分が元に戻り、いつものトラさんになった。一体何故…
「やはりな。何故死体をゾンビにしていたか、理由が分かった」
「チッ。だから嫌なんだ。意思だか気合いだかってやつは」
「抵抗されると腐る魔法が解けるんだ。だから抵抗出来ない死体を選んでいた。トラはあれで平気だ。残るは…」
僕はその様を見ても、まだ怒りが湧き上がる。ボロボロと僕の善意が崩れ去る。何で誰も、何で僕の味方をしてくれないんだ。ここでスポイルを殺したら、みんな僕を見捨てちゃうのかな。
「嫌だ…嫌だ…1人にはなりたくない…」
腐ってしまったものは、腐りがなくなれば元に戻る。でも、腐って粉々になってしまったものは、元には戻らない。今更戻ったって、僕はもう…
「大丈夫だ。お前は1人じゃない」
トラさんは優しく抱きしめる。あったかくて落ち着く。
「離して…ください」
「嫌だ。お前が元に戻るまで、俺は離さない」
「今更戻ったって…」
「お前の足りない所は、俺らで埋める。お前には、それだけの仲間がいるだろう?」
そっか。そうだったんだ。スポイルを殺そうとした時、僕の抑制する心が足りなかった。でも、ナビとペグでその心を補ってくれた。僕を止めてくれた。
「…はなから1人じゃなかったんですね、僕は」
何か、スッキリした。
「トラさん、もう大丈夫です」
「…あぁ。その目なら、平気そうだな」
「ナビ、ペグ、ありがとう。さぁ、捕まえるよ」
「ほんっと、中々起きてくれないんだから」
「帰ったら絵の具くれよ!」
僕は腐ってない心を取り戻し、自分を見つけた。もう腐ったりしない。
「つまんねー。せっかく面白くなりそうだったのに。まぁ良いや。つまんない展開なら、お前ら殺して終わりだ。ゾンビども!」
スポイルは退屈な顔で、仲間のゾンビを呼んだ。まだ残っているのかと思ったが、
「ゾンビとは、そこらに転がってるバラバラ死体のことか?」
「けっ、トラに良いとこ取られちまったがまぁ良い。イリウス、戻ったようで何よりだ」
既に制圧済みのようだ。もうゾンビは居ない。あーあ、と頭を掻きながらこっちの様子を伺っている。
「お前ら、一体何者なんだ?」
「トライアングルって言えば分かるか?」
「どーりで。俺の軍勢を軽々倒すなんて四大勢力くらいしかいないか」
よく分からない質問もすぐ終わり、時間稼ぎにもならない。
「まぁ良いか。じゃ、俺はこれで」
スポイルは外への扉を出して入ろうとした。だがそんなの許されるはずもなく、ケルトさんが腕を掴み阻止した。そのまま床に押し付けて、今度こそ捕獲完了だ。
「そんで、捕まえるって言ってたけど…どこに連れてくんだ?」
「え、警察じゃないんですか?」
「この世界警察いないぞ」
「え…」
捕まえるとは言ったものの、管理できる場所がないと逃げられるだけだ。結局こんな所までローディアの警察を呼ぶ羽目に。
「イリウス君…まぁ良いけどさ。殺人鬼の関係者なら危険人物だから良いけどさ。他の世界ならそれなりに対処を願いたいと言うか…」
「ごめんなさいドンベルさん。でも、僕は人を殺さないって決めてるんです。こっちで対処と言っても、逃げられたらそれで終わりですから」
こいつが逃げたらまた厄介なことになる。こいつの空間が消えた時、大量の腐った死体も広い王室に置かれたから充分な証拠にはなった。
「あ、情報吐かせといてくださいね。あと僕にも教えてください」
「情報を吐かせたとして、君に教えることは…」
「構わん。ご協力感謝します」
ドンベルさんの後ろから公安の人が現れる。メカトリスの時お世話になった人だ。
「ミツバさん!それなら良かったです」
「ただ、今丁度その類の能力者がいなくてね…吐かせられるか分からないんだ」
コソコソと僕は耳打ちした。元々居たけど何かあったのかな…
「その気になれば拷問くらいするけど、どうする?」
「それはダメだと思います。倫理観的にアウトです。出来れば平和な解決したいです」
「分かった。君がそう望むならそうしよう。念の為、ドンベルとかそこらにあいつの情報を教えておいてくれ」
「はい!」
僕は無事にスポイルを捕まえ、警察に連れて行くことが出来た。終始納得行かなそうな顔をしていたスポイルだが、ドンベルさんの力で魔法が使えないみたいだ。ほんと便利だなこの人…
「はぁ…ったく!」
「いてっ!」
急に頭を殴られる。コツンと音が鳴り一瞬の痛みが来る。
「お前は何回言えば分かんだ?身体に分からせた方が早いか?」
「今回は仕方ないです…ケルトさん達も連れて行ったら警戒して正体を表す前に逃げちゃうかもしれませんでした…」
「…意外とちゃんとした理由なのなんなんだよ。ムカつくな」
「理不尽ですー」
「まぁ、とにかく」
ケルトさんは僕を抱きしめてこう言った。
「無事でよかった。次はねーぞ」
「…はい!」
どこへでも駆けつけ、僕に害を為すものをやっつける。ケルトさんは、いつも僕のヒーローだ。
「本当に心配したんだからの。我々が居なければどうなっていたか…」
「腐ってから元に戻れてよかった。下手したらあのまま全滅だったからな」
バクとトラさんもそうだ。絶対に駆けつけてくれる。大事にされてるんだ。心配かけないようにしないと。
ーーーーーーーーーー次回予告ーーーーーーーーー
「さむい…」
スポイル戦が終わり家に帰ってきたイリウス一向。ローディアの気温は低くなり、冬も本格的になる。捕まったスポイルは情報を吐かないようだ。次はどうするべきなのか。
これで初めからか。何の情報もなしに殺人鬼を探すのは骨が折れるな。
次回「ーースタート地点ーー」