第12話 ーー元旦 後編ーー
トラさんの中…まだ息が凍るほど寒い季節なのにあったかい。抱き抱えられている中涙も段々と収まっていく。気付いた時にはその心地よさに揺さぶられるまま眠りについてしまった。
「帰ったぞ」
「お前どこ行ってたん…だ?何でイリウスが?」
「少し外の空気を吸いに行っていただけだ」
ケルトの目は常にイリウスへと向いていた。トラへの不信感が高まるばかりで、殺気を抑える気がないようだ。
「それはどうでもいい。何でイリウスがお前に連れられてくるんだ?何で寝てんだ?」
「それは…俺が言って良いものじゃない」
「どういう意味だ?答えによっちゃあ…」
「イリウスが知って欲しいか分からん。お前には知られたくないことかもしれない。それくらい重大だ」
トラの真面目な所から信用するに値すると判断したのか、手は出さないことに決めた。
「なるほどな。とりあえず風邪引かねーようそのままリビングでゆっくりしてろ」
「俺が抱き抱えるのか?」
「ちげーのか?……あ、やっぱ俺が持つ」
「全く…」
ケルトとトラは玄関で状況を共有し合いリビングに入る。ケルトはイスに座りイリウスを温めながら起きるのを待つ。トラはイリウスが買ってきた物をしまう。
しばらくすると目の下を赤くしたイリウスが目を覚ます。
「ん〜。トラさん…僕…どうした…らって、え?ケルトさん?」
「よ、買い物ご苦労さん。何かあったみたいだな」
「………トラさんから聞いてないんですか?」
「あぁ何もな」
僕は言葉を選んで少し黙りながら喋っているが、ケルトさんの解答は一瞬だ。トラさんから話を聞いてないということでキッチンに居るトラさんと目が合うと指でグッドをしていた。
「トラからはお前が話したいか分からないって言われた。だから俺はお前に任せる。話したくなきゃ話すな。話してーなら話せ。俺は全部受け止めるぞ」
「……ケルトさん……」
僕はケルトさんを信じられなくなりそうだった。例え記憶屋の能力だったとしてもケルトさんからの言葉は強烈で心に刺さった。
「約束…してくれますか?」
「良いぜ、何の約束だ?」
「僕の事嫌いにならないで下さい…僕の事捨てないで下さい…」
「そりゃあ約束っつーか当たり前の事だろ。俺もどうやったらお前を嫌いになれるのか、捨てられるのか知りてーぐらいだぜ」
ケルトさんのその言葉に僕は目を輝かせた。これが本当のケルトさんだって。
僕は一部始終を全て話した。一つも包み隠さずに、全部全部。途中で泣き出しちゃったけど、話がゆっくりになっちゃったけど、ケルトさんはちゃんと聞いてくれた。心なしか少し寂しそうに見えたケルトさんの顔は忘れられない。僕はケルトさんに抱き付いたまま話してたから怖かったり、寂しかったりした気持ちも無かった。ただただ暖かかった。
「そうかそうか。そりゃあ大変だったな…でも俺の事信じてくれたんだな、ありがとな…」
「うぅ……ケルトさん…?泣いてるんですか…?」
「ば、バカ言え、俺が…泣くわけねーだろ!男だぞ!グスン…」
「ケルトさん苦しいです…」
ケルトさんが僕を抱きしめる力は段々強くなっていき、苦しさの方が勝ってきた。
「……はー。良いかイリウス。俺は絶対お前を1人になんかしない。誰が何と言おうとも、俺はお前を見捨てない。約束だ、イリウス」
「はい!」
僕はまた救われた。恨みも、怒りも、悲しみも、全部ケルトさんに預けられる。そんな気持ちで胸があったかくなった。
時が少し過ぎ、晩ご飯の時。カチャカチャとお皿の音が鳴り続けていた。そんな中バクが喋り出す。
「今日は大変だったみたいじゃないか、もう平気なのか?」
「うん…大丈夫だよ!」
「…無理して笑わなくて良いんだ。お主の笑顔にはとてつもない力がある。それは確かだ。だがお主が無理をする必要はない。苦しい時は苦しいと言ってくれ」
「うん…でももうケルトさんに全部ぶつけちゃった!だから全然元気だよ!」
「えっへん!俺の広すぎる器が全部食ってやりましたとも!」
「そうか、なら安心よの。トラもイリウスを助けてくれてありがとうな」
「いえ、俺は何も…」
トラさんはいつも謙虚だ。自分を過小評価しすぎだ。
「ほんとありがとうございます!あの時ひとりぼっちだったらきっともっと寂しかったです!トラさんのおかげで1人じゃなかったです!」
「俺は、、、お前に何と言えば良いか分からなかった…まだまだ力不足だ」
「ばーか、んなもん気持ちこもってりゃ何でも良いんだよ」
「む、そんな事言われても気持ちってどうやって…」
僕はトラさんの所まで行き大きな手を両手で握る。
「トラさんはあれだから良いんです。不器用だけど優しく抱き返してくれるあれが、僕を落ち着かせてくれたんです。ありがとうございます」
「まぁ助かったんだったら良かった…」
僕はトラさんの肉球をモニュモニュしながら言った。結果的に僕の油断のせいだけどスッキリした。この先いつ記憶が戻るか分からなくて不安だったけど、もう不安じゃない。僕の物語はまだまだ続く!