第112話 ーーキャンバスーー
「うーん?あれ、僕いつの間に…」
ケルトさんの膝の上で寝ていたはず。朝起きるとテントの中に。ぐーぐーいびきが聞こえると思ったら、ケルトさんが隣で寝ている。
「んあ?起きたか」
「え、あ、はい。ケルトさんはもっと寝ててください。昨日ほとんど寝てないんですから」
「そう…だな。少しだけ寝させてもらう。ご主人様とトラも見張っててくれてるみたいだしな」
眠そうにしてるケルトさんを再度寝かしつけて、テントの外に出る。薄明るい空が綺麗だ。
「おーイリウス。良い朝だの」
「おはよう、イリウス」
「2人ともおはようございます!特に何も無かったですか?」
「ああ。特に何も無いぞ。ケルトは起きてないのか?」
「起こしちゃいましたけど、もう一回寝ました」
「二度寝か。たまには良いかの」
2人ともしっかり寝てスッキリしてる様子。消えてる焚き火を囲い、何かを話してたようだ。時計を見ると午前5時。随分早くに起きてしまったようだ。
「ナビ。今日だよ」
「そうね。吉と出るか凶と出るか。すぐ捕まえちゃえば良いけどね」
「それはあくまで最善策。最悪ケルトさん達に話して協力してもらうからね」
「分かってるわよ」
今日は例の美術館に向かう日だ。絵画の住人「ピカソ」。殺人鬼の協力者だ。その人が書いた作品が飾ってあるらしく、ピカソは絵画を自由に行き来する力があるらしい。つまり、ここで対峙するかもしれない。
時間は進んでいき、朝8時。ケルトさんがテントから出てきて出発だ。朝食はどうするのかと聞いたら、「向こうの世界で食べる」とのことだ。僕らはそのまま異世界への扉をくぐり、新しい世界に行く。
「ん…ここが、新しい世界!」
僕らは街の中に出た。そこら中が色とりどりにされていて、まるでアートの街だ。
「何か鮮やかですごい街ですね。屋根の色も何種類あるのか…」
「すげーな。そこら中に落書きしてあるぜ」
「落書きじゃあーりませーん!」
歩きながら喋っていると巻きひげのおじさんが話しかけにきた。話し方が特徴的…
「これはアートです!全てが全て、一人一人が作り上げたアートなのでーす!」
「あ、アート…アートってもっとこう、綺麗な模写とか…」
「その小さな価値観で判断しないでもらいたいのですね〜」
小さな価値観と言われ少し傷付く。でも確かにそれぞれの芸術があっても良いのかも。この世界は一人一人を大切にしてるのかな?
「お腹空きました」
「丁度良い。良い店知ってるか?」
「そうですね〜。良い店と言われましてもそれぞれの好みがありまーすけど、あなた方の良いと思うものが分かりませーんから何も言えま…」
「てめーの好みで良いから教えろや!」
流石に面倒になったのか、ケルトさんは半ギレで言う。
「そうですね〜。あちらのお店とか、おすすめでーすよ」
「そうか、ありがとな」
面倒な人に絡まれた…と思っていたが、問題はまだ山積みだった。
「ほんじゃ、トマトクリームパスタ2つ、カルボナーラ2つくれ」
「カスタムはどういたしますか?」
「カスタム?んなもん良いからとりあえず早く…」
「それぞれの好みがございますので、カスタムは絶対にしてもらうようお願い致します」
ピキっとケルトさんの何かが音を鳴らす。こういう細かすぎるようなのは嫌いな人だから相当怒ってるだろうな。バクとトラさんもお腹が空いてるのか怒りかけだ。
「麺は柔らかめ、味は濃いめだ!」
「味の濃いめと言いますと…トマトの酸味はクリームの量、塩の量など1〜10でのご注文をお願いします」
「ぐぬぉぉぉぉ!こやつ殺す!」
「ダメだよバク!殺しちゃダメ!」
いつも冷静なバクがここまで怒るのは久々だ。全員注文を終えるのに10分はかかった。みんな怒るを通り越して疲れている。僕はこういうの良いと思うけど流石に度が過ぎてると思った。案外早く出来上がり、お皿が着いた瞬間かぶりついていた。
「はぁー美味かった。味はまぁまぁだな」
「細かくカスタムしたおかげでもあるな。あそこまでは要らないが」
「お腹いっぱいです。早速美術館ですか?」
「そうだな。もう行くか。ホテルのチェックインは後で良いしな」
僕らは会計を済ませて颯爽と店を出る。道中、僕はこんな話をする。
「そういえば、バクとトラさんの誕生日知らないです。いつなんですか?」
「我は10月の10日だ」
「10月10日…あれ?今日って何日でしたっけ?」
「今日は10月10日だな」
「……今日じゃないですか!」
バクの誕生日。僕は何のプレゼントもないし、準備なんてしてきてない。慌てているとバクが止めに入る。
「別に誕生日なんぞ祝わなくて良い。もう800年以上も生きておるのだ。自分でも覚えてられないほど…」
