第171話 ーー僕だけ 後編ーー
「んーとなになに…お主は攻撃を受けている?」
煎餅に書かれたナイフで切り付けたような傷、そして小さすぎる文字、これは間違いなくバクのだ。僕は急いでこの文字を読む。
「つまり…繋がってるのは食べ物や飲み物だけ。僕だけ隔離された世界にいるってことか。誰かの能力…能力者を見つけないと」
僕のいる、この僕だけの世界に能力者がいるのはほぼ間違いないだろう。新しい世界を作るのと同じような能力、確実に代償が必要だ。そこまでして僕を閉じ込めた意味、想像がつかない。
「誰かいるんですかー!僕を殺したいんだったらとっくに出てきてるはずですー!何が目的なんですかー!」
大声で叫んでみるが、返ってくるのはやまびこだけ。一生1人なんて嫌だ。ケルトさんに会いたい。バクにも、トラさんにも、ナビにも…。誰か…
「とりあえず伝わったら良いですけどね」
イリウスが閉じ込められた別の世界。何でイリウスにここまでするのか。どうしてイリウスなのか。目的は本当にレベルなのか。
「繋がりが食べ物や飲み物だと、餓死や脱水での殺しが狙いではないのか。だとしたらサシの勝負になる。煎餅なんて食べている暇なかったのではないか?」
「…確かに。ならば狙いはレベルじゃない?このまま一生閉じ込められたとして、あるのは孤独だけ。とても死の対象になるわけじゃない。それよりも能力者本体の代償の方がデカいだろ」
考えれば考えるほど分からん。目的はなんだ?イリウスを孤独にして何がしたい?代償は気にならないのか?
「こんな長い時間閉じ込めて、新しい世界を維持して、まるで人の技じゃないですね」
「ん?どう言う意味だ?」
「神力だとしても、イリウスの神力量を遥かに上回ってるんじゃないですかね。こんな大技出来るやつなんて、命をかけてたとしても相当だと」
俺はその言葉で考える。人じゃないとしたら?妖怪か?他の世界の技か?いいや、違う。だとしたら…
「うぇーん誰も居ないよー!」
元々ひとりぼっちが嫌いだった僕は一生このままかと泣き喚く。誰も居ない街、その中心地で僕の泣き声が響く。寂しい、悲しい、誰かここに来て。
「もう…1人は嫌だよ…」
「この世界でたった1人きり。食い物や飲み物のみがあっちの世界との繋がり。そんな中でお前が犯した罪は無銭飲食だけか」
誰かの声が聞こえた。そこら中で反射してどこから聞こえるのか分からない。
「罪と言ってもわざとではない。無意識下の罪。俺の中では無罪だな」
「誰ですか?どこにいるんですか?能力者さんですか?」
問いかけても一向に返ってこない。そのまま諦めようとした時、後ろから気配を感じ振り返る。そこに居たのは、見ただけで分かる。神様だ。
「人間達では、初めて会った時に自己紹介をするんだったな。俺は閻魔。閻魔大王と言えば分かりやすいんじゃないか?ローディアの言い方で言えば…『審判の神』と言った所か」
「閻魔…様?地獄の神様…」
表情を一切変えずにこちらを見ている。この人が閻魔様なのか。恐ろしい。殺気でもない、異様な雰囲気を漂わせている。
「それで、どうして僕を…?」
「俺は審判の神だぞ?頭がいいお前なら理由くらい想像つくだろう」
あ、オワタ。多分知らない間にめちゃくちゃなことやらかしたんだ。絶望で足がすくむ。さようなら世界。
「まぁ今回は全く別案件なのだがな。お前を少し試しただけだ」
「え、つまり悪いことしたわけじゃないですか?」
「そうだな。そういうわけではない。今言ったが、試しただけだ」
緊張が解けて息を吐く。完全に終わったかと思った。そうしてそこら辺のベンチに座り、閻魔様と会話することになった。
「知っているか?地獄行きの条件を」
「いや、知らないです」
「人生の良し悪しは減点方式だ。悪いことをすればマイナス、良いことをすればプラスだ。人間の人生は100点から始まり、そこから左右される。地獄に行く奴は数字が0以下になった者だ。まぁ何もしなければ基本は地獄には行かん」
