第170話 ーー僕だけ 前編ーー
「おはよ〜ナビ、ペグ〜。ん?」
いつも通り目を覚ますと違和感に気付く。そう、いつもいる2人がいない。リビングに居るのかと思い向かってみるが、誰もいなかった。
「ケルトさーん。トラさーん。バクー。みんなどこ行ったんだろ…もしかして…」
僕は非常に嫌な予感がした。これは最悪の事態だ。みんな…みんな…
「僕を置いて出かけたんだ!酷い!酷すぎるよ!わざわざ僕だけ置いてくなんて!」
怒りのあまり床をドンドンしてしまった。とりあえずお腹が空いたから置いてある朝食を食べる。それにしても妙に静かだ。今日は平日だし何かあるわけでもない。それなのに外からの声が一切聞こえない。
朝食を食べ終えた僕はすぐさま外に出る。鍵は何故か玄関にあったからそれを使った。そうして道に出た時、驚きのあまり目を丸くしてしまった。
「ひ、人が居ない…ローディアって人だらけなんじゃ…」
誰1人として歩いていない。常に人とすれ違うくらいだったのに。流石の僕も違和感を感じた。
「流石におかしいのです…鳥さんも居ないし、危ないウイルスでも出たんですかね。でもそれなら何でケルトさん達は家に居なかったんだ?」
考えれば考えるほど謎が深まる。とりあえず歩いているが家の中にも人がいる様子はない。そのまま僕はいつもの商店街に着く。本当に人が居ない。店はいくつか開いているがシャッターが閉めっぱなしの所もある。朝だからだろうか。僕はその様子を見て…
「わーい!こんな人が居ない日なんて初めてでーす!」
走り回った。いつも人だらけで何も見えなかったが今は何でも見えるのだ。走り回ったって誰にも当たらない。ルンルン気分で走り回る。
「あいつ、おせーな。あ、ペグ。イリウスのこと起こしてくんね?」
いつもの事だろうが、流石に起きるのが遅いから起こす。そう思った時ペグが通りかかったから丁度よく利用させてもらう。
「ん?イリウスならもう居ないぞ。そっちに居たんじゃねーのか?」
「あぁ?来てねーよ。朝食冷めちまうんだが」
「朝食?あの空き皿のことか?」
何を言ってるのか理解出来なかったが、振り返ってテーブルの上の料理を見ると確かに空き皿だ。俺は驚きの余りマジックか何かと周りを散策した。
「おいおい…トラ!てめー食いしん坊にもほどがあるぞ!」
「は?はぁ?何勝手に俺のせいにしてるんだ。人の物にまで手は出さん。お前じゃあるまいし」
確かに。そこまでひもじくはないはずだ。いきなり無くなる朝食、消えたイリウス…
「おい、誰だ鍵を閉めたのは。玄関に置いていた鍵も無くなっているではないか。しっかりと戻しておくんだぞ」
鍵が閉まってるなんてそんなはずは…誰もいない時以外鍵は閉めないようにしてるのに。なんか変だな。
「飽きたのでーす…」
商店街の端っこ。こんな所まで初めて来たが、特に何もない。適当に床に寝っ転がっていると、美味しそうな匂いがしてくる。僕は鼻をすんすんさせながらその匂いを辿る。どうやらお店からしていたようだ。僕は人がいると思ってガラガラと開けて入った。
「すいませーん。誰か居ますか?」
僕がそう問いかけるが中には誰も居ない。それどころか物音一つもしないのだ。ただ、一つだけ違和感のあるものが。
「何でラーメンが置いてあるんですか…」
テーブル席にラーメンが置いてある。意味が分からない。まるで出来立てのような湯気が出てるし、これから食べてもらう所みたいだ。でも人なんていないはず。僕は好奇心が勝ってしまい、割り箸を割ってラーメンを食べる。うん、おいしい。走り回ったあとだから余計だ。
食べ終わった所でまたまた違和感を感じる。そんなに食べた気がしない。さっきまでこんなに山盛りだったのに、小盛りを食べた気分だ。僕はおかしく思いながらも外に出た。
「大将!ラーメンの量変えた?何か少なくない?」
「ばっきゃろー!俺がそんなことするわけねーだろ!」
僕はそのまま商店街に戻る。さっきまでシャッターが閉まってた所が空いている。やっぱり人が居るんじゃないかと疑うがやっぱり居ない。ここでまた良い匂いが、
「団子です…それも6つ…出来立てですね」
ある店の入っちゃいけない所に入って団子を眺める。モチモチしていて出来立ての団子だ。食後のデザートは大事だしと思い3つだけもらおうとした瞬間。
「うわぁ!急に団子が空中から出てきたです!」
何もない所から団子が出現。追加で30個くらい来た。気になってずっと眺めていると、団子にみたらしが着いていく。急に消えたと思ったら串に刺さって別の場所に置いてあった。
「…一本だけ貰うです…」
すごい不気味だったけど美味しそうだったから貰う。一体何が起こってるんだ?
