第116話 ーー絵画の住人 後編ーー
絵の世界から出てきた僕ら。変わらず狭い中での戦闘を続ける。
「次、剣が来るわよ!」
攻撃も激しくなってきて、見えない場所からの攻撃は避けるのがやっとだ。ナビが教えてくれなかったら勝てないだろう。
「キャー!」
「ナビ!?どうかしたの!?」
ナビの叫び声が聞こえて慌てて状況を確認しようとする。おかしなことにナビの姿が見えない。
「ナビ?」
不思議とピカソの攻撃も止む。
「お探しはこちらかしら?」
「イリウス!」
ピカソが持っている一つのキャンバス。その中には檻が描かれていて、中にはナビの姿が。動いている。
「ナビ!………何それ…」
「私が聞きたいわよ! 脱出出来ないの!」
絵は破壊すれば中身が消える。ビームをキャンバスに向かって放つが目の前に現れる壁に阻止される。
「邪魔くさい…ピカソも見失った、早く探さなきゃ」
どこかも分からない状況での耐久戦。飛んでくる武器には気付くが対処出来ない。かすり傷がどんどん増えていく。
「…やるしかない」
全方向にビームを放つ。絵であるピカソはこれで溶けるはずだ。家が穴だらけになり、絵で描かれたものは全て消えた。僕が死ぬよりは、まだマシだろう。もしかしたらケルトさん達が捕まえられるかもしれない。
「ナビ、今助けるよ」
心なしかナビの声が小さい。何か言ってるようだが聞こえなかった。僕は耳を近付ける。
「後ろ!」
「捕まえた」
気付くと何もない世界だった。周りも真っ暗で何も見えない。目を閉じているか開けているかも分からない。
「どこ、ここ。もしかして、ピカソの絵の中!?」
多分そうだ。僕もキャンバスに入れられてしまった。暗い闇の中、照らす物は一つもない。
「ふふふ。やっと捕まえたわ。これで私の芸術の一つね」
「イリウス!どうにか脱出を!」
「無理よ。あの子は変な力を使う。でも見た所、私の絵をどうにかするにはビームしかないわ。あのビーム、光を基準に作られてるわね? 光の無い所なら打てない。何もない背景での作品になっちゃうのは勿体ないけど仕方ないわ」
外からの声が聞こえてくる。その通りだ。ここは特殊。歪みじゃどうにも出来ない。ビームで越えるしかない。でも明かりが無い中じゃ…
「何よ、これ。身体が…動かなく…」
「言ったじゃない。あなた達は作品になるの。作品が動くなんて変なことでしょう?」
もう脱出出来ない。どうにも出来ない。このまま死ぬのを待つしかない。無理だ。どうにも出来ない。
「諦めるのか?」
幻聴?こんな時に?誰の声だろう。聞いたことがある。何も見えない。分からない。
「俺が見込んだ少年は、こんなものじゃなかった。何よりも強い意志を持った子だったはずだ」
誰だ。あなたは…
「まだ、見落としている。ヒントは出ている。答えを出すと良い」
ヒント?これまでにヒントなんて…
「そうね〜。真っ暗だし、『孤独』とかどうかしら?良い作品になると思わない?」
「イリウスは…負けて…ないわ…!」
ヒント…ピカソは…魔法使い?魔法…
「ぷっ。はははははは!」
僕は思わず笑ってしまった。簡単な事だったんだ。
「あら?壊れちゃったかしら?そのまま俯いてくれてた方が孤独そうだったのに…あ、そうだわ!『狂気』とかも良いかしら!」
ピカソ、こいつは呑気だ。もう正解は見つけた。
「ハートさん、ありがとうございます。また助けられちゃいました。この技を使うのは、ちょっと気が引けますが…」
僕は片手を身体の前で広げ、こう唱えた。
「放火…」
「うーんでももうちょっと良い題名が…」
キャンバスから大きな光が飛び出し、爆発したように燃えだす。僕は、燃えていくキャンバスから足を踏み出す。ピカソの驚く顔がよく見える。
「どうやって…」
「僕も使ったんだよ、『魔法』をね。器はハートさんが作ってくれてた。お前の魔法を受けた事で、僕にある程度の魔力が補給された。後は簡単、光を作れば良いだけだ」
ハートさんはヒーローになれなかった。でも、僕の目に映るハートさんは、立派なヒーローだ。
「お前はここで捕らえる」
(まずいわね。絵から脱出されたら負けるしかないじゃない。大人しく引かなきゃいけないわ…ね?)