「でも!生まれてきてくれたんだから、ちゃんと祝わなきゃダメ!800年でも何年でも…僕は祝うよ!」
「…そうよの。大事な日だからな。ケルト、トラ。今日は馳走が食いたい」
「ちゃんと調べときますよ」
誕生日を知れてよかった。バクとか長年生きてる人にとって誕生日なんてどうでも良いかもしれないけど、僕はそうは思わない。
「トラさんはいつなんですか?」
「12月の1日だ」
「僕が来てから結構経ってる…祝えなくてすいません…」
「問題ない。そう思ってくれるだけでも嬉しいものだ」
とりあえずこれでみんなの誕生日を把握。忘れないようにしっかりとメモする。わちゃわちゃと話していると、目的の美術館に着いた。
「ここが…その」
「そう。色んな世界の中でも最大規模だ!たくさんの芸術作品が並んでて、全部本物だから見るには丁度良い」
「イリウス。分かってるわね?」
「うん…」
覚悟は決まった。僕らはチケットを貰って中に入る。人が多いように思えたが、中が広すぎて狭く感じない。
「すっげー。広過ぎんだろこれ」
「全部回るとなると2日はかかる。噂通りだの」
「だから2日間この世界に居る予定なんですね。」
僕らは飾ってある絵や石の彫刻、壁に大きく描かれた絵まで見る。それぞれの作品に個性が出ていて、僕の感性に合う絵もあるので楽しい。そうやって見回っていると、例の絵を発見する。
「この絵…この特徴は…やっぱり、作者ピカソだ」
「ん?知ってるやつなのか?」
「有名だから覚えてるだけです。絵も特徴的ですし」
「そうか。好きな作者が見つかったんなら良かった。追ってみんのもありだしな」
「はい!」
僕が見た絵には人が描かれていなかった。ナビによると、人が描かれていない作品には出入り出来ないらしい。
「4階にピカソの絵があるみたい…」
「ん?4階?」
「はい!ちょっと見たい作品が…」
「良いぞ。17時に門前集合だ。迷子になんなよ?」
「分かりました!」
僕はケルトさんに伝えると、エレベーターに乗って4階まで行く。ピカソの絵があるとされる場所に向かう。
「この絵も…人が描かれてない」
「飾られてる絵で人が描かれてるのは限られてるわ。あいつはそういうやつだもの」
「目取りの殺人鬼を捕まえるには、どうにかピカソも捕まえなきゃなのに…」
どうにか足掛かりを掴めればと思ったが、それは叶わなかった。戻ろうと思い廊下を歩いていると、不思議な物が目に入る。
「な、何あれ…」
「カラフルなミミズ?」
色鮮やかなミミズみたいなのが跳ねている。よく見ると手だ。その手は僕を見るなりどこかへと向かう。追いかけると、その手はスタッフ限定の場所に入る。ここで諦めるわけにもいかなかったので、僕もそこへ。長い廊下が続いていて、まるでさっきとは大違い。カラフルな手はある一室に入った。
「はぁはぁ…やっと追いついた!手みたいなやつ!」
ガチャっとドアが閉まる。開けようと頑張るが開かない。暗い部屋が更に暗くなるが、不自然に明かりがつく。
「何、ここ。カバーがかかってるけど…全部絵?」
黒いカバーがかかってる絵がたくさんある。一つ、カバーを取って中を見てみると、
「!!これ、ピカソの絵だ!しかも人が描かれてる!」
「これが…ってことはさっきの手も!罠よ!」
「ご名答」
「「!!!」」
僕ら以外誰も居ないはずの部屋。気配もしない。その中で女の人の声が響く。バッ!っと絵にかかってるカバーが勝手に取れていく。
「あなた達、殺人鬼を追ってるのよね?」
「あなたが…絵画の住人「ピカソ」!」
絵の中の人そのものだ。顔がパーツ毎に分かれてて、不気味な色をしている。
「あなた達じゃあ彼は追えないわ」
「追えないさ」「追えないだろう」「追えないかも」「追えないもの」「追えないから」「追えないぞ」「追えない」
「な、なにー!?」
「所詮あなたも、キャンバスの上で踊ってるだけよ」
全ての絵に描かれていた人が出てくる。後ろからも、横からも、全部の絵から。老若男女、色も、形もそれぞれ違う。なのに全員ピカソってこと?僕は今、限りなくピンチなのかもしれない。
ーーーーーーーーーー次回予告ーーーーーーーーー
「お前は僕が捕まえる。殺人鬼と一緒に」
目取りの殺人鬼の協力者が1人。そいつとイリウスは対峙することとなった。だが、その正体は不明。まだ分からないことだらけの中、イリウスはピカソを倒すことが出来るのか。
イリウスは平気よ。あの子はもう、1人じゃないんだもの。
次回「ーー慈悲ーー」
ちょっとでも先が気になる!おもしろい!と思いましたらブクマ、感想などしてもらうとモチベになりますm(__)m