「あれ?お母さん、さっきここに刺しといたやつは?」
「何だい?こりゃあ神様が食べたのかもね。良い事じゃないか」
僕はひとまず家に帰る。怖いことがあったら休むのが1番だ。鍵を開けて家に入ったあと、リビングの椅子で休む。いつものバクの席に座ると偉くなった気分だ。
しばらくフンフンしていくと、いきなり目の前に湯呑みが出てきた。その中にはお茶がトクトクと入っていく。この謎現象つくづく謎だ。思い切ってお茶を飲む。
「ん?トラ。茶を入れなさすぎではないか?」
「え?いや、そんなはずは…」
未だにイリウスが居ない。流石にこれはまずいんじゃないかと考えるが、匂いもしないし音も聞こえない。ましてや気配までも。ここまで来たら別の世界に行ったとしか…。そう思ってご主人様のお茶を見る。確かに茶の量が少ない。誰かが3口ほど飲んだかのようだ。
「どうしたケルト。飲みたいなら…」
ご主人様が言おうとした時、湯呑みのお茶がどんどん消えていく。そしてすぐに空っぽに。
「…か、怪奇現象ぞ…」
「湯呑みの茶が勝手に減った…おかしいにもほどがあるな」
「幽霊は居ませんが…」
俺はもしかしてと思い、棚の中にある煎餅を取り出して器に移す。そうしてそのままテーブルに持って行って置いた。
「気が効くではないか。トラ、もう一度お茶を」
「違います。良いから黙って見ててください」
「もう!みんなどこ行ったの!」
僕はお茶でやけ酒する。意味分からないと思うが僕も意味分からない。3口だけ飲んだあと、少し冷めたお茶を一気に飲み干した。
「うわぁ!また急に…煎餅?」
器の上にタワーみたいになった煎餅だ。とにかく訳が分からないが食べてみる。醤油味の普通の煎餅。バクが好きそうな味だ。それにしてもどうして煎餅が?
器の上に置いた煎餅。それを眺め続けると、1番上の煎餅がバリバリと消えていく。
「これは…何なのだ?」
「俺の予想が正しければ、イリウスは確かに今、そこにいる。あいつは今煎餅を食べてるんです」
みんなに変な顔をされたが仕方ない。だが恐らくこれで合ってるはずだ。ご主人様は手で煎餅を隠してみるが、それでもバリバリと減り続ける。
「透明化…ではないか。認識出来てないとかか?」
「違います。同じ世界だけど違う世界…恐らくイリウスしかいない世界なんでしょう。その世界とこの世界の繋がりは食べ物や飲み物。誰かの能力による物です」
「認識と言うより、完全に存在しないのか。パラレルワールド的なやつよの。それで、能力者が誰か、どこにいるか、何が目的か、分かるか?」
誰かもどこにいるかも分からない。目的はレベルで間違いないだろう。ここまで大規模な能力をイリウスだけに使う物だろうか。とりあえずコンタクトが必要だ。
「ご主人様。確か器用でしたよね。この煎餅に文字を書けますか?」
「ぬ。出来ないことはないな。仕方ない。何と書くのだ?」
「おいしー」
僕は煎餅を頬張る。そういえばこの世界ってハコニワだったりするのかな。でもそうだとしたら食べ物が出てくるなんておかしいか。だとしたら誰かの能力?意味わかんないけど。
僕は次の煎餅に手を伸ばし、口を開ける。ただその時、煎餅に文字が書いてあることに気付いた。