「おかしい…他の絵に移れない…?」
「もう終わったんですね。流石です」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「どうだトラ!俺の方が11秒早かったぞ!」
「うるさい!たまたま出る場所が悪かっただけだ!」
「2時間か。もう少し早くしてやりたかったの。まぁ良い。勝つんだぞ、イリウス」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「何か仕込んだのね。本当に賢い子」
僕はナビを解放し、ピカソと向き合う。
「もう終わりです。あなたに勝ち目はない」
「そう…ね。良いわ。負けを認めるわ」
意外とあっさりしてるから警戒したが筆を離している。周りは穴だらけだし、何かを隠せる陰になるものもない。大人しく縄で縛り、話を聞く。
「目取りの殺人鬼の能力は?」
「…私も詳しくは知らない。でも、目についての力ってことは知ってるわ。一度だけ見たことあるの。彼の力に当たった人は、みんなおかしくなっていたわ」
「おかしく?」
「そう。発狂したり、泣き出したり、うずくまったり、自害したり」
「それがあいつの能力…まだ予想がつかない…」
「私からもあるわ。他の協力者はどこにいるの」
「私が知ってるのは「エアス」だけ。他は知らないわ。エアスの場所ならローディアよ」
妙だ。何でスラスラと答えれる?本当に知ってるのはエアスだけなのか?
「何で嘘を吐かないの?僕らには嘘を嘘だと見抜く力はない。嘘を言われたって、信じちゃうかもしれないのに」
「…私の故郷は、嘘なんて吐かなくても良い場所。そのくらい、みんな平和で、自由だった。どうして、こうなったのかしらね。あははは」
ピカソは涙を流している。初めて見た。その涙で自身の顔が溶け始めている。
「何してるんだ。それじゃあ消えちゃうだろ!」
「…そうね。良いのよ。消えちゃって良いの。私は、道を間違えた。いいや、間違えさせられた」
「まだ…戻ることだってきっと…」
「無理よ。私は既に、彼に協力している。私が居なくなるだけでも、きっと彼に近付けるわ」
急に優しくなるピカソにびっくりした。もしかしたら、これが本音なのかもしれない。
「あなたは…芸術なんかじゃない。心を…上塗りされてなんかいない。私はあの日、心を捨てたけど、あなたは捨てちゃダメ。嘘の色で塗っちゃダメ」
「ピカソ…」
ピカソの上っ面が、涙によって溶け出したのかもしれない。本音を隠していた嘘が、溶けていったように思う。
「待ちなさい!あなたは償わなきゃいけないのよ!あいつに殺された人達はそうじゃなきゃ救われないのよ!」
「…ローディア。あそこは随分と、美しかったわね…」
ピカソはその言葉を最後に、絵の具となり溶けてしまった。
「何よ、ろくに質問にも答えないで」
「いや、違う。きっとあれが答えだ。僕らが別の世界に行かなくても、あいつはローディアに来る。ピカソはきっと、それを伝えたかったんだ」
絵画の住人『ピカソ』。芸術を追い求め、自身を「上塗り」した者。全ての絵画を破壊され、意思を移すことが出来ずに、死亡。
僕らは木の小屋を出て、街に向かう。しばらく歩いていると、ケルトさん達と出会う。丁度向かっていた所らしい。
「それにしても本当にやっちまうとはな!流石は俺の子だぜ!」
「みなさんが居たからですよ。本当ありがとうございます」
ケルトさんが頭をわしゃわしゃしてる中、僕はお礼を言う。みんなが居なかったら逃げられて終わっていた。
「…少し、まだ悩んでることがありそうだな」
「うん…でも、きっと解決しないと思う」
「?言ってみろ」
「自由って何だろう」
「自由?それは………何だろうな」
「ピカソはね、きっと自由を求めてたの。自由を求めすぎた故に、ああなっちゃった。殺すのも、自由だってさ。でもきっと違う。それは自由であってほしくない」
「…ふ」
「何笑ってるの!」
「ははは。すまんすまん。お主は本当に優しいな。それを考えていれば、きっと良い答えが見つかる」
「うん!」
絵画の住人を倒し、目取りの殺人鬼に一歩近付いた。みんなピカソみたいなものなのかな。だったら、話し合いじゃ、ダメなのかな。
ーーーーーーーーーー次回予告ーーーーーーーーー
「すごいすごい!木の上に人が住んでます!」
旅行での目的を達成したイリウスとナビ。楽しい旅行もついに終わりを迎える。最後の世界は美しい秋の世界。森の精霊とまで言われるエルフ達の祭りに参加することとなった。
もうすぐ終わってしまうのか。最後を着飾るのが祭りとは、随分と美しい物だな。
次回「ーー森のお祭りーー」