第135話 ーー栗 後編ーー
「おーい!どうしたのさー!」
遠くからハンスさんが走ってくる。僕はなんて説明しようかと考える。あんまり言いたくない…
「木が傷付いてる。栗もカゴから無理矢理出したみたいな感じさ」
「えっと…これは…その…」
僕のあわあわを見て、ケルトさんは軽くため息を吐く。
「変なやつらが居てな。荒らしてったんだ。今からでも殺すんなら殺し行くぜ」
ハンスさんは予想通りの答えが返ってきたように驚きもしない。少し考えたあと、僕の目の前に来た。
「イリウス君はどうしたいのさ?」
「僕は…」
「おいおい何でイリウスなんだ?この土地の所有者はお前みたいなもんだろ」
「組長、気付いてあげてほしいさ。最も傷付いてるのは木じゃなくて、イリウス君さ」
やっと分かった。この感情は、「辛い」だ。無力で止められなかった。ハンスさんの約束を守れなかった。それがひたすらに辛かったんだ。こんなの僕のエゴでしかない。だから自分で納得出来なかったんだ。ケルトさんもそれに気付いたように、少し慌てだす。
「悪いイリウス。俺気付かなかった。人を想うお前が、あれを見て苦しくない訳ないよな。そんで、どうする?殺す?」
「…殺しはしないって約束です。かと言って放置は危ないです。追い出しましょう」
「分かった」
僕なりの最も正しい判断。早速実行するべく、あいつらを探す。ナビも戻ってきちゃったので尾行が途切れている。しばらく探し回っていると、煙が立っているのが見えた。僕らはすぐにそこへ。
「「「わははははは!」」」
「いやーやっぱ山って最高だよな。街のやつらには怒られねーし」
「この季節だと食べ物も取り放題〜」
「途中で変なガキに会ったけど、頭おかしかっただけだしな」
あいつら勝手なことを…それより目に入ったのは、
「ケルトさん、あれってやばいんじゃないですか?」
あいつらは火を焚いている。石で囲っていない。真上に枝が伸びている。落ち葉も退けていない。山火事の原因トップ3くらいが集まってる気がした。
「ちょっとちょっと!流石に焚き火はダメなのさ!」
「げ、また知らねーやつだ」
「僕が地主なのさ!程度のある勝手は許すけど、度の過ぎた勝手は許さないのさ!」
「んだようるせーな!」
あいつらは缶を投げてハンスさんを攻撃する。缶はハンスさんの頭に命中した。
「命中ー!分かったなら下がってろよ!」
「もう我慢出来ません!」
「待て。お前の能力じゃ余計山火事になるぞ」
「僕の精度舐めないでください!」
僕はケルトさんの忠告を無視してビームで攻撃する。落ち葉にも枝にも当たらず、歪みを使って空高くまでビームを打つ。これで火事にはならない。僕のビームの精度は知ってるはずなのに何で?と思ったが、これを予期していたとは…
「あのガキ、能力者だったのか。そんなら話も早いな」
「能力者同士の殺し合いは罪に問われない」
「んなら、あのガキも殺しちまうか。ここなら俺の能力も存分に扱えそうだぜ!」
あいつらの1人が、能力を発動させる。そいつの周りには風がものすごく吹いている。
「俺の能力は『風を操る能力』だ!これでお前ら丸ごとふっ飛ばしてやるぜ!」
強風がこちらに向かってくるが、ふっ飛ぶ威力はない。ちょっと強い風くらいだ。落ち葉や枝が散って痛いが、それも痛いだけだ。残り2人の力が気になるが…
(ん?待て。このレベルの風…これじゃあ火が消えない、それどころか!)
そう、風のせいで火が強まっている。それだけじゃない。落ち葉や枝も舞ってるせいで、火がどんどん燃え移っている。あいつらもそれに気付いたのか焦りだす。
「ちょっと、これやばくない?木に燃え移ってるんですけど」
「おいケイちゃんストップストップ!本当に山火事になっちゃうよ!」
「あぁん?それなら俺の風で、全部吹き消してやるよ!」
案の定吹き消せるわけはなく、逆に燃え広がる。もう3〜4本は燃えている。
「ケルトさん!」
「おうよ。うちわ作れっか?」
僕は長めの枝とたくさんの落ち葉を神力でくっつける。即席うちわの出来上がりだ。
「おーら、よ!!!」
ケルトさん全力の振りが風を呼び起こす。あいつらも吹っ飛びそうになっていた。
「ちょっと!力強すぎです!他の落ち葉も全部…あれ?」
不思議なことに、燃えていた木以外は全て葉がある。あの風を受けて吹き飛ばないわけないのに。
「燃え広がらないように隔てておいたのさ。結果的に役に立って良かったさ」
「ハンスさん!流石の判断力です!」
僕らがこんなやりとりをしている中、恐れを成したやつらは逃げようとする。
「おいおい。能力者同士の殺し合いは罪に問われないんだよな?じゃあ俺がお前らを殺しても罪には問われないはずだよな?」
「そ、そんなぁ…い、命だけは…」
「命以外何で支払えるんだよ。大学生風情が、金なんて持ってる訳ねーだろ?」
大学生…若そうに見えたけどそこまでとは。力の差を思い知って怯えているが、ケルトさんは容赦しない。でも殺しはしないはずだからどうするのかと見ている。
「流石に火事まで起こしたら追い出すだけじゃ済まないのさ。賠償金、払えないんだったら…古典的な方法さ。組長」
「なるほどな。山火事、賠償金にすれば1000万ローくらいか?払えんのか?」
「い、1000万!?そんな大金用意出来ません…」
「そうか。残念だな。どっちにしろろくな大人にはなれねーし、精々改心しろや」
リーダーらしき青年に近付いたケルトさん。手を掴んだあと、何かを引きちぎった。
「ぎゃああああ!!!」
「おら、次はお前らだ。右手の小指か左手の小指か、選んで良いぞ?」
「古典的ってそういう…」
結果的に僕らは栗を持ち帰ることに成功した。ちなみに取った指は捨てる訳でもなくケルトさんが食べていた(?)。
「大変でした…それにしても、良かったんですかね。あれで」
「良かっただろ。ああいうやつは黙って逃がしておくと調子に乗んだよ。だから最低限の罰が必要なんだ」
「小指で済んだだけ幸せですか…」
「そうだ。それに出来るだけ血が出ないよう引きちぎったから死にはしない。俺ってば優しいー」
世の中には思ったより悪い人が紛れ込んでる。あの時だって、僕らが居なかったとしても火事になっていた。人の善意に乗っかる人も、見逃されている人も、いつかは大変な事を起こしてしまうのかもしれない。
ーーーーーーーーーー次回予告ーーーーーーーーー
「ドンベルさん、お話があります」
突然訪れた男ドンベル。警察であり優秀な能力者だ。イリウスに用があると訪れたドンベルだったが、逆にチャンスと思われた。警察なら、あの殺人鬼を知っているのではないかと。
情報が手に入るならそれ以上のことは無いわね。きっと今日も誰かが殺されているんだもの
次回「ーー機密情報ーー」