地獄のルールを初めて知った。僕は豆知識でも聞いたような反応を見せる。結局の所何を伝えたいのかが分からないが。
「ただ、そこには例外もある。0点以下を取った場合でも、神になってしまえば地獄行きは回避される。そこが俺の納得いかない所だ。大量に人を殺し、迷惑をかけた者が裁かれずに神になる。俺はそれが許せない」
「た、確かにそうですね〜」
僕は愛想笑いをするが、本人は怒りで気を揺らしている。それにしてもどうしてこんなことに。
「人が犯す罪で最も重いもの。それは殺人だ。殺人はマイナス100。一回するだけで地獄行きだ」
「え、じゃあ僕も…」
「人殺しと言えど、仕方がない場合や故意でない場合がある。その際は俺の匙加減だ。そしてここからが重要だ。人を殺せばマイナス100ならば、人を救えばプラス100だ。今のは命の話をしているが、そうでなくとも良い。困っている人を救うこと、無意味な争いを止めることなどなど、プラスになることはその辺に溢れている」
話が長いタイプの人です…っていうかそろそろ何で僕が連れてこられたのか気になるんですが…
「そこで、お前の資料を見た。何度も見直した。何度も計算した。そこには一寸の誤りもなかった」
「どういうことですか?」
「お前の点数、ざっとプラス1万だ」
「????」
「100人殺しても地獄には来れないぞ」
僕の点数が高すぎて驚いたが、それで何で別世界に連れてきたんだろう。僕は合わせたくない目を何とか合わせて話す。
「それで、どうして僕をこの世界に?何というか…閻魔様に裁かれる訳ではないのでしょう?」
「真偽を確かめにきたんだ。お前が本当に1万に見合う善人なのか。食欲旺盛と聞いていたから食べ物や飲み物を繋がりとしていたんだが、無銭飲食はほんの少し。それも悪気はない。俺の過失でもあるから、これは罪には入れんよ」
試したとはそういうことだったのか。普段から得を積んだ甲斐があった。ひとまず地獄行きを回避しただけでも十分だ。僕は本当の本当に落ち着いた。
「無駄な時間になってしまったな。今回は本当に失礼した」
「お気になさらないでください。僕も、こんな世界初めてだったからちょっと楽しかったです!」
「そうか、それは良かった。ならば、すぐに元の世界に返してやろう」
「あ、ちょっと待ってください」
いざ、元の世界に帰るとなった時、僕は引き止め、ファミレスへ向かった。普段から人が多いローディアでは絶対に出来ない、それを実行するんだ。
「完成!ドリンクバー全部混ぜ!(お茶&コーヒー抜き)ふわぁ〜!新しい味で美味しいです!」
「あー…まぁ良いか」
閻魔様はひどく呆れた様子だったが、家に帰してくれた。ただいまと言って家に入ると、即座に飛んでくる。
「心配かけんじゃねー!!!!」
「えっへへ。ごめんなさいです」
ケルトさんは僕を力強く抱きしめる。ひとりぼっちだったからか、この苦しさもどこか温かかった。
帰って早々みんなに説明。閻魔様のことを言うと焦っていたが、恐らく平気だろう。
「閻魔がね〜。勝手にイリウスを試すなんぞ、舐めた真似しやがって」
「意外と良い人でしたよ。すごく怖いオーラしてましたけど」
「そうでもないぞ。我やケルトと言った、何人も殺してきた者には容赦ない裁きを下す。閻魔としては優秀と名高い。どんな理由があろうと罪は罪」
本人の言葉と違う。同じ罪でも、故意であったか、仕方なかったかを見ているのが閻魔様だ。現実と噂では多少の違いが生まれてしまうのか。それでも、話せば分かってくれる人だから、僕は弁明した。色々あったけど元に戻れて良かった。
ーーーーーーーーーー次回予告ーーーーーーーーー
「ライブの招待でーす!」
能力者アイドルとして名高いグループ『AMEMITU』。その派手な演出と歌で今では天下を取っている。そんな人達と繋がっているのがイリウスだ。次は何が起こるのか。
久しぶりに会いますね〜。忙しそうだから大変なのです。
次回「ーーお手伝いーー」