お礼コイン
マキナは正座で真剣に毒のような色の液体をリフレインの爪に塗っている。あの液体の名前はポリッシュというらしい。
「もっと強そうなのが良かった。デコピンでビンとか割れそうなやつ。」
そんなのつけられてたまるか。紫色になった自分の爪をみて、不満そうにリフレインが言っている。
「こっちのが絶対いいって!はい、完成!大丈夫、喜んで。ラベンダー色は最強だから!」
「そうなの?」
リフレインがこっちを振り返り聞いてきた。知らん。
「ああ。たぶん。」
曖昧な答えをしたら、マキナが小さく舌打ちをして睨みつけてきた。
「・・・いや、そうだな。ラベンダー色は最強だ。似合ってる。」
「最強・・・!マキナ、ありがと。」
塗られた色が最強の色と知ってからは、爪を何度も見ては微笑んでいる。
「ほらね。気にいると思った。可愛いものが嫌いな女の子はいないもの。ところでアルク。」
手招きしながらマキナは俺を呼び、近づくと耳元で囁いた。
「リーちゃんの冬服ある?私のお古だけど持ってくるよ。あと、今みたいに似合うって褒めてあげて。理由は普通とは違うかもしれないけどネイルは気に入ったみたい。だったら服だって似合うと分かったら嬉しい筈なの。って何笑ってんの。」
「お前って本当にリフレインには優しいな。服なら昨日買ってきた。恥ずかしかったけど。でも、沢山ある方が良いと思う。それにありがとうな。褒めてやるのは言われなかったら考えなかった。」
「いつ渡すの?」
「ネイルが終わったらの予定だった。」
「ふーん。やるじゃん。」
「全部聞こえてる。発声したものは聞こえてる。全く、配慮の塊だな。君たちは。」
ぼそっとリフレインが言った。
「えっ!そうなの!?言ってよ!」
マキナが驚いた様子で俺のシャツを引っ張る。
「俺も今、初めて聞いた。」
「初めて言った。本人に言わないという美徳は通用しないし、内緒話も通用しない。でも君たちがする話の内容は全て私のことで私を喜ばせようとすること。好きなの?私のこと。」
「「・・・大好きです。」」
恥ずかしそうにマキナは言った。俺も仕方なくそれに合わせるように言った。仕方なく。仕方なくだ。
「私も。」
「私も大好き。自分のことが。」
「「自分かい!」」
リフレインはもう一度爪をみて、ほう、とかへえ、とか言いながら満足そうに微笑んだ。
しばらくすると、着替えるとのことでマキナによって俺は自分の家から追い出された。手にはリフレインからの『お礼コイン』を握らされている。
【お礼コイン】
リフレインがお礼にくれた金色のコイン。貨幣的価値はない。本物の金でもないから、売れないぞ。
部屋との寒暖差に圧倒される。外は今日も寒い。空気は乾燥している。喉が渇いた。冷蔵庫の中にはもう飲み物も無かった筈だ。何か買ってきてやるか。冷たいコインをポケットにしまい、動くことにした。
マキナは何が好きなんだろう。まあ、リフレインと一緒の飲み物なら何でも飲むか。
リフレインはコーラかそれとも・・・人工甘味料100パーセントのオレンジジュースか。あるかな。コンビニに来てみたが、コーラしかない。なら、コーラでいいか。
今頃、リフレインは俺の買った服に着替え終わっている筈だ。服屋の店員さんに色々聞いて買ったから、俺のセンスが壊滅的な可能性は限りなく低くなっていると信じる。
寒いから。それに、その姿が、喜ぶ顔が見たくて。歩くスピードが早まる。
!
何かにぶつかりそうになる。
「うわっ!すいません!」
『ウィーーーーン。』
『ウィーーーーン?ウィーーーーン。ウィーーーーン!ウィーーーーン!?』
全てが剥き出しの金属で構成されている三つ目の機械。何か言っている。二足歩行の様だが、人型というには大きすぎる。嫌な予感がする。人通りはある。しかし、誰も慌てたり、何なら気づいてもいない。誰もこんな化け物がいて、叫んだりしなかったのか?
あいつのような可愛らしさは一切ない。ただ、見た目だけで悍ましいと恐れられているのなら、それは可哀想だと思い、俺は話かけてみることにした。
「こんなところでどうし?」
「・・・たっ?」
いきなり俺の腹の真ん中を金属の腕が貫いた。しばらくして、腕が引き抜かれると、赤い液体が自分から溢れ出るのが分かった。紫ならよかった。紫は最強らしいから。液体による温かい雨を全身で感じながら、僅かな意識の中、思った。
あいつらに早く会いたい。
【日常製造機】
変なことが起きたとしても。これさえあれば安心。それは日常ということになる。だから、安心。人間が安心したら、ロボットもハッピー!